君だけの桜(13-1)
ちょっと長いから3つに分けました><
今回の章この話で完結です。長かった・・・うん。
もうすぐ桜の季節だから――
お前の誕生日だから――
何か欲しいものはあるか?
そんな話を前日にした。
「もう誕生日なんて年やないで……」とか、俺は言った。
そしたら、「愛するお前の生まれて来てくれた日だ。何年経とうが、わしは特大のケーキと一緒に祝うぞ」と、彼はしわくちゃの手で俺の頭を優しく撫でた。
思春期の複雑な心境というか、俺はただ恥ずかしくなって「でも、欲しいものなんて思い付かんのや」と、俯いて応えた。
「それに、去年みたいに病院にいるかもしれへんし」と、意地悪く付け足して……――
しかし、じっちゃんはその年の桜を見ずに死んだ。
俺が布団に寝たまま死んだじっちゃんを見付けたのは、俺の16回目の誕生日の約2ヶ月前の朝だった。
どうやら、じっちゃんは寿命で死んだらしかった。
じっちゃんのお弟子さんの渡瀬さんが「人生の隅から隅まで生き尽くしたんやな」と言っていた。
そして、俺の16回目の誕生日の今日、俺はやはり病院にいた。
2週間程前の検査で引っ掛かり、病院に戻されてしまったのだ。
「あんな、加賀先生」
「なんだい?」
ケーキを食べるのに使った皿やフォークを備え付けのシンクで洗った加賀先生は、水に濡れた手をタオルで拭いてから俺を振り返った。
「もし俺が死んだら、この桜の下に灰を埋めてもらへんかな?」
俺は病室の窓枠の植木鉢で枯草色の葉を見せる芝桜を指差した。
先生は目尻を緩めると、3秒ほど置いてから「それはどうして?」とベッド脇の椅子に座って俺を見詰めた。
「じっちゃんがな、言ってたんや。死んだら、じっちゃんはお空に行くんやって。そんで、お空から俺を見守るって」
「由宇麻のことずっと見とるから、由宇麻はいい子でいるんやぞ」と、じっちゃんは笑っていた。
「せやけど、空は遠いやろ?じっちゃんは目が良いから見えるかもしれへんけど、俺は目が悪いから。地上から見守ろうかなって。桜やったら、加賀先生にも見えるし」
桜はあの人の花でもあるから――。
「由宇麻君……」
「でも、“もしも”の話やから。せやから……泣かんでや」
「わ……私は……」
加賀先生は視線を右往左往させ、唇を噛む。
「加賀先生、ごめんな?もう言わへんから」
「私は……私は……」
“死”を自覚するのはいつだって他者のことだ。
何故なら、俺がある日死んでも、きっと俺は自分が死んだことに気付かないからだ。
俺がいなくなっても俺は気付かない。しかし、他人がいなくなったら俺は気付く。
だから、俺はじっちゃんが自分の死について話すのが嫌いだった。
だって、どんなに目を逸らしても気付いてしまうから。
じっちゃんはいつか死ぬんだ、って。
でも、たとえ先生を傷付けてしまうとしても、俺は伝えたかった。
俺は加賀先生よりも早く死ぬ。
だけど、死んでも、加賀先生の傍にいるでって。
「加賀先生、俺、16や。加賀先生やじっちゃんや皆のお陰で小生意気な16になったで。思春期や」
「……そう言えば、思春期だね」
「これからもちゃんと好き嫌いするで」
「それ、思春期と違うよ……由宇麻君…………」
「あ…………」
加賀先生が俺を強く抱き締めた。
そうしたのは多分、俺への気遣い。
そして何よりも、先生が俺に涙を見せたくなかったからだろう。
「ほんまにごめんな……忘れてや」
「……忘れないよ。約束する……もしもの時は……君の灰は桜の下に埋める……だけど……だけどね」
加賀先生の髪が首筋で揺れてくすぐったい。
「今を精一杯生きて……」
消え入りそうな小さな声で加賀先生は囁いた。回した腕で加賀先生の背中に触れれば、俺を抱き締める力が強くなる。
「………………うん。生きる」
やっぱり、加賀先生はあの人に似てる。
なぁ、加賀先生。
加賀先生も俺の代わりに泣いてくれてるん?