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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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君だけの桜(6.5)

「……ヒィを助けて…………アサギ……」

アサギはヒィに沢山の話をしてくれた。

ヒィを家族だと言ってくれた。

なのに――

『アサギ……ナンバー01は処分した』

イヅはアサギを処分した。

ヒィの家族を……奪った。



「イヅ、解体する。いいよね?」

ホオズキは扉を荒々しく開けてぶっきらぼうに言った。

「……ホズ……っ」

相棒の姿を見、ヒガンは顔を歪める。胸元に手を当ててホオズキから逃げるように後退りした。

そして、彼女の隣には白衣の青年。

第五研究棟主任研究員、井津将臣(いづまさおみ)だ。

目を隠す程の長い前髪。襟首の黒髪は僅かな風圧で揺れる。

日陰暮らしなのが一目で分かる白い肌と細長い手足。

そして、手には血の付いたナイフ。

青年が前髪の隙間からホオズキを見下ろした。

「ちょうどいい。解体はお前の仕事だ。…………ナンバー03を処分した後でな」

「イ……ヅ…………嫌だよ…………」

ホオズキを見詰め、ヒガンは唇を震わす。

ホオズキはヒガンの友であり家族。

ホオズキに友情や絆の概念はない。けれども、ヒガンにはある。

友や家族を傷付けるその意味も。

「嫌だ?お前は俺の命令を拒否しない。そうだろう?」

井津はヒガンの生みの親。そして、井津もまたヒガンの家族。

家族であり主。

主の命令は絶対。

もしそれに逆らえば、使えないとして処分される。

「……ごめんなさい…………」

「さぁ、03を処分しろ」

井津がヒガンにナイフを差し出した。

獣の血が付いたナイフだ。

ヒガンが処分した“敵”の血。ヒガンの体内の一部を流れるそれと変わらない。

生きるのに必要な酸素を全身へと運ぶ液体。

違いはパーツのみ。パーツは替えが効く。

処分しなければ、ヒガンが片付けたキメラのように焼却炉に捨てられる。燃やされて灰になる。

「イヅ!解体する!あいつら煩いんだ!だから解体する!いいよね!?」


「黙れ!ホオズキ!!」


井津がナイフを投げ捨てて怒鳴った。

普段、残酷な言葉も平坦な口調で言い放ってきた井津が感情を露わに声を荒げる。

「お前はいつもそうだ!煩いのはお前だ!お前は余計なことばかりをするんだ!」

「イ……イヅ…………自分は――」

「嗚呼、お前は要らない。…………お前は失敗作だ」

井津がホオズキを強く張った。

あまりの予想外にホオズキは受け身も取れずに背中から床に倒れる。

その時、勢いで彼の髪飾りが外れ、床を滑ってヒガンの裸足に触れて止まった。

赤い彼岸花の髪飾り。

初めて世界をその目に映した時にアサギがヒガンにくれた髪飾りだ。

そして、長髪にしたいと言ったホオズキにヒガンが譲った髪飾り。それから彼はずっと彼岸花で髪を飾っていた。

「…………アサギ……言ってたよ……………………イヅが家族を……奪ったって…………」

アサギが失踪する前日、アサギは泣いた。

人間のように泣いた。

彼が泣いた意味が、その時のヒガンには分からなかったが、イヅに思考を貰って理解した。

「アサギはもういない。あいつは要らない奴だった」

「違う…………家族は……守るって…………イヅは家族……イヅは家族を……守る…………」

アサギは必死に家族を守ろうとし、結局、彼は家族を失った。そして、彼はこの研究棟を逃げ出し、井津はアサギの処分命令を下した。

「俺に家族はいない。第一、お前たちはロボットだ。人間じゃなければ、お前たちに家族なんてものはない」

黒髪を振り乱した井津は踵を鳴らしてホオズキに近寄る。

「ホオズキ。お前は用済みだ。ナンバー04と代われ」

「イヅ…………自分は……イヅの役に立たない?」

「自分は役に立つよ?」ではなく、「自分は役に立たない?」と彼は問いかけた。

ホオズキは井津の返答を覚悟していた。

「ああ。寧ろ、邪魔だ」

井津は床に広がる彼の白髪を見て言う。ホオズキは見ていない。

「そっか……なら、ヒガンを残してくれるんだね…………」

柱の角にぶつけた肩を庇い、ホオズキは決まった角度で唇を引き伸ばす。

ホオズキはヒガンを見て笑っていた。

ヒガンとお揃いにした長髪を頬にへばりつけたまま笑うのだ。

「ほら、高電圧発生装置だ。一瞬でお前を停止できる。痛みはない」

二叉に分かれた先の鋭利な細長い金属棒をホオズキの前に転がした井津。

棒から伸びたコードは壁の大きな変圧器に繋がっていた。

井津が変圧器の電源を入れる。

後はホオズキの体に針を刺して、送電開始ボタンを押すだけ。

「イヅはー……用意周到ですねー…………」

「ははは」と乾いた笑い声が混じった。

ホオズキは井津に視線を送るが、井津はやはり見ない。

そう、いつも通り。

これがいつも通り。

だからいつも通り、ホオズキは語尾を伸ばす。

「ヒガン、自分の代わりにイヅを頼みましたー……絶対に……馬鹿なことはしちゃ駄目ですよー…………」

「ホズ……!!」

ホオズキは躊躇わない。

何故なら、井津がそう要求したから。


何故なら、ヒガンを守れるから。

『ホズはね……ヒィの家族なんだよ』


ホオズキは針を自らの胸に突き立てる。

血は出ない。

ホオズキの場合、全身の約8割りが人工物。人工魔力用に器が移植されており、主な天然物はこれになる。人工部分はヒガンよりも簡素な作りで、動力が完全に魔力依存の為、彼には血が通っていない。巡る血がなければ、彼には体温もない。

それでも――

「喩え、自分がヒトでなくとも……ヒガンは自分の家族です。自分の守りたい家族です…………そうですよね、ヒガン……」

「嫌だ……嫌だよ…………ホズを処分しないで……」

「お前に何ができる?お前は口だけだろ?泣けばいいと思っている。だがな、お前に必要なのは泣くことじゃない。行動することだ」

ホオズキは胸に刺さる針を隠すように両手で覆った。井津はホオズキの震える肩すら見ることなく、変圧器の前へ。

しかし、ヒガンの目には彼の恐怖や悲しみがしっかりと見えていた。


ホズは家族。

ヒィの大切な家族。


「イヅは…………じゃない」


イヅは家族なのに、アサギやホオズキを傷付けた。


ううん。

違う。


「ヒィの家族を傷付けるイヅは家族じゃないよ」


イヅはヒィの“敵”だ。

“敵”は処分だよね?


ヒガンは井津が投げ捨て、床に落ちていたナイフの柄を握った。

付着した血液を振り払う。

そして、ワンピースの裾で拭った。

脂で鈍った銀色の刃が、それでもヒガンの髪を鮮やかに捉える。

「ヒガン……!?」

最期に最愛の友を見ようとして、ホオズキは彼女の表情に目を剥いた。

右手にはナイフを持ち、赤く汚れた白いワンピースの裾には皺が寄る。後ろ髪を左手で払い、彼岸花の飾りを避けて前進する。

「ヒガン!止めて!!!!」

ホオズキは届かない手を伸ばして立ち上がろうとし、バランスが崩れた。

井津がホオズキの悲鳴に彼を振り返り、彼の視線の先へと首を巡らす。


同時に、眉間に深い溝を作った彼女は右手を上げて膝をバネのように弾いた。


もう後には戻れない。


「ヒィの家族を奪わないで!!」




アサギから受け取った記憶には“レベッカ”の記憶があった。ヒガンよりもアサギよりも以前に作成されたロボット――“レベッカ”の記憶が。

アサギの頭脳は“レベッカ”から受け継がれたが、その際、彼女の記憶は井津の手によって削除された。しかし、完全には消されていなかった彼女の記憶をアサギは復元した。それをアサギはヒガンに複製して与えた。

“レベッカ”の記憶の中で、彼女はいつも井津の姿を目で追っていた。

後ろ指をさされる小さな背中も。

考え事する度に組んではほどける細い指も。

レヴィにじゃれつかれて優しく笑う彼の笑顔も。


そして、涙も。


“レベッカ”は彼を見て学習していた。

嬉しい時に笑い、悲しい時に泣く。


“レベッカ”は独りぼっちになって、泣いた。

傍にいない井津のことを想って泣いていた。

初めて目を覚ました時に抱き締められた温もりを思い出して切なくなった。

そして、「会いたい」と泣いた。


「ヒィも会いたかったよ……イヅ……」



花を見てはにかんだ井津に。

“レベッカ”の最期に泣いた井津に。




床に血が飛んだ。

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