君だけの桜(11)
ふぅ。やっとこの章もあと1・2話で終わりますよ……長かったなぁ(さて、誰のせいでしょう)。
彼に初めて出会ったのは、軍付属の学校で行われた健康診断の時だった。
何故、軍の中心である神域の科学者である私が、たかが軍学校の健康診断に駆り出されるのか?
それは健康診断が健康診断と言う名の科学実験だったからだ。勿論、学校職員の医務員による極普通の健康診断もある。
何故、いくつかある学校の中で、長野の軍学校に私が来たのか?
それは長野には櫻家と崇弥家の子息がいたからだ。
私達が人体実験を行う理由は当然、軍の為。軍の為には強い軍人が必要。
身体能力の強化は今や科学の力でどうにかなるが、魔法と言うものだけはどうにもならずにいた。
魔法使いでない者同士からでも魔法使いは生まれ、逆に魔法使い同士からでも魔法使いでない者が生まれる。もしも、魔法が遺伝子と無関係ならば、神様の気紛れなのか?
否。
気紛れなら、“魔法使い一族”など存在しないのだ。しかし、実際は存在する。ならば、一族の共通点を見付けることができれば、私達は強力な魔法を得られる。
そして、それを探るのも兼ねて、私は櫻千里と崇弥洸祈、葵のいる長野に来た。
総合成績トップを常にキープする崇弥葵。
特に学問に優れ、また射撃の腕もずば抜けていた。彼は自身の風系魔法を熟知し、存分に活かし利用していた。彼が努力家だと言うのは心理テストの結果から直ぐに分かったが、これ程の逸材が双子で次男など、崇弥家の周囲は惜しく思っているに違いなかった。
そして、軍上層部を固める櫻家長男の櫻千里。
金の髪に翡翠の瞳。
彼はそれはもう派手な容姿をし、成績も悪い意味で派手だったが、心理テストは彼が優柔不断で内気さが残っていることを示していた。
けれども、彼の魔法はとても珍しい空間断絶魔法だった。防御に秀でた魔法。
まぁ、守りに徹するなど、軍には不要だったが。
しかし、目に見えないもの――神経に働きかける魔法まで防御可能ときたら話は別だ。
桐のレイヴン以上かもしれない。と言いたいところだが、彼が承諾してくれない限り、私達は彼に手を出せないのだから困ったものである。何せ、彼の魔法は防御の魔法。そして、私が初めて長野校に訪問した時には既に軍学校側で彼に魔法制御を教えてしまっていたのだから。
さて、最後は崇弥家長男にして崇弥葵の双子の兄――崇弥洸祈だ。
双子の弟とは大違いで学問成績は下の下。しかし、彼は理解力がないと言うより、単純に勉強が嫌いなだけだろう。努力が嫌いなのだ。代わりと言わんばかりに技術成績は良かった。
戦いができるなら軍人にはぴったりだが、軍人をやる気はなさそうだった。
“既に人生をやり切った。後は流れ落ちるのみ”と言いたげな瞳。達観と言うよりは鬱だろう。
しかし、心理テストの結果は滅茶苦茶だった。勿論、鬱病の傾向があり、幼稚園児のような能天気さもあり、合理的で冷酷な面もあった。まるで複数の人格を持っているかのようだ。
……私には興味のないことだが。
しかし、申し分ない魔力と強力な魔法属性。彼は是非とも軍に欲しいと上層部には言われていた。崇弥の人間と言えど、利己的に考える櫻一族はやはり幹部の器だ。
けれども、崇弥洸祈は軍人には絶対になれない。人間的に無理だ。
そこで私は魔法の秘密暴きと共に、ある実験を彼に試した。
崇弥洸祈を従わせるならやはり契約だろう。世には薬物投与で人格を破綻させるなどあるが、戦闘能力を落としては無意味だ。いつまでも崇弥洸祈の家族を人質にしておくこともできない。ならば契約するしかない。
しかし、契約はあくまで相互理解の上で結ばれる。だからこそ、契約による支配ではさして障害がでない。
そこで、私の実験だ。
強制的に契約を結ばせる実験。
相互理解を省いて契約させる実験だ。
結果は、成功だった。
凄まじい勢いで契約主の魔力を奪い、ある程度の距離にいないと命令できないことを除けば。
しかし、私は科学者なのだ。
これから一生、奴の付き添いなどしてられない。
だから、明日には軍上層部に報告し、契約を別の人間に渡すつもりだった。なのに、これである。
崇弥洸祈を助けに櫻千里が来るとは。
櫻家が軍から離れたのは櫻の分家曰く櫻現当主の独断らしいが、理由が崇弥家との“友情”などとは言うまいに。
もしも友情ならば、私の言いなりとなった崇弥洸祈に殺されてしまえばいいのだ。
「くそ……眞羽根はまだ見付からないのか?」
櫻の吟竜と言えど、まさかカミサマの結界すらも破壊できるとは思ってもいなかった。しかも、主を選ぶ吟竜が気弱なあの櫻千里を認めたということも予想外だった。
益々、彼の存在は邪魔くさい。
櫻千里は崇弥洸祈に抑えさせたが、眞羽根が護鳥と共に逃げたお陰で私は眠れない。
特に眞羽根だ。
早急に結界を作らせなくては。
「……はは……馬鹿だな、あんた。家柄で昇級とか馬鹿なルールを作るここには、やっぱり馬鹿しかいねぇんだな」
「馬鹿の挑発に私は乗らない」
眞羽根と護鳥を逃がし、対カミサマ用の檻を破壊した馬鹿な男。
私の目の前には長い取り調べで顔を腫らし、頭からの出血の痕も生々しい琴原夏がいた。
それにしても、崇弥洸祈の親戚が軍にいたのは驚きだ。崇弥慎の死以来、崇弥及びその分家は軍を避ける傾向にあった。
まぁ、琴原は無名の母方だが。
「そうさ。俺は馬鹿だよ。今の今までここに期待してた馬鹿だよ。いくら成果出しても給料上げてくんないんだなって気付いたのさっき。諦めようって思ったのもさっき。好きな奴を双子に取られて、金で差を付けようと思っても足りない」
女と金。馬鹿だな。
「お前達の給料など知らないが、宿舎住まいには十分だろう。ギャンブルでもしなきゃな」
暇を持て余した軍人どもがくだらない賭場を設けて遊んでいるとは噂で聞いた。上層部は見て見ぬふりをしているとも。
そもそも、神域に賭け事を罰する法はないが。
「ギャンブル?馬鹿かよ。ギャンブルするくらいだったら投資するから。でもな、足りねぇよ。まだまだ足りねぇんだよ」
その時、前髪の隙間から覗く彼の両面にぎろりと睨まれ、圧倒的優位にいるにも関わらず、私の心臓は強く跳ねた。
軍人の眼力……彼の眼力に、私は不覚にも恐怖を感じてしまった。
一向に見付からない眞羽根の居場所の情報を少しでも集めようと一時的に研究所に呼んだが、この神経の図太さだと、もう暫く専門家に搾らせておけば良かったかもしれない。
「世界停戦協定が結ばれて約150年だ。これも、皆が表向きでもいいから平和を望んで、政府が協定を維持し、軍をその為の抑止力兼保険として利用してきたからだ。なのに、今の軍は戦力増強して政府と互いに潰し合ってる。なぁ、いい加減にしろよ。今の軍はまるで内戦を望んでるみたいじゃねぇか」
唇の瘡蓋が切れ、鮮血が滲んでもお構い無しに喋る琴原夏。
眞羽根と護鳥を逃がした男はどんな奴かと思えば、ヒーローオタクだったようだ。馬鹿みたいに純粋に国民を守る防衛軍と思って軍に入って、現実を知って失望した――と。
「みたい?違うな。望んでいるんだよ。政府は金がないからと軍費を真っ先に削減してきた。だが、他国は停戦協定の下で、いつ何時協定が破綻してもいいように自国の軍を強化していると言うのにな。我が国の軍力が下がれば、保険や牽制の意味はなくなる。それを政府は理解していない。否、獣の牙を抜いて飼い慣らすように、政府は軍を支配下に置きたいだけだ」
だが、最後には私の言葉はこれに尽きる。
「私には関係ないが」
しかし、琴原夏はそれが出来ない馬鹿。馬鹿正直な人間はここには向かないのだ。
そして今、彼は馬鹿なりにここにいるのは馬鹿らしいと分かったようだ。
私も自分に関係のないことを、軍人を辞めた浪人と語って、馬鹿らしい。
彼も私も部外者だからこそ話せると言えばそうなんだが……。
「眞羽根は自分を逃がしてくれたお前をきっと見捨てはしないだろう。お前が奴の行き先を知って黙秘しようとも、奴はここに来る」
カミサマは感情を持たないなどと言ったのは誰か。
ヒトよりもお人好しの阿呆ばかりだ。
眞羽根に初めて会った時、彼は捕まっている分際で“自分はここにいるから、もう他のカミサマを閉じ込めることは止めて欲しい”と私に頼んできた。そして、彼は「カミサマもヒトです」とふざけたことを続けて言った。
「だから、俺は行き先なんて知らねぇよ。でも、そうだな。あんたの言う通りあいつはここに来るだろうな」
にやける琴原夏。
「だが、理由は俺じゃない」
「?」
「あんたさ……あの牢にいた女の子に何かしただろ」
“牢にいた女の子”とは崇弥洸祈の護鳥か。
主人が私に利用されないように魔法で咄嗟に主人の魔力を奪った魔獣。
護鳥と言えば、契約魔獣の中でも珍しい部類だが、精巧な人型を取り、知能も高いようだった。
「主を奪っただけだ」
「良くあの女の子に喧嘩売ったな」
「は?」
売ったつもりはないが、少女に喧嘩を売るぐらい何だと言うんだ。
それも主人に絶対服従のただの契約魔獣だ。
「あそこまで他人に執着している奴は初めて見た。“主”なんてものじゃない。まるで神だ。誰だって、信じ崇拝する神が奪われたら、自分の命投げ捨てても許さねぇよ」
「なぁ?」と、彼は笑う。
しかし、どこが「なぁ?」なのだ。
護鳥は契約主に力を貰うが、別に契約主は「神」ではないだろう。契約魔獣は主人を失うと、自身の生まれた地に還り、また新たな主人を待つだけの存在だ。
「例のカミサマが見付かりました!」
研究室のドアが開く音がし、隅でお茶をしながら琴原夏の話を聞いていた私は振り返った。
汗だくの男がこちらまでむさ苦しくなるような荒い息遣いで言う。
「直ぐにここの地下牢に入れろ。あいつの性格からして暴れはしないだろうが、幻影魔法を使うかもしれない。用心しろ」
「し、しかし、仲間がいて……護鳥もいて」
護鳥も来たか。
琴原夏の言う通りになるとは。
「その護鳥は敵戦力として論外だ。奴にはもう使える魔力がないだろう」
「炎系魔法を使う仲間もいるんです!」
炎系魔法?
私の実験は成功している。だから、崇弥洸祈ではないはず。
別の炎系魔法の使い手……誰だ?
「我々警備員では手に負えません!お願いします!上の方に応援を要請――」
「しないようにお願いします。貴方も勝手な真似をしたことをばらされたくはないでしょう?」
騒がしい男の首を一突きしたのか、彼は台詞半ばで前に倒れ、その背後から涼しい口調の別の男が現れた。
軍の研究所に白衣の私や警備服の男と違って、スーツに白手袋というこの場に不釣り合いな男。
まるで専属運転手か執事だ。
まさか、こいつが炎系の魔法使い?
櫻分家はでしゃばるはずがない。
崇弥分家の炎系魔法使いなら可能性はある。本家の当主を助けに……分家は崇弥洸祈には消えてもらえるなら本望だろう。優秀な弟を当主に置くことが出来る。
「ばらす?何を?」
「貴方は司野由宇麻の情報を政府に売った。それも個人的に。それでこの様です。上の方に知られたらどうなるか」
「………………」
ここで“司野由宇麻”の名を聞くとは意外だった。
しかし――。
チチチ。
漆黒の小鳥が男の頭上から部屋に入り、高い棚に乗った。
あれは私が崇弥洸祈をここへと誘き寄せるために利用した小鳥。あれが護鳥側にいるということは、情報源は二之宮蓮か。
だからあれほど、二之宮蓮の行動は抑えておくよう忠告したというのに。
「今すぐ、旦那様と結んだ契約を解いてください」
あくまで丁寧な言葉使いで男の隣に現れた護鳥。
初対面の時も崇弥洸祈の喧嘩口調に対して、護鳥は心配や困惑、謝罪ばかりしていた。
うざったいほどに。
「頼まれて契約を破棄すると思うか?……否だ」
崇弥洸祈が私の命令で櫻千里を相手しているのが残念だ。もしこの場に彼がいれば殺戮を命じただろう。
この目障りな護鳥諸とも全員殺せと。
「…………頼んでなんかいません。ルーは貴方を脅迫しているんです…………旦那様の契約を今すぐに解いて!!!!」
私も軍学校の卒業生だ。
ただ、科学の道に逸れただけで、私も魔法が使える。魔法の基礎も学んでいる。
そして、護鳥の魔力が増幅したのも感じた。
何故だ。
何故、契約主から魔力を借りて動くはずの契約魔獣の魔力が自ら増幅するのだ。
魔獣は自身で魔力を生み出すことはできないはずだ。
「お前は何者だ」
「ルーは旦那様の護鳥。旦那様の願いを守ることがルーの使命。旦那様の願いを邪魔するヒトはルーが許さない……!」
「!?」
魔獣の目が紅に光る。
魔力はヒトの一部だ。だから、他の器官と同じ様に感情の影響も受ける。そして、怒りに近い感情には魔力が色となり、瞳を耀かせるとは聞いたことがある。実際に、私は過去にそのような現象を見たことが何回かある。けれども、どの例を取っても、ヒトの瞳だ。魔獣の瞳が光るなど聞いたことも見たこともない。
魔法使いに比べれば、契約魔獣の数は少ないと言えど、魔獣の魔力はあくまでも契約主のもの。魔獣の感情など契約主の体調には関係がない。
こいつは魔獣でなければ……――。
少女の右手から紅い光が溢れ、振り上がった手には炎を纏ったナイフが握られていた。
主と同じ炎系魔法。主の模倣か。
しかし、私もこの状況で「参りました」などと白旗を上げる科学者ではない。
ここは科学者の城。私の方が有利だ。
傍の棚から濃硫酸の瓶を掴む。
こいつが魔獣でなかろうと、人の似姿を取るならば、濃硫酸が効く可能性は高い。
焼け爛れた顔でも見せろ。苦痛に上がる悲鳴でも聴かせろ。
「琉雨さん、気を付けてください。あの男の持っている瓶、危険な薬品では……」
男は慎重だが、護鳥は違った。
「契約を解かないのなら、貴方を殺すまで……!」
迷いのない殺害予告。
やはり、これでこそあの濁りきった目の主に相応しい魔獣だ。
ナイフを構え、しかし、護鳥は拍子抜けするほどの短絡思考で一直線に私に向かってきた。
私も至近距離で動けなくなる前に蓋を開けた硫酸の瓶を振りかざす。
そして、私は護鳥に向かって瓶を投擲した。
「琉雨さん、避けて!!」
阿呆が。
そんな反射神経がこの餓鬼にあるはずがない――
「…………っ!!」
確かに護鳥に向かって硫酸が飛び散った瞬間、部屋が紅蓮に染まった。
辺りの水分という水分が音を発てて蒸発し、オレンジ色の白煙が立ち込める。
熱気を感じるよりも先に膨張した空気が風となり白煙を更に散らす。
視界が悪い。
護鳥は何処だ。
私は嫌な臭いを感じ取ってハンカチで鼻と口を覆った。
加熱で有毒ガスを発生させる試薬が複数ある。
序でに熱による上昇気流の発生。
最悪だ。
護鳥の悲鳴はあちらこちらの爆発音で聞こえないが、避難を選択すべしか。
思わぬことになってしまったが、この状況……勝手にあちらの自滅を願うべきだ。
私は手探りでベランダへと向かう。
霞んむ視界の中で琴原が立ち込める不穏な悪臭に咳き込んでいた。後ろ手に椅子に縛り付けられている為に煙を防ぐ方法がないのだ。
まぁ、どうせ軍法会議の後はろくな人生しか残されていないのだから、今死ねるなら楽な方だろう。
窓を開けると夜風が酸素を欲する部屋に舞い込み、入れ替わるように熱風が出ていく。私はそれに遭わぬようにベランダの隅へと逃れた。
「さて、先に崇弥洸祈を回収するか。眞羽根は他の連中に捕まえてもらおう」
ベランダの端には長年野晒しで錆び、少々心許ない梯子。3階のここから2階及び1階、地面までを繋ぐ。ぎぃぎぃと鳴く梯子に私は足を掛け、息を整えた。
焼死体は何体だろうか。
司野由宇麻の件もあるから全員焼けてくれるといいが。
あの護鳥もどきの死体は研究するぐらいは残骸が残っているだろうか。
崇弥洸祈の契約をネタに、不慮の事故で焼失した研究所を更に立派にして建て直してもらおう。
そうだな。
建て直しが終わるまで海外旅行をしよう。
新しい遊びのアイデアをじっくり考えよう。
次は眞羽根の力を利用した兵器を――
「言ったはずです」
「!?」
少女の声。
見上げたベランダには部屋からの炎で逆光になり、顔が見えないが、小さな人影が一つ。ゆらゆらと揺れていた。
ぎぎぎ……。
爆発音。
ガラスが砕け散る音。
ぎぎ……。
赤く光る手が梯子を掴んだ。
紅く光る目が細められる。
「お前は護鳥じゃない!ヒトでもないなら、お前は……」
単純な消去法だ。
魔獣でもヒトでもないなら、こいつは――カミサマだ。
少女の姿をした化け物。
「ルーはあなたを許さない。絶対に」
ぎぎぃ――。
ぷつん。と、音が聞こえた気がした。
私が掴む梯子がぐにゃりと歪み、ふわりと宙に浮く感覚がする。
ばきっ。
ばきりっ。
徐々に落ちていく。が、大丈夫。
状況を見極めて飛び降りればいい。
馬鹿な護鳥だ。お前のことは後でたっぷりと調べつくしてやる。
その時だ。
逆光で見えなかった護鳥の表情が見えるようになる。
それはつまり、私の背後に光源が生まれたということ。
熱を持った、まるで太陽のような――。
振り返って見た地面は火の海。
この建物だけではない。周囲の森、中央棟までが火に包まれている。
そんなことがあるはずがないと思いながら、否定できない。
何故なら、全てがリアルだから。
草木が燃える匂い。全ての生物を平等に死へと誘う匂い。
揺らぐ炎に合わせて熱が私の頬を撫でる。
何よりも今まさに私がそこへ落ちているという恐怖。
一面が火の海なのだ。逃げ場はない。
落ちたら死ぬ……!
べきっ。
一際響く破砕音。
「……嫌だ……」
焼死は嫌だ。
私は寿命で死にたいんだ。
中途半端な熱量では死ぬのに時間が掛かりすぎる。
暑い。
熱い。
痛い。
痛い。
痛い。
痛みを感じて死にたくはない。
――あなたを許さない――
にっこりと少女が微笑んだ。
「嫌だぁぁあああああ!!!!」
~毎度くだらないおまけ~
「こんにちは。洸祈いますか?」
「陽季にゃん!」
「…………えっと……洸祈?……それ、俺の新しいあだ名?」
「陽季にゃん、陽季にゃん、陽季にゃー!」
「え……………………どうなってるの?とうとう本物の馬鹿になっちゃった?」
「陽季さんですにゃん!」
「え!?琉雨ちゃんまで!?常識人の琉雨ちゃんまでが…………今日の用心屋はおかしいよう!!!!」
「お、陽季君やにゃいか」
「ちょっ…………関西弁にそれは更に聞き取り辛い……」
「ちょいまてい!『更に』ってなんや!『更に』って!」
「あ、戻った」
「あ……………………まちごうてしもうた……」
「司野のアホにゃん!」
「陽季さんびっくりさせるって言ったの由宇麻さんですよ!ですにゃん!」
「…………………………えーっと、質問してあげるけど、今日は何の日?」
「にゃんにゃんの日にゃん!」
「ネコさんの日ですにゃん!」
「らしいで。2月22日は猫の日。陽季君も語尾に猫語付けて遊ばへん?……にゃん!」
「司野さんは関西弁と猫語の両立は難しいと思いますにゃん」
「頑張るしかあらへんのにゃあ……」