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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編7
319/400

飴玉の味

春のある日。

閑静な住宅街で、俺の前を一人の男が歩いていた。

多分……いや、間違いない。


俺の100メートルほど前をのんびりと歩くのは洸祈(こうき)だ。


コートの襟からパーカーの帽子を出し、下はジーンズ姿。両手がコートのポケットに入り、さして荷物もなく身軽な格好で歩いていた。

良く目を凝らせば、白と黒の獣が洸祈の足元をうろちょろしている。

一人と二匹で散歩中のようだ。


でだ。


この俺――陽季(はるき)は月華鈴の春休みを利用して洸祈に会いに用心屋へ向かっていた。

あわよくば、泊まらせて貰えないかなと思っていたり。まぁ、会った時の喜びが少しでも増えないかと、敢えて洸祈には連絡を入れていないし、邪魔になりそうだったら、院長先生のところに帰るが。

電車で仮眠を取り、駅前で遅い昼飯に肉まんを買い、それを食べながら用心屋へと歩いていた。

そして、このまま坂を上がり続ければ店に着くというところで、遠くに思わぬ影を見たのだ。

それが、洸祈と伊予柑(いよかん)金柑(きんかん)だった。

散歩中の洸祈は俺と同じで店に向かって坂を上がっていた。走って洸祈に追い付いても良かったが、その時、洸祈が左の道へ逸れた。そして、店は直ぐそこだと言うのに、帰らずに店から離れていく。

不思議に思った俺は洸祈の散歩が気になって距離を開けて洸祈をストーカーすることにした。


洸祈はゆっくりゆったり逸れた道を真っ直ぐ行く。やがて、住宅街から少し離れ、砂利道に。目の前には小高い丘。

丘の頂上へと繋がる石階段の手前で止まった。

俺は洸祈にバレないよう離れていたが、洸祈は誰かと話しているようだった。

誰だろうか。

「ぱ、い、な、つ、ぷ、る!」

“ぱいなつぷる”?

パイナップル?

洸祈とは別の元気に溢れた声が響いた。

洸祈ではない笑い声も聞こえる。

「俺!ち、よ、こ、れ、い、と!!」

これは笑い声の主だ。

「最初はぐー、じゃんけん……やった!ち、よ、こ、れ、い、と!!お兄ちゃん、早く勝ってくんないとじゃんけん見えなくなるよ!」

元気な声。そして、階段を駆け上がった少年。

洸祈を見下ろして手を振る。

…………遊んでるのか?

近所の少年2人と遊んでいるように見えるが……。

洸祈って至るところに友達いるんだな。

しかし、今みたいに少年なら兎も角、それより上の年の男と仲良くされるのは複雑だ。

「あ、勝った!ぐ、り、こ!!」

洸祈もやっと勝てたようではしゃいでいるが、たったの3段しか上がれておらず、少年二人との距離はあまり縮まっていなかった。

しかし、「やったじゃん!」と温かい声援が洸祈に降る。

「うん!次!次しよう!」

「最初はぐー、じゃんけん――」

――――ゆっくり待とうかな。




俺は丘に沿って築かれた石垣に凭れて3人の笑い声を聞いていたが、「俺と忠司(ただし)の勝ちー!洸祈の負けー!」と聞こえ、様子を見に階段下へと向かった。

2位が決まり、3位確定となった洸祈が階段を駆け上がる。

「はい、約束の……」

何やら約束の品をポケットから出して少年二人にあげる洸祈。そして、三人は短い会話の後、洸祈だけ奥へと進んで見えなくなり、手を振る少年二人の背中だけが見えた。

……どうやら、洸祈ストーカーの俺は早急にこの階段を上る必要があるようだ。



「やぁ」

「………………なに?」

「なに?」

階段の天辺で並んで座り込む少年達は揃って手元の携帯ゲーム機から顔を上げ、俺を怪訝そうに見た。

二人とも黒髪天然パーマで目尻や顔の作りがなんとなく似ている。もしかしたら、彼等は兄弟なのかもしれない。

そして、彼等は不自然に口を動かし、どうやら飴玉を口に入れているようだった。洸祈があげたやつだろうか。

「さっき、君たちと遊んでいたお兄さん、どこに行ったか分かる?」

「……………………なに?不審者だ」

「変な人」

おう……不審者ですよね。

当たり前の反応だが、それでも不審者&変な人呼ばわりは辛い。

自分がどういう人間か伝えようとして、俺はポケットの携帯を取り出した。

その行動すら少年達に迷惑そうな顔をされてしまったが、携帯の待受を彼らに見せる。

「あ、洸祈だ」

大柄な方の少年(兄かな)俺の携帯の待受で唇を尖らす洸祈を指差す。

「こっちはお兄さん?」

小柄な方の少年(弟かな)が写真の中で洸祈の肩を抱く俺を指差した。

「うん、俺だよ。洸祈の友達」

「洸祈の友達……へぇ」

「俺達も洸祈の友達だよ。お兄さんは友達の友達だね」

ツンツン洸祈と俺のツーショット写真を見て、二人は俺を洸祈の知り合いだと認めてくれた。

「それでなんだっけ?」

大柄な少年がゲーム機を閉じて立ち上がる。

「洸祈、ここに来たよね。ここからどこに行ったか分かる?」

洸祈が見えなくなって、俺も慌てて階段を上ったが、頂上には大きな鳥居。そして、長い参道。遠くに神社が見えた。

確か、過去に一度、洸祈と夏祭りで来たことがある気がする。

がしかし、一見、洸祈は神社にいなかった。お参り以外することがなさそうなのにだ。

「……真っ直ぐ行って……忠司は分かるか?」

「んー…………」

小柄な少年が周囲に首を巡らし――

「あ、きっと、湯田(ゆた)さんちだよ。神社の裏にあるお家」

湯田さん……聞いたことある。洸祈の知り合いだ。

となると、行き先はそこの可能性が高い。

「ありがとう」

「どういたしまして!」

俺は二人に頭を下げ、小柄な忠司君がぴょこんと大袈裟に頭を下げて返してくる。

そして、俺は二人に手を振って神社の裏へと向かった。


「あ、そうだ」


「何?」

「どうかしたの?」

少年達が揃って首を傾げる。

「洸祈と遊んでくれてありがとう」

「……お礼言われること?」

「お兄さんって、洸祈のお母さんみたいだね」

「良く言われる。これからも洸祈をよろしく」

かなりお節介だが、俺には二人との交流が洸祈を癒しているように見えたのだ。

だって、洸祈は本当に楽しそうだったから。






「えーっと……どなたかしら?」

「あ、陽季といいます。洸祈の友人で……洸祈がこちらに――」

「陽季さん!まぁ、あなたが!さ、入って。洸祈君ならこっちよ」

……俺のこと知ってるんだ。

案の定、洸祈かな。

「どうして俺のこと……」

腕を引かれ、あたふたと靴を脱ぎながら湯田さんの家の中へ上がった。

「洸祈君が良くお話してくれるのよ。洸祈君の大切な人」

……照れちゃうなぁ。

「あ、私は湯田千代子(ちよこ)。私はおばあちゃんだから、用心屋さんには本当にお世話になっているわ。今日も洸祈君にお庭の木を切って貰っているの」

やっと納得がいった。

洸祈は万屋の方でこの家に寄ったようだ。

俺は湯田さんに導かれるまま縁側へ。

ガラス戸は開けられており、庭と繋がったそこに着くと、洸祈が剪定鋏を手に庭に立っていた。

「洸祈君」

「あ、湯田ばあちゃんさん、ここも切る?…………え……」

縁側に立つ俺は振り返った洸祈とばっちり目が合う。

「…………何でいんの?」

「あ……えー…………まぁ、お迎えに……うん」

ストーカーしていたとは言えず、俺は適当にその場を濁した。

が、洸祈の目は据わっている。

「そこもお願い。あと、右の出てるのだけお願い。そしたら、お茶にしましょう」

「はい。あ、切ったやつ入れる袋とかあります?」

「そこに集めて置いていてくれればいいわ。ありがとうね、洸祈君」

湯田さんはお茶の用意に奥へと入って行った。



「で?何でここにいんの?ストーカー?」

「………………偶々ね」

「あっそ……伊予、金を助けてやれ」

くぅん。

庭の隅で蜘蛛の巣に突っ込んだ金柑がバタバタと暴れ、俺の隣で縁側に腰掛けた洸祈は、地べたで眠る伊予柑の背中に手を伸ばす。

伊予柑は薄目を開けて暫く金柑を傍観していたが、第二の蜘蛛の巣に気付かずに近付いている金柑を見付けて腰を上げた。

くぅ。

そして、がぶりと金柑の後ろ首を噛む伊予柑。

金柑は硬直し、ぷらんと揺れる。

「さっき、近所の子と遊んでたね」

「…………。俺は階段上りたかっただけ」

「あの子達と友達なんだろ?楽しそうだったなって」

あんなにはしゃいでいた癖に、洸祈はそっぽを向く。どうやら、彼の変なプライドに引っ掛かったらしい。

洸祈は縁側と繋がる茶の間から座布団を引っ張り、俺からわざとらしく距離を開けて座布団に座った。

「あのさ、今日から長期休暇なんだ。だから、洸祈に会いに来た」

「………………いつまで?」

「休み?休みは……3月末まで」

今日から約1.5週間だ。

「俺んとこ来るの?」

「あ……えっと……」

そりゃあ、洸祈との時間が欲しいから泊まりたいけど、図々しいのは嫌だ。

「はーい、お茶ですよ。お饅頭も食べてね」

湯飲みと急須、綺麗な和紙に饅頭を乗せたお盆を湯田さんが俺達の妙に開いた間に置く。

「ありがとう」

両の指先で饅頭を摘まみ、はむっと洸祈が饅頭にかぶり付いた。

まるでリスだ。

「美味しい」

黙々と食し、1分でごくりと喉を上下させると、洸祈は湯飲みからちょっとずつ緑茶を飲み出す。


ぷはっ。


そして、洸祈は随分なご満悦顔で一息を吐いた。

「洸祈、俺のもいる?」

そこで俺は洸祈に自分の為に用意された饅頭も勧めたが、

「……要らない。陽季のだから」

と断られた。

そんなつもりはほんのちょっとしかなかったが、物で機嫌を取る作戦は失敗した。

何だか、気まずくなってる……洸祈に会えるのが久し振りだから?

人見知りはそうじゃない人と違ってちょっと会ってない時間があると一気に親密度が下がるらしいからなぁ。

やよさんに言わせれば、育成ゲームでは長い時間を掛けて仲良くなっても、構ってあげないと1日経たずして赤の他人になるらしい。そのゲームはリアルタイムと連動していたらしく、連続公演で舞台に上がっていたら、ジャンガリアンハムスターの『むーちゃん』はやよさんに愛想を吐かせて実家の巣穴に帰っていた。

悲しみにくれるやよさんに、双灯(そうひ)は自分が育ててきたキンクマハムスターを譲りたかったらしいが、名前が『やよい』で譲るに譲れなたかったようだった。

結果、双灯がやよさん以上に嘆くはめに。

そして、『好きな子がやっているゲームのキャラクターに好きな子の名前を入れてはいけない』という謎の教訓が生まれた。

しかし、洸祈の人見知りラインは良く分からない。

さっきみたいに近所の少年と楽しそうに遊べるし、仕事は他人と関わることが多そうだが、人見知りで支障があったとかは聞かないし。

いや、そもそも洸祈が人見知りだということ自体聞いたことがない。

いや待て。

(あおい)君曰く、昔の洸祈は人見知りだったとか。

……館に居た時はどうだったんだろう。

あの時は人見知りというよりは、ロボットに近かったかもしれないな。

そう考えると、こうして俺をチラチラと見つつ、俺のことが気になってしょうがない人見知り洸祈は心が成長した方だ。

「洸祈、半分こしよう?」

「え……」

きっと洸祈は迷いながらも断るであろうと予測しつつ、俺は饅頭を2つに割って洸祈の前の和紙に置いた。

つまり、「もうあげちゃったから俺は饅頭なんて知らないもんねー」モードだ。

残った半分の饅頭を頬張りながら、俺は自分の和紙を手に取って折り紙にする。

これで饅頭の行き場は洸祈の口の中しかなくなった。

和紙は扱い易い正方形で、四隅にはコマや紙風船のイラストが入っている。

俺は丁寧に折り目を付けて折り紙の定番の鶴を折った。

洸祈はむすっとした顔を俺に向けてから、俯き、嬉しそうにもぐもぐと口を動かす。

やっぱり、投げやりモードはいい。

まぁ、やり過ぎると拗ねるが。

「洸祈、お前のも鶴折ってやろうか?」

「んー……ううん。蝶折るから」

洸祈に折り紙なんて器用なことはできないと思ってた。

ましてや、鶴と風車以外なんて……。

しかし、洸祈は口を動かしながら和紙を折り出す。

最初は蝶には似ても似つかない形だったが、紙は次第に複雑に。そして、不意に立ち上がると湯田さんを探しに台所へ。1分後、鋏を持って帰ってきた。

鋏で何を切るのかと思えば、洸祈は折角の折り紙に刃を入れる。

「あげる。陽季の蝶」

少し歪だった蝶は鋏で切ると触角を持ち、翅が開いた。

「あ、ありがとう」

「代わりに陽季の鶴貰うから」

「え?」

俺のなんかショボいよ?と返そうとしたのに、洸祈は急須に乗せた鶴を奪って両手に入れる。そして、溢れんばかりの笑顔。

何がそんなに嬉しいのか。

縁側に寝そべりながら縁側に上がれずにうろうろする金柑を眺めていた伊予柑もちらりと洸祈を見上げた。

「洸祈、そんなに嬉しいの?」

「だって俺、鶴折れないから。可愛いよね、このフォルム」

「蝶の方がずっと難しいのに」

「その話聞いたら、多分、陽季は嫉妬する」

「嫉妬?」

そういう話し方されたら、絶対、俺は気になる――から。

「昔、お客さんに教えてもらったのが蝶の折り方…………でも、その人とはしてないから……」

小声で付け足された“言い訳”。

「ずっと折り紙で遊んでただけ?」

意地悪なのは分かっていたが、俺はそう聞かずにはいられなかった。

何故なら、洸祈とは久し振りの再会で、そう聞かなければ、洸祈が俺の存在を忘れて何処かへ消えてしまいそうな気がしたから。

「3日分会いに来た人だけど、1回しかキスはしてない……添い寝はしたけど……触られるだけもしたけど…………あと、お手玉した……ごめん」

「……ううん。綺麗な蝶をありがとうね」

意地悪のお返しに鶴を撫でる洸祈の指に自分の指を絡めた。洸祈が俺を見上げ、鶴を見下ろし、確りと手を握り返してくる。

温かいなぁ。

「久し振り、はる」

洸祈は自分が剪定した庭木を見詰めながら指先で俺の手の甲を擦って来る。そのまま俺に擦り寄ってくれたっていいのに。

「久し振り、元気にしてた?」

「うん。はるは?」

「元気。でも、ずっとお前に会いたいなって思いながら舞台に上がってた」

少しでも早く会いたかった。

俺達舞妓は物じゃなくて芸術を売る。だから、全ての舞台で客が理想とする舞を舞わなければならないのだ。いや、それ以上の驚きを与えなくては俺達の舞団は成長できない。

だけど、どんなに努力しても、神に願っても、小さなミスはしてしまうし、納得できる舞を舞えたことはない。

そんな時に洸祈の顔を思い出して、どこの誰よりも洸祈が俺の舞を好いてくれているということを糧に日々練習してきた。

そんな洸祈は俺の光だから、定期的に会いたくなる。洸祈風に言えば、チャージだ。

定期的と言っても、会いたいのは毎日だけど。

「お、俺も……」

「おんなじ」と照れ臭そうに頬を赤らめて頷く洸祈。

ならば、俺達はこの手のひらを通して、俺は洸祈パワーを、洸祈は陽季パワーをチャージしているのかもしれない。

「3月末まで休みなんだろ?うち、泊まれよ。皆も喜ぶし」

「洸祈は?」

「……陽季と一緒にいたいに決まってるから」

ぎゅっと俺の手を強く握ると、すくっと立ち上がり、洸祈は鶴を手に縁側を玄関とは逆方向へぱたぱたと走っていった。

「漏れそうだった?」

トイレを我慢してたのかな。

そして、洸祈を見送り、伊予柑達の方を向けば、湯田さんが「金柑ちゃん、おいで」と金柑に手を差し出していた。

いつの間に。

金柑が救いの手に飛び付くと、湯田さんは金柑を縁側に降ろしてあげる。

くぅ!

湯田さんの手を舐め、彼は伊予柑の背中に飛び乗った。それから、伊予柑に尻尾で背中から叩き落とされる。

…………金柑って二之宮(にのみや)にじゃれつく洸祈みたい。

懲りないとことかが似てる。

「となると、伊予柑は二之宮……」

その時、伊予柑が俺を見詰めた。黒い瞳でじっと。これは気に食わないって思ってるに違いない。

まぁ、伊予柑でも嫌だよね、二之宮似とか。

「洸祈君、すっかり照れちゃって」

湯田さんが金柑を自分の膝に乗せて彼の背中を撫で、金柑はくわりと大きな口を開けて欠伸をした。そして、そのまま目を閉じる。

どうやら、伊予柑に構ってもらうのは諦めたらしい。

男心と秋の空とはこのことかな。

…………寧ろ、金柑は割と一途だから、伊予柑の女心が秋の空のように変化して金柑に優しくなるのを待っているのかもしれない。

「ええ……久し振りでしたから」

「この前、倉庫のお掃除の手伝いに来てくれた時も、洸祈君はずっとあなたの自慢をしていたわ。とても有名な舞妓で、大きな扇をまるで蝶の翅のように羽ばたかせるんだって」

洸祈がそんなことを言っていただなんて、俺も照れちゃうよ。

「やっぱり!湯田ばあちゃんさん!余計な事言わないでよ!」

トイレに行っていたはずの洸祈が息を切らして戻って来ていた。

「だって、洸祈君がそれはもう自慢してたから、陽季さんに伝えてあげないとって。ごめんなさいね」

「陽季に教えたら図に乗るからダメなんだ」

なんだろう。拗ねた振りをする洸祈の目尻が少しだけ目が赤い。無意識かどうかは分からないけど、洸祈がそれをできることなら隠そうとしているのは分かった。

「洸祈」

もしかしなくても、泣いてた?

名前を呼べば、洸祈はハッとしたような困ったような顔を俺に向け、それから俺につかつかと歩み寄って俺の手を引いた。

「湯田ばあちゃんさん、また何か手伝えることあったら店に電話して。湯田ばあちゃんさんの笑顔と美味しいお茶菓子の為に飛んで来るから」

「いつもありがとう、洸祈君。今度、お手伝いとは別にお店の方に遊びに行かせてもらってもいいかしら?皆の顔を見たいわ」

「いつでも待ってます。……伊予、金、夕飯までには帰って来いよ」

くぅ。

くぅ!

前者が伊予柑で後者が金柑。伊予柑は伏せの体勢で直ぐに目を閉じ、金柑は湯田さんの膝で湯田さんの指と格闘していた。

そして、俺は半ば洸祈に引き摺られるようにして湯田さんの家を後にした。

湯田さんは微笑んでいた。





「泣いてた?」

「…………泣いてた」

洸祈は素直に答えた。珍しい。

「どうして?」

「………………………………」

洸祈は神社の参道の途中で立ち止まると、背後の俺を振り返る。

紅色の瞳で何かを伝えたそうにぱちりと一回だけ瞬きをした。

「俺に会えて感情爆発しちゃったとか?」

「……………………はるに会えたから……幸せ過ぎるから……だからきっと、俺は罰が当たる」

「だから悲しい?」

「ううん。嬉しい」

「そっか。幸せか。でも、幸せ過ぎるからって理由で罰は当たらないよ。だから安心して幸せな気持ちになって」

そんな幸せな悩み事をしていた洸祈のことが一層愛おしくなる。

開いた手のひらで洸祈の頭に触れようとしたら、洸祈が自分から俺の手のひらに額を押し付けてきた。

そして、笑った。

「はる、早く家に帰ろう。琉雨(るう)に一人前増やして貰わないと。今日は親子丼だから」

「やった。琉雨ちゃんのご飯だ。ここ最近はコンビニ飯だったから楽しみ」

電子レンジも面倒くさくて冷たいご飯。ペットボトルからお茶を直接飲む。

何よりも話し相手のいない食事ほど味気ないものはない。

一人ぼっちの部屋でテレビを見ながら聞こえる笑い声はただの環境音でしかなく、これっぽっちも楽しくならない。無駄に明るい液晶が眩しいだけ。

「ねぇ、洸祈」

「うん?」

鶴を指に挟んで宙を泳がす洸祈。彼なら折り鶴1つで存分に遊んでくれそうだ。

「幸せだよ、俺。だって、お前が幸せだから」

ぶらぶらとお散歩して、近所の子供達と一緒に遊んで、小さなことを目一杯悩んで、幸せで泣いちゃう洸祈が見れるならそれだけで俺は幸せだから。

「何それ。他人の幸せが自分の幸せだなんて、損するぞ。っておじいちゃんが言ってた気がする」

それは一番洸祈に言われたくないな。自己犠牲ばかり選ぶお前に。

「他人の幸せを願うんじゃなくて、自分の幸せを他人に分けてやれって言ってた。だから、分けてあげる」

「?」

鶴を器用に頭に乗せ、洸祈は手に乗せた飴玉を俺のジャンパーのポケットに入れる。

「俺、子供じゃないのに」

「しゅわしゅわコーラ味。大人も子供も獣も皆好きだろ?」

「どちらかと言えば、俺はしゅわしゅわサイダー派だよ」と言いたかったのに、洸祈は一段飛ばしで階段を下りていた。

飴玉は洸祈の手のひらの熱で温かかった。


どうやら、洸祈の幸せはしゅわしゅわコーラ味で温かいらしい。

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