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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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君だけの桜(4)

円柱の部屋。

天井や壁には星が浮かぶ。

床は何色かは分からないが、一色で模様はない。

部屋にあるのはベッドだけ。

カーテンで目隠しされたベッドだけ。


「モルモットの分際でよくも俺の寝室に入ってきたな」

可愛らしいモルモットではないけれど――

「あ、あの、知らずにごめんな?俺、直ぐ出てくから」

「始末されたければ出ていけばいい。その時は撃つ」

「な……」

由宇麻(ゆうま)……』

……この人……本気だ。

寝起きで不機嫌なだけだと思っていたが、カチリと音がし、俺は数多くの映画の1シーンを思い出した。

威嚇するようにゆっくりとトリガーが下ろされ、次に名台詞を吐き、撃つ。

弾が出ない時も5割ほどあるが、彩樹(あやき)君が俺を止めた。それだけで、彼の握る銃は本物で、弾も入っていることが分かる。そして、人を撃つことに躊躇がないのは彼の顔を見て分かった。

何故なら、崇弥(たかや)が教えてくれていたから。

他人を傷付けられる人間の見分け方を。

俺は嫌だったけど、崇弥は自分で身を守るためだからと俺を宥めた。

「お前はカミサマ持ちと聞いた。本当か?」

「……………………違う」

嘘を吐いた。

俺にはその価値とかは分からないけど、知識のある人間にはカミサマはとても貴重だと、蓮君に聞いている。くれぐれも自分の中のカミサマの存在を知られるなとも。

「“違う”か。普通は“神”と勘違いするか、“知らない”“訳が分からない”と言うと思うが?お前はまるで“カミサマ”を知っているかのように言う」

「………………」

焦るな、俺。

彩樹君を守るのだ。

「俺はただの公務員や」

「そうか。ただの公務員か。あの崇弥と交換条件だった時点でお前は“ただの”じゃない。話すだけ無駄だったな。俺の目的はお前の中身だけだったが、解体されろ」

どうして、今“崇弥”なのだ。

「た、崇弥と交換条件ってどういうことや!」

俺と崇弥が交換条件!?

「ホオズキ、解体しろ」

俺の質問を無視して、青年が俺に銃を向けたまま言う。この部屋に第三者はいないと思うが――

『由宇麻!何か来る!気を付けて!』

彩樹君が何かを感じた。

背中にびりっと電気が走る感覚がし、彩樹君の緊張が伝わってくる。

「イーヅっ!!呼んだー?」

「呼んだ」

俺が落ちて来た通路に人影が見えた。

そして、人影は長い髪をふわりと宙に舞わせて飛んだ。

高さ2メートルはあろうそこから、遠くへと飛んだのだ。

ジャンプと言うより、俺はその人影の背中に羽ばたく翼の幻想を見ていた。

「イヅー、この人はカミサマ持ちだよー?」

「!?」

動揺してはいけないのに……どうして、この子は言い切ったのだ。

「何故分かる?」

「だってヒガンの夢喰いの力でヒガンも自分も見ましたもん」

長い白髪を1つに高く結わえ上げた少年。

髪を纏めたゴムのあれは多分、彼岸花。

彼が“ホオズキ”か。

「俺の許可なしに夢喰いを使ったのか?」

「だって、イヅが知りたそうだったから……」

“イヅ”と呼ばれる青年がその声音を変化させ、ホオズキが表情を陰らす。俺は青年も少年も全然知らない他人だが、青年が少年の発言に怒り、少年もそれに気付いたのは分かった。

「ヒガンに夢喰いはさせるな。お前と違ってあいつは学習するんだからな」

「でも、ヒガンは、ヒトのことをもっと知りたいって言ってたし……」

「それが迷惑なんだ!ヒガンに与えた思考能力は感情なんかの発達の為じゃない!戦闘知能向上の為だ!分かったか!」

いきなり怒り出した。というより、“イヅ”がキレた。

仲間割れなのか?

俺がいくらか後退りしても二人は気付かない。

「イヅ……ごめんなさい……」

「お陰で既に1体処分したんだぞ!俺は同じ失敗は繰り返さない!」

彼はプライドが高い。

過去の失敗を根に持つタイプ。

扱いには要注意……陽季(はるき)君の顔が思い付いた。

しかし、これはチャンスだ。

『由宇麻、左後ろだ。そこにドアがある』

そっと首を後ろに回し、背後に目を凝らすと、遠くの壁に影を落とすドアノブらしきものが見えなくもない。

位置はどちらかといえば、青年や少年のいるベッドよりも俺の方が近い。

青年が怒鳴っているこの隙に……。

「走るんや、俺……!」

銃口が俺から逸れた瞬間、俺は踵を返してダッシュした。心臓の馬鹿デカい鼓動が俺の耳を圧し、俺はただドアノブへと手を伸ばす。

今こそ、労働課で培った身体能力を発揮する時なんだ。


熱源が頬を掠めた。


熱いっ!と思い、次には貫くような痛みが走る。徐々にその痛みは内へと染みてくる。

『由宇麻!』

俺は呼吸を止めていた。

普通はバクバクと更に煩くなるはずなのに、俺はそれすら通り抜けて、呼吸からできなくなっていたのだ。

「っ!!」

あと5メートルもしないのだ。

直ぐそこにドアがあるのだ。

だけど、俺には動けない。

痛いからじゃない。


…………恐怖だ。

死への恐怖。


俺は死にたくない。


「頭を狙ったんだがな。運がいい」

不吉な台詞を吐くのは“イヅ”。

「運がいいモルモットは、十分にいたぶってやるのが俺の趣味だ」

ぺたりと床に肌が触れる音がし、ぺたぺたと音が続くと、俺はイヅが裸足で俺に近付いて来ているんだと感じた。

それでも俺は彼を振り返られないし、逃げもできない。

馬鹿にも、両の足がすくんでいたから。

そして、遂に足音は俺の真後ろで止まった。

「俺はな、ずっと聞きたかったんだ。俺に生きたまま体を開かれているとき、お前達はどんな気持ちかって。だけど、奴等はキーキーとしか鳴かない。煩いだけ。お前は日本語を話せよ?」

「……ぁ……っ……」

文句でも言ってやれる男でありたいのに、無理だ。

怖い。目尻が熱い。

俺の体は素直に怯えを丸出しにし、俺は立っていなくてはいけないのに床に膝を突いていた。

心は――彩樹君は俺を励ますのに。

『駄目だ!立って!』

ごめん。

もう逃げられない。

諦めるしか――



かちゃり。


「彼から離れてください」

目の前のドアが開いた。

そして、シワのないスーツに白手袋の几帳面で潔癖そうな姿の男の人が現れた。

俺にとっては生死の境だという時に驚くほど生真面目そうな顔に出会し、俺は暫く口をぽかんと開けていた。

が、しかし。

彼の言う『彼』とはイヅのことだろうか?

俺はスーツの彼とは初対面だから、『彼』はイヅと推測できるが、俺の方が離れられるならイヅから1秒でも早く離れて家に帰りたいぐらいだ。

「彼から離れてください、井津さん」

“イヅ”と呼んだ。

つまり、『彼』とは俺?

「お前は誰だ?」

本当に誰だろう?もしかして、俺が度忘れしている人とか?

「私は笹原(ささはら)。彼は一般人です。きちんとした身元もあります。これは誘拐ですよ」

紫水(しすい)でも寿(ことぶき)でも狭間(はざま)でも来栖(くるす)でもない。俺は誘拐犯だが、お前は不法侵入者だ」

笹原さんは俺の救世主なのか?

「紫水の助手ですが、今の私は紫水とは無関係です」

ポケットからIDカードらしきものを見せた笹原さん。

「紫水か…………ま、無関係なら尚更だ。一般人のお前の言うことに俺が従う筋合いなんてない」

見た目からして笹原さんの方がイヅより年上なのに、イヅは笹原さんに礼儀なんて微塵も見せない。イヅはここで引きこもりをしてるんだな、きっと。

「ならば、従ってもらうまでです」

笹原さんはカードを左手でポケットに戻し、右手で拳銃を腰から抜いて見せた。

左手が右手に添えられる。

「彼から離れてください」

「この状況で誰が盾を放す?俺にも銃はあるんだ」

「残念ですね。あなたでは彼に完全に隠れることはできない。そして、私はこの状況でも撃てるぐらいの訓練はしています」

俺の背が低くて良かった……。

でも、撃たないで欲しくはあるかも。

笹原さんは銃口を慎重に動かし、止まる。

狙いは多分、イヅの頭。

俺達の距離は約5メートル。

崇弥なら仕留めにかかりそうな距離だ。

「何故、お前はこいつを求める?紫水に差し出すためか?」

「違います。ただ、あなたに彼を手放していただけないと、厄介な人間があなたを殺しにやって来る。その人間はあなただけならまだしも、この施設ごと破壊し尽くすでしょう。迷惑なんです。紫水の研究は誰にも邪魔させません」

「崇弥なら軍が貰っていった。安心しろ」

「いいえ。崇弥洸祈(こうき)ではなく、二之宮蓮(にのみやれん)ですよ」

蓮君!?

笹原さんは崇弥も蓮君も知っている?

本当に俺を助けに来てくれたのか?

「紫水の最高傑作か。分からないな。あれはただの人工魔力の魔法使いだ」

「138人の犠牲の上に立つ彼はただの魔法使いではありません」

「はっ」

138人の犠牲とか、上手く考えられないが、イヅは鼻で笑う。そして、俺の背中の銃をちょうど心臓の辺りに押し付けた。俺に無言で動くなと命令しているみたいだ。

つまり、彼は何かを仕掛ける気だ――。

「ならば、俺の作品は138人以上の被害者を生み出す人工魔力の魔法使いだ」

『由宇麻!ホオズキだ!!』

彩樹君が真っ先に気付いて教えてくれる。

俺の目はホオズキを探し……見えた!

物凄い早さでこちらへと走ってくるホオズキの手には鈍く光るナイフ。彼の白髪が馬のたてがみのように風を切る。

「笹原さん!あっちや!」

「!!」

俺の横を風と共に駆け抜けた少年は笹原さんの懐に入るように体勢を低くし、一気に振り上げた。

俺は怖くなって咄嗟に目を瞑ったが、直ぐに目を開けると、まだ笹原さんは銃を手に立っていた。

でも――

「っぁ……っく……」

「笹原さん!」

左手がぶらりと下がり、笹原さんは右手で銃を構えたまま顔を歪めた。血が垂れて……。

「解体しなきゃ。だって、イヅが言うんだもんねー」

「や、やめてや!笹原さんは関係あらへんやろ!」

「うん、分かった。やめない。だってあなたの関係なんて自分には関係ないですしー」

ホオズキは愉快顔をし、一瞬だけ俺の背後に冷めた視線を送る。彼の目は笑っていなかった。

「解体して、全部残さず、血の一滴までリサイクルするんだ。そして……また新しい人形を作るんだ……。イヅのお人形は皆が認める兵器になるんだよ!もう誰にも文句なんて言わせないんだ!」

ナイフが逆手に掴まれ、その刃は笹原さんの心臓を捉える。

笹原さんは銃身で受けようとするが、駄目だ、力が入っていない。

きっと、ホオズキのナイフは受けきれない。


「ホオズキ、殺せ」


本当に小さな声だった。

囁き声に近い。

だけど、頭には深く響く。

とても不愉快な気持ちになるのは、“殺す”という言葉が気持ち悪いからだけではなく、彩樹君が心底嫌がっているからだ。

彩樹君の心が悲鳴を上げている。

痛い。辛い。やめて。と泣いている。

「嫌や!!!!」

全ての原因が俺にあるけど、俺は無力で足手まとい。

それでも、俺が笹原さんの代わりになれば――





「もし……俺が不慮の事故とかで死んだら……彩樹さんはどうなるん?」

『死なないでよ』

「いや……不慮の事故で……間違って死んじゃったらって話で……」

『ぼくときみの契約の条件上、由宇麻の病気が完治されておらず、契約中にきみが死んだ場合、ぼくはきみの体を引き継ぐことになる』

引き継ぐ?

「彩樹さんが俺になる?」

『ぼくはきみにはなれないんだ。きみとの契約が不履行で切れる時、ぼくは全ての記憶を失うから……ごめんね、由宇麻』

どうして、彩樹さんが謝るのだ。

謝るべきは俺の方だ。

俺を生き長らえさせてくれた彩樹さんが俺の体を引き継ぐのは構わない。寧ろ、役立たせて貰えるようで嬉しいぐらいだ。だけど、俺が死ぬと、彩樹さんの記憶がなくなるなんて。

彩樹さんの大切な人の記憶もなくなってしまうのか?

あの桜のことも……。

『由宇麻の優しい気持ち分かるよ。でも、ぼくはきみと契約してヒトの……きみの温かさに触れられた。それだけで満足なんだ。それにいつか、きみの病が完治したら、この契約は解除される。きみはまた成長できるようになる。ぼくもきみのことを覚えていられる』

どこからともなく桜の匂いがし、風が頬を撫でる。

きっと彩樹さんの手だ。

『良ければ、きみの成長する姿も遠くから見させて』

「隣で見ていいんやで」

『うん。ありがとう』

俺の病気が完治したら――いつになるのだろう。

でも、彩樹さんだけは俺がひとりぼっちになっても傍に居てくれるんやな。

こちらこそ、ありがとう。





俺はイヅの手を振り払い、がむしゃらに上体を伸ばした。

『駄目だ駄目だ駄目だ!由宇麻、駄目だ!!』

ごめんな、彩樹君。

俺は死にたくないけど、俺のせいで人が死ぬのは俺が生きるのより嫌なんだ。

彩樹君の記憶なくなっても……ちゃんと家に彩樹君の思い出は残してきたから。

だから、大丈夫。

彩樹君なら家に帰れるやろ?

「止まれっ!!」

イヅの怒鳴り声と発砲音。

軽い衝撃と同時に左の膝がカクリと力を失う。

俺はつんのめるようになって笹原さんに凭れた。

「し、司野さん!!」

俺が死んだら、あんたが彩樹君を蓮君のとこ連れてってな?イヅに利用されないように蓮君のところまで――

そしたら、蓮君はきっと彩樹君を助けてくれるから。

「やめろ!ホオズキっ!!そいつは貴重な――」

何かが俺にぶつかった。

背中が熱くなる。



そして、テレビの電源が落ちるみたいに、音も色も光も全て消えた。


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