夢追う人、壊れた人(2)
『マサ、起きて。マサ、マサ』
午前10時。
今朝まで徹夜していた俺をレヴィは命令通りに起こしてきた。
つい実験台でうたた寝をしてしまった俺を床からきゃんきゃんと吠えたてる。
「ん…………うるさ……」
『マサ、ジカンダヨ!アト58プン48ビョウシカナイヨ!』
「……ぎりぎりまで…………」
『サイシュウチェック!ヨテイ!マサ!マサ!』
「だから……あと少し……」
少しでいいんだ。
あと少し。
頭が回転し出すまで……。
『マサ、起きてください。ワタシの最終チェックをお願いします』
花の匂い。
「“レベッカ”……」
『はい、マサ。最終チェックを』
“レベッカ”が言うなら仕方がない。
「分かったから……お前の御披露目だからな、失敗のないようにしないと」
『ありがとうございます、マサ』
「それと、御披露目が終わったら、お前のその敬語を取らなきゃな」
『はい』
彼女はレヴィの頭の上を撫でる仕草をする。しかし、触れてはいない。
僅かだが、視覚信号の変換がずれているみたいだ。少し弄れば直る。
早速、ミスを発見し、俺はバキボキと鳴る背中を伸ばして起き上がることにした。
ちょっと、眠たい。
「彼女は耐久性に優れており、灼熱や極寒の地でも問題なく運用できます。彼女は一般的な銃器の使用がデフォルトで可能となっており、視覚にも優れているため、彼女はスコープを通さずに約3キロ先の標的も精確に狙えます。その他兵器の使用能力も随時追加可能です。また、常に学習しているので、彼女は実戦をこなすほど更に強くなります」
「ほぉ」
こんなちび餓鬼の話でも、彼らは喚かずに聞いてくれる。俺を一研究者として見てくれるところは気に入っている。
だけどまぁ、まずは実際に見て貰った方が早い。
その為に演習場まで来たのだから。
的は直径12センチ円。
距離は近いもので300メートル。遠くて4キロ。今回用いる武器の最大射程距離内だ。
“レベッカ”は俺の合図で分解されたライフルを素早く組み立て、スコープを敢えて設置せずに構える。
風速や気温、湿度などあらゆる条件を各センサーで瞬時に受け取り、標的を仕留める為の最適解を得る。
一発目。
命中。
表情を持たない彼女は、視聴者を感嘆させたまま次の標的を狙う。
二発目。
命中。
三発目、四発目も命中。
この御披露目が終わったら、彼女の敬語を取り、兵器以外の知識を入れよう。
地球が好きな優しい俺の先生のように、綺麗な知識を与えよう。
いかにもロボットな外装を少し女性らしくしよう。
でも、俺はセンスがないからな。
いや、先生も服のセンスには疎かったな。
五発目。
命中。
彼女には命中率を優先させているため、彼女はライフルにスコープを装着した。
そして、4キロ先のそれを早く、慎重に狙う。
大丈夫。
彼女なら出来る。
命中。
大絶賛だった。
戦いにしか脳がない脳筋達も、インテリ眼鏡達も、皆が彼女の狙撃に見惚れ、拍手した。
そして、あんなにも試作だと言った彼女を奴等は俺から奪った。
『これは試作で……』
『君のロボットを使ってやろうってんだから、感謝してもらいたいぐらいさ』
赤の他人の脳筋野郎が馴れ馴れしく鼻で俺を笑う。
『ほら、それの権限を寄越したまえよ』
『ですから、これは――』
『君は一体、誰の為にロボットを作っているんだ?』
『っ……』
『国民の金で作ったんだから、これは国のもんだ。権限が渡せないなら、君のものを全部解体させればいいのか?』
いくら解体しようと、彼女の権限は誰にも移らない。
何故なら、彼女には主がいないから。
『彼女は……信頼した相手の命令を聞くんです。権限は誰にもありません……』
『はっ、信頼?なんだ?こいつは人間だってのか?』
『……だから、試作品なんです…………』
これは俺にとって、時間稼ぎに過ぎない。
俺は兵器に最も不要な感情を与えて時間を稼いでいるだけなんだ。
兵器を作っている振りをしているだけ……。
『面白い。うちで厳しく訓練してやる。訓練すればするほど強くなるんだろう?』
『それは……そうですが……』
嫌だ。
彼女は兵器じゃないんだ。
だから、連れていかないで。
『マサ、アソンデ!』
「ごめんな。俺は忙しいんだ」
俺はレヴィの固く冷たい顎を掻いた。レヴィの尾がパタパタと揺れる。
そして、俺が投げたテニスボールを追って廊下を走っていった。
本当にごめんな。
俺は廊下とを仕切るドアを閉めた。
それは俺が必死に彼女の代わりを作成している時だった。
「どうして予算が降りないんですか!あなた達が増やせと言ったじゃないですか!」
お金がなければ、ロボットは作れない。
ロボットが作れなければ、彼女を取り返せない。
なのにどうして、予算が降りないんだ。
そっちから、どんどん増やせと言ってきたのに。
「ちょっ、私は清掃員で……」
「俺は何をどうすれば良いんですか!」
「だから、私は――」
「ねーえー、清掃員さん虐めちゃダメでしょ。そー若い頃からカリカリしてると、直ぐに真っ白になるよー」
俺の腕を掴み、知らない女が見下ろしてきた。
……俺はまだ成長期だから。
「誰……」
真っ赤なヒールに白衣と胸と赤縁眼鏡と黒髪ロング。パッと見て目についたのはそれぐらいだった。
美女でも不細工でも根暗でもない。
スレンダーな普通の女性だった。
「私は第四研究棟の来栖でーす。君は第五の人でしょ?天才ボーイの人」
「井津です」
天才だけど、「ボーイ」は癪だ。
ここで働いていると分かっているなら、子供扱いをしないで欲しい。
「じゃあ、イヅ。清掃員さん虐めてどうしたのー?」
“清掃員さん”は来栖の登場と同時にどっかへ消えた。
というか、別に虐めてなんかいない。
ただ、俺は降りない予算の理由を聞きたいだけだ。
「ああー。それは私のとこと同じだねぇ。私は削減ぐらいだけど。でもきっと、他の棟もだよ。第一研究棟以外は」
第一研究棟以外?
第一研究棟にはこの研究施設の代表責任者がいたはず。
偉い人だからなのか……。
「第一研究棟がスッゴい発表したらしいよー。人工魔力搭載ヒューマノイドだっけ。あれの作成に私達の資金が回ったらしいよ。まぁ、私は分野が全く違うから、減らされただけで済んだんだと思うけど」
人工魔力搭載のヒューマノイドって……ヒト型ロボットか。
「早く新しいの発表しなくちゃ食べていけなくなるのかー。大変だねー。イヅは特に」
来栖は目を細めて、女性らしからぬ冷たい雰囲気を醸し出す。
……こっちが来栖の本性みたいだ。
ここにいる時点でまともな奴ではないのは分かっていたが、“分野が違う”と言った彼女の背中に何か禍々しいものを見た気がした。
無意識か意図的かは計り知れないが、彼女は仮面を被っている。素顔を見えないようにしている。
小学生の俺にお世辞を使っていたそこらの大人の仮面よりももっと分厚くて強固な仮面だ。
「じゃっ。君なら大歓迎だから、是非とも、我が第四研究棟に遊びに来てねー」
分野が違うから敵対心とかはないと言うことか。
でもまぁ、俺は取り敢えず、“レベッカ”を返して貰いたい。
その為には新しいロボットを作らなくてはいけない。
それも、第一研究棟のロボットよりも高性能なロボットを。
だけど、資金がない……。
俺は人と助け合えるロボットが作りたかった。
人を殺すロボットが作りたかったのではない。
だから、神様からの贈り物なんて言われた魔法を人工的に生み出し、ロボットの魔法使いを第一研究棟が作ったって、俺の目指す先は第一研究棟とは全く違うと思っていた。
だけど、誰もそんなことは分かってくれないんだ。
「ロボットが魔法を使ったって!?」
「ああ!俺、ナマで見たんだけど、マジで魔法使ってた!」
「すっげー!!」
……………………。
全く懲りずに清掃員に“レベッカ”の居場所を問い詰めれば、演習場にいるらしいと教えてくれた。
だから、俺は新たな改良ロボットを政府代理人の方へ送ってから演習場へ向かった。
今度こそ、彼女と帰るのだ。
しかし、演習場へ向かっていたら、制服姿の若者が興奮した面持ちで歩いていく姿を見た。
そして何だか、演習場の方が騒がしい。
てか、魔法を使うロボットって……。
脳裏を横切るのは3ヶ月前の来栖の発言だ。
第一研究棟が人工魔力搭載のヒューマノイドを作ろうとしている、と。
それはつまり、第一研究棟の紫水がロボットの魔法使いの作成に成功したと言うことなのか?
「てか、相手のあのロボット、どうしてやられたんだ?」
「知らね。でも、ロボットなのに苦しそうに唸って壊れたな。気持ち悪かった」
相手のあのロボット……?
まさか……な。
「所詮、ロボットだ」と人は言う。
壊れても替えがきくと。
俺は別に彼等の言い分を否定しない。
所詮はロボットだ。
「はい」か「いいえ」の二択しかない。
だけど、人間だって広い視野で見れば、結局、二択でしかない。要はある一つの動作に至るまでに行われる選択の回数が人間の方が多いだけだ。つまり、人間の方が“より悩む”だけだ。
選択の回数を増やせば、ロボットは人間の“心”に近付くことができる。
何事にもあらゆる想定をして動く奴に対して、後先考えずに行動する奴を「あいつはロボットだ」とは誰も言わないだろう?
だから、たとえ“所詮、ロボット”だとしても、俺からしたら人間もロボットも同じだった。
つまり、ロボットも壊れたら死ぬ。
「レベッカ……」
『ま……さ…………マサ……マサ……マサ、マサ、マサ……っ』
「どう……して……」
演習場の端に“レベッカ”はいた。
片足が胴との連結部位から破壊され、配線が剥き出しになっていた。
片目が砕かれ、もう片目は抉れたように消えていた。
「立てるか……?」
俺は足の機能を失った彼女を抱き起こす。
『ごめん……なさ…………ああああ…………あ……い』
至るところに破損。損傷は激しいが、まだ直せる。
でもまさか……。
“レベッカ”の頭部にとても大きな破損。
ショートするだけならまだしも、基板が焼け、割れているところもある。
ここは人間にとっての脳――心臓でもいい。つまり、命だ。
パソコンでいうマザーボードにあたる。
言語機能の障害はこれのせいだ。
確かに、この基板を新しいものに変えれば、彼女はまたきちんと喋れるようになる。しかし、脳を変えれば、彼女のこれまでの学習履歴はリセットされる。全てが無になる。
“レベッカ”が……死ぬ。
「“レベッカ”、無理をしないでくれ」
『マサ……ごめんなさ…………あいた……かった』
右腕が上がる。
指は数本ない。
“レベッカ”が俺を抱き締めた。
『マサ……マサ…………カエリタイ……』
「………………うん。帰ろう」
“レベッカ”に「抱き締める」は教えていない。
なのに、彼女は俺を抱き締めた。
冷えてて固くて焦げ付いた匂いのする体で。
そして、俺もその体を抱き締め返した。
センサーがまだ生きていれば、彼女に伝わるだろうか。
俺の体温や腕力が。
俺の鼓動が。
『マサ…………ありがとう。…………ワタシハ……マサガ………………――――』
「っ!」
“レベッカ”が急に重くなり、俺はその場で転んだ。
ガシャンと音がし、彼女の腹部の傷が大きくなる。
ネジが数本落ちた。
「ごめん。痛かったよな」
沈黙。
「治すから。直ぐに治すからな」
沈黙。
「…………帰ろう」
彼女を作った張本人なのに、俺は彼女を引き摺ることしかできない。
彼女の傷を増やし、痛みを減らせもしない。
資金難の中、改良ロボットを作るためにレヴィを解体した。
そして、今度は彼女が――。
…………俺は何をしたかったんだろう。
「紫水。素晴らしい出来だ。至急、数を増やしてくれ」
「…………はい……」
俺が演習場のど真ん中をノロノロと進む中、出入口付近に第一研究棟の紫水がいた。
彼の傍らには少年。
赤い髪。
赤い瞳が俺を見た。
あれが……人工魔力搭載のヒューマノイド。
見た目は人間なのに、あの目には少年に心がないことを現していた。
あれは兵器だ。
感情を捨てた人間にぴったりの殺戮兵器だ。効率よく、人間を殺す道具。
「お前が“レベッカ”を殺した……」
この距離で聞こえるはずがないのに、
“うん”
少年が頷いた。
そして、握り拳を開いた。
彼の手のひらから青い欠片がバラバラと地面に落ちる。
それが何か、俺には分かった。
レベッカの目だ。
青い目。
レベッカがレベッカである証。
それを見せ付けるように俺の目の前でばら蒔いたのだ。
光の映らない少年の目が俺を見た。
“みんな壊れちゃえばいいんだ”
手を払い、少年が踵を返す。
紫水の白衣の袖を掴んだ。
ああ。
そうか。
少年のお陰で分かった。
俺のすべきことが。
「………………みんな、壊れろ」
俺は“レベッカ”を解体した。
新しい兵器を作るために。
ロボットに心なんていらないんだ。