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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
あなたと共に歩む
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二之宮の依頼(2)

「あらまぁ、イケメンさんだこと」

「用心棒貸出し屋してます、用心屋店長、崇弥洸祈(たかやこうき)です。二之宮蓮(にのみやれん)の一番の親友――です!」

「蓮の養母の和子(かずこ)よ。あなた、自己紹介を」

「あ……私は(とおる)だ」

ふむふむ。

和子さんは帽子の似合う笑顔の素敵なおば様。

徹さんはお洒落な着こなしのおじ様だ。俺から直ぐ目を逸らしたり、人見知りか人嫌いに見えるが、情に熱い人に違いない。

おば様はおじ様の口にしない優しさに惚れた――泥沼恋愛ドラマ好きの俺の洞察力、侮らないで欲しいな!

ここは無理におじ様と仲良くなろうとはせず、おば様とコミュニケーションを取りつつ俺の誠実さをおじ様にアピールしよう。

「今日から3日間、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね、洸祈さん」

そして、俺はこれは良い機会だと名刺を差し出した。




『お疲れ様。おばさんが今日は凄く楽しかったし、頼りになったって。“博士”だって?君』

(くれ)にメールするとほんの1・2分で沢山の豆知識をメールで教えてくれるんだ。でも……」

『でも?何かあったかい?』

「おばさん、お話好きなのは分かるけど、俺にばっかくっつくんだ。おじさんとお話して欲しいなって。俺、今回は本当にただの用心棒だから。楽しそうに話す二人見ながら買い食いしつつ付いて行けたらいいなって……」

思い出の地巡りでおじさんと思い出に浸るはずなのに、俺に思い出を語るのだ。俺は二人の旅行の邪魔になりたくない。

『そっか。……おばさんは子供が好きなんだ。愛想のない僕を養子にしたぐらいだから。君を構わずにはいられないんだよ』

「俺、大人だよ」

いい歳した結婚式前の大人だ。

はい、と串団子くれたり、はい、と写真とってくれたり、はい、と手を握られた。迷子にならないように。

子供扱いされていると言われれば、そうかもしれない。

『おばさんにとっては皆子供なんだよ。大切な子供達。でも、おじさんとの旅行だからね。それとなく伝えてみるよ』

「ありがとう。頼む」

『こちらこそありがとうね。……僕、足を悪くして、おじさんとおばさんには本当に心配を掛けたんだ。自分達が傍にいなかったからって責任を感じて……勿論、おじさんもおばさんも僕の足とは全く関係ない。崇弥は知ってるだろう?』

「うん」

二之宮の養父母のせいでも二之宮のせいでもない。

誰のせいでもない。

でも、家出をするように独り立ちした蓮のことは気になっていたんだとは思う。

『また一緒に住もうとも言われてね。でも、僕はおじさんやおばさん、二之宮家とは今の距離がいいんだ』

二之宮は養子になって義理の姉達による虐めに遭った。早くに独り立ちをしたのもその為。

一人で生きる為に知識を付けた。

……自分を守る壁を築く為に知識を付ける(あおい)に似ている。

『だから、崇弥……君は僕は大丈夫だと二人を安心させる存在でもあるんだ。僕は足が動かなくなったくらいでへこたれない。とても頼れる家族や君がいるからってね』

「分かった。俺、二之宮の親友として頑張る」

『ありがとう』

二之宮が今まで見せようとしてこなかった自分の内側を見せてくれている――ただそう言う機会がなかっただけかもしれないが、そうだとしても俺はとても嬉しかった。

おじさんとおばさんには最高の旅行と二之宮の二人を想う気持ちを届けるのだ。

俺はそう誓った。





「洸祈君」

「は、はいっ」

おじさんだ。

おばさんが土産物屋で店員さんと談笑している時、甘い匂いに釣られて店近くの大福屋で注文していると、背後からおじさんに声を掛けられた。

今朝「おはようございます」と挨拶して以来の会話のような気がする。

「私は妻が楽しそうに笑ったり、喋る姿を見るのが好きなんだ。そして、私の思い出はそんな妻の姿なんだ。私は口下手だから、寧ろ君がいて、妻と喋ってくれて感謝している。これからも妻のお喋り相手をよろしく頼む」

……………………二之宮がそれとなく伝えた相手っておじさんの方だった?

てか、おじさんが言いたいことって邪魔じゃないってこと?

それどころか感謝された。

俺はおじさんと一気に縮まったらしい距離にどう対処したらいいのか分からず、気付いたら手の中の紙袋から取り出した一つをおじさんに渡していた。

困惑するおじさん。

「これは……」

「あ……えっと、抹茶豆大福です。抹茶とか小豆とか大丈夫ですか?」

「あ……ああ。ありがとう」

そして、おじさんと俺はガラス張りの土産物屋の出入口からおばさんを見守りながら肩を並べて抹茶豆大福を口にした。

そんなこんなでおじさんの“感謝している”台詞に返事をするタイミングを逃してしまい、俺は抹茶豆大福を完食した後で「了解しました」と心の中で返事をした。



「ここ…………」

テナントビルとアパートとテナントビル。

何てことのない路地。

土曜日の昼間だからか、人通りは少ない。

ただ、片方のテナントビルに入っている学習塾は営業しているのか、3階あたりの窓ガラスから勉強に励む子供達の姿がちょこちょこ見えた。

しかし、他人には「テナントビルとアパートとテナントビル」だろうと、俺にとってはここはそんなものではない。

「ここには昔、とても大きな建物があったのよ。そうね……そこのビルからあっちのビルぐらいまで。大きな建物が」

俺だけではなかった。

おじさんとおばさんにとってもここはそんなものではないようだった。

「その建物には子供達が沢山住んでいてね。だけど、火事が起きて、一夜で燃え尽きたの」

おばさんが老化で皮膚が垂れ、骨張った手で俺の腕を強く強く握りしめた。

痛い程ではなかったが、俺の胸の内の奥の方が痛くなった。

「蓮はその建物にいて火事を体験した……」

俺の顎よりも背の低いおばさんの額が祈るように俺の上腕に触れる。

おばさんの体は震えていた。

「和子」

その時、おじさんがおばさんの肩を抱いた。

「もっともっと早くあの子に会えていたら……」


会えていたら、自分の子として引き取っていた。

会えていたら、火事に遭うことはなかった。

会えていたら、体を売ることはなかった。


温かい家庭の中で何の不自由もなく幸せに……。


おばさんは『館』の跡地の前でとうとう泣き崩れた。




おじさんと俺は跡地前で1分ほど黙祷し、二人で涙の止まらないおばさんを介抱しつつタクシーに乗り込んだ。


……まさか、思い出の地巡りに『館』が入っているとは思わなかった。

二之宮は知っていたのだろうか。

俺は館でのことは既に陽季(はるき)と十分語り合っている。悲しいことも辛いこともあった。だけど、館は陽季との出会いの地だから。だから、確かに館の跡地に来て胸がざわついたが、立っていられた。

陽季がいたから……。

「蓮に初めて会ったのは施設だ。そして、私達は彼に起きたことを十分に聞かされていた。私達も彼を知りたくて自分達で事故について調べたんだ」

タクシーの中でおじさんが静かに語り出した。

…………確か、火事で子供が一人死んだ――と何かの拍子に聞いた。

しかし、俺は名前を調べなかった。そもそも火事の話自体聞きたくなかった。

館についてはもう何も知りたくなかった。

何故なら、知った名前を見たくなかったから。

陽季と出会う前の館での過去は全て捨てたかった。

「だけど、私達には彼の過去を全て背負うことは無理だと思い知っただけだった。それでも……寄り添うことができたら……温かい未来を与えられたらと思って蓮を養子に迎えたんだ」

二之宮がおじさんやおばさんを慕う理由が良く分かった気がした。

「あそこはそんな思い出の地なんだ。辛い過去しかない……だけど、蓮を息子にすると決めたからには今度こそ過去と向き合おうと」

違う。向き合わなくていいんだ。

だって、きっと二之宮はそこまで望んでいないから。

二之宮はもう十分満足している。

だから、もういいんだ。

「二之宮は誰にも過去を背負って欲しいとは思っていないです」

「――思っていない“と思います”」とは言わない。

俺は二之宮の親友だから。

それぐらい分かるんだ。

「だってそうじゃなきゃ、今の二之宮があんなに幸せそうに笑うわけがありません」

二之宮が二人に伝えたいことを俺が伝えてみるよ。

彼には部外者の俺の言葉だけど、なんせ俺は二之宮の親友だから。

案外、本人よりも親友の方が本人のことについて詳しいんだ。

「二之宮はあなた達に息子として沢山の愛情を貰い、温かな未来を貰ったから……だから今、笑えるんです」


今、二之宮は幸せです。


おじさんはじっと俺を見、おばさんは瞼にハンカチを当てながらおじさんとキツく手を握り合った。

取り敢えず、俺はおじさんをひたすら見詰め返した。

陽季は「洸祈は必死になると力むのか相手を睨み付けるんだよね」とか言っていたが、眉間にしわは寄っていないだろうか……。

二人は俺の睨む癖を知らないだろうし、怒っていると勘違いされるのだけは避けたい。

「……蓮の一番の親友の君が言うんだから、そうなんだろう。なぁ、和子」

「……ええ……蓮は幸せなのね」

「幸せです!」

俺は親友兼二之宮愛好家だから。

あ、“二之宮愛好家”は秘密だ。





それから、俺は学生時代の二之宮のあれやこれやを聞き、俺も二之宮の幼女趣味をあれやこれや話した。



勿論、後でバレて二之宮に怒鳴られることを覚悟して。



―おまけ―


「今日は1958年に東京タワーが公開開始された日だよ。本島最南端の山口県と九州最北端の福岡県とを結ぶ関門トンネルが開通した年でもあるんだ」

「へー。あおって物知り。でもさ、ただ赤いだけのタワーってそんなに凄いの?」

「ただ立ってるだけならオブジェだけど、電波塔って役割があったんだよ。まぁ、俺達一般人からしたら電波塔というよりも日本や東京の顔だけどね」

「あ、でもさ、色違いで青い奴もなかった?」

「東京スカイツリーだね。できた当時は東京タワーの高さは抜きんでてたけど、その後で超高層ビルがどんどん建てられただろう?電波が届きにくくなったんだ。そんなこんなで新しく東京タワーよりも更に高いタワーが建てられたんだ。それがスカイツリー」

「僕はどっちかと言えばスカイツリー派だな。あおの色だもん」

「俺は東京タワーかな。タワーの形が好き」

「俺もとーきょーたわー派。陽季は?」

「俺?んー……スカイツ――」

「はるのおたんこなす!!!!」

「え……何でたかが電波塔の話で俺怒られるの?」

「洸の色だからでしょ?色んな沸点低いよねー、洸って。高いあおとは大違い。あ、うまくない!?僕、座布団1枚!」

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