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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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君だけの桜(8)

『いいか?お前の空間断絶魔法は最強の防御魔法だ』

『うん』

『ただし、いくら最強の防御でも、魔力が尽きたら使えない』

『うん』

『例えば――』

洸祈(こうき)の腕が上がり、斜めに振り下ろしたかと思えば、彼の手には炎を纏った短刀が握られていた。

そして、有無言わさずに真正面の千里(せんり)の胸に向かって突き出す。

柄まで食い込んだ。

『ちょっ!!』

千里は青ざめ、尻からずてんと転げるが、彼の胸には傷も焦げ跡も無かった。

開かれた洸祈の拳からは火の粉がパラパラと落ちる。

『あ…………何するのさ!』

『何って、お前を殺そうとした』

『な……っ!!』

『だが、安心しろ。お前の魔法は最強の防御魔法だって』

『もう止めてよ!吃驚したじゃん!』

じんわりと目尻を濡らした千里を頭を振り、俯きながら立ち上がる。そして、ジーンズの尻に付いた落ち葉を払った。

『ま、今の手応えだとあと10回も突けば、その防御魔法も暫く解けるかな』

『………………嘘?10回?さっきので?』

『お前がその場に突っ立ってやられるがままならな』

『に、逃げるよ!!』

『今までのお前ならそれが最良の選択だ』

『……………………嫌だ』

選択肢が“逃げる”だけなら、千里はこの場にいない。

『僕はあおを守れる男になるんだ。だから、逃げない』

『なら、逃げずに戦え』

『でも、対人戦はあおよりも弱いよ?戦うよりこの魔法の威力とか上げられないの?』

『防戦一方だとただの消耗戦だ。いつかは攻めに回らなきゃならない。お前の背中は(あおい)の命を背負ってんだからな。だから、お前は戦わずに戦え』

『…………教えて。僕の戦い方』




神域の中央ビルは『回』の字に廊下がある。中心にエレベーターだ。

非常口は対角線上に2ヵ所。

千里は葵と別れた非常口とは別の非常口から非常階段へと出た。

「洸、来てる?」

『来てる』

千里は1段飛ばしで階段を駆け降りる。

そして、3階ほど降りると、脇目も振らずに紙片を一枚、壁に貼り付けて更に駆け降りた。

「上手く、出来るかな」

緊張で体力の減りが早い。

それでも千里は転ばないよう走る。

『問題なく通り過ぎたみたい。そろそろ次だよ』

「うん」

再び、紙片を壁に貼り付ける千里。これで上の階と合わせて2枚目である。

そして、洸祈と対峙する前にビル内で失敬してきたコピー機のインクボトルを力任せに破壊した。

勢いでインクが千里の顔や服に飛ぶ。

「まあまあお気に入りの服が!!」

『“まあまあ”ならいいでしょ。ほら、時間がない』

足音がし、直ぐ近くまで洸祈が来ているのが分かる。

やるしかない。

千里は指を黒インクに浸し、コンクリートの床に線を描く。

『え……下手くそ…………』

「ちょっと、氷羽(ひわ)!こんな時に酷いよ!!」

『魔法陣は形式だけじゃないの。綺麗に書かなきゃ失敗するよ』

「やってるよ!」

『ほら、早く早く!洸くん来るよ!』

「もーっ」

千里は膨れっ面になりながらも別の場所に書き直す。

階段が黒インクでぐちゃぐちゃだが、千里には関係のないことだ。

「できた!」

『早く代償を!』

ズボンのベルトに日常的に隠している短刀を千里は抜いた。柄はなく、金属製の刀身のみの代物だ。

「うう……痛いの嫌なのに」

『ぐだぐだ言ってると、僕がざっくりやるよ?こんなとこで君と心中はしないからね』

「やる!やるよ!…………っ!!」

千里の意識を氷羽が乗っ取りかけ、こんなことすら氷羽に頼りっぱなしではいけないと千里は溜まった唾を飲み込んだ。

『葵のためでしょ?』

「あおのため……あおのためだからぁっ!」

刃を親指に滑らせれば、当然、血が溢れてくる。千里は久し振りとも言える自分の体の傷に震え、続いて現れた痛みに泣きそうになるのを必死で堪える。

そして、ポケットから最後の1枚の紙片を取ると、血の付いた手で握り締めた。

同時に、踊り場に降りた洸祈が千里の姿を見てナイフを構えた。

狭い階段で長物は使えなくなるというのも千里なりに考えた結果だ。

「洸、覚悟して。僕の戦い方はこうだ」

『ふふふ。洸くんの泣く姿見たらゾクゾクしそう』

「……氷羽、煩い」

「氷羽あぁぁああ!!」

千里が血の付いた紙片を書いた陣に落とした。

そして、突っ込んでくる洸祈を千里は真正面から受け止める。


鈍い音がした。


「…………はぁ……やっと捕まえた…………この痛みは、これから僕が君を傷付ける分の先払いだよ。……空間幻影魔法……」

洸祈を抱き締めて立つ千里の足下――魔法陣から溢れ出るように炎が現れた。

深紅の炎。

洸祈の魔法の色。

「ちぃ……っ」

洸祈がガクガクと震え、逆に千里に抱き付く。しかし、千里はそんな洸祈を自分から引き剥がした。

「じゃあね。洸が自分を取り戻すまで、この悪夢は終わらないから」

「やだ……やだよ……!まって、ちぃ……っ!」

青白くした顔で千里を求める洸祈。一歩進めば炎から脱け出せるのに、それすらも考えられずに立ち尽くすのだ。

そして、千里が陣から退いた。

洸祈は炎の中に1人取り残される。

「空間転移魔法」

千里は壁に貼った陣紙に触れて言った。

紙の文字は青く光って浮き上がる。

そして、伸ばされた洸祈の手が千里に触れようとした時、洸祈の体は眩い光に包まれた。

「ちぃっ!ちぃっ!!――……」

必死の表情。

泣いてすがり付いてくる彼を見たことはないはずなのに、千里は深い記憶の底に泣きじゃくる彼の姿を見た気がした。

しかし、洸祈が泣こうと喚こうと魔法は止められない。


悲痛の叫びと共に、洸祈の体は光の粒となって消えた。


「……ごめんね…………っ」

千里は刺された腹部を押さえ、膝から床に崩れ落ちる。

『千里、良く堪えたね』

「…………うん……」

『あとはぼくに委せて休んで』

「……ううん。言ったでしょ……この痛みは……洸を傷付けている分…………」

綺麗な夜空だ。

千里は自分を刺したナイフを見下ろした。

赤い血で濡れたナイフ。

「――――」

“僕の血、やっぱり赤いね”

力の出ない唇で千里は声にならない言葉を紡いだ。






「ある研究者がいた。その研究者は自分の息子を生かすためだけに研究を重ね、息子の死にかけた各器官を機械に置き換え、それらの動力源として人工魔力を生み出した。他者の命を犠牲にし、息子を作り上げた。全ては息子を普通の人間にするため」

それが息子の幸せと信じていた。

「しかし、彼の息子はいつの間にか研究対象となっていた。最強の兵器を作るための。彼は息子の体を使い、あらゆる実験を試した。そして、息子の心は死に、出来の悪い子の息子は彼に捨てられた」

小さな手がコートの裾を握ったが、彼は直ぐにその手を離した。

そして、息子は死んだ。

「不思議と彼に後悔はなかった。……はずだった。少なくとも、息子を捨てたその時は後悔はなかった。しかし、彼は人工魔力を利用し、魔法使いのヒューマノイドロボットを作成した。息子が愛情を寄せていた少年をモデルにして。息子をモデルにしなかったのは、怖かったからだ。息子の影を近くに見たくはなかった。いや、違う。少年がいれば、いつか息子が少年に会いに来ると思った」

ロボットは正確に全ての命令をこなした。

出来の良いロボットだった。

ただ一つ、冷めきった瞳を除いては。

「ロボットの出来は本当に良かった。人間じゃない――兵器としての魔法使い。政府上層はロボットを絶賛し、運用を決定。量産の指示が出された」

命令さえあれば、ロボットは何でもした。

殺人も厭わない。

人の容貌、人の声で、ロボットは人を殺す。

「しかし、量産指示から間もなく、ロボットは自殺した。呆気なかった。ロボットは自作のウイルスを自身のメインコンピューターに感染させ、自分の脳を破壊させたんだ。当然、運用は無かったことになった。だって、高い資金を投入して作ったとしても、自ら壊れるんだから」

いつも通り人の子のように眠っているのだと思っていた。しかし、それからロボットの少年が目覚めることは無かった。

「ま、その男と言うのは僕なんだけどね」

肩を竦めて見せた紫水は、形だけの笑いをした。




「初めまして。僕は紫水(しすい)。第一研究棟の科学者だ。君達は僕を知っているようだが、きちんと自己紹介をしたことは無かったはずだ」

「………………」

紫水は無表情で自己紹介するが、ホオズキはヒガンを抱いて紫水を真っ向から睨む。

「じゃあ、自己紹介は終わりにしよう」

紫水は憎しみの篭る視線にびくともせず、1人踞る井津(いづ)の隣に移動した。

「さて、君は第五研究棟主任の井津正臣(まさおみ)だね。僕はこの研究所の責任者だから、君は僕に従わなくてはいけない立場にあるということだ。先ずは、僕の知り合いの知り合いの知り合いを誘拐したね。こちらで勝手に返してもらうよ」

「………………」

ホオズキと対照的な生気のない瞳が床を見る。

「君は僕をそれはもう憎んでいるようだ。だが、僕は君を評価しているんだ。軽蔑もしているけど」

「………………評価?冗談でも言われたくない」

井津が床に落ちたボールペンを掴むと、それを紫水に向かって投げた。正しく投げやりなその行為は紫水の靴にぶつかるだけで終わる。

「もし、そこにいるのが僕の作成したロボットなら、主に消えろと言われた瞬間に自害した。仲間の概念がないから、他のロボットがどうなろうと気にしない。ましてや、主に危害を加えはしない」

「……っ!!馬鹿にしているのか!!!!」

「いいや。僕は評価しているんだ。君のロボットは学習する。それも、人の感情を学習する。君のロボットは本当の意味でヒューマノイドロボットだった。見た目だけじゃない。その思考までが人間的だ」

紫水が自分の研究を褒めている――研究者としては一目置く紫水の評価に井津は複雑な表情を見せた。僅かに井津の瞳に生きている人間の色が宿る。

「そう、君のヒューマノイドロボットはロボットとしてはとても素晴らしいものだ。だが、兵器としては重大な欠点を抱えている。従順さだ」

井津のロボット達には絶対的存在がなく、個々に独立していた。

それはつまり、兵器が使用者の意思を無視して動く可能性があるということだ。

わざわざ、自分を裏切るかもしれない兵器を使う者はいない。それも、自分を殺すかもしれないのだから尚更だ。

「そして、君のロボットは人としても重大な欠点を抱えている」

「人……として…………」

「心の成長だ」

「こころ……」

科学者が曖昧な表現を使う。

そうではない。

ただの一人の男が井津の前にいた。

「君は彼らに何をさせたい?兵器としても使えない。人としても受け入れてもらえない。君は彼らをどうして作った?」

人を助けるロボットを作りたい。

井津のロボット制作の全てはここにあった。

しかし、兵器を作れと要求され、井津が行きたい先は暗く淀んだ。

「僕をいくら憎もうと構わない。僕に見返してやりたいというのも構わない。だが、君のロボットは“思考する兵器”の範疇を越えている。君のロボットは人間だ。人間は成長する。彼らの人間性を決めるのは周囲の環境……君だ」

「俺は……」

「まだ間に合う。君は彼らをどうしたいのか、考えるべきだ」

井津がホオズキを見、既に井津を見詰めていたホオズキと目が合う。

「イヅ……ヒガンを助けて…………ヒガンを……」

ヒガンやホオズキをどうしたいのか。

何故、二人を生み出したのか。

井津の中で答えは決まっていた。

「………………ホオズキ、ヒガンをそこに」

「イヅ……!」

ホオズキはヒガンを抱いて立つと、彼女を中央の台へ。洋服に染みた血が生々しい。

井津は鋏を掴むと、躊躇なく彼女の服を切った。そして、出血箇所を見付けると、暫くそこを凝視する。

「…………損傷は少ない……」

「イヅ、ヒガンは大丈夫?」

ヒガンの手を握るホオズキ。

手を握るその行為の意味は分からないが、彼はヒガンにされたことを一つずつ返す。

どうしてヒガンがイヅを殺そうとしたのかも分からない。けれど、彼はヒガンの行動を真似すれば、きっとその意味も分かると信じる。

「大丈夫だ。俺ならこいつを治せる……。手伝ってくれ、ホオズキ」

「うん……!!」


“きっと、イヅの本当の気持ちも分かるから。”




「昔、僕の兵器と君の兵器を競わせたことがあったね」

「……結果はレベッカの大敗だ」

「そう。彼女の名前はレベッカと言うのか。僕はあの子に名前を付けなかった。製造番号すらも……。彼女と戦った後、あの子は自殺……自ら壊れたんだ。僕が命令しない限り、そんなことは起こるはずがないのにね」

台に横たわるヒガンの寝息に、彼女の手を握ったまま傍らで眠るホオズキの寝息が混じる。

「多分、あの子はレベッカに触発された。何がどうしてと聞かれると、答えられないが」

この場にいる全員が身体中を血で汚し、白衣を真っ赤にした紫水も物置と化していたソファーに無理矢理座っていた。そこに、無表情の井津が水の入ったグラスを持ってくる。

「ありがとう………………って、なんだい?この味は……」

「生理食塩水だ」

「ああ……そう…………塩水ね……」

「それで?お前は何が言いたいんだ?」

「僕はそれ以来、ロボットの作成は止めた。何故なら、君がいたからだ。ヒューマノイドロボットに関して、僕は君には勝てないと分かったからだ」

「何故、俺を褒める?それとも、俺への同情か?」

その言葉を聞いた紫水は「ははは」と軽く笑った。

「僕はね、自分の為に君を褒めているんだよ。君がいなければ、研究資金がもっと増える。だから、ちゃっちゃとここを辞めて欲しいと思っているんだ。君にここは合わない。その能力は別のところで生かすべきだ」

冷たく暗い海底の色をした瞳だけが井津に向く。

「………………そうかもな。俺にはやっぱり、兵器は作れない……」

今までの井津なら、紫水に馬鹿にされたと思っただろう。しかし、井津の本当の願いが兵器作成の先にはないことを紫水は気付いていた。そして、紫水はそれを井津に再認識させた。だから、井津は直ぐに紫水の意見を肯定した。

「へぇ。君は若いけど、ここを辞めたらどうするんだい?ああ、医者の実家に再就職?」

「お前……何でも知ってるな」

「この研究所の責任者だからね」

「俺は、ここを辞めたら………………あいつらと考える」

すやすやと眠る機械人形達……否、人。井津にとって特別な存在。

井津はヒガンの頭に触れる。

ヒガンが起きた時、彼女に笑顔は戻るのだろうか?――それでも、共に生きたい。

「それじゃあ、補給したし、君の言い訳を聞こうか」

さらりと受け流し、紫水が本題と言わんばかりに井津と正面を向く。

「言い訳?」

「ここへ来る途中、僕の助手である笹原(ささはら)のIDと大量の血を見た」

「ああ…………あれは、お前の助手を庇った司野由宇麻(しのゆうま)の血だ」

「で?彼は?」

「お前の助手と一緒に止血道具一式を放り込んで檻の中だ。さっきの男が向かった先にいる」

「分かった」

「…………!!!?」


ガチャン――


グラスをソファーの角に置いた紫水は立ち上がると、井津の頬を拳で殴った。

躊躇なく一発。

溜めもなく、ストレートだ。

井津の持っていたグラスが吹っ飛んで砕け、床に尻もちを突いた井津は痛みの走った頬を押さえた。

「っ……紫水…………」

「僕は別に、知り合いの知り合いの知り合いに怪我をさせたことに怒っているんじゃないよ。貴重な研究サンプルを邪険に扱った君の態度に怒ったんだ。でもね……もし、僕の知り合いに怪我をさせていた場合は、君のこの先の長い未来を奪っていたかもしれない」

「……………………そうか」

「じゃあ、先に行かせてもらうよ」

井津を殴った拳を擦り、紫水は陽季(はるき)の進んで行った通路へと歩き出す。そして、井津はじわじわと増す痛みを感じながら、紫水の後ろ姿を見送った。


「…………これは俺への当然の罰だな……」


切れた口の中から血の味がした。


8月末辺りから、『一難~』を久々に投稿中です(亀さん投稿ですみません><)

それと、シルバーウィークに釣られて書き始めた連載小説と言う名の短編『温泉とロリコンと慰安旅行』をちょくちょく書いていく予定ですー

というわけで、風邪を引かないように連休を楽しみましょう( `ー´)ノシ

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