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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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足りないもの(2)

俺の一日の始まりは騒音に始まる。


ジリリリリリリリリリリ…………――


午前5時半。目覚まし時計がけたたましく鳴る。

が、

これは騒音ではない。

騒音は――


「煩い煩い煩い煩い!!毎朝煩いんだよ!!棺桶に詰めるぞ!!!!」


これだ。

これが騒音だ。

そして、騒音の原因と言うか、発信源は――




「もー嫌!なんで毎朝俺が怒鳴られなきゃいけないわけ!?しょうがないじゃん!俺、早起きなんだもん!毎日を怠惰に過ごしてないもん!」

『先輩にあたるんだろ?なら、先輩に生活合わせとけよ』

「役者の先輩であって人生の先輩じゃないから!ホント何で寝食まで共にしないといけないわけ?あー、毎朝が苦痛!帰りたい!」

『はいはい。俺達もお前がいなくて静まり返ってるぞー。いい意味で』

「帰ったらお前の耳元で叫んでやる!!!!」

『あ、休憩時間終わりだわ。じゃーな、陽坊』

「え……待って!もうちょっと俺の愚痴――」


ぷつ…………ぷーぷーぷー。


容赦なく切れた。

まぁ、俺が双灯(そうひ)の立場だったら、間違いなく電話を切っていただろう。それどころか、そもそも電話に出てやらない。

しかし、愚痴を聞かせる為に電話をした俺の立場としては、俺は双灯にキレた。

「くそっ……夜中に無言電話してやる……」

泣いて俺に許しを請うまで電話をかけて俺共々寝不足にしてやる。

なんてことをソファーに凭れて考えていると、休憩所の前を車椅子が通りがかる。

「げ」

「いつまで休憩しているつもりだい?君はただでさえ覚えが悪いのに、君を返す頃にろくな成長してなきゃ、指導怠慢でこの僕が叱られるだろう?優秀な、僕が、ね」

あーウザイ顔が来た。病気か疑いたくなるほどの重度のナルシストめ。

「いや……ナルシストって病気か……?」

「は?何かほざいた?」

「イイエーナニモイッテマセンー」

「あ、そう。なら、早く稽古場に来てよね。1回合わせるよ」

「え……」

合わせるなんて聞いてない。

まだ一番の見せ場でターンが出来ずに毎度ずっこけてるのに。

また笑い者にされる……!

「しょうがないだろう?君と違って皆忙しいんだ。下っ端は先輩に合わせるんだよ」

「早く言えよな!」

「何言ってるんだい?そもそも君が長々と休憩を取ってるのが悪い。準備もままならない分際でよくもそんなに休めるね。そんなに帰りたければ帰ればいい」

「っ……!」

ムカつく。

当たり前のことを言われた俺に俺がムカつく。

別に、目の前のこいつが普段は我が儘ナルシストだろうと、言い返せない正論を言われて捻くれる俺じゃない。

悪いのは長々とずる休みをしていた俺の方だ。

演技が完璧でもないのに自分を甘やかして練習を疎かにした俺に非がある。それに今週末の公演は俺一人でやるものではなく、チームでやるものだ。俺の失敗はチームの失敗になる。確かに、俺は元々のチームのメンバーではなく、一時的なメンバーに過ぎないけれど、皆はチームが失敗しないように毎日練習に練習を重ねているのだ。

その中で俺は――

「おや。黙って。帰る気になったのかい?」

「ならない。……練習する」

スマホを羽織っていた上着のポケットに入れ、俺は男の車椅子のグリップを握った。

「大丈夫さ。毎朝バランス感覚鍛えようと努力しているのは分かってる。合わせの後で、君の出来ないターンを僕が徹底指導してあげるから。公演には間に合わせるよ」

「……………………」

本当に……。

こいつは案外、俺を見ているから隙がなくて困る。





さて、俺は「月華鈴」と呼ばれる舞団の舞妓、陽季(はるき)だ。

以後よろしく。

普段、俺は日本中を仲間と共に点々としながら各地で舞を披露している。

舞と言っても色々思い付くだろうが、俺は扇を使った舞を得意としている。扇持って踊っている――そんなのでいい。

が、

先先週から俺は仲間とは離れて劇場に来ていた。

劇場も色々な用途の劇場があるが、俺がいるのは演劇を行う劇場だ。

では何故、舞妓が劇場にいるかと言えば、研修……が一番当てはまる気がする。

じゃあ何で俺一人だけが研修に来ているかと言えば、恥ずかしい話、それなりに賞を貰ったりと有名な俺は様々な舞台に呼ばれる。その中には俺の範疇ではない台詞付きの仕事も含まれている。当たり前だが、嫌なら断ればいい話ではある。しかし、月華鈴の名を売り、俺の育った施設への恩返しが出来るのなら、俺は役者にだって挑戦する。それに舞台に立って他人を演じるのもなかなか悪くない。

という理由で、俺は劇場の公演を手伝う代わりにここで役者の指導を受けていた。ここへ研修しに来るのも3回目……だったかな。勿論、舞の練習も毎日欠かさない。

そして、そんな俺の指導に当たるのが二之宮蓮(にのみやれん)。金髪オッドアイの自己中ナルシだ。

俺の銀髪――人によっては白髪扱いされるが――も我ながら珍しいが、この男のオッドアイを初めて見た時は口を開けてジロジロと観察した。まぁ、物凄い形相で睨み返されたが。

彼の移動手段は概ね車椅子。

だが、彼はそれを全く苦にしていない様だった。最初は強がりかと思ったが、大抵の場所は1人で車椅子をスイスイと進ませるし、何より周囲の彼への人望だ。

劇団員達は二之宮が困る前に何でも率先した。そんな彼らに二之宮も感謝をする。

人望と言うより、二之宮は周りに愛されているが正しいかもしれない。だから、二之宮は自身の境遇を決して悲観したりしない。

そんな彼を俺は尊敬している。俺は口にはしてやらないが。

二之宮は確かに、イイヤツだ。出来る男だろう。だが、俺に対する口の悪さは……奴はさながら毒舌マシーンだ。

一体、俺が何をしたんだよ。と言いたい。

朝5時半に目指しセットしたらキレるし。もしかしなくても、二之宮は低血圧だ。

本当に朝は機嫌が悪い。

あと、かなり根に持つタイプだ。特に食べ物の恨みは恐ろしい。

冷蔵庫にあった前日が賞味期限のアップルパイを消化してやったら首を絞められた。マジで。

代わりにケーキを買ってきたのに、また首を絞められた。マジだから。

あ、何故、目指し時計やアップルパイで喧嘩になるのかって?

現在、俺は二之宮と同居しているのだ。

劇場に併設している劇団員用のアパートの一室で。

そうなったのは、俺が劇場の近くに部屋を借りられずに劇場に泊まっていたら、二之宮の方から同居を提案してきたからで。

二之宮の方から――ここ重要ね。

二之宮自身はアパートの部屋を休憩室代わりに使っており、持ち家が別にある。ほぼ無人の部屋だから使ったらいいと俺に言って来たのだ。

しかし、公演が近付くにつれ、練習時間は遅くまで伸び、ここ最近は家に帰る暇のない二之宮と寝食を共にしていたというわけだ。

で、喧嘩になっているわけ。

正しくは二之宮にグチグチ文句を言われているだけ。

俺は影で愚痴るからいい――はずが、愚痴る相手に電話を切られてしまったが。




「ほい、海老グラタン」

「良い匂いだ」

「…………デザートはアップルパイな。初めて作ったからサクサク具合とかあれだけど……」

「アップルパイ!!僕はアップルパイが大好物なんだ!ありがとう!」

滅茶苦茶喜ばれた。期待度が高過ぎて緊張してくる。

二之宮は大が付くほどアップルパイが好きらしい……。

「君は本当に器用だね。良い主夫になれるんじゃないか?」

「主婦?……ゲイじゃないから」

さり気なく俺を貶したか?こいつ。

「主夫って知らないのかい?家事の出来る夫のことだよ」

へぇー。

「ほら、君も座って。一緒に食べよう」

ニコニコ笑顔でワイングラス片手に「乾杯だ」と顔を傾ける二之宮。

彼は機嫌が良い時と悪い時の態度が極端だ。

俺は「ほら早く」と促す彼の向かいに座り、グラスを持ち上げた。

先に調理器具を洗っちゃおうかと考えていたが、しょうがない。

「乾杯」

「ん。乾杯な」

俺達はグラスの縁をぶつけ合った。




俺の一日の始まりは騒音に始まる。


ジリリリリリリリリリリ…………――


午前5時半。目覚まし時計がけたたましく鳴る。

が、

これは騒音ではない。

騒音は――


「…………………………二之宮?」


いつも隣のベッドで死んでるのかってぐらい静かに眠る二之宮がいなかった。

もしかして目指しセットする時間間違えた?

そう思ってスマホを見るが、朝の5時半だ。間違えてない。

「今日は早起きなのか」

低血圧のくせに。

ふむ。別に競ってはいないが、二之宮に先に起きられると、負けた気になる。

と思いきや、二之宮はリビングに居た。

リビングのソファーでブランケットに包まりながら寝ている。何故だ。

もしかして俺、いびきかいてた?

でも、今まで月華鈴の仲間にいびきかいてるとか言われたことないけど。

寝相悪過ぎて二之宮のベッドにまで進出してたとか?

もしくは俺に夢遊病の癖があったとか?

取り敢えず、理由に関しては二之宮に聞くのが一番手っ取り早い為、他所に置いておく。

今は寒そうに震えている二之宮の為にベッドから毛布を取って来るのが先だろう。

毛布を持ってくると、両手で拳を作って眠る二之宮の横顔が。

そんな彼の目尻からは一筋の涙が――え、泣いた?

「行かないで……行かないで……」

二之宮は拳に目元を擦り付け、寝言を言う。「行かないで」と。

まさか俺に言っているわけでもあるまいに。

しかし、二之宮にも離れたくない人が居たのか。

二之宮にもは余計か。

誰だって失いたくない人はいるものだ。

俺だって月華鈴や施設の皆を失いたくない。

「せ……い…………行かないで……」

…………………………。

「二之宮、もう泣くな。ゆっくり眠れ」

二之宮が寝ているならと俺は彼の頭に触れた。ふかふかとしている。

施設の年少は大抵これで落ち着く。だから、二之宮でも試して見たが、涙の止まった彼は「うーん」と唸ると険しい顔になった。

逆効果みたいだ。慌てて手を離す。

いい歳した大人に撫で撫では効かないみたいだ。

「……効くと思ったのに」

俺は二之宮の相手を止め、寝室に戻った。そして、ジャージに着替える。

二之宮が寝ている間にもっとバランス感覚を鍛えなくては。

そして、本番で絶対に失敗しないようにしないと。


あんば、あんば、あんばっばー、ああああんあんあんばっばー……――


スマホから不気味な音楽が流れ出す。

咄嗟にベッドの影に隠れたが、直ぐに着信音だと気付いた。

いやー、趣味悪いどころか、気味悪い音楽だが、ロックが掛かっていて着信音を変えられないのだ。

誰かに悪戯されたのだとは思うが、その犯人が未だに見つかっていない。

犯人は眉間にデコピンぐらいは覚悟して貰いたいね。序に犯人の着信音もこれに変えてロックする。

自分の犯した罪で苦しめ。

スマホを手に取ると、そこには月華鈴の誰かの名前ではなく――


「え……………………『千里(せんり)君』?」


電話を掛けてきた相手は『千里君』だった。


さて、どうしようか。

連絡先が表示された以上、知り合いなのだろうが……覚えがない。

一体、俺とどういう関係なんだ。

「おはようございます」な関係?「おはよー」な関係?「何の用?けっ」な関係?

でも、こんな朝早くに電話してくるなら、それなりに親しい関係?

いや、そもそも親しい関係なら忘れないはず。

よし、ここは無難に行こう。


ぴっ。


気味悪い音楽が消えた。

「……おはようございます」

さぁ、来い。どんな反応でも対応してやろう!




『…………………………………………あなたは僕の知り合いですか?』




俺は返事に詰まった。

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