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認めたくはないが、俺は背が低いから、席は前の方にした。

一番前の列は舞台を見上げなくてはならず、首と肩が疲れるから遠慮しておく。そして、真ん中の方は前に座る人に視界を阻まれやすそうだから、通路脇の端に座ることにした。

うん、舞台が見える。

杖は邪魔にならないように股の間に挟んだ。

平日の昼間だからぱらぱらと席は空いているが、この具合だと、夕方以降や休日の公演は混みそうだ。

しかし、事前に調べたところ、火水木は夕方からの公演はない。

つまり、これから舞台に出る彼はこの公演の後、手が空く……かもしれない。

無理そうだったら彼に会うのは止めるが、今日は彼の舞台を見てみたくもあった。自分の仕事に誇りを持つ彼の舞台を。


ジー。


ホールが暗くなる。

徐々に小さくなるざわめき。

普段、こういう場所に来ない俺は少しそわそわしながら、両手を意味もなく擦り合わせ、肩を竦めて椅子に背中を預けた。

と、舞台に水平に薄く射す一筋の光。沸き上がる拍手。


いよいよ始まるみたいだ。




舞台で舞う彼にぱらぱらと紙吹雪が落ち出した。

演出だし、綺麗だから良いのだが、紙吹雪の量がどんどん増える。それも彼を隠してしまうぐらいに。

そんなに紙吹雪増やしたら、彼が埋もれるんじゃないか?とか、馬鹿なことを考えたぐらいだ。

彼の舞の題名は「桜散る」だが、これではまるで台風の時の桜。もっと彼の舞を見たい。


「!」


その時、散って行く桜がばさりと切れた。

正確には、今まで使っていた扇よりも何倍も大きな扇が桜の壁を横に切ったのだ。

いつの間に大きな扇に持ち替えたのか……そして、大きな扇に生み出された風圧で舞台の床に落ちていた桜や舞台の天井から降る桜が観客席側へと散った。

紙吹雪じゃない。

本物の桜みたいだ。

振り袖を揺らし、彼は妖艶な笑みを浮かべた。

観客が舞い散る桜に無意識のうちに手を伸ばすその姿に。

舞や演出、その全てに呑まれる客達を見て、彼はとても愉快そうだった。

芸術に生きている――そう感じた。




初めて見た彼の舞台は美しかった。

彼の扇はまるで鳥の翼だ。勿論、鳥が飛ぶ姿も美しいが、彼の舞は鳥が翼を広げるその瞬間やこれから自由な空へと出ようとするその瞬間を写しているようだった。

芸術とはこういう瞬間を表現することにあるのだろうか――など、評論家気取りだろうか。

とにかく、芸術に疎い俺でも楽しかった。それだけだ。

コツコツ。

杖を突いているせいでカーペット下のコンクリから音が響く。関係者以外立ち入り禁止エリアをこそこそ歩いているつもりなのだが、これでは目立ってしょうがない。

まぁ、今歩いている廊下に人気が殆どないのが救いだが。

ここのスタッフと擦れ違っても、一般的イメージよりも若い年齢で杖を突く俺に気遣う視線が来るだけ。「ご案内しましょうか?」とわざわざ訊かれる始末。

杖のお蔭とも言える。


ぽふん。


腰辺りをとても軽い力で押される。

何かなと振り返ると、低い位置に頭が二つ。

彼らは……。

「あわわ、ごめんなさいっ!」

「ごめんなさいっ!」

ぺこりと仲良く頭を下げた少年少女。

謝るのに必死で、ぶつかったのが俺だとは気付かなかったようだ。

(いつき)君、真広(まひろ)ちゃん、俺や。二人とも今日の舞台かっこ良かったで」

壁に衝突とか、反動で転んで怪我をするとかがなかっただけ良いのだ。

クッションになれたのなら、俺は本望。

「あ、由宇麻(ゆうま)さんだ!」

舞台衣装から変わって温かそうな長袖のフリースにジーンズの斎君が真っ先に気付いて俺に抱き付く。

赤色の半纏を着込む真広ちゃんも俺を見上げると、ぱっと笑顔になった。

「真広達の舞台見に来てくれたの?」

「うん」

「じゃあ、今日はお仕事お休みなの?」

「……うん」

真広ちゃんの悪意のない純粋な瞳に俺はぐさっと来た。

そうなんだよ。平日なのにお休みなの。

ここで言い訳すると、俺が(れん)君の「仕事行ってる場合じゃないでしょ!」と言うお怒りを無視して職場に行けば、瑞牧(みずまき)さんに怒鳴られ、その理由が「お前は休んでろ、阿呆!」。で、皆に労働課ビルから追い出されてしまったのだ。

どうやら、蓮君が仲都(なかと)総務官に直々に会いに行ってたらしく、俺の休みを申し出たとのこと。それも、正式な医者の診断書付きで。

序でに、蓮君のことだから持ってるコネを駆使して脅迫etcしてそうだ。

「あれ……杖?足痛いの?」

斎君が杖を気にして俺から離れた。

「いや、これは一時的なものやから。バランスを取るぐらいや」

それはもう一級品らしい蓮君への貰い物を俺が渡されて使っているわけだが。まず、どうして蓮君に杖が贈られたのやら。

「ホントに?……由宇麻さんの足が早く元気になりますように」

しゃがみ、俺の片足を擦る斎君。真広ちゃんも俺の足元にしゃがむと、もう片足を擦る。

「ほんまにありがとう。これは直ぐに元気になるで」

温かい手のひらに擦られ、気持ち、足がぽかぽかと温まってきた。

「あ、あのな……俺、陽季(はるき)君に会いに来たんやけど、忙しかったりする?」

「陽季お兄ちゃんなら控え室だよ。僕達も今から控え室行くところなんだ」

「一緒に行こうよ、由宇麻さん!」

忙しくはない……のだろうけど。

俺も簡単には諦める気はなく、「じゃあ、案内してもらおうかな」とゆっくり歩く二人の背中を追い掛けることにした。




『月華鈴様』とワードで打たれた紙がドアのど真ん中に貼ってあった。

関係者じゃないのに控え室まで覗いていいのかな?と後ろめたい思いにかられつつ、人生一度はスターみたいな気分で控え室に入ってみたいという願望に負けて、俺は斎君と真広ちゃんに続いて控え室に入った。

「本物や……」

横長の化粧台やんけ。

鏡に興奮で息の荒い俺の間抜け面が映る。

台にはファンからであろうお花が沢山。そして、櫛や髪飾りも散らばる。

ハリウッドスターの気分や……。

「由宇麻さん、陽季お兄ちゃんはこっち」

「え…………」

『夕 使用中』とサインペンで書かれた紙が隅を仕切るカーテンにガムテープで貼ってある。

仕切りの向こうは俺の立つ床より少し高くなっており、俺の想像では足を伸ばしたり、仮眠したり出来るエリアなのだと思う。

取り敢えず、舞台後の休憩中のようだし、邪魔をしてはまずいなと躊躇していると、案の定、少年少女がカーテンを遠慮なく開いた。


――畳の上には寝袋に入って眠る陽季君がいた。


「う……俺……寝てんの…………閉めて……」

もそもそと寝袋が動く。

「陽季お兄ちゃん、由宇麻さんだよ」

と、教えるのは斎君。

寝袋を揺さぶるのは真広ちゃん。

「真広達が案内してきたの!」

「……ゆ……ま……」

「斎君、真広ちゃん、ありがとう。俺、陽季君と二人きりでお話してもええかな?」

なるべく違和感のないように言ったつもりだったが、真広ちゃんがぎゅと俺の手を握ると、「痛いときは手を握るの。そしたら、由宇麻さんの痛いのなくなるの」と言って控え室を走って出て行く。斎君も「待って!」と真広ちゃんを追い掛けて行った。






俺は畳に腰を下ろした。仕切りは陽季君に明かりが当たらない程度に閉める。

「舞台見たで。綺麗だった」

「………………」

寝袋に埋もれた頭は動かない。

「別に説教しに来たわけでないで?俺は蓮君やないもん」

「………………なら何の用?」

お、返事が。

「陽季君に会いに来ただけや。全然会えへんから」

「…………俺、忙しいの」

舞台終わって直ぐに寝袋に入るぐらいだし。

忙しくて疲れている――分かっている。

「忙しいだけならいいんや…………ただ……俺が寂しくなったから」

強制的に休日にさせられ、店に遊びに行ってもどこか静かな雰囲気。

揺り椅子を揺らして座る(あおい)君を見付けて挨拶をすれば、彼は俺を見て「いらっしゃい」と微笑む。その笑顔の裏に俺は曇り空を見、彼は無理をしているようだった。

「………………足、悪いの?」

髪を逆立てた陽季君が寝袋から出ると、俺の隣で胡座をかく。ジャージ姿の彼は段差に立て掛けた杖を見詰めて訊いてきた。

「杖やっぱ止めようかな。皆これ見て気の毒そうな顔するんやもん。転ばぬ先の杖でしょって蓮君に渡されたんやけど」

「………………二之宮(にのみや)が言うなら使ってた方がいい」

蓮君への嫌味については一家言ある陽季も、蓮君への医者としての信頼度は高い。

「せやな」

俺が頷くと、陽季君は丁寧に揃えられた下駄に素足を引っ掛けて化粧台の前へ。

背凭れのない椅子に座ると、背中を台に預けて俺と向き合った。

片手には彼が愛用している扇子。そして、もう片手には懐中時計が握られていた。

「陽季君……俺、蓮君から聞いたんや。あそこでのこと……蓮君も人伝なんやけど……」

葵君が言っていた。

無理矢理契約を結ばされた崇弥(たかや)が葵君や千里(せんり)君を殺そうとしたこと。

千里君が崇弥を魔法で眠らせ、魔法は既に解けているのに、崇弥は一向に目を覚まさないこと。

そして、陽季君が崇弥の見舞いにも用心屋にもずっと来ていないこと。

葵君は崇弥の見舞いに来ない理由を気にしていた。

直接は言わなかったが、自分達に関わったせいで陽季君に辛い思いをさせたのではと考えていた。

俺にも「ごめんなさい」と謝ってきたのだ。

だけど、俺は用心屋の皆が大好きなのだ。

俺の家族……俺にとって何よりも大切なもの。

家族の為なら――。


「…………司野(しの)さん……俺、女の子を撃ったよ。拳銃で……初めて手にした拳銃で……初めて撃った弾で……俺は女の子を撃った」


蓮君が聞いたという話は正しかった。

陽季君は俺を誘拐したイヅの作った機械の女の子を撃った。その女の子は多分、俺が研究所で目覚めた時に彩樹(あやき)君が悪夢を見せた女の子。機械のはずなのに人のように苦しんでいた少女。

「俺、女の子を撃った後……言い訳ばっかり考えた。分かる?俺は女の子が襲おうとしていた男を助けた。俺は悪くない。俺は悪くない。俺は悪くない……俺、司野さんをそんな風にした男を守ってたらしいんだよ?俺、辛くて堪らないって顔で泣いてた女の子を撃ったんだよ?」

陽季君は両手の扇と時計を握り締め、俯く。

表情は見えない。

だけど、声は震えている。

「俺は……俺が怖いんだ」

透明な雫が一滴、陽季君の右手の甲を濡らした。

「人を撃てた俺。人を撃って言い訳を考えていた俺」

彼女はヒトではない。が、陽季君にとってはヒトだ。

「…………その言い訳に洸祈(こうき)を利用した俺……!」

また一滴落ちた。

「俺は女の子から男を助けたんだ!ならどうして男は俺に感謝しない!どうして男は俺が撃った女の子を見て泣くんだ!洸祈なら撃ってただろ!?だから俺は正しいはずだろ!?正しいんだ!!!!」

控え室に響き渡る陽季君の怒鳴り声。

否――叫び声。

「俺は最低な人間だ!!!!」

それ以上は駄目だ。

俺の脳内で警告音が鳴り出す。

陽季君を止めろ、と。

しかし、彼は髪を振り乱して立ち上がると、扇と時計を床に叩き付けた。

「陽季君、駄目や!!!!」

腕を振り上げるところまで見えていたのに、俺は彼のその行為を止められなかった。

決して越えさせてはならなかった一線を彼は越してしまった。

ガシャンという音と共に懐中時計の蓋が開き、ガラスは砕け、部品が飛び散った。

「………………」

俺の靴の爪先に彼の扇子がぶつかる。

扇子は開き、中の骨が折れたのか、紙が歪んでいる。

ぱりっ。

俯いたままの陽季君がガラスを下駄で踏みつけた。

「…………嗚呼…………これか……」

陽季君が床から何かを拾う。

「司野さん」

「………………」

ぱりぱり。

何か言わなくてはいけない。

そもそも俺は何かを言うためにここへ来た――はずだったんだ。

しかし、俺の鼓動が煩い。

鼓膜が鼓動に合わせてぱかぱかと異音を出している。

両手をだらんと垂らした陽季君がふらふらと俺に近付く。


頭の中が真っ白で何も思い付かない。



「俺は洸祈の傍に居られません……これを洸祈に返してあげてください」



ぐしゃり。

陽季君の体のし掛かるようにして俺の右手のひらに彼の拳を押し付けてきた。

徐々に開かれる拳からぽとりと俺の手のひらに何かが落ち、陽季君が踵を返す。

「は……るき……くん」

嫌だ。

「嫌や……」

離れてしまうのは嫌だ。

「行かんで……行かんでや……」

俺達を置いて行かないで欲しい。



なのに、

「………………」




彼は俺達を置いて行った。





控え室にはガラスが割れて部品が飛び散った時計、踏みつけられた扇子、床に座り込んだ由宇麻が残された。

彼の手には一枚のコインが乗っていた。


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