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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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足りないもの(6)

透けるような木の葉を縫って落ちる木漏れ日。

細い草花はツンと冷たく澄み切った風にカサカサと音を立てて揺れる。

人はこの景色を美しいというのだろう。


が、僕にはもう何の感想も浮かんで来ない。寧ろ、帰りたい……!


「もうヤダ!無理だよ!無理!」

毎日毎日山の中を歩き回り、簡易テント内で寝袋に包まって眠る。

氷羽(ひわ)は「大丈夫」と言うけれど、虫とか虫とか虫とか……!どっかから入って来たりしてとか考えたら――帰りたい。いや、帰る!

『もう。成果なしで帰ったら(あおい)ががっかりするよ。我慢しなきゃ』

「あおは『お前が無事に帰って来てくれただけでいいんだよ』とか言うに決まってる。だけど、それこそ絶対にヤダ!!」

『そうそう。分かってるね。じゃあ、歩こう』

「…………歩くよぉ……………………」




歩いたよ。今日も沢山歩いたよ。明日も歩くよ。ずっとずっとずっと歩くよ……。

「もー帰りたい」

『1892回目。目的のもの見付けるまで帰る気はないんでしょ?だったら、うじうじ言わないでくれる?言うだけ無駄。耳障り』

「氷羽の意地悪!もー帰りたい!」

僕の弱音はいつだって氷羽に筒抜け。時々は優しいけど、大抵は僕に優しくない。

でも、氷羽が傍にいたから僕もこんな知らない土地まで来たと言えばそうなんだけどさ。

『1893かい……め…………………………………………見付けた』

「え?」

『見付けたよ、ほらあそこ』

氷羽は僕と視界を共有している。しかし、僕の視界の中でどこに焦点を合わせるかは氷羽次第だ。見ていながら僕が気付いていなくとも氷羽が気付いているということは良くある。敢えて僕の視界からの情報を遮断することも。

ほら、葵と夜な夜なしている時とか。そこらへんは気遣いとか常識とかだよね。

「うにゃ…………あれは……家?」

僕は周囲に目を凝らした。

大きな木々が並ぶだけ………………ん?木々の茶色と緑の中に一瞬、赤色が映った気がした。

否、あれは窓から見える赤いカーテンだ。

良く見れば、縄梯子が掛かっている。縄梯子の先は明らかに人工物の木の床。そして、木の扉。

これはログハウスに違いない。

『立派な精霊の家だね』

装飾の施された金古美のドアノブ。窓辺には小さな船が見える。模型だろうか。他にも人形や小物が並んでいる。

精霊の家って本当に「家」なんだ。

「きっといるよね…………?………………………………琉雨(るう)ちゃん………………」

『いるよ。絶対に』

人以外の生き物に特に気配に敏感な氷羽がそう言うのなら――いる。絶対に。


僕は縄梯子に手を掛け、4・5メートル先のログハウスの床板を見上げた。






「怖がらなくていい。子供達は奥に隠れなさい」

扉の向こうから聞こえる物音。それは徐々に大きくなり、こつんと木の床を踵が叩く音がする。

彼女は窓に近寄り、カーテンの影から外を伺った。

『雰囲気あるね……無人っぽいけど………………中の人はお出かけ中?………………いる?え?一杯!?』

眩い程の金色の髪を一つに結んだ男。

とても美しい顔の男。彼はきょろきょろと辺りを見回す。

彼女は男に見つからないよう咄嗟に窓から離れた。

『小さな精霊さんが一杯いるの?…………怖がられてるのかな…………僕はただあの子を探しているだけなのに』

「“あの子”……」

本棚の上に乗った銀のハサミを掴み、扉を睨む彼女。

『分かったよ。僕より氷羽の方が精霊さんに詳しいし……でも、失礼はしないでよ?僕も見て聞いてるんだから……無駄な争いは絶対に駄目………………………………………………………………はいはい。ぼくに任せて』

「来たな」


コンコン。


『いるんでしょ?ぼくは氷羽。大切なものを探しているだけなんだ。争う気はない。…………大人しくこの扉を開けてくれたらね』

コンコン。

彼女は背後のクローゼットから恐怖で震える子供たちの羽音を聞いて、たてつけの悪い扉をゆっくりと開いた。

きぃきぃと鳴った扉の先には溢れんばかりの緑。そして、青年が。

翡翠色の瞳を持った線の細い美青年がいた。彼は彼女と彼女の手のハサミを見てからにこりと笑顔を見せる。


「やあ、精霊さん。ぼくは氷羽だ」

「やあ、カミサマ。私はミエリッキ」






ミエリッキと名乗った女の人は西洋のお城に住んでいそうなお姫様の格好をした美人だった。

白を基調とし、コルセットにペチコートでふんわりと仕上がったドレス。プラチナブロンドの髪は一部を三つ編みにし、頭には花冠。

『森に住む精霊さん』そのものだった。

――当たり。彼女は森と狩りの精霊だ。奥にはドリュアス達がいる。ここで一緒に暮らしているようだね――

「私はヒトはもてなさない。だが、あなたはヒトであり、カミサマだ。……珍しい。あなたはヒトを従えているのか」

アンティーク調の揺り椅子の背に掛けられたスカーフを肩に巻いたミエリッキさん。彼女はドア前に立つ僕達と距離を取りつつも僕達が妙な真似をしないよう逐一視線を向けてくる。

その時だった。

なんでもない会話だったはずが、ミエリッキさんの一言で氷羽の中に大きくて真っ暗な怒りが生まれるのを僕は感じた。今この瞬間、氷羽が怒った。

「ぼくは千里(せんり)を従えてなんかいない!千里とぼくは対等な関係だ!」

………………そんなことで怒らなくてもいいのに。僕は氷羽よりもあらゆる面で弱いし、氷羽にいつも助けてもらっているし。

氷羽が声を荒げ、ミエリッキさんは瞬時にハサミを握って僕達に向けた。長く鋭いハサミ。きっと布切りハサミだ。

もしも僕がこの体の主導権を握っていたら腰を抜かして泣いていただろう。しかし、怒った氷羽はそれにひるむこともなく、ミエリッキさんを睨む。

「高位の精霊でなければ、その声はヒトに届くことはまずない。木々が伐採され、森が破壊され、精霊の命が何千、何万と消えようが、悲鳴は少しも届きやしない。だからお前たちのヒトを憎む気持ちも分かる。だけど、千里だけは否定させない。千里はお前たちの“ヒト”とは違う。お前達には同じでも、ぼくには違う。だから、否定は許さない」

氷羽がこんなに向きになっているのは初めてかも。それも僕のことを想ってこんなに。

でも、争うのは……。

――ぼくだってわざわざ争う気はないよ。ミエリッキを敵にしたらこの森から帰れるかどうか……――

何それ。マジでやめて。そんなことになったら、この森を燃やしてでも帰るから。

精霊の命?

あおのとこに帰る方が重要だから!

――ごめんごめん。争う気はないから。落ち着いて――

今さっき争いはヤダとか言ったばっかしなのに…………僕の方が我を失ってどうすんだって話か。

「…………すまない。あなた達の関係を侮辱する気はなかった。二人は共生しているのだな。ただのカミサマとも、ただのヒトとも違う」

ハサミを持つ手をゆっくりと落とすミエリッキさん。彼女の持つピリピリとした空気が薄れる。

「何より、子供達があなた達に興味津々みたいだ。あなたの言う通り、“千里”は我々の森を奪う“ヒト”とは違うようだな。歓迎する。氷羽、千里」

ハサミは本棚の上へ。その足で別の棚から小さな籠を持ってくる。中には皺くちゃの紫色の粒が。氷羽が「干し葡萄だ。ぼく好き」と呟いた。

どうやら、僕達の存在はミエリッキさんに許されたらしい。氷羽も干し葡萄で機嫌良くなったみたいだし。

争わずに済みそうだ。



「それで?探しものは何かな?」

籠を抱え、干し葡萄を口一杯に頬張る氷羽。うー太るよ。

そんな僕こと氷羽の頭には、5匹?5体?の白くて丸いピンポン玉サイズのもふもふしたドリュアス達が乗っている。目も足もないようだが、何故かぱたぱたと羽音をさせて動く不思議な生き物達はミエリッキさんの言う『子供達』だ。氷羽が警戒していないから僕も彼らを警戒しないようにしている。正直、怖いんだけどね……。

因みに、ミエリッキさんは一匹だか一体一体の名前を教えてくれたが、4体目にして名前を覚えるのを止めた。それに“ドリュアスさん達”と呼ぶだけで約20体はいるドリュアス達がきぃ、きぅと鳴くのだから、ドリュアスさんと呼んでも問題はないだろう。

「魔獣を探しているんだ。護鳥の女の子」

琉雨と言う名の少女。彼女はスウェーデンの澄んだ空気の森に住む希少種の魔獣――護鳥だ。

僕達は家族だったはずの彼女を探してここへ来ていた。

「殆どの護鳥は住処を奪われたことでここよりももっと奥、ヒトとの繋がりを断つように森の奥深くへと行ってしまった。森の番人として聞くが、あなた達の目的は護鳥との契約ではないだろうな?」

「それは困るよ。千里と契約しているのはぼく。千里が護鳥と契約したら、ぼくの居場所がなくなる。ぼく達は護鳥との契約が目的でもないし、護鳥の羽根を闇市で売る気もない」

護鳥の羽根って売れるものなの?密輸入される象牙みたいな言い方だった。

――護鳥の羽根には強力な魔除けの効果があるんだ――

強力な魔除け?凄い……のかなぁ。

――願えば羽根1枚で10分だけだけど、千里の魔法と同じ効果が得られるって言ったら?それも、使用者の魔力消費はなしで――

それは凄い。

――だけど、それは護鳥の寿命と引き換えなんだ。羽根は彼らの命。そして、ほんの数枚奪われただけで彼らの寿命は尽きる。羽根を奪うと言うことは金持ちの毛皮のコートの為だけに動物を撃ち殺すことと同じなんだよ――

護鳥が希少な魔獣なのは葵先生の授業で知っていたけど、こんなにも自分勝手な理由で仲間の命を奪われれば、護鳥が人間界から姿を消すのは当然だ。

そんな護鳥の少女と僕らは家族だった。彼女は崇弥洸祈(たかやこうき)に愛され、彼女もまた崇弥洸祈を愛していた。

だからこそ、僕達は彼女を見付けなければならないのだ。

「ぼく達は彼女を探しているんだ。……家族をね」

そう言って氷羽は写真をレースの掛かったテーブルに乗せた。

海パン姿の崇弥洸祈がフリルが可愛い水着姿の少女を肩車する写真。

他人がこれを見たら崇弥洸祈のことを幼女好きの要注意人物だと思うだろうが、何十枚とある崇弥洸祈と少女のツーショット写真を見た僕からすれば、この写真は崇弥洸祈と少女――琉雨ちゃんの微笑ましい家族写真だ。

「彼女になんの用かな?」

その言い方はここに琉雨ちゃんがいるってこと?

――いるって言ったでしょ。この家はミエリッキやドリュアスとは別の魔獣の気配がする――

「ぼく達……いや、多分、この世界の全ての生物のある男に関する記憶が書き換えられている。ヒトだけじゃない。魔獣のもカミサマのも。ぼく達の記憶が書き換えられる前、ぼくらは家族だった。ぼくらは正しい記憶を取り戻したいんだ。この写真の男に関する記憶を……家族を取り戻したい。理由はそれだけだ」

「世界中の者の特定の記憶を書き換えた?それを行うのにどれだけの魔力が必要になるか分かっているのか?」

彼女は眉をひそめ、写真を手に取り、写真から少しでも情報を得ようとするかのように眼球を左右上下に動かして隅から隅まで見る。

「分かっている。だけど、この男は記憶書き換え前は日本の魔法使い家系の中でも1・2に有名な崇弥の当主であり、日本政府から高額で秘密裏に依頼を受けていたようだ。ただ者じゃない」

「ふぅん。私には“崇弥”のことなど全く分からないけれど、あなた達はこの二人のことを本当に心配しているんだな」

「そうだよ。だから、彼女に会いたいんだ」

「………………………………………………………………………………彼女に名前はあるんだろう?」

ミエリッキさんは窓の方をちらと見、再び僕達を向いて訊いて来た。

僕もだが、氷羽も気になったのか、窓の方を注視する。しかし、何の変化もない。陽の光に埃がきらりと光ったぐらいだ。

「琉雨」

「ルウ?」

「青い宝石の雨。琉璃のルに雨と書いて『琉雨』と読む」

「琉雨。良い名前だな。……………………………………この男の名前は?」

まただ。窓の方を見た。

氷羽も勿論気付いている。でも、窓の傍には誰も何もいない。床でドリュアスさんが2体コロコロしているだけだ。

「崇弥洸祈。湧き出でる水のように広く深く祈る。彼の名前は洸祈だ」

「洸祈、だそうだ。……………………………………そうか。満足したか」

「満足……?」

「おいで」

ミエリッキはテーブルの上に両手で何かを掬うような形を作った。

何も乗っていないが。しかし、僕が飽きて別の場所に注意を向ける中、氷羽はずっと彼女の手のひらを見る。正確には手のひらの上。宙を見ていた。

どうしたの、氷羽。何か見えるの?

「………………そこにいるようだ、千里」

そこ?……ってその手のひらの上?

ミエリッキさんはくすりと笑った。そして、ずいっと僕達の眼前に手のひらを差し出した。

……僕には何も見えないよ。

――でも、彼女はここにいる。いるよ、千里――

氷羽はミエリッキさんの手のひらにくっ付けるように両手を皿にする。何もいないのに、氷羽は確信を持っていた。

「……初めまして。ぼくは氷羽。そして、千里だ。君の力を借りたいんだ……琉雨」


今、何かが指に触れた。


部屋の中なのにそこに太陽があるかのよう。陽だまりに手を入れた時みたいに手のひらが温かくなった。

いる……の?でも、姿が見えない。

――契約魔獣の殆どは契約主を持つことによってヒトの目でも見れる程度の力を得られる。彼女は崇弥洸祈の護鳥なんだろう。崇弥洸祈の記憶、存在を失っている今、彼女の契約はないに等しい。だから、彼女はぼく達に姿を見せることができない。だけど…………――

彼女は温かい。

それに、太陽の匂いがする。



……――教えてください。あの人のことを……教えてください――……



間違いなく、聞こえた。氷羽の声じゃない、別の声が。高くて小さくて丸くて柔らかい少女の声。

その時、氷羽がびくりと心臓を震わせたのを感じた。

氷羽?大丈夫?

――ごめん。千里、代わって――

氷羽に早口で言われる。

「え?急に代わってって一体どうし…………………………うにゃ……え……」

いつの間にか“僕”の意識が前に出されていた。

「………………あなたは千里か。まあ、いい。琉雨が聞いている。自分と洸祈のことを」

何度心の中で氷羽に問いかけても反応はなく、どうやら彼は暫く出てくる気はなさそうだった。だが、突然拗ねた理由を訊くのは後だ。

今は手のひらに乗った陽だまりに、崇弥洸祈の秘密のスクラップブックを見付けた日のことから話そう。





そして、僕は慎重に無い頭を使って言葉を選びながら彼女に数日前に起きたことを語り出した。

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