君だけの桜(13-3)
もし死ぬ時は、桜の木の下で死にたい。
俺の体は腐り、全ては土へと溶け込む。
そして、俺は桜になる。
目を開けると、視界は薄暗かった。
しかし、ふかふかのベッドの中にいることは直感的に理解したが、眼鏡がないせいで視覚からはろくな情報が得られない。
ベッドがあるなら、ここは寝る場所。寝室とか……病院とか。でも、こんなふかふかベッドの病院とか普通ないし。
ここはどこだろうか。
「ん……うん……」
不意に聞こえた誰かの寝息。いや……“君”の寝息だ。
ならばそうか。
ここは“君”の家か。
「…………蓮君、おはよう……やろか?」
左手はまだ力が入りそうにないため、俺はどうにか持ち上がった右手で蓮君の頭に触れた。
俺の左脇で突っ伏して眠る彼は俺の手が触れると、ふるふると頭を揺らした。
蓮君の髪ってこんなにふさふさしてるんか……。
それにしても、起きた時に、知っている顔が直ぐ傍にあるというのはとても安心する。蓮君の貴重な寝顔が見れたのも何だか嬉しいし。
「……いつも不機嫌むっつりばっかりやのに、寝てる時はかわええなぁ」
そう考えると、琉雨ちゃんはいつでも笑顔で可愛く、崇弥は時折満面の笑顔で可愛い。蓮君は寝顔が可愛い――と。
陽季君は……弄ると愉しいなぁ。
微妙に拗らすと扱いが大変だけど。
……………………嗚呼、そうだ。
仕事だ。
「仕事……出張中……今日は何日や?」
取り敢えず、瑞牧さんに連絡しないと。
「蓮君、蓮君、電話貸して貰えへん?蓮君、なぁ、蓮君」
ミシミシやぱきぱきと不吉な音が身体中からするが、俺は右手で蓮君の肩を揺する。
「え……ゆ……まくん……?」
眉間にしわ。
折角の安眠中に何とも申し訳ない。
だけど、瑞牧さんはきっと俺からの連絡を待っている。
「せや。俺や。あんな、俺、上司に電話したいんやけど、電話貸して貰えへん?」
「あ…………ゆ……ゆ…………ゆ……」
「もうええわ……起こそうとしてすまへんな」
特大のお姫様ベッドでいつも寝てる蓮君だ。ベッド脇に付けた車椅子に座り、上体だけベッドに寝かせる蓮君を無理矢理起こすのは止めておこう。きつい体勢の中、やっと眠れた後かもしれないし。
しかし、ここは見守られていた側として、彼を俺の寝ていたベッドに寝かしてあげるべきなんだろうけど……どうにも力が入りにくい。
まぁ、元々の俺の筋力なんてのは雀のお涙程度で、元気120%ぐらいの時じゃないと、蓮君を持ち上げるのは困難なのだが。
「風邪引かんでや?」
俺に積み上がっていた毛布やらからブランケットを見付け、俺は蓮君の肩にそれを掛けた。
しかし、本当に蓮君はお疲れ気味だ。
一体全体、今日は何日なのか。
“あれから”何日経ったのか。
もし、瑞牧さんに連絡が取れたら、怒鳴られる覚悟で今日の日付を聞こう。
「……………………?」
足が変だ。
動きはするが、多分、これは立てないかもしれない。
俺は足を絨毯に付け、ベッドにしがみつきながら、恐る恐る足へと体重を移動させてみた。
「…………っわ!!」
足は不思議なくらい膝からカクンと折れ、俺は絨毯に倒れてしまう。
腕と一緒で上手く力が入らない。
そもそも、感覚が薄い。
何かに触れても材質がよく分からない。
長々と正座をした後みたいだ。
「あわわ…………動けへん…………」
やっぱり蓮君、起きてくれへん……?
このままでは、顎と肩、割りとマシな上半身で芋虫歩きをするしかなさそうだ。
「ほんまに……どないしよ」
さっきの衝撃で頭がくらくらしてきたし。
多分、頭に血が足りてない。
だから、眠いのかもしれない。
「………………」
眠い。
床でいいから眠りたい……でも、瑞牧さんが…………。
「ちょっと!ねぇ、ちょっと!!」
「う…………れ……ん君?」
「そんなとこで寝ないでよ!ほら、僕に掴まって」
髪を振り乱した蓮君が車椅子に座った体勢で俺に手のひらを差し出していた。
むすっとし、唇をキツく結んで俺を睨む。
蓮君をあまり知らない人には怒っているように見えるその顔は、蓮君特有の相手を心配する顔。
「ああ……心配させてごめんな……でも、職場に電話せえへんと……」
「謝るのも電話も後でいいから!君がベッドに戻ってくれないと、僕は心配で禿げる!」
…………今の蓮君はまるで加賀先生みたいだ。
だから、俺は蓮君の手のひらは掴まずに彼の腕を引いた。
「……え!?」
軽い力だったと思う。
が、蓮君の体は車椅子を離れ、俺に乗る。
反射なのか逃げ出そうとする彼の背中に、俺は腕を回した。
「ゆ、由宇麻君!?」
普段から他者との接触には距離を置く彼の肩が強張るのを感じる。
「蓮君、俺はこの通り生きとるから」
「え!?……ちょっ、放して――」
言葉は拒むが、蓮君は俺を突き飛ばしたりはせず、されるがままだ。
腕に力はほとんど入っていないから、本気で逃げようとすれば俺から離れられる。しかし、彼はそれをしない。
俺の体を労っているのか。
それとも――
「だから、心配させて……泣かせてごめんな」
「な……!!僕は泣いてなんかないよ!」
「せやな…………せやけど、暫くこうさせてな」
さっきから震えが治まらない。
蓮君の震えなのか、俺の震えなのかは分からないけれど、震えが治まらないのだ。
けれど、そんな中でも蓮君の温もりにだけは心安らぐ。
「蓮君……俺、生きてるから」
「………………うん」
「ありがとう」
「……どういたしまして」
蓮君の緊張が解ける。
「俺も泣いてもええ?」
「…………あんまり耳許では騒がないでね」
「……うん」
蓮君は脇に避けると、俺の頭を腕に抱えた。丁度、彼の腕が俺の耳を塞ぐ。
その時、彼の腕を通して、「くすん」と聞こえた。
とくんとくんと少し早い彼の鼓動も聞こえる。
そして、俺は彼の胸に額を押し付けた。
~懲りずにおまけ~(ちょっと過ぎたけど4月7日ネタ)
「司野!今日誕生日だろ?ほら、プレゼント!」
「え…………原田、俺の誕生日覚えてくれてたん?」
「監査部の同期だろ?当たり前だ」
「俺は原田の誕生日忘れたわ」
「おいっ!!!!司野ってその童顔で案外鬼畜だよな!?瑞牧さんの影響に違いない。いつか司野も『鬼の童顔』に……」
「『鬼の童顔』ってなんや!鬼は瑞牧さんだけで十分や!もう……原田の誕生日も覚えてるで。4ヶ月前やろ?」
「覚えてたんじゃん。……あれ、プレゼントは?」
「プリン。Bランチのデザートあげたで。食品表示まで覚えてる」
「プリン……あれがプレゼントだったんだ……。俺、次の日チョコケーキ司野にあげたけど、前日のお返しのつもりだったんだぞ?」
「そうなん?ココロヤサシイ原田ガ、ケーキイラナイカラクレタンヤト」
「ま、いいけど。なぁなぁ、プレゼント見てみろよ。ココロヤサシイ原田さんからのプレゼント」
「……………………これなんなん?食券?一年分とか!?」
「おしい。おちびの司野に、牛乳パック半年分の食券だ。これ飲んで伸びろ、ちびっ子」
「くっ……ちびちびやかましいわ!俺はまだ成長期なんや!まだまだ伸びるんや!スカイツリーより高くなるん……は嘘だけど、高くなるんやぁ!!!!」
「あれ?梨々じゃん。もしかして、愛しの司野君に会いに来た?呼ぼっか?」
「あ……あ、待って!その……伸長気にしてたから牛乳パックの券を………………うぅ……午後にまた来るから……!」
「え?……梨々?」