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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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夢の終わり(6.5)

静かな午後。

お店の1階で旦那様と自分用にミルクたっぷりのココアを作る。

火の付いた暖炉の前で揺り椅子を揺らす旦那様の膝に座り、一緒にココアを飲む。

甘くて……温かい。

沢山話をして、ココアを飲み干すと暖炉の火を眺める。

旦那様の目と同じ色。

ゆらゆら。

ゆらゆら。

旦那様はずっとずっと自分の頭を撫でてくれる。

温かい。

「旦那様……大好き……です……」

眠たくなってきました。

「俺も大好きだよ……琉雨(るう)

ああ、旦那様も眠たいのですね。



なら、一緒に眠りましょう。

店番は少しだけ、おサボりです……――







「――――――旦那様!!!!」

琉雨が布団を蹴散らして飛び起きた。


「ふにゃ、あ、っ、る、琉雨ちゃん!!!?どうしたの!?」

琉雨の声に隣のシングルベッドで寝ていた弥生(やよい)も飛び起きる。

そして、琉雨と仲良くダブルベッドで寝ていた真広(まひろ)も目を擦りながら体を起こした。

「るー……ちゃん?」

真広に背中を向ける琉雨の肩が激しく上下している。

一体、何が……。

施設育ちで沢山の妹や弟を持つ弥生は部屋の明かりを付けると、呼吸の荒い琉雨に駆け寄った。そして、背中を擦ったり、額の汗を拭う。真広も琉雨の背中を撫でるのに加わる。

「琉雨ちゃん、どうしたの?怖い夢を見た?……大丈夫だよ、それは夢だからね。ここに琉雨ちゃんを怖がらせるものは何もないからね」

はっ、はっ、はっ、と息を切らした琉雨の目は焦点が合っていなかった。

彼女は目を見開いて固まっている。

「旦那様……旦那様は……」

洸祈(こうき)君?……あ、陽季(はるき)に電話して洸祈君と話せないか聞いてみようか?」

弥生が時計をチラと見ると12時を回っていた。が、緊急事態だ。

陽季なら分かってくれるはず――と、弥生はスマホを手に取った。

しかし、ベッドを降りた琉雨はスリッパに足を入れ、立ち上がる。

「る、琉雨ちゃん?どこへ?」

パジャマ姿の彼女はクローゼットからパーカーを出して羽織ると裸足で靴を履いた。

どう見ても部屋を出るつもりだ。

「…………ルーは旦那様を守らなくてはいけないのです」

そして、ドアを開けた琉雨が部屋を飛び出した。




主の魔力がごっそり消えた。

それが示すのは洸祈に何かがあった。


琉雨はまず、同じ階の(あおい)千里(せんり)の部屋を訪れた。

しかし、反応なし。

早々に諦め、琉雨は(くれ)のいる部屋に向かった。

「へーい。こんな遅くになんだー?……って……え?琉雨ちゃん?」

ドアの前にはパジャマにパーカーを羽織っただけの少女。

大あくびをしながらドアを開けた双灯(そうひ)は予想外の訪問者に驚いた。

今は真夜中。

小さな子が眠気に勝てるような時間ではない。

それも琉雨は一人で立っていたのだ。

双灯は保護者を探して廊下を見渡すが、人影はなし。

「夜遅くにごめんなさい。あの、呉君はいますか?」

「え?呉君?……寝ちゃってるけど」

「起こしてもらえますか?」

「え?え?」

年齢の割にとても行儀の良いと思っていたが、謝りつつも凄まじいお願いをしてくる琉雨に双灯は「え?」を繰り返す。

真夜中に現れ、ぐっすり眠っている呉を起こして欲しいと言う――自分は疲れて聞き間違いをしているのかと双灯は眉間を揉んだ。

「ほら、夜中だからさ。俺じゃ駄目かな?」

「呉君を起こしてください、お願いします!今すぐ呉君の力が必要なんです!」

「え!?」

琉雨が双灯のローブを掴み、揺らす。

その必死な顔に、双灯は琉雨が他の誰でもない呉を必要としているのを察した。

「わ、分かったよ。呉君を起こすよ」

と、双灯が部屋の中に戻ろうとすると、

「その必要はありませんよ」

双灯の背後に呉が立っていた。

既にパジャマにジャンパーを重ねている。

「呉君、起きたんだ?」

「僕は本来、睡眠を必要としていませんので、眠りが浅いんです。それにとても耳が良いので、琉雨姉ちゃんが僕の名前を呼んでいる声が聞こえました。だから起きました」

「…………呉君は夜型なんだね」

「そうですね。僕は夜行性です。双灯さんは休んでください。僕は琉雨姉ちゃんのお手伝いをしますので」

スリッパからスニーカーに履き替える呉。

しかし、双灯は自分の身長の半分くらいの子供に「休んでください」と言われて困惑する。

琉雨は必要なのは“呉”だと言ったが、こんな夜更けに子供だけにするわけにはにもいかない。

特に琉雨も呉も洸祈の家族で、今は弥生や双灯、月華鈴が預かっている状態に近い。

預かっている以上、責任がある。

「俺も一緒に行くよ。二人だけにはできない」

クローゼットに掛けていたオーバーコートを体に巻く双灯。

琉雨と呉が顔を見合わせる。

(いつき)にメモ残すからちょっと待ってて」

双灯は二人でどこかへ行ってしまわないように琉雨を半ば無理矢理部屋に入れた。

「あの、双灯さん。僕はこんな姿ですが、長生きしてますので。大丈夫ですよ?」

「駄目だ。二人に何かあったら、洸祈君達に申し訳ない」

メモを書く双灯の背中に語り掛けてくる呉に双灯は頭を左右に振る。

邪魔者になろうと双灯は絶対にお節介を焼くと決めていた。

「双灯さん」

少女の声。

「何だい?」

「旦那様を守るのはルーの役目です。月華鈴の皆さんを守るのは双灯さんの役目です。あなたはここを離れてはいけません。呉君、行きましょう」

「……はい」

「え?」

勝手に行かせるわけにはいかないと双灯が背後を振り返る。


しかし、そこに琉雨と呉の姿はなかった。







政府輸送列車襲撃事件以来、裏の奥深くに息を潜めていたアリアス達だったが、千歳(ちとせ)が年末の大掃除に追われていると、偵察班から彼女らが表で再び動き出したと聞き付けた。

そして、彼女らの目的地は何の偶然か、崇弥(たかや)洸祈達のいるホテルらしいとのこと。

否、偶然ではない。

中立の(きり)として、アロハシャツにコートを重ねた千歳は執事の(みやび)と共に直ぐ様そのホテルへと向かった。


千歳の予定ではアリアス達の到着より先にホテルごとレイヴンの結界に納めてしまおうと考えていた。

結界を張ってしまえば、不安要素は攻撃最強の櫻の吟竜ぐらいなる。

だが、ホテルへと向かう車の中で考えた予定が上手く行くわけもなく、アリアスに先を越された時点で千歳の計画は破綻していた。

小さな結界なら兎も角、ホテルを覆う程の巨大な結界をアリアスに邪魔されながら張れるわけがない。

序でにレイヴンがアリアスに接触して間も無く、アリアスは仲間を千歳達へと送って来た。

3対2。

優男、スレンダーな女、少女対レイヴンと雅。

千歳が入っていないのは、勿論、戦力外だからだ。まぁ、レイヴンに指示ができるのは千歳だけの為、レイヴンと千歳はほぼ同義だが。

しかし、問題は3人が現れて早々に千歳は雅と引き離され、女と1対1になっていたのだ。

それも女は空間魔法の使い手と来た。

空間魔法と一口に言っても、様々な種類がある。寧ろ、他の炎系や水系と比べると空間魔法は断然種類が多い。

例としては千里の空間断絶魔法や呉の空間転移魔法がある。

どれも空間を操る高度な魔法には違いないが、アリアスの仲間はレイヴンが張った結界に触れると同時に結界をすり抜けた。正確に言うなら、結界を引き裂いて中へと入って来た。

だが、結界を引き裂いて結界の中へと入れたとしても、レイヴンの結界の中では魔法が殆ど使えなくなるのだ。つまり、結界の中で魔法を使って千歳に危害を与えることはほぼ不可能になる。


――が、魔法以外なら千歳を傷付ける方法などいくらでもある。加えて、千歳に武道のスキルは皆無。

では、アリアスの仲間の女はどうだろうか?


最初、防御の為の結界を築いた千歳だったが、女にあっさり入られた。

女はビビる千歳に真っ赤な唇をにやりと引き延ばすと、ズボンのポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。

それを見た瞬間、千歳は結界を解除して全速力で逃げていた。


今の千歳に勝ち目はない。


「だが、世の中には逃げるが勝ちと言う言葉があって……って、逃げてたら俺達が来た意味ないか……」

ホテルの駐車場で車の陰に身を潜める千歳。

見張りとして少し離れた場所にレイヴンを飛ばしてはいるが、彼は用心して隠れていた。

しかし、困った。

これでは無駄骨だ。

「神域で洸祈君を保護できていれば…………」

桐は崇弥家の子息である洸祈が軍学校を中退して以来、ずっと彼の行動には目を光らせていた。

彼の大きな力は桐が調整してきた政府と軍のバランスを簡単に崩してしまう。だから、彼がどちらかに利用されることがないように見張っている必要があったのだ。

しかし、約1ヶ月前の騒動で、洸祈は自身の意思に反して軍の言いなりになってしまった。その時は洸祈の契約主の精神崩壊でどうにか決着がついたが、洸祈が悪意ある誰かに利用される可能性がある以上、洸祈を今までのように放置しておくわけにはいかなくなっていた。

だから、神域騒動のどさくさ紛れに洸祈を保護するつもりだったが、失敗。その後も何度か計画を練りはしたが、用心屋と(れん)が桐を警戒して洸祈を守っていた。

そうこうしている間に洸祈は意識を取り戻し、桐には手が出せなくなってしまったのだ。

「しかし……奴らの狙いは…………」

ぐぅ。

千歳はぴくりと肩を震わせると、天を扇いだ。

その時、ホテルのある階層が青白く光る。

あれは魔法の光……。

誰かが中立の領域で魔法を使っている――桐が見逃すわけにはいかない。

「くそっ、行くしかないか」

「それは困りますわ」

「!」

車と車の間に隠れていた千歳だが、背にしていた車のボンネットに女が立っていた。

赤毛の女はスーツにヒール姿。彼女は口紅を付けた真っ赤な唇でにんまりと笑う。

そして、片手に折り畳みナイフを握り、月明かりに刃をキラリと反射させた。

「レイヴン!」

千歳の呼び掛けに鷲サイズの巨大な鴉が木々の間から女へと突っ込んで行く。レイブンの鋭い鉤爪は女の顔面を容赦なく狙っていた。

しかし、女はレイヴンではなく、千歳をじっと見詰めていた。勿論、笑みは絶やさない。

そして、ナイフを掴んでいない女の右手がするりとスーツのポケットに入り、何かを掴むと千歳に向かってそれを投げた。

仕掛けて来る――!

「レイヴン、俺を守れっ!!!!」

「天を裂きなさい『雷光』」

バチッと弾ける音が響くと同時に千歳の視界が真っ白に染まった。

思わず目を瞑って前屈みになり、耳を塞いだ彼だが、光は瞼を、音は手のひらを通り抜ける。

特に光に関してはあまりの眩しさに自分が目を瞑っているかを疑う程だ。

「っ!」

そして、ジーだかピーだかの高温が耳だか頭に響く中、千歳は車を手探りに女から離れているであろう方向へと走る。

千歳は真っ直ぐ走っているつもりだが、ぐらぐらと左右に揺れているせいか肘や膝が車体にぶつかる。一歩進んでは肘が。一歩進んでは膝が。

その度に鈍い痛みが神経を通して頭へと伝わる。

が、立ち止まるわけにはいかない。

落雷自体は間一髪でレイヴンが防いだが、衝撃を防ぐ暇はなかった。結果、目と耳が奪われてしまった。それでまともに戦えるわけはなく、千歳は本気で逃げるが勝ちを選択する他なくなってしまった。

しかし、今更“逃げる”を選択しても、現実も女もそう甘くはない。

「自身の能力を弁えない行動はあなた自身を滅ぼすのよ」

「っぁあ」

背中に鋭い痛みが入り、千歳の手が車から離れた。

支えを失ったことでもたついた足達が好き勝手に絡み合う。

そして、千歳は顔面からコンクリートの地面へと無様に倒れた。

両手がチリチリと痛み、頬は熱く、背中には激痛。

防御特化の桐の長として久し振りに感じる体の痛みは凄まじいものだった。

それでも、千歳は子供みたいに泣きたくなるのを大人として、男として、どうにか堪える。

絶好のチャンスだったのに洸祈を手中に収められなかったことで、祖母を始め、女性陣に散々怒鳴られた千歳は、今回、その汚名を返上すべく奔走していたのだ。その結果がこれでは家の敷地すら踏ませてもらえなくなる。それに、職業執事の雅にとって、浮浪者となった千歳の世話など苦痛でしかないだろう。

まぁ、レイヴンしかない千歳と違って雅は執事兼戦力――桐の家から追い出されるのは千歳だけかもしれない。

「でも、彼女の“排除”って、何処までかしら…………ま、やり過ぎで文句は言われないでしょう」

女は血の付いたナイフをハンカチで拭って折り畳むと、再びポケットを探る。そして、畳まれた5センチ四方ぐらいの紙切れを開き、片手に乗せた。

紙には黒い線で幾何学模様が描かれている。

女は開いている手の親指を唇に挟むと犬歯で指の腹を躊躇なく傷付けた。

傷口から徐々に溢れてくる赤い血。小さかった赤い玉は少しずつ大きくなり、やがて、指を伝って彼女の手のひらに溜まる。

そして、僅かに溜まった血を女はゆっくりと紙の上に落とした。

「レイ……ヴン」

千歳は覚束ない足取りながらも、少しでも女から離れようとする。レイヴンも千歳を守るのに必死で雷に翼の一部を焦がしていたが、千歳の周囲を守るように結界を張った。

「守って貰うしかできないあなたは今一番の足手まといね」

ヒールを鳴らした女は目に見えない結界に触れる。彼女が爪を立てれば、結界は簡単に傷付いた。

「こんな薄いので堪えられるかしら?……『氷雨』」

冷えて渇いた空気に混じる湿った風。千歳の頭上に集まったそれは徐々に形を持ってゆく。

小さな欠片から始まり、少しずつ大きく鋭くなる。

その間も千歳は前へ前へと這うように進むが、到底逃げきれそうにない。

「彼女の邪魔は誰にもさせない」


そして、ナイフのように尖った氷塊は千歳の頭頂を目指して落下した。

~おまけ~


「おい、司野。報告書の判子が傾いてる。やり直せ」

「え?…………原田、これ傾いとる?傾いてても5度くらいやろ?」

「…………俺達に拒否権はないんだ。瑞牧さんが言うんだから、文句言わずにやり直さないと――」

「おい、お前ら無駄口叩かずに仕事しろ!」

「は、はい!」

「だから言ったのに。司野のせいで俺まで――」

「原田!」

「はいっ!!」



「今日の瑞牧さん、どないしたん?普段は『判子なんてめんどくせぇな。サインじゃねぇなら誰がやっても同じだろ』って言うぐらいやのに」

「今日はあれだよ、あれ。嫌煙運動の日。喫煙室含めてうちの課全体で完全禁煙だ」

「それでか…………瑞牧さんもやけど、なんか殺伐とした雰囲気やったな。禁煙は良いことやけど、これやと仕事の効率は落ちるで」

「ほら、あれを見ろ。向かいのカフェ」

「お、大盛況やんけ。珍しいな」

「喫煙オッケーだから課の喫煙者皆あそこ行ってるんだ。きっと瑞牧さんもあそこだ」

「ああ…………嫌煙運動の日の良いところは競争相手が減って、昼飯に食堂の数限定スペシャルデザートをゲットできることやな」

「ま、ここで補給した糖分も午後にニコチン切れの瑞牧さんに怒鳴られて消えるんだけどな」

「はぁ……今は二人で至福の時間を噛み締めようや……ほんまに……美味いなぁ」

「そうだな…………」

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