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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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君だけの桜(5)

連続投稿です><

「………………」

彼は使用人に頼んで出させた紅茶を目の前に、固まっていた。

ソファーに座り、宙を見詰めてかれこれ2時間になる。

董子(とうこ)は紅茶の湯気が消えては新しく入れ直していたが、4回目の入れ直しで、飲みそうもない主を食卓の席からじっと観察するだけにした。

リビングには静寂が満ち、空気は停止したかのように、少し息苦しい。

「とうちゃん」

「あ、遊杏(ゆあん)ちゃん。少しは気分良くなった?」

「うー……」

目尻を擦りながらリビングに入ってきた少女はシワの付いたパジャマの裾から臍を出す。ぴょんぴょんと縦横無尽に跳ねた髪が左右に揺れていた。

そして、続いてリュウが部屋に入り、頭でドアを押して閉める。

董子はそんな彼女の衣服を整え、ソファーまで導いた。

遊杏は欠伸をすると、ソファーに乗り上がり、(れん)の膝に頭を乗せる。その時、やっと蓮が動作し、遊杏の頭を撫でた。

「遊杏、大丈夫かい?」

「…………にー、ごめんなさい」

「ん?」

「セイだ。くぅちゃんを軍に連れてったんだ」

チチチチ……。

遊杏の為に羊羮と日本茶を用意しようとしていた董子は台所の角に止まったスイを見付けた。

スイは董子と目が合うと、羽を伸ばして飛び立つ。そして、ソファー前のローテーブルに降り立った。

「スイ」

――セイを叱らないで……。セイは……怖かっただけなんだ――

「叱らないよ。だから、理由を教えてくれないかい?」

蓮は薬指でスイの頬に触れる。

――セイは……ううん。僕達は蓮の大切な人の代用品として生まれた――

「……………………そうだね。君達の開発目的はそうだった」

代用品達でできた家族

それが二之宮(にのみや)蓮の家族。

セイは(せい)の、スイは紫水(しすい)の、遊杏はユアナの代用品。

――代用品は代わりなんだ。蓮の傍に崇弥洸祈(たかやこうき)が戻ってきたら、セイは不用品になるんだ――

「………………セイは僕に捨てられるのを恐れた?」


――崇弥洸祈がいなくなれば、セイは捨てられない――


単純で明解で無垢な結論。オリジナルがいなくなれば、それはすなわち、レプリカこそがオリジナルとなるということ。

「……そうか」

遊杏が薄目を開けて、蓮と同じようにスイの背中に指を伸ばす。

「にー、ボクチャンはセイの気持ちが良く分からない。だけど……痛いんだ。セイの気持ちがボクチャンに流れ込んできたら……痛くなったんだ。セイが泣いてる」

「…………ごめん。僕の責任だ。僕はセイの気持ちをきちんと考えられていなかったんだ」

――ううん。セイの負の感情を誰かが高めた。セイの気持ちが利用されたんだ。蓮は悪くない――

「いや、僕の責任だ。僕が一番にセイの気持ちを理解してやるべきだった。……僕だって崇弥の兄代わりになるために罪を犯した……」

セイは魔法でその感情を助長され、今回に至ったが、蓮は違う。

洸祈の兄になるために自らの意思で洸祈を傷付け、嘘を吐いた。そして、その嘘を今もまだ訂正していない。

「遊杏、セイの居場所を特定できるかい?」

「…………うん。(きり)が気付いてくれたみたいだから」

「董子ちゃん、運転頼んでいい?」

「お任せください。…………とその前に、これを食べてください」

羊羮の予定をイチゴに変えた董子はローテーブルに新鮮なイチゴの乗った皿を置いた。

「イチゴ?」

「ビタミンCが豊富で、何より、イチゴは食べやすいです。一人一つは食べてくださいね」

「……そうだね。ありがとう、董子ちゃん」

「どういたしましてです」

蓮が董子の気遣いと優しさに肩の強張りを解すと、イチゴを一つ摘まむ。

照明の光を反射する赤い実を見詰め、冷えたそれを口に含んだ。

「甘い……美味しいや」

「とうちゃん、練乳は?」

「ちゃんと用意してあるよ」

遊杏用に小皿に取り分けたイチゴに練乳を掛け、フォークを添えた董子は蓮から溢れた笑みに胸を温かくし、自分もイチゴを摘まむ。

甘酸っぱい。

「スイもお食べ」

――蓮……――

「董子ちゃんが言ったろう?一人一つは食べて欲しいと。だから、スイも食べないとだ」

しかし、主の愛に対して、スイは嘴を下げた。

彼はセイへの心配や罪悪にどうしてもイチゴを食べることが出来なかったのだ。

すると、立ち上がった董子が冷蔵庫からタッパーを持ってきた。

蓋を開けたそれには多くのイチゴ。

「スイ君、セイ君の分はちゃんと別にしてあるからね」

「だってさ」

――セイもきっとお腹を空かせてる……早く会いたい――

スイは蓮の手のひらのイチゴを啄んだ。








「うわっ」

滑った。

俺は咄嗟に前を行く紫水さんの肩を掴んでしまう。

「………………す、すみません……」

ごめんなさいごめんなさい解剖しないで。

「血、だね」

しゃがんで床に目を凝らした紫水さんは淡々と言った。

薄暗くて俺には良く分からないが、床にべっとりと付着する液体には俺の滑った足跡が残る。

てか、今、これが血って……。

「なっ……!」

俺はその血溜まりから脱け出した。

「この量……ぎりぎりかな」

ぎりぎり?

それって、生と死のこと……?

「…………………あいつの……」

コツンと一際大きな靴音を鳴らした紫水さんはこの大きな空間にポツリと設置されたベッドに近寄る。

二之宮のベッドみたいなカーテン付きの豪華なベッドだ。

そして、紫水さんはカーテンを勢い良く開くと、枕や毛布を床に捨てる。問答無用でゴミを捨てるみたいに。

苛ついている?

井津(いづ)…………この僕に本気で喧嘩を売りたいらしいな」

「紫水さん?この血は……」

「恐らく、人間の血だ。空の薬莢に弾痕、そして、笹原(ささはら)のID……ここで殺り合った可能性がある。ここに笹原がいない以上、笹原の血かもしれない」

そんなまさか……。

だが、紫水さんの手には血で汚れたカードがあった。笹原さんの名前の書かれたカードだ。

「血が引き伸ばされた跡があるから、あっちだ」

紫水さんは直ぐにカードをポケットにしまって歩き出す。

床には血が掠れてできた跡があり、まるで引き摺られてできたみたいで、胸が痛くなる。

怪我をした人間は物のように扱われたんだ。

血の跡を辿り、俺達は円柱状の部屋の床から壁の梯子を上って、再び長い廊下に出た。

梯子にも途中、血が付着しており、正直俺は怖くて足が震えていた。背中が寒い。

しかし、紫水さんは違った。

「井津一人で笹原をここまで上げられるだろうか」

「一人じゃない……ですか?」

「井津は先の人造人間を作った奴だ。複数体作っていたとしてもおかしくはないだろうね」

2対不特定多数人――俺は戦力外となると……。

「これ、使えるかい?」

「え…………」

黒い……施設の家族がこれでプラ製の小さな玉を打ち合って遊んでいたっけ。

だけど、これが打ち出すのは当たっても痛くも痒くもない玩具の玉じゃない。

「本物だよ」

「本物の拳銃……」

「僕の作った人工魔法は決まった属性はなく、弱い。まぁ、神経系を狙うから、弱い魔法でも効果は絶大だけど」

それは“強い”って言うんだ。

「つまり、鉛玉を弾く力は僕らにはない。これはここの魔法使いにも十分効果があるんだ。それと、取り敢えず、知らない人間の目は見ないように。それが僕らの魔法の強力なトリガーだから」

「俺、拳銃とか使ったことありません」

「崇弥洸祈が使うのを見たりしないんだ?」

「洸祈は……撃ちません」

紫水さんの手が俺に銃を握らせた。

冷たい手だ。

「簡単だ。安全装置を外したら、相手の真正面から心臓に向けて撃つ。いや、初心者なら相手の腹でも狙えばどこかに当たるさ」

「どこかって……」

射的ゲームのような軽さで言ってくる紫水さんだが、俺にはそんなに軽くは考えられない。

想像しか出来ないが、ニュースの中で、弾丸1発で死ぬ人がいる以上、当たれば痛いどころではないだろう。死ぬまで悶え苦しむのかもしれない。

「いざという時だけさ」

「…………はい」


いざという時なんて来ないで欲しい。


俺は拳銃を固く握った。








「僕は二之宮蓮だ」

「は…………はあ…………えっと……で?」

「この中に入れて欲しい。と言うか、入る」

「………………え?」

「董子ちゃん、アクセル全開」

「はい!」

「遊杏、壊してくれ」

「あいあいさー!」

瞳を波色に輝かせた遊杏が陣の中に立ち、手のひらを施設へと向けた。

「な、何を――いや、誰で何の用で――」

「僕は二之宮蓮。誘拐された知り合いと、その彼を助けに行った知り合い、それと僕の大切な家族を引き取りに来た。そして、僕は今、この中途半端な結界を破壊し、この車で強硬突入する。構わないかい?」

「え、いや、構います!」

とうとう後頭部の厚みを気にし出す年になった警備員の男は慌てて頭を左右に振った。

「私の責任になる!」

「そうだ。君の責任だ。君一人では僕らを止めることはできないしね」

青年一人と女一人、少女一人。

見た目、決して不可能ではないのに、警備の男は蓮の前で肩を強張らせた。

「私には妻子がいるんだ!この仕事を取られたら、どうやって養えばいい!」

「なら、僕らを中に入れてくれないかい?」

「知らない人間を入れるわけには……」

「僕は紫水の知り合い。紫水に言われて入れた。そうしないかい?」

不吉な笑みを浮かべる蓮は到底怪しいが、男に選択肢はない。

「だが――」

「僕は紫水の作品。この目が証拠」

鈍い金と紺の瞳。

深い海の色。

「紫水さんと同じ……」

「入れてくれるかい?」

「わ……分かりました…………」

「ありがとう。遊杏、乗って」

「はーい!」

遊杏は飛び跳ねるように車に乗る。

そして、車は――

「アクセル全開!ゴールド榊原(さかきばら)、行きまーす!!」

「え?ちょっ、董子ちゃん!?」

ぶおんと一度大きく吹かし、車体はつんのめるように前へと傾く。

「うっ!!」

「あ、そうでした。皆さん、どこかに掴まっててくださいね」

「くださいね」の“くだ”の辺りで董子が深く踏み込み、一度危うくフロントガラスに額をぶつけるところだった蓮は今度こそフロントガラスへ――。


「遅いからぁああっ!」

ばこっという軽い音がどこからともなくし、蓮の悲鳴が上がった。

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