墓前の宣言(2)
「アオイあったよ。崇弥さんのとこでしょって言われたんだけど」
小さな店内に全員で入る訳にもいかず、洸祈だけが花屋に入り、間もなくアオイの花束を持って店から出てきた。
「墓参りにアオイの花とか、林さんのところぐらいだろうしね」
千里が洸祈から花束を受け取り、洸祈はくるくるとマフラーを巻き直した。そして、黒のニット帽をこれでもかと深く被る。
「アオイ綺麗です。葵さんの瞳と同じ色」
「これが田舎のコミュニティーの狭さですか。ハブられたら生きていけませんね。村八分……」
「呉、怖いこと言わないの。谷は良いところだよ。まぁ、隣町と合わせたら生活は完成しちゃってる感じはするけど」
「花も買ったし、行くか」
千里から花束を返してもらうと、洸祈はぎゅっと新雪を踏み締める。そして、3体目の雪ウサギを完成させた琉雨と呉も立ち上がると洸祈を追って、一同は歩き出した。
林の墓に高く積もった雪を全員で払うと、洸祈がアオイの花を生ける。
雪の白と墓石の灰色にアオイの青色は映えていた。
「よしっ、完璧」
「母さんの墓参り……久し振りだね」
「そう……だな…………」
洸祈は頷いたが、洸祈も葵も清の件で洸祈の過去に干渉した際に林の墓参りをした記憶が残っていた。
あの事件をきっかけに洸祈と葵の間には一度大きな亀裂が入ってしまったのだ。二人ともただじっと墓に彫られた名前を見詰める。
そんな彼らを共に過去に渡った呉が見守っていたが、誰も気付いてはいなかった。
――その時だ。
千里が一歩前に出、林の墓に近付く。
彼に手を握られていた葵も前によろめく。
「あの!僕、葵を貰います!よろしくお願いします!」
「嫌だ。却下」
「洸には聞いてないから。てか、質問してないし。林さんの大切な息子さんをこの僕が必ず幸せにします!だから、葵は僕が貰います!」
双子の沈黙を裂くように背筋を伸ばした千里がぺこりと墓石に頭を下げた。
途中、瞬間的に洸祈の冷静で冷酷な茶々が入るが、千里は堂々と宣言をする。
そして、葵はと言うと、千里の背中に額をぶつけた後、ハイテンションで2度も要案件を言ってのける千里に固まっていた。
公衆の面前。
それも、きちんとはまだ千里との交際を伝えていない琉雨と呉の前で。
葵は口をぽかんと開けて突っ立つ。
「……千里……何言って……」
放心状態のまま機械のように唇だけ動かす葵。
千里は葵を振り返ると、ぎゅうと葵を腕に入れた。
「僕は葵のお母さんに葵と一生添い遂げる宣言をしたの」
「そんな冗談を――」
「冗談じゃないよ!超真面目だよ!」
超真面目だった千里は、急な出来事に葵がまだ理解出来ていないだけであることを分かっていながら、それでも「冗談」と言った葵に本気で怒った。
「す、すまない……」
葵も千里が傷付いたことを察して直ぐに謝る。
「……ううん…………僕も怒ってごめんね。……ただ、一度は言いたかったんだ……葵のお父さんとお母さんに、葵は僕が幸せにしますって……」
「…………ありがとう、千里……」
千里の鼻先が葵の首筋に触れ、葵も千里の耳に頬を寄せた。
「………………済んだ?」
「こー、もう少し大人になれないの?」
「俺も母さんに報告したい……」
「あ、そうだよね。ごめんね。僕は済んだから」
「ん」
感極まったのか、千里の肩口に目元を押し付けて動かなくなった葵を千里はゆっくりとリードしながら林の墓から離れる。そして、帽子を脱いだ洸祈が林の墓の前にしゃがんだ。
「琉雨、呉、こっち来て」
「はひ!」
「はい」
千里達を気を遣って二人で墓場横を流れる川を見下ろしていた琉雨と呉が洸祈の隣に並んだ。
「母さんに挨拶してくれる?」
「ルーは琉雨って言います!」
「僕は春日井呉。初めまして」
洸祈に促され、琉雨と呉は快く自己紹介する。
見た目は子供でも死を理解する二人は墓石に語り掛けた。
「崇弥林。旧姓は琴原。父さんと軍学校時代に出会って、結婚したんだ。千里のお母さんの千鶴さんとはこの谷で一緒に育って、親友だったんだよ。それで、母さんは俺と葵を産んだ日に病気で死んだんだ。父さんに看取られて。母さんね、子供を産むのは止めた方がいいって言われてたんだけど、母さんは周りの反対を押し切って俺達を産んだ。母さんが命を削って俺達を産んでくれた。そうして、今の俺達がいるんだ」
「立派なお母様ですね」
呉が優しく微笑んだ。洸祈も普段から表情が乏しい呉の、林を尊ぶ表情に深く頷く。
「ルーが旦那様に出会えたのは、旦那様のお母さんのお陰なんですね」
「うん。……母さん、琉雨と呉だよ。琉雨は俺の護鳥だけど、俺の健康は琉雨のお陰。俺の心の支え。世界で一番可愛いでしょ?呉はね、凄いんだよ。俺よりも母さんよりもずっと昔から生きてるんだ。もしかしたら、昔に会ってたりして。でも、パソコンと通販好きで俺よりも現代的。機械関連はとても強いし、いつも冷静に判断してくれて頼りにしてる」
琉雨は頬を染めて照れ、呉は「そう言って貰えて嬉しいです」と洸祈に頭を下げた。洸祈はまだ肩を震わせる葵の背中と葵の頭を撫でる千里を見、琉雨と呉の肩を片腕で抱くと、林の墓石に手を置く。
「母さん。皆、俺の家族。見てよ。俺は幸せだよ」
「旦那様に会えて、ルーも幸せです」
「僕も幸せです」
「本当に……ありがとう」
琉雨と呉を抱き寄せた洸祈は心からの感謝を噛み締めた。そして、洸祈の激しい動悸が治まるまで、二人ともその場にじっとしていた。
「二人とも落ち着いた?」
千里が腕の中の葵と、琉雨と呉を放した洸祈を見ると、「うん」「ああ」と二人が同時に頷いた。
葵はまだ少し目尻が赤いが、千里の懐から離れる。
「……洸祈、そろそろ帰る?春君の手伝い、俺達に出来ることは全部してあげたいし」
「そうだな。でも、最後にもう1つだけ報告していいか?皆にも聞いて欲しいんだけど」
「俺達にも?」
「うん」
神妙な顔をした洸祈が家族の顔を見渡してから林の墓に向き直った。洸祈を除いた全員が彼の真剣な表情に口を閉じる。
これから彼が言うことは決して聞き逃してはならない――そう感じていた。
「母さん、俺には愛している男の人がいるよ。名前は陽季。それでね、陽季はずっと俺を待っててくれてたけど、俺、決めたんだ」
洸祈はマフラーを外し、パーカーの襟に自分の腕を入れると、洸祈は“それ”を胸元から取り出す。
“それ”は洸祈が大事に肌身離さず付けていたもの。
時折、“それ”を手にしては愛しそうに見ていたもの
「母さん、皆……俺は陽季と本気で人生を共にしたいと思ってる」
洸祈が掲げたのは首に革紐で下げていた指輪だった。陽季が洸祈の二十歳の誕生日祝いに渡した指輪だ。
陽季の洸祈に対する愛情の証。
指輪に付いたルビーが太陽光を反射して美しく輝き、林の名前に赤い光が射す。
そして、洸祈は指輪をきつく睨むように見詰めると、深呼吸をしてから宣言をした。
「俺、陽季と結婚する」
洸祈はそう宣言した。