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許し

「あ…………」

「あ………………」

「あぁぁあああああ!!!!」

お出掛けから帰ってきたばかりという格好の千里(せんり)陽季(はるき)の視線が絡み、次の瞬間には、陽季は洸祈(こうき)の本気の平手打ちを受けていた。




「……大丈夫ですかぁ?」

頬に氷嚢を付けた陽季の横顔を見詰めた琉雨(るう)

「うん……大丈夫……」

「もう、旦那様。駄目ですよ、陽季さんを叩いちゃ」

「………………陽季がいけないんだ」

ソファーに横たわる洸祈はむすっとしてタオルケットを体に巻き付けた。そんな洸祈の不貞腐れた顔を千里がにやにやして見詰める。

「だからって叩いちゃいけません。ルーはなでなでが良いと思いますよ」

と、陽季の頭を優しく撫でて琉雨が微笑んだ。

小さな手で包むようにそっと。

「あ、ありがとう……」

背中に突き刺さる視線を感じて静かに冷や汗をかきながら、陽季もぎこちない笑顔を彼女に返した。






ことの始まりは3時間前に遡る。



陽季と携帯を買いに行き、携帯ショップでは指で画面をタッチする最新式の携帯をしつこくお勧めされたが、陽季が機械音痴の俺の為に堅く断ってくれた。

そして、月額で陽季とならいくらでも電話掛け放題メールし放題の契約をし、寄り道をしてお気に入りの『あんばださーシリーズ』のガチャガチャをしてから店に帰った。


用心屋2階のリビングに入ると、(くれ)が通販番組を見ていた。通販で買うのはパソコンの部品ばかりなのに、呉は良くテレビの家庭用品の通販番組を見る。

超吸引力の掃除機の紹介とか、超急速冷凍の冷凍庫の紹介とか、買う気もないだろうに、見てて楽しいのだろうか。

「あれ?千里君と(あおい)君は?」

陽季が声を掛けると、呉が表情の見えない顔を俺達に向けた。

「お出掛けです。ゲームセンターに」

「ちぃはクレーンゲームが得意なんだ。あいつの部屋とかゲーセンの景品で溢れてるし。俺の部屋のぬいぐるみのいくつかはちぃに貰ったやつ。てか、ゲーム全般はちぃだな。……琉雨(るう)千鶴(ちづる)さんはまだ買い物か」

「一度帰って来ましたよ。その後、何か買い忘れがあったようでまたお買い物に。携帯はどうでしたか?」

俺は返事代わりに俺の新しい携帯を見せた。今日ゲットした『あんばださーみんと』のストラップの他、5つのあんばださーストラップが付いている黒に近い深緑の携帯だ。

「良かったですね、洸兄ちゃん」

こういう時の呉の一言は温かくて好きだ。目元に優しい感情が現れるから。

「ありがとう」

俺は陽季の手を握ってリビングを出た。



片手は手錠でベッドに繋げられている。

そして、“先生”は俺を見下ろした。

「洸祈さん、まだ興奮します?」

「……はい」

猛烈に興奮します、先生。

「分かりました。私に貴方の全てを委ねれば、きっとその興奮は治まりますからね」

そう言って先生はゆっくりと俺のズボンを脱がしに掛かる。

「せ、先生」

「はい?」

「敬語じゃ俺の興奮は治まりません!」

よし!言えた!

――と思ったのに、

「洸祈さん」

先生は俺をさん付けで呼ぶ。

「だから俺は――」

「黙れよ、洸祈」

意地悪な先生がズボンを脱がそうとするのを止めようと自由な方の手を伸ばしたら、先生は俺の腕を取ってベッドに押さえ付けた。

「医者は絶対だろ?医者に文句すんな。次に文句言ったら……喘ぎ声しか出せなくするからな」

それは俺に文句を言って欲しいということ?

先生は俺の首筋をキツく吸ってから、手早く俺の衣服を剥いだ。そして、既に剥かれた俺のTシャツ同様にズボンやパンツまで丁寧に畳んで重ねる。

俺の先生は流石だ。

「……やっぱ眼鏡邪魔だな。外すか」

「え!何で!?外さないでよ!」

眼鏡の方がこう……知的に見えて内なる野獣っぽさがむんむんとしてくる感じでいいのに!

「透明なプラ越しより、裸眼で見た方がより正確な処置が行えますが、何か?」

「い、いえ……どうぞ何なりと……」

先生は眼鏡なんかなくたってワイシャツにネクタイ、白衣と胸ポケットにボールペン、首に下げた聴診器だけで十分オッケーだ。

「てか、この聴診器も邪魔だな。白衣も……脱ぐか」

「待ってよ!取ってもいいのは眼鏡だけだって!」

十分って思った矢先にフラグを回収するのだから……折角の機会をもう少し堪能させて欲しい。

しかし、俺のお願いを聞いてくれるどころが、先生は眉を寄せて唇を尖らせた。

「…………お前、文句言うなって言ったよな?」

「あ……その…………っ!」

ヤバい。

怒られる……!

俺の肩を強く押さえ付け、ベッドに片膝を乗せて俺を見下ろす。

表情には影が落ち、白銀の髪も黒く見え、目だけが微かに光を反射している。

キツく締めたネクタイを適当に緩め、開いた襟首からは先生の引き締まった体が覗く。

「泣いてすがるまで苛めてやるよ」

「は……はる……っ」

そして、俺の視界はネクタイで隠された。


視覚が使えないと他の感覚が急激に感度が上がる気がするのは俺だけ?――とか思いつつ、先生こと陽季に身体中を触られていた時、

我慢出来なくなって自分から陽季にねだっていた時、


「洸、お土産!」

と言いながら俺の部屋に入ってきた千里に全てを見られたのだ。






「ごめんねー。準備に時間掛かりそうなかなり高度なプレイしてたのに。でもね、陽季さんが「今週はあんまり自由な時間がないんだ」って言ってたから、てっきり陽季さんが帰っちゃって寂しくしてるかなぁって思ったんだ」

「玄関に靴あっただろ……」

「ごめんって」

わしゃわしゃと千里が向かいのソファーに寝転がる洸祈の頭を撫で、洸祈は陽季に散々付けられた痕を隠すようにタオルケットを抱き寄せる。手錠の痕が付いた手首もタオルケットの中。

「あの……洸祈…………ごめん」

陽季が千里の隣に小さくなって座る。そして、洸祈に頭を下げた。

「陽季の阿呆……ちぃの意地悪。今日はもうここから動かないから……」

すっかりひねくれた洸祈は陽季の頭と苦笑いの千里の顔を見、クッションを抱き込んで丸まった。

イルカ模様のタオルケットを体に巻き、だんごむしになった洸祈。

千里と陽季が顔を合わせて肩を竦めると、一旦慰めるのを諦めた。

拗ねた洸祈はかなり手強い。だから、ここは時間を置いた方がいい。

そして、一人用ソファーに座る呉は洸祈達を尻目に小さく息を吐き、膝を抱えて体育座りをした。




「洸ー。ねぇ、洸。ご飯の時間だよ?オムレツだよ?」

葵と陽季が千鶴と琉雨の手伝いで台所とリビングを行ったり来たりする中、「台所が狭くなるから」を理由にテレビ視聴に耽っていた千里が、ダイニングテーブルが皿で埋まってきたのを見計らって、ソファーのだんごむしに声を掛けた。

しかし、応答はない。

「こぉー……」

「千里、呉を呼んできてくれ。夕飯だ」

「あ、うん。……あお、洸がまだ拗ねてるみたいだからどうにかして。僕じゃ逆効果みたいだ」

「分かった」

ご飯茶碗を両手に持つ葵の横を通り過ぎ、千里は呉を呼びにリビングを出た。


「洸祈。夕飯だよ。寝てるの?」

「…………起きてる」

だんごむしが喋る。

洸祈と葵以外は席に着き、洸祈の説得担当の葵を見守っていた。

「夕飯、食べないの?」

「旦那様が食べたいって言っていたチーズ入りオムレツですよ」

琉雨が気を利かせて葵の援護をする。

が、

「…………だって……ちぃに見られた……」

「大丈夫、千里は忘れたよ。なぁ、千里?」

「……うん…………まぁ……」

ここで「丸々すっきり覚えてます」とは言わない。それくらいの空気を読む力は千里にもある。

「――なら葵は千里にM字開脚されてんのを陽季に見られても平気なわけ?陽季が忘れたとか言っても?」

その時、千里の脳内には裸の葵の膝を押さえた自分のイメージが、陽季の脳内には何故か裸の洸祈の膝を押さえた自分のイメージが浮かんでいた。

「いや……それは…………」

「それを言うなら、あおのあんな姿やこんな姿は既に由宇麻(ゆうま)に見られてるよ!」

「おい!千里!!」

千里なりのフォローが全くなっておらず、これには葵がキレ、更に悪化するリビングの雰囲気に陽季があたふたする。

琉雨や千鶴は呉を中心に会話をしていて、傍でR指定の会話がされていることに気付いていない。寧ろ、その為に呉が普段よりも大きめの声を出しているのだが。

「もうめんどくさいなぁ!なら、僕の全裸でも見とく!?僕はお腹空いたの!」

葵の次には千里が連鎖的に頭にきて洸祈が巻き付けたタオルケットを引っ張る。

「あと10秒以内に席に着いて“いただきます”しなきゃ、お土産没収するから!本気だよ!」

「あ……千里君……」

「そうだよ!早く席に着かないと食後に出す予定の琉雨の手作りプリン、あげないからね!」

「葵君…………落ち着いて……」

息の合った千里と葵は洸祈を包む殻を無理矢理剥ごうとした。

千里は糖分の足りない頭と空腹が重なって怒鳴り、短気な洸祈と相反して普段は寛容な性格の葵は感情を爆発させて怒鳴る。

そんな二人を罪悪感もあって理性が保たれている陽季が止めようとしたが、

「陽季さんは黙ってください!」

「陽季さんは洸を甘やかし過ぎ!」

「あ……ごめ……」

同時に二人に怒られて小さくなった。

「千里、脇腹狙え!」

「いえっさ!」

「うーうーうーうーうー!!うー!!!!」

ぱたぱたと手足を動かした洸祈が葵に脇から通された腕に捕まって千里の前に差し出される。髪もボサボサ、服もしわくちゃにした洸祈の腹が衣服の隙間から覗き、そこにも陽季の付けた痕が2ヵ所。

「最後の機会を与えてあげる。大人しく席に着く?」

わさわさと千里の指がムカデのように動く。

「うー…………」

しかし、不服の顔でぷくりと頬を膨らました洸祈は強情だった。

一瞬だけ洸祈の視線が陽季に絡むが、洸祈は直ぐに俯く。

洸祈は本気で怒っている。

それを見た陽季は席を立ち、千里の肩に手を置いた。

「千里君、もういいんだ」

「え……」

「洸祈、ごめんね。俺に一番怒ってるよね……俺、帰るから。だから、皆とご飯食べて」

ソファーの背凭れに引っ掛けていた上着を片手に、陽季が洸祈に深く頭を下げる。

静まり返り、千里も葵も一気に重くなった空気に固まった。

この場で誰よりもやりきれない気持ちがあるのは陽季だ。

折角の休みに、苦労して手に入れた医者コスで洸祈と楽しむ筈が、逆に洸祈を怒らせた。夕飯すら食べてくれない程に。

洸祈と触れ合える一分一秒が惜しいのに、洸祈どころか誰も笑顔を見せてくれない。

「俺の分も用意して頂いたのに、申し訳ありません」

「陽季さん、帰っちゃうんですか!?ルーは嫌です!!一緒にご飯食べたいです!!」

「ごめんね、琉雨ちゃん」

琉雨が引き留めようとするが、陽季はリビングを出て行く。

ドアの向こうで靴を履く音がリビングに響く。

「陽季さん……一緒に……一緒にご飯…………」

琉雨の繊細で優しい心が彼女の目尻に涙を蓄えさせた。そして、震えた琉雨の肩を、隣に座る千鶴が抱いた。

「琉雨姉ちゃん……」

益々、リビングの空気が重くなる。



「っ、帰んな!!!!」



その時、葵の拘束を逃れた洸祈がリビングのドアを勢い良く開け、玄関ドアを開けようとしていた陽季の腕を掴んだ。

「こう…………でも……俺のせいで……」

「うっさい!!陽季のせいなんて1つもない!!陽季は悪くない!てか、陽季は俺に怒るべきなんだ!」

「洸祈……」

洸祈が放ったイルカのタオルケットを自身に巻いた千里が「ほほう」とにやつき、琉雨は濡れた瞳をキラキラと輝かせる。

「俺は陽季が怒ったら起きてた!!!!だから、怒れよ!」

ずっと陽季の言葉を待っていた洸祈は顔を赤くして怒鳴った。

葵は頭の上に僅かに疑問符を浮かべたが、千里や琉雨は洸祈のツンデレ属性に理解を示して頷く。

「洸祈……一緒にご飯を……我が儘言わずに食べるんだ」

謝罪に満ちた表情で、それでも(れん)の言葉を思い出しながら、陽季は勇気を出して言った。

洸祈に再会した頃の陽季には洸祈を怒るなんてことは出来なかった。

怒りは決して良い感情ではないと思っていたから。

怒れば相手に嫌われると。

千里や葵が怒っても彼等には切っても切れない友情がある。しかし、陽季は?

陽季にとっては初恋で、一目惚れ。洸祈以外に好きな人など考えられないが、洸祈は多くの人と体を重ねている。その行為は陽季には愛する人とするものであり、つまり、洸祈は沢山の恋をしてきたのだ。

陽季にとって洸祈が最初で最後の恋人だとしても、洸祈にとって陽季は数多くの恋人の中の一人なのだと。

少しでも嫌われれば新たな恋人に取って代えられてしまうのだと。

「作った人に失礼だろ?ちゃんと席に着いていただきますって言うんだ」

相変わらず表情は固く、“叱る”とは言い難いが、今の陽季にはそれが精一杯だった。

『洸祈を否定できる恋人になる』という誓いは立てたが、実践は一歩一歩少しずつ着実にだ。

「ごめんなさい……ごめん、皆」

「いいえ。オムレツが冷めちゃう前に食べましょう?」

「うん」

洸祈は琉雨に頷くと、一度陽季に向き直り、リビングのドアの影に陽季を引き連れる。そして、彼を抱き締めた。

「洸祈?」

リビングからの明かりが逆光になり、洸祈の表情は陽季から隠れる。

「今日の続き……また今度、ホテルでやろう?誰にも邪魔されないように」

囁くと、陽季の首筋を軽く食む洸祈。暫く食い付くと、彼は口を離した。

「なんかお腹空いたー」

「洸が待たせたんだよ」

「陽季、早く」

「あ……あーうん」

すたすたとリビングに入る洸祈。

陽季は首筋に赤い痕を付け、頬を赤らめながら洸祈の隣の席に着いた。




今日のお誕生日席は千里だ。

彼はパンと両手を合わせる。


ではでは――



「誕生日おめでとう、僕!いっただっきまーす!」



日付は遅くなったが、千里の誕生日パーティーが始まった。



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