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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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夢の終わり(4.5)

「はい!男の子のたしなみ!買ってきたよ」

「うー……俺としたことが…………早く」

「ほい。水は?」

「いる」

「水みーず水水水。はい、お水」

「ありがと」

千里(せんり)がベッドで体を起こす(あおい)に水の入ったコップを渡した。

葵は手のひらに乗せた錠剤を舌に乗せると水を口に含む。

「さっきねー、ホテルに戻って来た時に陽季(はるき)さんに会った」

「んー」

「陽季さん置いて外出した洸を探してたみたい」

「んー…………んくっ…………結婚した日に陽季さんを置いてきぼりにするとは……」

薬を水で喉に流し込み、コップに残った水も飲み干した葵は千里の手にコップを返した。

「あおも花嫁の初夜とか考えるんだーへー」

「何かやらしい言い方すんな」

「ま、どうせ洸は肉まんでも探しに出掛けたんでしょ。直ぐに見付かるよ。あおはどう?」

コップを水洗いした千里がローブに着替えると、葵が横になるベッドに入り込む。葵も千里の為に場所を開けると、付けっぱなしのテレビに視線を移した。

「まだ気持ち悪い。薬が効いてくればマシになると思う」

「ホント許せない。サイダーの見た目してアルコール入ってるとか。アルコールの味しなかったんでしょ?」

「何か変な感じはしたけどサイダーだったな。いや、俺もドリンクバーから注いでれば良かったんだ」

そう言う葵は酔いのせいでずきずきと痛む額を押さえる。

千里が買ってきた頭痛薬が効果を発揮するまではまだ暫く時間が掛かりそうだ。

「あおと洸は双子なのに洸はお酒平気だよね」

洸祈(こうき)は普段から飲んで慣らしてるからじゃないか?酒は結局は慣れなんだろう……多分」

片手の指の数以下しか飲酒をしたことがない葵は敢えて“多分”を付け足した。葵も千里も酒と言うのはまだまだ未知の領域なのだ。

そして、過去に酔っ払い洸祈にしつこく絡まれた千里は酒を毛嫌いしていた。洸祈に「美人さん、今日のパンツ何色?」と聞かれて以来、特にお酒を飲む洸祈には近付かないようにしている。

「あーヤダ。僕は死ぬまでお酒は飲まないもんねー。酔っ払いにはならないもん」

「そうだな。酒は金が掛かる。ジュースの方が安い」

「流石、主夫」

「お前や洸祈と比べたら確かに主夫だが、実際に店の財布を握ってるのは琉雨(るう)だ。家計簿付けるのは俺だけど。琉雨は凄いぞ。食材ごとに何処のスーパーが一番安いか覚えてる」

「それ凄いね。あ、でも、僕がお買い物関連で琉雨ちゃんに一番感謝するのは、おやつ買ってきてくれること。シュークリームとかエクレアとか買ってきてくれるのすっごく嬉しい」

「お菓子かよ。……でも、皆で食べましょうってお菓子出してくれるの嬉しいな。琉雨がさ、いつも好きなことする俺達を1つにしてくれるよな。イベントとか、普段のおやつタイムとか」

「うんうん。ねぇ、あお。僕達はずっとこのままだよね?」

琉雨の話で盛り上がっていた千里の口調が突如落ち着きを取り戻す。葵もテレビの刑事ドラマから目を離して千里を見た。

「このままって?」

「お店があって、洸がいて、琉雨ちゃんがいて、(くれ)君がいて……由宇麻(ゆうま)がお店に遊びに来て……誰かの幸せを皆でお祝いして……楽しくはしゃいで……僕の隣には葵がいる…………このままだよね?……僕達はずっと……このままでいたいよ……」

葵から隠れるように俯き、頭を葵の肩に触れさせる。

「千里……不安か?」

「…………不安みたい」

「俺はお前の質問に「うん」とは言えない……だけど、俺はずっとお前の隣にいる。お前の好きな今を俺は全力で守るよ」

葵は千里の背中に腕を回すと、「だって、俺もお前と同じようにずっとこのままでいたいって思うから」と千里の耳に囁いた。それからゆっくりと千里の背中を撫でる。

「あお……怖いこと考えた……だからきっと怖い夢を見る……」

千里の悪夢はいつだって何かを失う夢。

大切なものを失う夢。

「分かったよ。今夜は一緒のベッドだ。怖い夢見ても直ぐ隣に俺がいるから安心できるだろ?」

「…………ありがとう、葵」

千里は大切なものをなくさないように葵のローブを強く握った。







きっと月が綺麗だからと、俺はホテルの展望デッキに来ていた。が、流石に風が強い。序に寒いしで、俺以外に人はいない。

しかし、、周りに障害物がない為、月も星も綺麗だ。

俺はロビーでゲットしてきたセルフサービスのコーヒーを片手にベンチに座る。

楽しかったパーティーは暫く前に終わり、一先ず忘年会は解散となった。崇弥(たかや)は陽季君と、葵君は千里君と、それぞれ部屋へ。琉雨ちゃんは真広(まひろ)ちゃんと一緒に弥生(やよい)さんの部屋。呉君は(いつき)君と双灯(そうひ)さんの部屋だ。

そして、俺は一人部屋。

璃央(りおう)先生とはパーティー会場で沢山お話したし、一応、バーで2次会が行われているが、メンバー的に月華鈴の集まりみたいな感じだ。俺みたいな労働課監査部員は入り辛い。それに、もしバーに行ったとして、双蘭(そうらん)さんと飲み比べ大会になったら俺の体が持たない。

しかし、寂しいからって(れん)君のところに行くのも……きちんと仲直り出来てないし。

蓮君の足のことを考えると、きっと蓮君の部屋にお邪魔する形になってしまうだろう。

そうなると、蓮君の部屋には遊杏(ゆあん)ちゃんと董子(とうこ)さんが――大人の女性がいる部屋に連絡もなくお邪魔するのはマナー違反だ。


「んー?おっきな…………」

夜空に黒く横に細長い影が。黒い流れ星とか?写真に撮ろうかな……映らないか。

いや、あの形は鳥?羽ばたいている。でも、夜行性の鳥って何だろう?

フクロウ?

そして、おっきなおっきな鳥さんは真っ直ぐ俺の方へ――おっきなおっきなおっきな…………おっきな!?

「ほわぁっ!!!!!?」

大きいどころではない。

鋭い爪に長い嘴を見たと思った瞬間、巨大な翼が顔面に突っ込んで来た。

顔を庇う腕に力強い羽ばたきがバサバサとぶつかってくる。

痛いわけではないが、目に羽根が入りそうで怖い。

「昔見た映画やんか!鳥に殺される!!」

『何言ってんの。取り敢えずしゃがんで。その鳥、鳥じゃないんじゃない?』

「と、鳥やろ!」

彩樹(あやき)君の助言に従い、落ち着いてくれない鳥さんから逃げるように俺は頭を抱えてしゃがんだ。

しかし、紙コップが空で良かった。コーヒーが残ってたら俺も鳥さんもコーヒーまみれだっただろう。

火傷していたかも。

そして、俺は縮こまりながら自分に「お前は石像だ」と言い聞かせてひたすら耐える。

石像だから痛くも痒くもない。

――グゥ、グゥ。

俺のお腹が鳴ったにしては大きい音。となると、これは鳥さんの鳴き声だ。

しかし、これが鳥さんの鳴き声だとして、一体何と言う種の鳥なんだ。変な鳴き声……。

『由宇麻、攻撃収まってるよ』

「…………ん?」

激しく動くものの気配がなくなり、薄く目を開けると、スニーカーの爪先に鳥の羽根が1枚乗っていた。俺には黒い羽根に見える。が、直ぐに風に飛ばされて視界から消える。

そして、俺が顔を上げると、展望デッキの手摺に一羽の鳥がいた。

「鳥やんか……でっかい鳥やけど」

鷲?鷹?鳶?

いや、顔のフォルムは猛禽類と言うより――

『鴉』

「…………見たことあるんとちゃう?」

『……(きり)の大黒鴉』

グゥ。

でかい鴉が空を見て鳴いてる。

桐の……千歳(ちとせ)さんの魔獣だろうか。

しかし、何故ここに千歳さんの魔獣がいるのだ。蓮君が呼んだ?

『問題のないところに桐の鴉は来ない』

「何やそれ……まるで問題があるみたいな言い方……」

ドクンと俺の心臓が高鳴る。

彩樹君が怖いことを言うから…………。


「何しに来たのさ!」


甲高い女の子の声――遊杏ちゃんがデッキの出入口のドアを開け放ったまま立っていた。

風に彼女のワンピースが大きく揺れる。

「あ……俺はお月様を見に……」

『違う。由宇麻に言ったんじゃない』

「え?」

遊杏ちゃんが俺と鴉の間に立ち、俺の目の前には強風に煽られる明るい茶色の長い髪が見えていた。

つまり、遊杏ちゃんが怒鳴ったのは鴉に向かって?

『由宇麻、中に入ろう。二之宮(にのみや)蓮か春日井(かすがい)呉の傍にいた方がいい』

「せやけど……」

遊杏ちゃんを放って置くわけにはいかない。

けれども、この場所に遊杏ちゃんが一人だけって、蓮君は何をしているのだ。遊杏ちゃんを知る大人の一人として俺は遊杏ちゃんの傍にいないと。

『由宇麻!桐は彼女を傷付けられない。それよりも、桐がいるってことは良くないことが起こるってことだ。捲き込まれる前に安全なところへ行くんだ』

たとえ、彩樹君の言い付けでも、状況が理解出来ていない中で俺だけが逃げるなんて出来ない。

そんな俺の性格は彩樹君が一番分かっているはずなのに……。

『また崇弥洸祈の枷になりたいのか!』

崇弥の枷。

「っ…………それは嫌や!」

俺のせいで崇弥が傷付くなんてもう絶対に嫌だ。でも、俺のせいで遊杏ちゃんに何かあっても崇弥を傷付けることになる。

俺は一体どうしたらいいんだ!

「どうちゃん、レイヴンは何も言う気ないみたい。一緒ににーのとこに行こう」

「えあ………」

頭を抱えていると、振り返った遊杏ちゃんが俺の手を取って強く引いた。その時、翼を広げた鴉が手摺から落ち、地上へと急降下する。

きっと下に千歳さんがいる。直ぐそこまで千歳さんが来ているのだ。

「……何が起こっとるんや…………」

「分からない……でも、にーが怒ってる。こんな日にレイヴンけしかけてくるなんて、にーが許せるはずないよ…………」

エレベーターに俺を押し込み、遊杏ちゃんは階下へのボタンを押した。

ゆっくりと閉まるエレベーターのドア。

そして、その隙間からは展望デッキがガラス戸を通して見える。

建物側の明かりもあって、勿論デッキは真っ黒だ。

しかし、唯一明るい月の影を何かが遮るのが見えた。

鴉ではない。

…………人影だ。

「遊杏ちゃん、デッキに誰か――」

ドアがパタンと閉まる。

「今、誰かおって………………」

「どうちゃん!!降りなきゃ!開けて!!」

「え?いや、もう無理やで」

エレベーターは既に降下している。今更、降りられない。しかし、遊杏ちゃんは目を見開き、まるで幽霊を見たかのような顔をしている。

幽霊…………見たんかも。

全身黒ずくめの幽霊を。

「あの女がどうしてここにいるのさ……!」

『なんでここに……』

遊杏ちゃんに幽霊の知り合いがいたことは驚きだが、それ以上に彩樹君に俺が知らない幽霊の知り合いがいたことに驚いた。

だって、彩樹君の個人的な知り合いは皆――


『…………アリアス』


――カミサマだ。

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