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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
345/400

足りないもの(1.5)

「開けるね?」

「……ああ」


千里(せんり)はなんら普通のドアに極限まで近づくと、それはもう慎重にドアノブを回した。



「うにゃ、けふ……」

コンコンと空咳をした千里。彼の肩が小刻みに震える。

「待ってろ。今、窓開けるから」

「お願い……っ、けほけほ」

千里の細い喉に埃は毒か。

俺は彼の脇を通って一番近場の窓を開放した。

すると、埃っぽい室内の空気が我先にと窓の外へと出て行く。そして、外の新鮮な空気が喉かな春の日差しと共に部屋へと入り込んで来た。

「ぷはー」

千里が俺の隣で窓枠に凭れて深呼吸をする。

「やっぱり、定期的に掃除しないとだな」

「そうだねー」

ちちちと鳴く小鳥を彼が隣の屋根に見つけ、「おーい」と手を振った。が、小鳥は知らんぷり。その軽やかな歌声で春を祝福していた。


「あれ。薬の……」


日向ぼっこをしながらうとうとしていると、千里が俺の腕を揺さぶった。

それで俺の意識は現実に引き戻され、薄暗い室内を振り返る。

そうだ。俺達は目的があってこの部屋に入ったのだ。

部屋には俺が開けた窓の他に出窓がある。しかし、その窓のカーテンが閉じられている為、室内にはろくに光が届いていなかった。だから、俺は取り敢えず出窓のカーテンを開けて窓を全開にする。

「あ、明るくなった」

「千里、処方箋を見せてくないか?」

「うん」

千里は徐に机の上の処方箋を俺の手に乗せた。ありきたりな処方箋には「崇弥洸祈(たかやこうき)」の名がボールペンで書かれている。俺と同じ苗字だ。

「精神科?」

処方箋には病院の名前も印字されており、そこには精神科の文字が。

「精神安定剤……?」

何それ?と首を傾げる千里。寝癖の付いた彼の前髪が目に掛かる。

それを見た俺は後で切ってやろうと考えた。

「…………薬の名前は分からないが、崇弥洸祈は鬱病……なのかもしれないな」

「ほあ……そうなんだ。あ、あおの写真………………ん?誰?」

「誰って?」

客室扱いの部屋に俺の写真があったことには少し驚いたが、更に“誰か”の写真――「崇弥洸祈」への手がかりの存在に千里の手を覗き込む。

千里が持つ写真には満開の桜を背景に太陽光の下で笑う二人がいた。

幸せ一杯の二人。

「…………俺の写真ではないな」

千里が俺の写真と言うから、てっきり、俺と誰かの写真だと思っていたが、写真に俺の姿はない。

しかし、

「う、うん……でも、あおに……そっくりじゃない?」

そう。そっくりなのだ。

写真の二人の内の一人――前かがみになった男性の首に抱き着いてピースをする男――が俺にそっくりだった。

「何が?」と問われたら、顔が。

けれども、“彼に似ている者”が俺自身である以上、俺と写真の彼が全くの別人であることぐらいははっきりと分かる。

何故なら俺はこんな風に無邪気に笑えないから……。

「多分、この処方箋の主じゃないか?苗字が同じということは、俺の親戚だろう。もしかしたら、俺と顔が似ているのは彼が俺に近しい親戚だから……とか」

俺の予想が正しいとなると、この笑顔の裏に彼は辛い気持ちを隠していたのかもしれない。

「でも…………僕らは……彼を知らない…………」

「ああ」

俺とよく似た顔の人間。傍目にはドッペルゲンガー扱いされるだろうと考えるぐらいには、俺達は似ている。


だけど、そんな人間を俺は――俺達は覚えていない。


この部屋は本当に客室なのだろうか。

でも、俺はそれが真実かどうか以前に、この部屋を物置兼客室だと認識していた。

そしてそこに明確な理由が俺にはないのだ。

そもそもこの家には俺と千里しかいない。昔からそうだった。

「あ、もしかしたらあおのおじいちゃんとかかもよ。ひぃひぃひぃひぃおじいちゃんとか」

「そんな古い写真じゃないだろ。それに…………おい、千里」

「どうしたの?」

写真の隅には日付が書かれている。その日付は――

「この写真、去年の4月に撮られたものだ」

「去年……え、去年?なんで去年の写真がここに?それも、あお似の人の写真」

「変だな」

「うん」

「千里、この部屋を徹底的に調べるぞ」

「なんか、探偵ごっこみたい!楽しそう!」

確かに、部屋の捜索など、探偵の真似事みたいだ。

千里はさっそく、机の引き出しを全開にする。

と、中には小さなフィギュアが沢山。色々な色のビー玉大のものが大量に入っていた。

カラフルなそれらから一つを摘んだ千里。

「キモい」

ぼそりと彼は辛辣な言葉を吐く。

千里が手に取ったのは球体から紐で出来た長い手足が生えたもの。球体には顔らしいものが書かれ、頭には紫色の花が。

カラーや頭の草花に違いはあれど、引き出しにはそれらが転がっていた。

「何これ。コレクション?趣味悪いね」

「これ……何かのCMで……お菓子だったかな」

「あー…………見たかも。コラボとか言ってた」

ふんふふふーんと歌い出した千里。

そのメロディーを聞いて俺もCMを思い出す。

確か、“あんばださーシリーズ”のコラボクッキーのCMだ。

「こんなに集めて子供みたいな人だね」

「そうだな」

きっと周りにはそう見えていたのかもしれない。明るくて良く笑う子供のような人に。

「…………(あおい)

千里が俺の名前を呼んだ。

俺はタンスの上に飾られたぬいぐるみを眺めながら「うん?」と返事をした。可愛らしい動物のぬいぐるみ達を見れば見るほど、この部屋の主の性格が読めなくなる。

もしかしたらオカマさんなのかも――なわけないか。

「葵、見てよ!」

「え?」

冗談を含まない千里の焦り声に俺は雀のぬいぐるみを手から滑り落とし、それを拾う暇を惜しんで千里の直ぐ傍に駆け寄った。

千里は自身の持つノート……否、スケッチブックのようなものを見て固まっている。

それを俺も首を伸ばして見た。


写真やカラーペンの文字、様々な絵柄の入ったテープが貼られたページ。そこは、その時の上機嫌な気分を全面に押し出したかのように多種多様な文房具でデコレーションされていた。

こういうものはスクラップブックと呼ばれるのだっけ。

トレンドに関しては俺より千里の方がずっと詳しい。

しかし、いつかの朝のテレビ番組で紹介されていたが、スクラップブックからは女性が手帳を自分流にアレンジするのと同じ雰囲気が漂っていた。

これは真面目に、オカマさんの説が……。

いや、偏見か。女性らしさや男性らしさなど、世の中の誰よりも美しく綺麗な千里を見れば、意味をなさないことぐらい分かる。

「これ、僕達の写真だよ!?」

千里が指を指したのは、俺と千里が仲良くベンチで凭れ合いながら眠っている写真。コートやマフラーを着込んでいる辺り、写真の季節は冬だろうか。

「見て、「おやすみなさい」って書いてある」

写真の右下に青色のペンで書かれた“おやすみなさい”の文字は俺の字でもなければ、千里の蚯蚓文字でもない。第三者の字だ。

「女の子の写真もある」

幼い少女が紅葉を手に微笑む写真。それから彼女の写真が何枚か続いた。彼女は俺のそっくりさんと同じ瞳の色をしており、娘か年の離れた妹なのかもしれないと考える。

「あとこの人……誰よりも写真が多いよ。それに…………」

写真が多いと言われたのは、俺のそっくりさんが桜の樹の下で抱き着いていた男性。世にも珍しい白銀の髪の持ち主。

笑う姿は勿論、着替える姿から寝顔まである。

大あくびをする姿もだ。

そして、添えられた文字は「かわいい」。

このスクラップブックの作成者は白銀の髪の男の熱狂的ファンに違いない。

そして、作成者は多分、俺のそっくりさん。

「あはは。相当、この人が好きなんだね」

千里はくくくと喉を鳴らして笑い、しかし、一枚一枚の写真に込められた白銀の髪の男への想いを感じ取るかのように優しくページを撫でた。

「ねぇ、あお」

「うん?」

くいっと顎を下げた千里は翡翠の瞳で俺を見下ろす。

彼の白い手がゆっくりと持ち上がり、俺の頬に触れた。「僕を見て」と言わんばかりに。

だから、俺も千里を見上げる。

「僕らは本当に…………足りないのかもしれないね」

「え?」

「僕らは――」


スクラップブックを机に置き、千里は一枚の写真を俺の眼前に掲げた。スクラップブックに挟まっていたのだろうか。


「家族だったみたいだ」


俺と千里が並んでいる。千里の隣には由宇麻(ゆうま)さんが。俺達の間には黒髪の少年がいる。

そして、俺の左隣には白銀の髪の男が。そんな彼の前には胡坐をかく男。赤茶の髪の俺のそっくりさん。

そっくりさんの膝には幼い少女。

桜の下で俺達は笑っていた。

「葵?」

「千里…………分からない。…………だけど……」

千里と由宇麻さん以外の者に覚えがない。

俺達は彼らとこんな風に笑っていた。その事実が写真に残されているのに、俺は何も思い出せない。

「いいんだよ。僕の腕も肩も胸も全部あおにあげてるから」

千里は涙を溢す俺を腕に抱く。

「……ありがとう…………」

足りない。

しかし、足りないものが何かを知って満たされない気持ちが湧いてくるどころか、俺は自身の胸にぽっかりと空いた穴があることに気付いてしまった。

確かに、足りない…………だけど、もっと正しい言葉を当てはめるなら――何もない。

何かを失くしてしまっている。

“欠ける”よりももっと致命的な喪失。

もうそれがあった頃には戻れない感覚だ。

つまり、俺は失ってはならなかったはずのとても大切なものを無くしてしまった。

「…………っ……助けてくれ…………千里……」

千里に頼むのはお門違いだろう。寧ろ、俺の要求は千里を苦しめる。

だけど、俺は千里に願わずにはいられなかった。

「その依頼、承ったよ。……僕が君の足りないものを見付ける。必ず」


「………………頼む」


その時、俺は不覚にも、いつの間にか止まってしまっていた俺達の時間が動き出したように感じた。

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