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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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君だけの桜(5.5)

「おいおい」

千歳(ちとせ)は空を見上げる。

「………………これは……」

パリンと薄いガラスが砕けるような音がし、一瞬だけ目視できた神域の結界が無惨にも壊れた。

千里(せんり)君が吟竜を呼んだのか。…………ってさ、あれ、バレるんじゃねーの?」

「バレバレでしょうね。吟竜は有名ですから」

運転席の(みやび)も空に視線を向けて助手席の千歳に返す。

「でもま、レイヴンには結界の破壊は無理だからな。結界から護ることはできるけど、壊すのが一番手っ取り早くて確実だし。千里君に感謝だな」

「そうですね」

千歳は膝に踞る漆黒のカラスの背中を撫でると、ぽかりと開いていた口を閉じた。





神域を眺める位置に停まったベンツに(きり)千歳と彼の執事の雅がいた。

そして、中立の立場でありながら神域前に二人がいるのには理由があった。


同じ中立として加護を受ける(れん)の魔力の気配が消えたと、桐の配下が察知し、直ぐに千歳まで伝わった。

千歳は雅と共に二之宮(にのみや)家を監視する者達を制圧し、黒のベンツで二之宮家に到着した。

「遅い」

「すまんすまん」

蓮は董子の運転で出ようかという時で、千歳は蓮の友人としてだけでなく、一桐の人間として、足を買って出た。しかし、蓮はそれを断ると、別のことを二人に頼んできた。

崇弥(たかや)が神域にいる」

洸祈(こうき)君が!?何で!!」

「………………僕の責任だ。だから、お願いだ。崇弥を……止めてくれ」

「お前は?」

「政府の研究所へ行く。そこに僕の大切な者達がいるから」

「洸祈君はいいのか?」

「それが崇弥の願いだから。僕は崇弥の大切な人を護る。崇弥の枷にするために」

「枷……か」

蓮は千歳に深く頭を下げ、そして、董子(とうこ)に抱えられて赤いスポーツカーの助手席に座った。董子は運転席に座り、後部座席に遊杏(ゆあん)、スイとリュウが乗り込んだ。

「千歳、これはただの頼み事だから。君の立場では動きづらいのは分かっている。断ってもいい」

助手席の窓が開き、千歳と目を合わせないよう俯く蓮が言う。

「………………。中立の桐としては崇弥洸祈を軍に渡すわけにはいかない。バランスが崩れるからな。それに、俺は洸祈君の友達だ。一方的にだけど」

「……ありがと」

吹いた風に蓮の前髪が靡き、千歳は発進したスポーツカーを見送った。

蓮と千歳の目が合うことはなかった。



そんなこんなで千歳と雅は神域前にいた。

そして、雅は何の躊躇いもなく神域と外界とを隔てるゲートの前へとベンツを進める。

「桐です」

すると、ゲート横の警備室の小窓がバタンと開いた。

本来は武装兵の奇襲の可能性も踏まえて防弾製の小窓が開くことはない。

何故なら、IDカードだったり顔パスだったりが通用しない場合は小窓下の小さな穴から銃身が飛び出して火を噴くからだ。

しかし、今回は例外的にも小窓が開いた。

ばんと左右に伸びる肩と分厚い胸板、筋肉の膨らみまで見えるがっちりした上腕を若干、窮屈そうに制服の中に詰め、陽に焼けた褐色の肌に黒い眉と短髪を備え、爽やかとは言えないが、凛々しい瞳をした男。その存在だけで威圧感たっぷりであり、男は小窓を体で一杯にして雅を見下ろす。

雅も運転席から真っ直ぐ男を見上げた。

そして、

「よぉ、(いわい)。元気してたかー?」

千歳は雅に乗り上げる形で窓から桐の配下の一人である(かなえ)祝に挨拶した。

「ち、ちちち千歳様じゃないですかっ!!!!」

そのガタイにお似合いな低音ボイスが似合い慌てぶりを披露する。

鼎は千歳の姿に飛び上がり、案の定、低い警備室の天井に頭をぶつけた。

「鼎、少し声を落としてください」

「っ雅さん!…………ご……ごきげんうるわしゅう……ごきげんいかが?」

ぴしりと背筋を伸ばして囁き声になる男。

ぶつけた頭頂のことについてはけろっとしている。まんまの石頭だ。

鼎は千歳と雅に敬礼をし、その強面を緊張に固める。微妙に礼儀から外れながらも、彼なりの尊敬を込めて二人に挨拶を返した。

「お久し振りです、鼎。緊急の用で中にお邪魔したいのですが、宜しいですか?」

「千歳様と雅さんでしたらいつでもお入りください!私は徹夜でエロゲーをクリアしてて居眠りをしたことにします!」

雅の注意に一時は聞き取りにくい程の小声になったが、次の瞬間には大声で誇らしげに言っていた。

そして、また直ぐに口を両手で覆う。

「ごごごごめんなさい!」

「……はぁ…………いいんです。ですが、くれぐれも自身を危険に晒すような言い訳はしないでください。危なくなったら、私達のことを明かしてください」

「そんな!私は死んでもあなた方のことは喋らな…………ああああごめんなさい!」

厳つい面差しにしては忙しなくて騒がしい鼎は桐の本邸にいた頃と変わらない。彼は黒髪を撫で付けながら額に汗を浮かべてぺこぺこする。

「鼎、落ち着いてください」

雅は冷静に鼎に語り掛ける。雅の忍耐力は千歳の執事に長らく務めて得たスキルだ。

「桐にはばあ様という最強の盾があるから、俺達に眠らされたとでも言っとけよ。最悪、俺が連行されたら、その時は祝が助けてくれよな。そろそろ警備も飽きただろ?」

「はい!飽きました!…………ちち違います!……あ、助けに行きますから!!」

首が取れんばかりの勢いで上下に首を振り続ける祝。落ち着きそうもない。

時折、どんっと鳴るのは彼が警備室の壁に額をぶつけた音だ。

「じゃあ、行きますね。お仕事頑張ってください」

「じゃーなー」

「は、はい!仕事頑張ります!」

勿論、警備の仕事は怠慢しているが、桐に託された仕事は絶賛遂行中だ。

表向きは神域の警備だが、鼎は立派な中立の人間。

桐の本家の元ボディーガードで、正確には千歳の姉の元ボディーガードである。

過去に千歳の姉の元執事長である雅に指示を貰っていた鼎は、ある日、本人の事情でボディーガードを辞めて軍のスパイになることを希望した。

千歳曰く、千歳の姉のボディーガードを長年に渡って続けてきた鼎は、いつの間にかこきを遣われて興奮する質になっていたらしく、悩んだ末に敢えて千歳の姉から離れて軍のスパイになることを望んだらしい。

「知ってたか?鼎と千弓(ちゆみ)ねぇ、これ同士なんだぜ」と、千歳は移動し出した車内でにやついて小指を立てた。

「そうらしいですね」

「あ、知ってたのか」

そして、ゲートに鼎がいたことが分かっていたからこそ、千歳達は敢えて派手なベンツのまま来客を装って神域に侵入したというわけである。

「てかさ。なんで、千里君までいるんだ?」

「崇弥さんを助けに来たのでしょう」

「蓮の責任って……あいつ、洸祈君のことになると何でもかんでも自分の責任にするからなぁ。レイヴンはさっきの吟竜の魔力から千里君を追えるか?」

ぐぅ。

喉を鳴らしたレイヴン。

肯定だ。

「よし、千里君居るところに洸祈君在りだ。行くぞ、雅!」

「取り敢えず、中央へ向かいます」

「おう!」

戦車用に舗装された広い道路をベンツは進んだ。

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