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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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夢の終わり(4)

夢なら夢でいい。


夢でいいから消えないでくれ――



――洸祈(こうき)





洸祈が居らず、何となく閉まりのなかった結婚祝いこと忘年会が繰り広げられていたパーティー会場だったが、洸祈が琉雨(るう)由宇麻(ゆうま)を連れて会場に現れて以降、本格的にどんちゃん騒ぎが起きた。

双蘭(そうらん)との飲み比べ大会は双灯(そうひ)菊菜(きくな)と続き、陽季(はるき)が負け、やっと双蘭のペースが落ちたのは(れん)が相手になってからだった。

そうして、蓮が黙々とワインをたしなんでいると、弥生(やよい)から渡されたカラオケ用マイクで洸祈が失恋ソングをセレクトした。胡鳥(ことり)(くれ)のタンバリン係達の手も止まる。

琉雨だけは元気良く「旦那様頑張ってくださーい!」と手を振っていた。

また、部屋の照明が絞られ、暗くなっていることを良いことに隅で(あおい)に手を出していた千里(せんり)も前奏から滲み出る陰鬱さに舞台を振り返った。

そこには片足で床を踏み鳴らしてリズムを取る洸祈が。

「げ、洸が歌うの!?」

「え?……あ、洸祈は……音痴で……」


あなたぁぁのぉ、後ろ姿ぁぁぁ、もうないわぁぁ、この恋の先にわぁぁ、何もないのよぉおおおお――……


不協和音。ことごとく音がメロディーから外れる。

ばんっと音を立ててワイングラスをテーブルに置いた蓮が瞬時に両手で耳を塞いだ。そして、「誰か彼を止めろ!」と悲鳴に似た声をあげる。

双灯も面白半分で肘で陽季の脇腹を突き、ソファーに寝転んでいた陽季が薄目を開けた。そして、洸祈がこれ以上他人に迷惑を掛けるのを恋人として止めようと立ち上がろうとする。

が、蓮の悶える姿を見付けて直ぐにソファーに横になり、再び目を閉じる。

その時、隠れてにやりと微笑むのも忘れなかった。

社会の荒波に揉まれる組として互いに苦労を語り合っていた由宇麻と璃央(りおう)のコンビも顔を合わせると、理由もなく込み上げてくる可笑しさから眉を曲げて苦笑いをした。



数々の思い出ぇぇ、私は宇宙に捨てるのぉおおお


スゥ――……


「嗚呼ぁああ、私の時間を返してぇええええええ!」



熱の隠った声音で洸祈は1回目のサビに突入。拳を固く握り、上半身は前のめりに。

「私の恋を返してぇえええ!」

目を瞑り、訴え掛けるように体をくねらす。

サビのあまりのインパクトに幼馴染で洸祈の音痴にも理解のあった千里が葵の背中に隠れた。舞台傍にいた胡鳥もタンバリンを弥生に押し付けて部屋の後方へと逃げる。

会場の前方だけががらりと寂しい中、タンバリンを腕に引っ掛けた呉は「これは凄まじい破壊力……流石です」と耳を塞ぎながら感嘆していた。


ある者は苦痛に唸り、ある者はただただ笑い、ある者は耳を塞いで堪える――


そんな中でただ一人、部屋中に反響する洸祈の歌声の中で、


「旦那様、世界一輝いてますよー!!!!」


琉雨だけが笑顔で手拍子を刻んでいた。






洸祈から由宇麻へカラオケマイクが移動した後――


「死ぬ……死んだ……」

「飲み比べは二之宮(にのみや)の負け?双蘭さんって結局何人の人と飲み比べしたんだろう?」

子犬サイズの伊予柑(いよかん)を頭に乗せた洸祈が蓮の隣に座った。

蓮はテーブルに突っ伏している。

「飲み比べじゃない……耳が死んだ……」

「あ、ちょっと煩かった?歌ってたら気持ち高ぶって……ごめんな」

「そうじゃないから…………もういい……」

歌いきってすっきりとした顔だった洸祈が眉間を指で揉む二之宮の顔を心配そうに覗き込んだ。しかし、蓮は話の通じない洸祈を手で払う仕草をする。

洸祈はきょとんとし、暫く考え込むと、はっとした表情をして両手を合わせた。

「次はしっとりしたバラードにするから安心してよ」

はあぁぁぁ……。

蓮は洸祈に背中を向けた。これは蓮の付き合ってられないのポーズだ。

「………………根本的に間違ってるんだって……」

「え?俺の歌が上手すぎて耳が死んだの!?歌姫の二之宮に認められるって……!」

「歌手で食っていけるな!」と、伊予柑を高く掲げる洸祈。くぅんと鳴いた伊予柑は前脚で洸祈の腕を迷惑そうに叩く。

そして、そんな彼を蓮は遠慮なく化け物を見るような目をした。というより、蓮は「悪魔が……」と小さく呟いていた。

「それでいいから……もうそれでいいから……!……だから歌うな…………歌わないで……お願いだから……」

話は通じず、通じさせるのも無理と判断した蓮は洸祈が歌うのを止めてくれるのならなんだっていいと半ば自棄くそに頷く。

そして、洸祈は歌姫と名高い蓮に認められたことで「しょうがないから次はもっとレベルを下げて歌う!もっと音痴に歌う!」とにこにこと返事をした。


「歌うなって言ってるだろぉ…………」









ホテルの部屋に戻った陽季がシャワーを浴びて浴室から出てくると、ベッドに洸祈の姿はなかった。しかし、その代わりと言わんばかりにベッドにはメモ用紙が一枚乗っていた。

「はるへ、ちょっと外出して来ます……じゃないだろ。新婚初夜に俺置いて外出すんなよ」

陽季の計画では、自分の次に洸祈がシャワーを浴びてからベッドイン。ひたすらイチャイチャする――だった。

性的な行為の為のあれやこれやも用意していた。

が、洸祈がいない。

陽季は“ちょっと”外出した洸祈を待つと言う選択肢を無視してスマホから洸祈の携帯に電話を掛ける。


あん、あん、あんばださー、あんあんあんあんあんばださー、あ、あ、あんば、あんば――


案の定、不気味な音楽がベッドの方から流れ、シーツを持ち上げると、洸祈の携帯が転がっていた。

「身に付けてろよ!馬鹿洸祈!」

バスローブから私服に着替え、スマホと洸祈の携帯を握ると、陽季は鍵を持って部屋を出た。ただし、洸祈と入れ違いになってもいいようにメモをドアに挟んでおいた。



メモには行き先がなかった。

明確な目的地があり、それが俺達の知り合いのところであれば、やましい理由がない限りは洸祈はメモに行き先を書く。

つまり、洸祈の行き先はやましい理由付きの場所か、適当にぶらぶらだ。

“ちょっと”と書く辺り、長居する予定ではないようだが。

途中で優しいおじ様に声を掛けられてそのままも十分にあり得る。

月華鈴のグループチャットには「洸祈の目撃情報絶賛求む」とは書いておいたから、ホテルのバーに洸祈が来れば双灯、蘭さん、菊さんの誰かが教えてくれるはず。

『洸祈君なら隣に居ましたよ』

なんてこった。

幸せの青い鳥マークが衝撃発言をした。――ことさんからだ。

『何処です?』

俺のアカウントはあんばださーローズマリーちゃんだ。画像は洸祈に渡された。洸祈は呉君に頼んでゲットしたらしいが。

『F1ロビー』

『数分前に外へ』

外に出たのか。

『了解です』と返し、俺はエレベーターホールへと駆けた。



「ことさん」

「今晩は。洸祈君なら外へ行きましたよ」

ロビーに設置されたセルフサービスのコーヒーを片手に椅子に深く腰掛けながらスマホを弄ることさん。

ラフな格好で、誰かと待ち合わせて外出するような格好ではない。となると、メインがセルフのコーヒーだろうか。ことさんって特別コーヒーが好きだっけ。

「可愛い男の子ならスーツの男の人達と一緒に玄関を出てっちゃったわ」

…………誰。

世に言うエッチな真紅のドレスのお姉さん。

イタチの尻尾みたいなふわふわしたものを肩に掛けてはいるが、この真冬に胸元オープンなドレスを着ていることに間違いはない。俺達のように結婚式に出た帰りだろうか。

蘭さんには劣るが、大抵の男はデカイと言うであろう巨乳。そして、括れから尻への曲線美。

ボンキュッボン――普通の男はそういう女性に性的欲求を覚えるんだとロリコンの洸祈は言っていた。

俺は全く性的なものを感じないが。

俺が性的欲求を覚えるのは洸祈のぺったんこの胸と括れと柔らかくもない尻ぐらいだ。と言っても、洸祈の尻は俺よりも尻は柔らかい。今夜も洸祈のそれらを堪能しようと思っていたのに。

いや、そんなことより、ことさんの向かいの椅子に座ってコーヒーを飲む茶髪ロングのお姉さんがさも当然のように俺達の会話に入ってくる理由が分からない。

何故、洸祈を探していることを知っている…………ことさんから聞いたとしか思えないが。

考えてみれば、俺はことさんのプライベートについては未知だ。

女性関係とか特に。

「洸祈君を追い掛けなくていいんですか?」

「あ…………」

そうだ。

今は洸祈を追い掛けないと。

「情報ありがとうございます」

誰に頭を下げればいいのか分からなくて、俺はちらと女性に会釈してからことさんに頭を下げた。

その時、「頑張ってね」とてかてかと光の反射する唇で女性に言われた。


……何者なんだよ。



「やっほー」

「千里君?コンビニ?」

某コンビニの袋を持った千里君にホテルを出たところで会う。

「僕としたことが、男の子のたしなみを忘れて来ちゃった。あおが待ちくたびれちゃう」

……ああ。葵君とよろしくやるのね。

まぁ、カラオケ大会中も葵君に色々悪戯していたみたいだし。

「陽季さんは洸でしょ?人混みに紛れてあっちに歩いてったから、てっきり陽季さんと野外プレイかと」

千里君よ。

こんな寒い夜に野外なんて有り得ないでしょ。ただでさえ、洸祈は風邪菌に弱いのに。

「喧嘩した……ではなさそうだけど。僕から電話しよっか?」

「洸祈の携帯はここ。でもありがとう。おやすみね」

「そっか。けーたい置いてくとか阿呆だね、洸。んじゃ、おやすみなさーい」

そして、るんるんとスキップをしながら千里君はホテルに入っていった。


「洸祈……一体どこに行ったんだ……」


千里君にあっちと言われ、とうとう俺は頭を抱えた。

“あっち”は繁華街方面だ。

店も人も多い。

洸祈がロリコン発症させて奇声でもあげてくれないと……どうしようか。





「陽季?もしかしなくても探しに来てくれた?」


「洸祈!」

ホテルを出て大通りを左へ。最初の十字路の手前にあった小さな広場のベンチに俺は座っていた。

洸祈が帰る時は必ずここを通るはずだったからだ。

「お前、携帯は携帯しろ!携帯だろ!」

「え……ギャグ?」

「どこ行ってたんだよ!」

30分は間違いなくベンチに座っていた。

俺がシャワーから出てからの時間を含めれば、1時間弱は洸祈はどこかに行っていた。

“ちょっと”じゃない。

少なくとも俺には。

「ごめん…………はる……ごめん」

「ごめんじゃない。行き先を教えてくれ。行き先を言わずとも、携帯を持て。連絡出来るようにしろ。お前に何かあったら…………」

俺は気が気でなくなる。

「ごめん……」

お前は馬鹿じゃないか?

“ごめん”じゃないって言っているだろ。ごめん、って言えばそれで済むと思ってるのか?

マフラーに手袋、イヤーマフまでして防寒対策ばっちりな洸祈はワイシャツに着物用の羽織り、スーツのズボン姿の俺の頭をぎゅっと抱える。俺の乾ききらない濡れた髪は夜風に冷えきっており、それごと抱き抱えられた為、首筋や頬に痛い程の冷たさを感じる。

「ごめんね……はる」

洸祈のコートは日向の匂い。

優しい匂い。

そして、じわじわと温かい。

「陽季、次は行き先言う。携帯も持つ。だから、ごめん」

「何あれ。ホモ?」と、女の声で聞こえた気がしたが、どうでもいい。ホモだよ。てか、ゲイだよ。

今の俺にとって意味のある言葉は洸祈の言葉だけだから。

「今日は記念日なんだ……俺達の結婚記念日なんだ……贅沢は言わないから今日だけは傍にいて欲しい」

洸祈は意地悪だ。

俺には「ずっと一緒」と言うわりに洸祈自身は好き勝手にどこかへ行く。

「今日は一緒。今日は一緒」

「嘘だ……」

俺にばかり束縛を求めてくる。

いつも一方的だ。

「陽季、今日は信じて。お願いだから」

そうやって首筋を噛んできて跡を残して誘惑して……悪い女の典型って二之宮には言われそうだ。

そして、俺はあと何回、洸祈のお願いを聞くのだろうか。

「今日は……信じてやる」


でも、結婚したんだから、洸祈も俺のお願いを聞いて――

いや………………駄目だ。

俺は洸祈を束縛したくない。

結婚を理由にしたくない。


口を衝いて出そうになった言葉を俺は唸ることで誤魔化した。

今は洸祈がここにいて、温もりをくれるだけで十分なんだ。

「携帯持って。ホテル戻るよ」

「ん。冷えたし、陽季も一緒に風呂入る?」

「…………お前なぁ」

誰のせいで冷えたと思ってんだ。

一万歩譲ってもお前のせいだぞ。

だが、俺は一億歩譲って洸祈を許してやることにした。

今日はお祝いの日であり、俺は洸祈のお世話をするとも約束した――洸祈にはこれからじっくりお世話兼教育してけばいい。

……教育………………。

「陽季、にやにやしてる」

「…………してない」

「あ、そう。背中洗いっこする?」

「……する」

いつも使うホテルは浴槽兼洗い場だが、今夜の俺達は新婚さんでスイートルーム。風呂場も大きい。

夜景の見える小窓もある。

そんなところで一緒に……。

「陽季、笑いが漏れてる。キモい」

「煩い。キモくない。第一、お前が長々外出するから…………どこ行ってたんだ?」

別に荷物もなく、洸祈は手ぶらだった。本当に“ちょっと”の外出ならば手ぶらは普通だが、1時間弱のお出掛けで手ぶらは普通じゃない。

優しいおじ様に声を掛けられたのか!?

「肉まん」

「肉まん?」

「肉まん探してた。見付からなかったけど」

肉まんの為に俺にこんなに心配掛けさせたのか。

俺をパシらせなかっただけ成長しているけど。でも、おじ様ではないのね。

「肉まんならきっとコンビニにあるから。寄ってから帰ろう」

「おでんも追加」

「……おでんもね」

俺は着物の羽織りの裾が広いことを良いことに、裾で隠しながら洸祈と手を繋いで歩く。

これからは夜中の買い食いだって一緒だ。


それが約束だから。






「約束…………だろ?」

約束しただろう?

ずっと一緒だって。


「陽季…………………………ばいばい」

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