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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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君だけの桜(9.5)


……リン…………――




「……………………」

耳に妙に響いた高音に俺は起きた。

鈴の音だろうか。

そして、夜空。

星と月。

どうやら俺は外で眠っていたらしい。

何がどうなってこうなっているのかはすっかり思い出せないけど。

兎に角、俺は土に手を突いて体を起こした。

何だか節々がギシギシする。

油が差し足りないロボットみたいな気分だ。

「ここ…………どこや?」

森の中なのは確かだ。

木が疎らに生え、間を月明かりが縫うように照らす。遠くまで――。

知らん森の中でひとり……遭難やんか。

咄嗟に腹を満たすものを探したが、似たような木ばかりで木の実1つ見当たらない。最悪の事態の為に足下も見た。しかし、彼らも睡眠中なのか、虫もいない。

だいたい、風の音と葉が擦れ合う音以外しないのだ。

「……歩くしかあらへんな」

ここで食糧確保が無理なら空腹も疲労も感じてない今の内に移動し、せめて水を探すべきだ。

俺は黙々と歩くことにした。


「菓子があったらヘンゼルとグレーテルしたのに」

歩いても歩いても森やんけ。

目印も方位磁石もないから回り回って円を描きながら1周したのではと思えてきた。

あそこの土の上で寝てたとか……。

まだお腹も空いておらず、歩けるのは幸いだ。

しかし、がむしゃらに歩くのは止めて他の方法を探した方がいいのかも。

絶望しかないかもだけど……木を登るか。少しでも高い木を見付けたら登る。

足が伸びれば木も登らずに周りを見渡せて楽チンなのになぁ。

てか、そんなことできたら森なんて1歩で脱け出せるか。

「…………俺、自棄がまわってるやないか……」

俺は周囲を見渡し、今のところ一番高そうな木を1本選んだ。

……高いのは下の方に枝があらへんやんか。

「……………………もー、誰か助けてやぁああああ!」

腹よりも足よりもひとりぼっちなのが悲しい。

遭難仲間を作りたいわけではないけど、話し相手が欲しい。


――……クスクス……――


「!?」

今、誰かの笑い声が聞こえた。

「だ、誰かおるん……?」

お化けとかポルターガイストさんはちょっと遠慮したいが、あたふたする俺を見て笑うだけなら、寧ろ心強い。俺はひとりぼっちじゃなくなる。


――……クスクス……――


「いるんやろ?な、なあ、姿を見せてくれへんか?」

『ヒトだよ』

『ヒトだね』

『ヒトがここにいるよ』

『ヒトはここに来れないはずなのにね』

ヒトとは俺のことだろう。

(ヒト)がいたらおかしいのか?

俺にはファンタジーワールド耐性があるから、驚きはしないが、声の主達はヒトではないらしい。

何故か、言語は俺と共通だけど。

でも取り敢えず、二人または二体の人外がいるようだ。しかし、周りに目を凝らしても木しか見えない。

「俺、ここがどこだか知らへんし、何でここにいるのかも分からへん。俺はもといたところに帰りたいんや。助けてくれへん?」

『もといたところ』

『それはどこ?』

『知らないよ』

『知らないね』

『じゃあ、助けられないよ』

『助けられないね』

会話してくれてる……!

どっかに行ってしまう前に早く何か言わないと!

「待って!!俺のもといたところは……………………言うから!…………もといたところは………………………………あれ?」


“もといたところ”ってどこ?


「あれ?……あれ?…………俺のこと……誰か知らへん?」

何も出てこない。

俺が何者で、どこから来て、どこに帰りたいのか……分からない。

「俺は誰や?……俺は…………記憶喪失してるん?」

『自分が誰か分からないの?』

『迷子なの?』

知らない土地で記憶喪失だなんて……そもそも記憶のあった俺はここを知っていたのかも。帰り道も。

だけど、ここで何らかの事故に捲き込まれて、記憶喪失に、とか。

どうしよう。泣きそう。


……リン…………リン…………――


また鈴の音だ。さっきより近い。

『…………彼女が来たよ』

『彼女が来たね』

『なら、このヒトは――』

『――彼女の所有物だ』

『そうなんだ?』

『そうなんだ』

所有物?俺が?彼女の?

意味不明過ぎる。

人間は誰かの所有物じゃない。

俺は誰かの物じゃない。

「彼女って誰や!?」

『彼女は彼女』

『彼女は創造主』

『彼女は神』

『彼女は全て』


『彼女は夜歌』



――私はアークよ――



「うわっ!!」

背後から女の人の声。

俺は振り返り様になかったはずの人影を見て驚き、スッ転げた。

尻餅を突いた。

痛い。

「ひ……と?」

髪の長い女の人。

赤茶の髪に緋色の瞳。

純白のドレス。

彼女は口元に女神様の笑みを称えて俺を見下ろす。

『私はヒトではないわ。私は空気であり水であり緑であり土よ』

空気でも水でも緑でも土でもない気がする。

ヒトでなくとも人の形をし、喋っているのだから。

『私は万物。全世界の森羅万象。過去も未来も司る』

分からない。


『つまり、私は全てを統べる唯一神。“神様”よ』


…………盛ってる。盛り過ぎなくらい盛ってる。

「神様なんてそんな。一般人の俺に見えるわけあらへんやろ」

俺にいくらファンタジーワールド耐性が付いていても、神様なんて信じられない。

少し落ち着いたところで俺は立ち上がった。

腰が抜けなくて良かった。

『そうね。普通のヒトには私は見えないわ。だって、ヒトは私の作った世界にいるんですもの。この世界には来れない』

「この世界?」

ファンタジーワールド?

『神様の住む世界。私の家よ』

家……広すぎやろ。

『ここでは私と私の家来、その他諸々が住んでいるわ』

彼女を神様と仮定するのなら、彼女の言いたいことはなんとなく分かった。

彼女の住む世界と俺達ヒトの世界は別で、俺達の世界は彼女によって創造された――ということだろうか。

『だから、ヒトは私の住む世界には来れないの。ヒトはヒトの世界で生きて死ぬだけだから』

「なら、何で俺はここにいるん?」

『それは貴方が一般人ではないからよ』

世界を救うヒーローです……なんちゃって。

『貴方は特別なの』

「え!?俺、ヒーローなん!?」

『あの子にとっては……ね』

「あの子?」

不意に俺の手を引いて歩き出す神様。

森の中にドレスの神様なんて、変な組み合わせだ。それに、土の上を歩く彼女の白のハイヒールは少しも汚れていなかった。まるで、この世界の一部ですらない、もっと特別な存在のような。

…………俺も裸足やんか。

ジーンズにパーカーやし。

家で寛いでるような格好。もしかして、俺の妄想が爆発して壮大な夢を見ちゃってるのか?

『貴方は特別なの。本質的にはあの子を守り支える父親役でありながら、あの子と共に1から成長する。成長し続ける。世界がリセットされても』

ハイヒールを履いてるとは言え、彼女が俺より背が高いのが胸に痛い。

流れるような茶髪が丁度視界でわさわさ揺れるし。

「でも、俺には前世の記憶とかあらへんで。第一、ここで目を覚ます前の記憶からあらへん」

『私の作った世界の記憶は全てこの世界に還る。だから、貴方が貴方のいた世界で死んだ時、貴方はここに来て全てを思い出す。そして、その記憶は貴方の奥底に蓄積される』

なら、俺は俺のいた世界で死んだのか?

でも、記憶がない。

『貴方の記憶がないのは、貴方の本体がまだあちら側で生きていると言うことよ』

「………………俺の魂だけ出ちゃった感じなん?」

生き霊になってさ迷ってる?

『正確には貴方のいた世界が契約に従って貴方の魂を本体から追い出したの』

「俺……どうなるん?体も記憶もない……」

俺は自分のいた世界から追い出された。家や国を飛び越して、世界から……。

体がないのは実感が沸かないが、記憶がないのはツラい。どうして追い出されたのかも分からないし。

『私なら貴方を本体の元へ戻せるわ。だって、神様だから。貴方のいた世界に干渉してあげないでもない』

「でも?」

条件付きなのは何となく察した。

『……でも、秩序立った世界に干渉するのだから、歪みが出る可能性がある』

「例えば?」

『貴方以外の人間が皆死んでいる。または消滅している』

「…………ホンマに?」

歪みの範疇を越えている。世界が滅びているではないか。

『まぁ、そうね。貴方や貴方の周囲に影響が出る可能性があるわ。最悪、貴方の知り合いが一人消えるとか』

「なんやそれ!駄目や駄目や!」

知り合いを消してまで俺は本体に帰りたくはない。たとえ、このまま一生記憶が戻らなくても、だ。

ここでひとりぼっちで生きていくことになろうとも。

『なら、前払いをしなさい』

「前払い……?魂だけの俺に払えるもんなんて……」

『前払いには貴方が帰った先の本体も含まれるわ。貴方の世界のルールに則って交わされる契約だから、貴方が貴方の世界で差し出せるものなら前払いに含むことができるの』

「俺の本体も含むって……俺の手とか足とか?一体、何を……」

『契約主は貴方。何を支払うかは貴方が決める。貴方の魂が本体に帰るのと同等の対価をね』

その時、考え過ぎで俯いて足の遅くなっていた俺を神様がぐいと強く引いた。その衝撃に俺は躓き、神様の背中にダイブしかけたところでギリギリ堪える。

自称でも“神様”に、それも女性に抱き着いたりなんてしたら、彼女に変態の糞野郎扱いされて木に縛り付けられる。そして、見る人なんていないのに、首に下げた『私は変態です』のプラカードの恥ずかしさで俺は一人で悶え苦しみ続ける。

――なんてことにならなくて良かった。

が、俺は顔を上げて、その光景に目を奪われた。


森は開け、小高い丘が広がる。

そして、丘の天辺。

大地と夜空の堺に咲き誇る巨木。


「さ……桜……」


まるで花弁一枚一枚が自ら発光しているかのように、紺色の背景に鮮明に桜の薄桃が映る。


……懐かしい。


俺には記憶がないのに、桜の巨木――否、この空間自体に懐かしさを覚えた。

ここに来たことがあるのか?

それとも妄想か?

『妄想じゃないわ。あれは貴方の魂と体に共通する存在。貴方の魂と体を繋ぐものよ』

「あの桜……が?」

『さぁ、近くへ参りましょう』

彼女は桜へ向かって歩き出した。

手を引かれて俺も付いていく。




『ある日、彼は花の咲かない古木に許しを与え、花を咲かせた』

「花が咲くのに許しが必要なん?」

『ええ。必要よ。何故なら、私がその古木に“咲いてはいけない”と言ったから』

「咲いてはいけないって……何でそんな悲しいこと言うんや」

自称“神様”でも、桜に咲くなとは横暴だ。桜は花を付けてこその桜なのに。

『私が桜の散る姿を見たくないからよ』

「綺麗やんか」

『彼が現れるまでこの子はひとりぼっちだった。ひとりで咲き、ひとりで散る。私はこの世界だから、ひとりぼっちのこの子の気持ちが分かるの。だけど、空気の私にはこの子を見て慈しんであげることはできない。だから、私はこの子に咲くなと命じたのよ』

桜もひとりぼっちなんか。

寂しい気持ちが分かっていても助けられない。それが辛くて、彼女は咲くことを禁じた。それが彼女なりの桜への助けだから。

『そんなこの子を彼は見付け、この子が咲くことを許した。そして、彼はここに住んだの』

「ひとりぼっちやなくなったんやな」

『お陰様で、この子は彼にデレデレよ。彼がいなくなっても律儀に待ち続けている』

桜に愛された人か。

俺もそんな人になりたいなぁ。

しかし、桜の傍に来てその大きさに驚いた。

俺一人では到底抱えきれない太い幹。

枝は放射状に広く伸び、その下では雨のように桜の花弁が降る。

「何か、文字が幹に刻まれて……センリ?」

どうしてか、俺が知るはずのない無数の線が、意味のある文字だと感じ、挙げ句にそれを読めた。

『センリは彼の家族よ。この桜とセンリが彼の家族だった』

「センリ…………」

知ってる名前?

いや、俺には記憶がないから……俺の名前すら知らないのに、先に他人の名前を思い出すのか?

「…………コウキ……?」

また知らない単語が頭に浮かんだ。名前だろうけど、誰の名前だか……。

俺は本当にこの桜に縁があるらしい。

『良く覚えてたわね。魂でも覚えていることがあるのね。コウキは彼の名前よ。私は彼が嫌いだから言いたくなかったけれど』

いい人なのに、コウキさん。

『さて、決まったかしら?』

「え?」

『貴方のいた世界に帰るかどうか』

「………………でも、帰るには対価が必要なんやな……」

『ここにいても良いわよ。私が貴方の身の回りの世話をしてあげるわ。私の作った特別な命だし』

神様に特別扱いされるのは鼻が高いけど、“作った”と言われるのは、俺がロボット見たいで複雑な気分になる。

『遅かれ早かれ、貴方はここに還る予定だったし』

そうか。

誰だっていつかは死ぬんだ。そして、俺はここに還ってくる。

なら、答えは1つだ。

「俺、“あの子”のヒーローなんやろ?」

『ええ。いつの世界でもあの子は貴方を信頼し、憧れていたわ』

「なら、帰ってやらなきゃあらへんな。俺はこの桜のように最後まであの子為に咲いていたいんや」

チャンスがあるなら、掴んでなんぼ。

生きられるなら生きてやる。

“あの子”の為に生きてやる。


神様は俺の額に口付けると、にっこり微笑んだ。

そして、宙を舞う桜の花弁を摘まむと、俺の唇へ。

流されるようにそれを口に含むと、桜は砂糖のように甘く溶けた。

同時に風にざわめく桜の大木。まるで狂ったように泣き叫ぶ桜だ。

『この子が貴方の門出を祝福してるわ』

こんなに綺麗で立派な桜に祝って貰えるなんて。

「ありがとう!桜さん!」

俺は視界が徐々に桜で埋もれていく中で目を閉じた。

不安だけど大丈夫だ。俺は頑張れる。

最後まで頑張れる。


『貴方に神のご加護があらんことを』


そして、俺は落下した。





『咲き誇りなさい、由宇麻(ゆうま)。私の愛する子――氷羽(ひわ)の為に』

彼女は桜の幹に凭れると、目を閉じた。


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