谷の子供達
「千鶴さん、兄貴からの羊羮でお茶にしませんか?」
襖から顔だけを出した春は、縁側で作業をする千鶴に声をかける。
「えぇ。その前に、こんな感じでいい?」
「はい。弟達よりずっと綺麗です」
千鶴が組みかけの藁を春に見せると、彼は柔らかな笑みを溢した。
「寒くありませんでした?」
「今日は天気も良いし、寧ろ、暖かかったわよ」
湯気の立つお茶を両手で抱えた春は「そうですか?」と、厚手の3枚重ねにちゃんちゃんこと布団を羽織り、炬燵で震えながら言った。
「相変わらず、春君は寒がりね」
「ここで生まれ育ったと言うのに、ですね」
そんな風に他愛ないことを話しながら二人はお茶を飲み、羊羮を頬張りながら、もうすぐやってくる人達をのんびりと待つ。
「遅いなぁ」
春は壁掛けの時計を見上げた。
午後5時。
予定より3時間も遅い。
「どうしたんだろう」
場所を縁側から移し、読書中の春の傍で藁を組む千鶴も時計を見上げた。
すりガラスの戸からぼんやりと見える外は薄暗い。後数時間で雪が降り始めるだろう。
「雪…降っちゃうよ。二人とも荷物多いだろうし…大丈夫かな…」
「遅れる時は連絡してって言ったのに…」や「ご飯いるのかな…」や「お風呂用意してあげられないよ…」と、春は困ったりだ。
「私が駅まで行ってくるよ。二人に会えたら連絡するから」
「千鶴さんにそんな!僕が行ってきますよ」
「私、家事は金槌なのよ?私が行ってきた方がいいよ」
「そんな…」
事実だから致し方ない。
千鶴に家事能力は皆無だ。だが、体力には自信があり、4兄弟で1番軟弱な春との相性はいい。
「今日の晩ご飯何?」
「よく煮込んだ大根入りの熱々おでんです」
「んーっおいしそう!早く食べたいから早く二人を連れて来なきゃ。行ってくるね、春君」
春の短い溜め息。
ポケットからカイロを二つほど取り出すと、千鶴に持たせた。
「行ってらっしゃい」