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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編7
318/400

予定調和

千里(せんり)が依頼で外出してもう3日だ。

流石の俺も少し寂しい。

しかし、依頼内容は調査系のため、いつ帰ってくるかは不明。

明日かもしれないし、1週間後かもしれない。

毎日電話はしているが、仕事の邪魔にならないよう千里からの電話を待つ状態である。好きな時に好きなだけ電話できないのは辛い。


「……さん、(あおい)さん」


高くて愛らしい声。

琉雨(るう)が俺を呼んでいた。

「あっ、なに?」

洸祈(こうき)と琉雨、(くれ)と一緒にリビングでドラマを見ていたのだが、いつの間にか考え込んでいたらしい。隣に座っていた呉がいなくなっていたことにも気付かなかった。

そして、見ていたドラマはエンディング。

「千里さんはいつ帰ってくるか分かりますか?」

「あ……」

と、答えようとした時、琉雨の隣で伊予柑(いよかん)を腹に乗せて暖を取る洸祈が目に映った。

もそもそと伊予柑の影で何かしている。

メールを打っているみたいだが……。

――そのにやけ顔は一体なんだ。

「葵さん?」

「昨日の電話で、得た情報の裏取れたら帰れるからもうすぐって言ってたよ。2・3日以内には帰れるんじゃないかな」

「2・3日……寂しいですね。千里さんが帰って来た日は千里さんの好きなご飯を一杯用意しないと」

食卓にあいつの笑い声が聞けないのはやっぱり寂しいな。

それに……あいつにずっと触れてないのも。

「もう11時だな……俺が戸締まりするから、もう寝るぞ」

リモコンを取り上げた洸祈がテレビの電源を落とした。

先のにやけは消え、伊予柑の背中を優しく叩く。

「はひ。ルーもカップ洗ったら寝ますね」

「あ、カップは俺が洗うよ。琉雨ちゃんはもうおやすみ」

俺の分のコップまで小さな女の子に洗わせるわけにはいかない。

俺は琉雨のカップと洸祈のカップを素早く取った。

「はわわ……ありがとうございます、葵さん」

“ありがとう”は俺の台詞なのに。

俺達が用心屋に来るまで琉雨は洸祈と二人暮らしだったはずだけど、家事の出来ない洸祈に合わせて何でも自分でしちゃう癖が付いてしまったに違いない。

今の洸祈の健康は琉雨のお陰だ。

「おやすみなさい、葵さん、旦那様」

「おやすみ、琉雨」

「おやすみー」

ワンピース型のパジャマのフリルをひらひらさせて琉雨がリビングを出ていく。それに付いていく伊予柑。

因みに、早寝の金柑(きんかん)は既に琉雨の部屋だろう。

「ねぇ、洸祈」

「んー?」

「さっき、メールしながらにやにやしてたよね」

カーテンの内側で窓の戸締まりを見る洸祈の動きが止まった。

「……別に」

露骨な。

「いや、陽季さんなのかなって思っただけ。深い意味はないよ」

「っ……べ、つに」

ガタガタと窓が騒がしく音を立てる。そして、カーテンから出た洸祈は、台所でコップを洗う俺から隠れるように壁に向かってカニ歩きをしながら別の窓へ。

陽季さんとイチャイチャメールするぐらい、どうってことないのに。

洸祈の恥ずかしいの基準は本当に分からない。

「お、俺、風呂場と廊下の窓確認して寝るから」

「うん。おやすみ」

「おや、す……」

“み”も忘れてギクシャクと洸祈はリビングを出ていった。





何だか目が覚めた。

時計は夜中の2時。

もう昨日になるが、千里からの電話が来なかったせいかもしれない。

最後の電話で裏を取るだけと言っていたから、電話する暇もなく仕事しているのかもしれない。

――が、俺は千里の声が1日聞けなくなるだけで問題が発生するようだ。

『お仕事終わったらたっぷり遊ぼうね』

なんて言い残すから余計に…………。

「……………………」

どうして俺がこんな気持ちにならないといけないんだ。

俺が仕事で外出する時はなんともないのに、あいつに外出されると、俺の体は色々弱くなる。

きっと、俺は色恋において待つ性分じゃなく、千里が言い寄ってくる側だったからだ。

「……くそ……千里のせいだ……っ」

俺はベッドから足を出した。

そして、冷えた床に足を付けてドアへと向かった。



部屋に入れば千里の匂いがした。

静かにドアを閉めて向かう先は、勿論、あいつのベッド。

……あいつも勝手に俺のベッド使ってたって言ってたし、俺だって千里のベッドを使っても構わないだろう。

琉雨が直したのか、綺麗に布団が掛けられているのが何だか申し訳ないが、この匂いの中に入ったら無理だ。

理性とか吹っ飛ぶ。

「…………」

今誰かに俺の姿を見られたら本気で自殺を考えると思いながら、俺は千里のベッドに乗った。

真っ先に目につくのはあいつの枕。

俺の頭を押し付けたり、俺の腰の下に敷かせたりする……。

ベッドの下に手を伸ばせば、箱に触れた。

『全部あお用だよ』

と言っていたっけ。

正方形のまぁまぁのサイズの箱だが、開けると色々なグッズが入っている。

そして、その中の半分は直に試されたから使い方が分かっているが、まだ半分は使い方が不明だ。

俺は使い方を知っているものを一つ手に取った。

『ゆっくり入れるから。だからあおも力抜いて』

とか、あいつは俺の耳許で囁いたのだ。その時、あいつの熱い吐息が混じり、俺の体は爪先から頭の天辺まで痺れた。だから、力なんて抜けなくて……――。


『んん……いた……い…………』

『馬鹿、先走り過ぎ。ゆっくり行こう?洸祈』

『……ぁぅ…………』


洸祈と陽季(はるき)さん……!?

「嘘……まさか隣で……!!!?」

あのにやけ顔は陽季さんが来るからか。

『あ……あ…………ぅっ!!』

悲鳴に似た兄の甘ったるい声がベッド横の壁から漏れてくる。

『……あと少し……』

『あ……ん……っ、いやっ……』

『…………もう我慢して。全部俺に任せてよ』

『ぅ…………』

『…………ほらね、入れた』

“入れた”って何が!?

『…………はる……欲しい。もっと欲しい』

洸祈がねだり、隣のベッドがギシギシと鳴る。

『さっきもあげたでしょ……他にも欲しいの?』

『……これと……これも…………次は頑張るから……』

『頑張って「痛い」言われてもなぁ……………………でもいいよ。あげる……そろそろ本番したいし』

今のは練習だと!?

今から本番!?

お盛んすぎだろう。

「帰ろう……早く帰ろう……」

ここにいたくない。

『んんっ、痛いっ!!はる、痛いからぁ……あ、あ、待って……死んじゃう、やだ、やだぁ!!』

「!!!?」

嫌なのは俺だ。

兄と兄の彼氏の濡れ場なんて、居たたまれない。

だから、俺は喘ぎ声が大きい今のうちにと、出口へ直行した。

千里の匂いと隣の事情でかなりヤバイがこの部屋にいることの方がもっとヤバい。

「あ、やっぱり。あお、ただいま」

「うぐっ」

ドアを開けると、千里の顎に鼻をぶつけた。

「なんだ。僕が恋しくて僕のベッドで寝てたんだね」

「あ……」

色々言い訳をする前に、千里は俺を抱きすくめて部屋へと戻す。が、その時にあいつの膝が俺の股をぐりっと押してきた。

「んんっ!!」

咄嗟に右手で口を隠す。

「もうっ、逃げなくていいのに。そのあお専用玩具は僕があおに使ってあげるからね」

嗚呼、左手の玩具をしまい忘れてた。

「僕の部屋で自慰してたなんてご褒美をくれたあおは、沢山可愛がってあげる」

翡翠が揺れて綺麗だ。

そして、千里の指が俺の後ろ髪を絡め、頭を上げさせられた。少し痛い。

千里の頭頂、天井が目に入る。

「あお……」

首筋に触れる千里の唇。

消えたからキスマークを付け直す気か?

「ベッド行こうか」

優しく唇で触れただけで千里は離れた。

千里ががっついてこないなんて……。

もしかして、疲れてる?

連日仕事だったし。

しかし、千里は俺をお姫様抱っこでベッドに寝かせた。心臓が煩い。

「千里」

「ちょっと待っててね。これ脱ぐから」

今回の仕事の依頼の関係上、千里は珍しくスーツを着ていたが、いけないことをしている気がしてならない。

ネクタイを緩める姿とか。

千里がビジネスマンだったらこんな格好をするのだろうが、ホストを通り越して英国貴族様みたいだ。

「千里、脱ぐのか」

「……もしかして、こっちの方が興奮する?」

「いや、興奮とか……」

珍しいだけだ。

「いいよ。あおがこの格好が好きならそうする」

ギシギシと千里が俺を跨ぐ。

言いたくないが――興奮しなくもないな。

「玩具で解してから本番かな。久し振りだし。それとも、最初から本番いく?因みに、僕は興奮しちゃったから最初から本番派なんだけどさ」

「因みにってなんだ」

お前の願望を押し通す気満々だろ。

正直に言ってしまうと、俺もどうにもならない状態なのだが。

「えへへ。本当に嫌な時は言ってね」

だから、お前のその聞き方は狡いんだって。

“嫌だ”と言えないだろ。






一方、洸祈の部屋では。

「死んじゃう!死んじゃう!ああっ!!………………死んじゃった」

「何で!?さっき、強い装備あげたじゃん!」

「はるが下手くそだからだろ!俺を守れよぉ!」

「いや、洸祈が下手なんだって。俺に任せてよ」

「やだ!陽季のいない間に練習したんだ!一緒に狩りするんだ!」

某娯楽機器を手に洸祈と陽季はベッドに並んで腰掛けていた。

「もっと我慢して相手を引き付けてから回避。洸祈は我慢できないから攻撃を食らっちゃうんだよ。次やるときまでの課題ね」

陽季は機器の電源を落とそうとして、洸祈に阻まれる。

「やだ!もう一回!目の前に倒すべきモンスターがいる限り立ち向かうのがハンターの役目……!」

「こらこら、静かに。もう遅いんだから」

「ちぃいないんだからいいだろ?」

「え?さっき、隣から音したけど」

「え?」

「…………え!?」

「…………マジ!?不審者!?俺、戸締まりしたよ!?」

「………………」

「………………」

陽季も洸祈もベッド側の壁に耳を寄せた。

『あお、今日は早いね。僕があおに食われちゃいそうな勢い』

『っ……はぁ……はぁ……』

「隣、凄いことになってる?」

「あいつら……!!!!」

「落ち着いて」

『!!ま、まだ……!?』

『大丈夫。あおはまだまだいけるよ。この僕が言うんだから』

『……っ…………わ、分かった……』

「ハンターランク2、ユーザーネーム『YOJO』、ぬいぐるみ装備の俺が下級モンスター『千里』をハントしてくる」

「え!?ちょ、待ってよ」

陽季の膝にいた犬のぬいぐるみを腕に入れた洸祈が立ち上がる。

この状況で、洸祈は興奮は興奮でも的外れの方向に興奮していた。

しかし、陽季は同じ攻めとしての千里の立場を思い、止めに入る。何よりも、今隣の部屋に乗り込めば、葵が一番可哀想である。

「煩い。お前も行くんだからな。ハンターランク5、ユーザーネーム『夕霧(ゆうぎり)』!お前の装備は……MAKURAだ!!」

「でも、流石に今は止めようよ。葵君の為にさ」

「葵の為に行くんだ!葵は千里に流され過ぎだ!俺なら陽季に「マジで嫌だ」って言えるし!」

「ふふん」とぬいぐるみを振り回し、洸祈はドアノブに手を掛けた。しかし、そんな彼を止める役目のはずの陽季は洸祈の一言に既にダウンしていた。

「……“マジで嫌だ”って…………それは俺の胸が痛いよ……」

「陽季まで下級モンスター『千里』にやられたか。俺は一人で行く」

「あ…………」

ぱたん。

ドアが閉じた。



「行っちゃったよ。千里君に俺が怒られるかな。止めなかったって……」

洸祈が出て行って5分が経った。が、怒鳴り声も物音もしない。

寧ろ、

『あお……あお……我慢……して』

隣は更にヒートアップしていた。

洸祈は一体……。


「うぐっ」


がちゃり。

「え…………洸祈?」

よたよたと部屋に帰ってきた洸祈はぼろぼろだった。

それは見た目と言うよりは、心が。

ぬいぐるみを胸に抱いて涙目である。

「うぐ……はる……やられたよぉ……」

ハンターランク2には千里君は無理だったか。強そうだもんね、彼。

でも、千里君は葵君としちゃってたけど、洸祈と話す暇なんてあったっけ。

静かに洸祈をやっつけたのかな。

「おいで。回復させてあげる」

腕を広げれば、俺の胸に飛び込む洸祈。

ゲームも止められたし、洸祈にも甘えてもらえたし、終わり良ければ全て良しか。

「それで?誰にやられ…………あ……」

洸祈が開けっ放しにしていたドアからぬっと入ってきた白い獣。

伊予柑だ。

洸祈曰く、メスらしい。

「あー……伊予柑に?」

「うう!伊予がクエストに乱入してきたんだよ!!乱入クエだなんて聞いてない!」

「へぇ……」

洸祈は幼女と獣に弱すぎだから。

けれども、のそりとベッドに乗って丸くなった伊予柑はなかなか気の利く女性だ。

千里君達の為に洸祈を止めたのかな……なわけないかなぁ……?

「伊予に夜な夜な騒ぐなって怒られたぁ」

そうですか。

俺はすっかり窶れた洸祈をベッドに寝かし、部屋の電気を消して俺も隣に寝る。そして、稽古の休憩時間に良く使う音楽プレーヤーをスピーカー設定にし、小さくクラシックを流してサイドテーブルに置いた。

頭の上には眠る伊予柑の横腹があったが、洸祈はいそいそとその中に頭を突っ込んでいた。

この一人と一匹の関係は未だに謎だ。

普段、女性扱いしている割には、お腹の下に潜ったりするのは破廉恥な気がする。

「おやすみ」

「……おやふみ……はる……」

両手が俺の腕を掴み、洸祈は沈黙する。

………………。

くぅ。

早速眠った洸祈を伊予柑が腹から押し出し始めた。

「あ……息出来なくなるね」

俺も伊予柑を手伝って洸祈を下へと引っ張ると、「うう」と唸った洸祈がぎゅうと俺にしがみ付いてくる。

そして、代わりと言わんばかりに俺の腹に顔を埋めた。

洸祈はぽかぽかしてて温かい。

その時、隣部屋との壁からがこっと何かがぶつかる音がするが、多分、もしかしなくても千里君達だろう。

まぁ、こういう状況に出会すのは今日が初めてではない。そして、怪しげな音が聞こえた翌朝は葵君が高確率でダルそうにしている。

洸祈は俺が気付くまで音に気付かないから、俺が泊まりに来てない時は多分、気付いてない。耳が悪いとは思えないけど……。

気にしてたらキリがないからかな。

でも、同じ同性愛者としては正直、千里君達が気になる。

頻度とか……ほら、直接は聞きづらくて。

千里君達って俺達より多いよね?

それが普通なのかな。

「ネットで調べて……双灯のパソコン借りるか」

「うぬ……うー……」

洸祈が寝惚け声で喋ってくる。

俺の独り言が洸祈の眠りを妨げたようだ。

「ごめんね。静かに寝ようね」

そうして彼の頭を撫でると幸せそうな顔を俺に向けてから、もそっと布団の中に入って行った。

こう言う洸祈の態度は本当に困る。

だって、彼を存分に甘やかしてしまうから。

まるで俺は母親か父親だ。

もっと恋人のように見られたい。

「……やっぱ無理か。甘やかさないと俺の身が持たないな」

可愛くてしょうがないのだから、どうにもしょうがない。


甘やかし自粛の決意は3秒と持たず、俺は太陽の匂いのする洸祈の髪に鼻を埋めて目を閉じた。



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