君だけの桜(10)
あけおめことよろ(/ω\)
お正月SS(一難ver)投稿前に投稿♪というより、咲也と八尋でSS書こうと思ったら、まだ本編がクリスマスという・・・誰のせいだろう\(゜ロ\)(/ロ゜)/
「おい、雅!あっちだ!あっちに行け!!」
「はいはい。怒鳴らないでください。……って、あちらは森じゃないですか。迂回します」
「そんな暇ない!レイヴンがロリコンに反応した!!」
「………………はい?」
「る、琉雨さんっ、待って……!」
眞羽根は琉雨の背中を木々の隙間から必死に追っていた。しかし、身長の低い彼女はするすると進み、枝葉に邪魔をされる眞羽根は、中々彼女との距離を埋められないでいた。
このままでは彼女を見失ってしまう――そんな時だった。
「彼女には指一本触れさせねーぞ!変質者!!!!」
「…………え……ええっ!!!?」
千歳は黒髪の小柄な青年に横から抱きつき、地に押し倒した。男にしてはか細く高い悲鳴が空に木霊する。
「根暗変態オタクめ!!洸祈君を見習え!公開型変態ロリコンだぞ!!お前みたいな中途半端な奴が彼女に触るな!!」
洸祈側からすればあまり交流のない男に酷い言われようだが、千歳にとっては信頼する情報屋――蓮からの情報だ。普段は冷静沈着な蓮が洸祈のロリコンぶりに関しては息を荒げて猛烈に語ることからも、それはもう真に洸祈の幼女に対する愛情は深いのだろう。
そんな洸祈に対してこの貧弱男はなんだ。
か弱い幼女を追い掛け回す“ただの変態”。自身の美学が感じられない。
「あ……え……僕は………………」
目を白黒させて混乱する変質者は自分の罪を理解していないようだ。千歳はハッキリしない彼の態度に込み上げてくるものがあり、それら全てを彼にぶつけようと大きく息を吸った。
その時だった。
「その方は琉雨さんの御知り合いのようです。千歳坊ちゃま」
琉雨の隣に立つ雅が、千歳の背後に抑揚のない生真面目な声音を掛ける。
………………。
「………………軍服来てないし、子供だし、俺もそうだと思った。俺は桐千歳。洸祈君の一方的な友達」
「は、はぁ…………あの……僕は眞羽根……です。…………桐……ああ、レイヴンは貴方の……どうして中立の方がここに……」
初対面があれだけに、眞羽根はおどおどと長身の千歳を見上げた。童顔に若干濡れた瞳。そして、並ぶ琉雨の涙目。
「あーもう、そこら辺の話はあとで。琉雨ちゃん、俺は蓮に洸祈君がここにいると聞いて来た。蓮は政府の研究所に向かった」
「蓮さんが……」
「蓮は洸祈君の大切な人を護りに行くと言っていた」
「ならきっと由宇麻さんを助けに……!」
ぱっと顔を輝かせる少女。
少女というものに遊杏と琉雨を除いて縁のない千歳は彼女の笑顔に少し心が揺れた。が、雅の視線を感じて堪える。
しかし、男は“ないすばでぃ”な女性とロリな少女に麻痺するものなのだ。
「洸祈君は?…………琉雨ちゃん、魔力がほとんどないね。契約はどうしたんだい?」
「…………。ルーは知らなかったんです。旦那様の肩に魔法陣が埋め込まれていたなんて…………旦那様は知らない人に契約させられています。だから、旦那様は自分が利用される前にルーに魔力を使い切って欲しいと頼んできました。ルーが魔力を使えば、旦那様は魔力がなくなって眠りにつく。でも、ルーの契約でももう旦那様の魔力をいただくことはできないんです。旦那様が起きてしまう。…………このままでは、旦那様は大切な人を傷つけてしまう……!」
「魔法陣が埋め込まれて…………軍学校の時…………か?酷いことをする……。契約主を探さないといけないな…………レイヴン!」
ばさりと黒い影が木々の隙間から現れ、千歳に向き合う眞羽根の頭に。
「ひっ!?」
食い込む鴉の爪に眞羽根が再び悲鳴を上げた。
「はわわ。眞羽根さんっ」
「お……すまんすまん。レイヴン、聞いてたな?洸祈君の契約主だ。少なくとも魔法使い……って、軍人は魔法使いか。なんだっていい。時間がかかっても怪しい奴を片っ端から探れ。陣魔法を使うなら、洸祈君の近くにいる可能性が高い」
「あ、あの、男の人で白衣着てました……目が……冷たい人でした」
「よし、かなり絞れたな」
グゥ。
眞羽根の頭から眞羽根の肩へと移動したレイヴン。千歳は妙に眞羽根に懐くレイヴンに違和感を覚えながらも、レイヴンに指示を出す。そして、琉雨は同じ魔獣で通じ合うものがあるらしく、「お願いします」と鴉の翼を撫でた。
中立のアロハとその執事。幼女。気の弱い青年。そして、鴉。
そんな凸凹グループは洸祈の契約主を探しに……――。
「セイさん。やっぱり、セイさんは旦那様の代わりではないと思います。だって、セイさんには翼がありますから」
「美しい翼です」と琉雨は微笑み、鴉の翼の隙間から漆黒の小鳥を手のひらに収める。セイはふるふると体を震わせると、嘴で彼女の手のひらを軽く突いた。
――騙してごめんなさい――
「セイさんは悪くありません。魔法陣が旦那様の体に埋め込まれていたので、いつかはこうなっていました」
――ありがとう…………由宇麻は政府の研究所だよ。蓮が助けに動いてる――
やはり。
千歳は洸祈が神域まで誘い込まれた経緯を理解した。同じく状況を理解した雅が中立の立場から険しい顔をする。
「なら、ルー達は旦那様を助けることに専念します」
――うん。崇弥洸祈の契約主なら僕が分かる。だから、案内するよ――
「はい」
セイが翼を広げて空へと上がる。そして、琉雨はその姿を確りと見届けた。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
千里が俺の代わりになって洸祈を引き付けて行った。氷羽のふりをして、洸祈を動揺させる――洸祈がどれだけ氷羽に執着しているか分かっていてあいつは真似をした。
怖かったはずだ。
俺達3人の中で一番怖がりのあいつが正気を失っている洸祈の前に出るなんて。
そして、俺は――
「また……守られた……」
いつも俺は守られてばかり……。
こんな時に自分のことで悲観的なっている暇などないのに、俺の心の中には“役立たず”の言葉ばかりが浮いてくる。
「駄目だ駄目だ。俺がこんなマイナスな思考ばかりするから皆に迷惑掛けるんだ」
皆の為にも、洸祈の為にも俺は前向きに考えるべきなんだ。
ならば、俺はどうするべきか。
一番は洸祈が俺達を敵視する原因を解明し、取り除くこと。多分、あれは脅迫や洗脳というよりも契約。琉雨への魔力供給を停止させている理由もある。
俺は千里を守りたくて洸祈の相手を買って出たが、やはり、一人よりも二人なのだ。
俺だけでは足止め――消耗戦でしかなかった。
千里を守りたいなら、先ずは千里の隣に立てるようにならないと。
千里に協力してもらって洸祈を変えた原因を見付ける。もしも原因が契約なら契約主を殺すか……もしくは……。
「取り敢えず、千里を探さないと」
「その……必要は……ないよ」
「………………千里!?」
金の背中に凭れた千里が通路を歩いてきた。
足下が覚束ない。
俺が近付けば、案の定、膝から崩れた。腕に千里の細い体が入る。
「千里、洸祈は……」
「……っ」
「せん?」
抱き抱えようとして、千里が身を捩った。脇腹を庇っているのか、両手で強くそこを押さえている。
「怪我したのか…………これ、血……」
服の裾に赤いシミ。
そうじゃない。
千里が押さえる脇腹辺りから鮮血が滲んでいた。
「っ!!お前、大怪我してるじゃないか!!!!」
千里の魔法を突き破れるのは洸祈ぐらいだ。
「洸祈に……やられたのか?」
いくら千里が防御に長けた魔法を持っていても、魔力が尽きたら無防備になる。しかし、対人戦が苦手な千里に対して、洸祈の集束型の魔法と際限のない魔力は鬼門だ。
「違うよ……僕が……自分から…………僕の血にはね……櫻の血には強い作用があるんだ……」
だからって、そんな大怪我までして――
「さっき、僕らが散々迷った結界……ふふふ……あれをね……作ってみた……幻影魔法と転移魔法……」
褒めてと言わんばかりに口を良く動かす千里。それか、喋って痛みを忘れようとしているのか。
「洸ならもう大丈夫…………あお……洸をあんなにした原因を……取り除かなきゃ…………」
「……っ、馬鹿が…………もう喋るな……痛み止があるから……」
蓮さんが俺にくれた痛み止だが、痛み全般に強力に効くと言っていた。千里が飲んでも大丈夫だろう。
千里にはアレルギーもないし。
俺はポケットから錠剤を取り出し、床に寝かせた千里の口に寄せた。しかし、彼は首を振る。
「……苦い薬は……ヤダ……それよりも、僕らは皆……傷付いた……だから、おあいこなの……洸は悪くないの……皆悪くないの……だから……早くお家に帰りたいよ……」
くすんと鼻を鳴らした千里は血に濡れた片手で俺の服の裾を引き寄せ、目尻を押し当てた。
千里が泣いている。
「千里、痛み止は飲まなくていい。腹の傷を見せろ」
「あう……痛くしないでね?」
痛くしてほしくなきゃ、痛み止を飲めという話だが。
千里が手を脇腹から離し、俺は赤く染まった衣服を捲り上げた。
「…………お前、塞がりかけてるぞ……」
「……ほんと?……でも、痛くて寒くて……」
寒気は血が足りていないからだろう。しかし、この再生力は櫻の血の力か、氷羽の力か。
俺は千里に自分のパーカーを被せた。よく見ると、パーカーには所々、洸祈とやり合った末の跡が残っている。
「あとは痛みに堪えるしかなさそうだ。ハンカチ貰うぞ」
「……うう…………」
千里のハンカチを傷口に当てさせ、俺は自分のハンカチをナイフで紐状に切り裂いた。それらの端を繋げて即席の包帯にする。
千里の腰が細くて助かった。どうにか巻き付けられそうだ。
「頑張って堪えられたら、後でご褒美をあげるからな。できるか?」
「ご褒美……なら頑張れる……」
頑張ってくれ。
「金、千里を温めてくれるか?」
くぅ。
金の体が光り、大型犬並の大きさになると、彼は千里の脇腹に背中を触れさせて縮こまった。千里は金にくっ付かれて痛みを感じたのか、顔を歪めたが、手のひらを金の頭に乗せて浅い呼吸を正した。
「千里、情報を集めてくる。少しここで待ってろ」
「僕も……行く……」
「直ぐそこから風に当たるだけだ。結界が消滅し、この混乱の中ならきっとバレない……。俺の魔法は遠距離。こういう時の魔法だからな」
「……どういう時でも……あおの風は好きだよ……」
……お前は不意過ぎるんだよ。
いつもは「ムラムラしてきたかも」とか言って押し倒すくせに、いざって時には俺が欲しい言葉以上の言葉で返してくるんだから。
そして、俺は千里の言葉を胸に近くの非常階段のドアを開けた。
軍学校時代、周囲には俺はがり勉扱いされていた。
まぁ、学業成績は常に学年トップで、暇な時間は大抵、図書室で勉強していた――だから、がり勉扱いされてもしょうがないだろう。けれども、俺にはがり勉扱いと同時に“勉強しかできない奴”とも思われていた。
きっと、双子の兄が学業は全然なのに、演習の成績が飛び抜けていたからに違いない。
別に俺だって精密射撃に関しては洸祈よりも上だ。寧ろ、射撃の成績は全学年トップだ。しかし、演習の総合成績はあいつが上で、模擬戦でもあいつの方が派手でかっこ良かった。
敵か味方か。敵なら討つ――洸祈にはそれだけ。
炎で敵の動きを制限し、ナイフを振って首を狙う。
洸祈の頭には、生きるか死ぬかしかない。いや、具体的には苦痛や恐怖の末に死を与える。そんな戦い方だ。
それはそう……きっとかっこ良かったんだ。
璃央先生の魔法構築学を聴くために大講義室後方に千里と席を取っていたら、同じ学科の中園が俺の隣に座ったて来た。しかし、何故、広い講義室でわざわざ程々の仲の俺の隣に座るのかと思えば、中園は直ぐに午前中にあった演習について語りだしのだ。
そう、洸祈についてだった。
中園は開口一番に洸祈の模擬戦でのあれやこれやを興奮気味に喋ると、『お前の兄はすげーよ』と締め括った。
俺もその模擬戦は千里と一緒に観戦していたから、別に実況してくれなくて良かったのだが、それを指摘する気は起きなかった。寧ろ、俺を盾に授業を寝てサボる気だった千里が俺の背後から中園に睨みをきかせていたことが中園にバレてしまわないか心配だった。
千里は、ぶっちゃけで語るくせに、友達ごっこはしない――孤高の櫻様と周囲には評価されている。そんな千里に、終始他人を睨み見下すナルシストなどと評価が追加されたら可哀想だ。
ただ、千里は素直で酷い人見知りなだけなのだから。
――と、俺が周囲に訂正することを千里は望まないから俺は言わないが。
そんな千里がとうとう口を開いた。
『僕はかっこ良いとは思わないけど』
『そうか?崇弥兄はかっこ良いよ。いいよなぁ、崇弥兄の魔法属性。双子なのに崇弥弟は風だろ?お前もやっぱ兄と同じのが良かったか?』
『あ……えっと……』
背後から気に食わないオーラが。
千里がぶっちゃけそうだ。
知り合いとの他愛もない会話なのに……。
『そんなに派手な戦闘見たきゃ、中園はアクション映画でも見てればいいだろ!僕は殺すための戦いなんてかっこ良いとは思わない!』
『殺すためって……怒るなよ、櫻。ごめんって。まぁ、相手の奴に危うく窒息死させかけたのは流石にヤバかったと思うけど……』
人付き合いのできる中園は引き際を弁えている。しかし、千里はどうか。
『何で皆、洸を褒めるの?洸は仲間を置いてきぼりにして、一人で戦ってるんだよ?かっこ良くなんかないよ。あんなの死にたがりの殺人鬼だよ!』
講義室に響き渡る声。
『ちょっ……櫻……言い過ぎ……』
『千里、落ち着け』
大人な中園も俺も一先ず千里を落ち着かせようとしたが、千里は止め時というのを知らない。彼は素直だから。
『だって、僕が言わなきゃ、皆が死に急ぎ野郎を手を叩いて応援するんだ!』
“死にたがりの殺人鬼”の次は“死に急ぎ野郎”か。
こんなにムキになって、次は何て言うのかな。なんて少し期待もしていたら、中園が限界だった。既に立ち上がって前のめりになっていた千里に対して、彼も立ち上がる。
『んだよ!別に崇弥兄に自殺願望なんてねぇだろ!崇弥兄に死ね死ねなんて誰も応援してねぇよ!』
『中園も落ち着いて……千里、落ち着けって』
洸祈のことで二人が口喧嘩をし、その二人がどちらも洸祈を想って主張をしている。なんともやりきれない喧嘩だ。
『洸のこと知らないくせに!!』
『お前は知ったかだろ!!』
『僕は洸の親友だ!!』
『親友を殺人鬼呼ばわりする親友なんていねぇよ!!』
『二人とも落ち着いてって……』
講義開始時間が近付き、生徒も増える室内で二人の喧嘩は全く衰えそうもない。
『お前は崇弥兄のダチなんかじゃねぇよ!羨ましいだけだろ!!』
『何だよ!!僕は皆よりもずっとずっと前から洸と一緒にいたんだぞ!!!!洸の好きなものも嫌いなものも分かるんだから!!!!』
これは一体全体どうしようか。
そして、半ば二人の言い争いを止めることを俺が諦めてた時だった。
『櫻、中園、講義中だ。今すぐ止めないと、二人がお前を褒めまくって私の講義を妨害をした、と崇弥洸祈を呼び出すぞ?』
『煉葉先生……』
『璃央先生…………でも……』
璃央先生の登場に中園は落ち着いた。しかし、千里は小さな牙で食い付いた。
洸祈の親友じゃないと言われたのが相当悔しかったのかもしれない。
『魔法構築学の前に、集団戦術の基本を教えよう。いいか、集団において大事なのは役割分担だ。役割を決めているからこそ、個々が全力を出せる。野球だって役割分担しなきゃ、全員が1つのボールを追って走り出してしまうだろう?一人がボールを追い、一人が正確に中継し、一人がファーストを守り、時にセカンドへと繋ぐ』
『なら、洸の独断専行は悪いことだよ』
まぁ、教科書的には千里の言う通りだ。
『しかし、模擬戦には細かいルールがない。何故なら、より実戦に近付ける為だ。例えば、野球でバッターがボールを持った敵チームより先にファーストを踏めばセーフとしよう。それ以外にルールはなしだ。バッターがボールを飛ばす。よし、ボールを追い掛ける……か?バッターを一発KOさせれば勝ちだ』
それではボクシングだかプロレスだ。
『そんなの野球じゃないよ』
千里が唇を尖らせた。
『そうだ。実戦はゲームじゃない。だから、想定外のことが起きる。それに対処出来なければ、君達は負けるんだ。さて、そこで崇弥洸祈の行動について、中園はどう思う?』
『崇弥兄は全て一人で対処しただけです』
『櫻は?』
『僕は……想定外に一人で対処する洸は間違っていると思います。役割に囚われるのは良くないけど、洸一人が犠牲になるくらいなら、それを仲間で分散させた方がいい。腕一本折るくらいなら擦り傷100人の方がいい。全治1ヶ月よりも全治1週間だ』
洸祈は誰よりも真っ先にバッターにKOを食らわせただけ。
それは洸祈の好きな――自己犠牲。
『ふむ。二人の言い分はどちらも分かる。だけど、櫻』
『あう……な、何ですか』
『腕一本に擦り傷100人は分かった。だが、腕一本に脱臼10人ならどうなんだ?』
何だか意地悪な返しだが、今回の模擬戦は10人だったりする。そして、脱臼を想像した千里は言葉に詰まって、俺の背中に逃げた。
『1人に100の犠牲と10人に10の犠牲、100人に1の犠牲。君達はどれが最適解か見極めなければいけない。そしてそれが、対処すると言うことだよ。結論じゃないが、中園は犠牲を凄いやかっこ良いと思ってはいけない。櫻は、親友を想う気持ちは十分に分かるが、“殺人鬼”は駄目だ。分かったか?』
『はい……』
『は……はい……』
中園も千里も頭を垂れた。
その時、璃央先生がくすりと微笑んで俺にウインクした。……ウインクって。
『頭良い奴の中には私のお喋りの間に宿題を進めた奴もいるだろう。さ、宿題出せよ。締め切るぞ。それじゃあ、前回の続き……魔力共有の応用……って、砂川、起きろ!』
璃央先生は途中で居眠りをする砂川のフードを取り、教卓へ。
彼の講義が始まった。
璃央先生のあの質問……あの時の俺ならきっとこう答えた。
『洸祈の行動は正しかった』と。
洸祈なら1人で100の犠牲を50だか40の犠牲にまで減らせる。だから、洸祈の行動は正しい。
しかし、だからと言って、洸祈に犠牲を払わせてくれば、いつか洸祈が壊れる。
そんな未来が来ることぐらいは分かっていた。
だけど、俺は洸祈と痛みを分かち合うことを先伸ばしにした。何故なら、洸祈一人で50の犠牲を俺達は10人で10の犠牲にしてしまうから。
そして、俺は洸祈の自己犠牲を容認してしまっていた。
でも、今は違う。
俺の答えは違う。
璃央先生は最適解は自分で見付けろと言っていた。それはつまり、1人で100の犠牲も10人で10の犠牲も100人で1の犠牲も決してイコールで結ばれるわけではないと言うことだ。
だから、俺は洸祈一人で50の犠牲を払うくらいなら、
3人で33の犠牲を払う。
「それが俺の最適解です、璃央先生」
辛い局面に限って俺は軍学校時代を思い出す。
璃央先生から色々大切なことを学んだからだろうか。
「魔力共有……契約主なら洸祈の魔力と繋がるものがあるはず…………」
風を全身で感じる。傷口に沁みるな。
俺は夜風が好きだ。澄んでいる。ついでに探し物もしやすい。
同じ属性の奴にはバレやすいからあまり近付けないが、この澄み具合なら十分だ。
しかし、第一、洸祈が行方不明になってからこの短時間で護鳥との契約よりも上位の契約ができるのだろうか?
(武器庫付近は人が多いな。まぁ、千里が結界を破壊したから武器庫を固めるのは分かるが)
洸祈が自分から望んで俺達の敵になるはずはないから……。百歩譲っても、罠に嵌めて捕まえるぐらいじゃないのだろうか?
(指揮本部も慌ただしいな。櫻が離れるとこうも駄目な組織になるのか)
「…………あそこか……?」
武器庫でも本部でも宿舎でもない。見た目だけは立派なこの中央棟に程近い建物。そこに軍人が十数人。
確かあの建物は研究所的役割をしていたはず。
黙視でも確認する。
「洸祈と無理矢理契約するならあそこが一番怪しいな」
警備の軍人なら大体動きで分かる。そして、軍人以外――研究者とおぼしき影が1つ。
そして、直ぐに俺の推測は確信に変わった。
「…………琉雨」
慣れ親しんだこの太陽のように温かい魔力。
どんなに小さくてもこれだけは間違えない。
洸祈の魔力。そして、琉雨の魔力。
琉雨が例の建物に向かっているのだ。
消え入りそうな魔力で。
「あ、あお!!」
その時、ドアを開けた千里が俺を呼んだ。
「千里!?」
何かあったのかと俺は咄嗟に腰のナイフを手探りした。
グゥ。
猫背になった俺の背中に一撃。
「あお!!」
「っ!?」
飛んできたそれが深く突き刺さる前に床に転がり、俺は壁を背にした。
一体、何だ!?
「そいつ……あれ……」
“そいつ”やら“あれ”やら。頼りない助言だな。
「レイヴン……だ!」
「え……」
ばさばさ。
俺の前で羽根が飛び散る。
漆黒の羽根。
桐の守護魔獣――レイヴン。
自身の体を結界で守っており、それで風では気付くのに遅れたようだ。
「なん……、桐のがどうしてここに?」
「千歳さん……!助けに来て……くれたんだ……」
「お前……分かるのか?」
グゥグゥと喉を鳴らす鴉の言葉が。
「だって……千歳さんは蓮さんの知り合い……だもん」
安易な。
「中立が神域に来るなんて、知り合いだろうとリスクが高いだろ」
中立は政府にも軍にも干渉しない。そして、干渉させない。
中立の、それも長が、軍のど真ん中にやって来るなんていう挑発行為をするはずがないだろう。
しかし、鴉は一通り羽根を落とすと、俺を見上げた。鴉の結界が消えている。
もう一度風に集中すれば、琉雨の傍に鴉と同じ魔力を認識した。
「……まさか、本当に俺達を助けに……」
桐千歳が琉雨の傍にいる。
でも、何のために……。
蓮さんなら直ぐにこの異常に気付いて手を打ってくれるとは思っていたが、千歳さんは蓮さんの頼みだけで神域に来るような人か?
アリアスに出会した時も蓮さんと共に助けに来てくれたが、中立が自分達のテリトリーに入ってきた政府を牽制する目的で来たんだと思っていた。だから、アリアスが政府の企みを阻止したい中立側と同じ立ち位置に居たからこそ、千歳さんは吟竜の騒動が収まると直ぐに撤収した。自分達のテリトリーにアリアス達を放置した。
いや、俺を助ける為だけに来たから、撤収したとも言えるが。
まず、蓮さんは医者で情報屋で、蓮さんに世話になっているから助けに来てくれたのかもしれない。
しかし、俺はどこか掴み所のない千歳さんが中立の長という立場で損得なしに神域に来るとは思えないのだ。
「考えすぎ……か」
俺はいつも疑ってばかり。
学問は何故から始まるとか、学生時代におじいちゃん教授が煩く言っていたせいかもしれない。
「あ……!」
鴉が飛び去った。
俺は思わず手を伸ばしたが、見えない何かに阻まれる。
風からの情報も消える。
「あお、鴉さん……行っちゃったね」
「ああ……この建物ごと結界に入れてな」
「本当に……?何で……」
「………………俺達を守るためだろう」
負傷している俺達を守るため。
――洸祈を逃がさないため。
12月に一難最新話と洸祈が陽季に珍しくデレる「甘い甘い彼の頼み事」、1月にお正月SS(啼く鳥ver)投稿しましたー。本編投稿までの約3ヶ月で酷い道に迷い様。お暇でしたらどうぞ(´ー`)
序に活動報告に“陽季に質問してみた”書いてます。