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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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君だけの桜(2)

天空を引き裂くかのような獣の咆哮に、建物の影で体を休めていた眞羽根(まはね)は顔を上げた。

「そんな……あれは……!」

広い翼に長い尾を持つ竜。

その能力を生かすか殺すかは主次第と言われる最強の魔獣。


櫻の守護者――吟竜。


吟竜は全ての音を掻き消す程の爆音を発て、さも気付かぬと言わんばかりに優雅に降りながら何重もの結界を簡単に破壊する。

それには軍が眞羽根の能力を利用して作った幻影に侵入者を閉じ込める結界も含まれていた。

柚里(ゆり)先輩ですか……?」

眞羽根の知る吟竜の主は櫻柚里だが、吟竜から溢れる魔力が微妙に柚里のものとは違う。しかし、微妙に違うはずなのに“知っている魔力”と感じてしまう。

「あれは千里(せんり)さん…………旦那様を助けに……」

琉雨(るう)さん!大丈夫ですか!?」

「はひ……沢山休んだのです……」

その割に顔色が悪い琉雨は眞羽根に抱き抱えられるようにして体を起こした。

彼女は眞羽根にお礼を言うと、スカートのポケットに手を入れる。

「それ、黒曜石じゃないですか!まさか、魔法を?」

ただでさえ心身疲労状態なのに、魔法を使うなど酷だ。

眞羽根は黒曜石を手にした琉雨を止めようとする。

しかし、彼女は首を左右に振ってそれを拒んだ。

「ルーは魔力をギリギリまで使っていないと……旦那様が起きてしまうから……ルーは旦那様の命令に従うのです……」

「起きる……?」

「ルーは旦那様を眠らせておくことしかできない……だけど、もう…………。早く千里さんに旦那様を助けて貰わないと……」

黒曜石で地面に小さな円を描いた琉雨は眞羽根の制止を聞かずに陣に魔力を流し込む。

遠くの千里に早く主人の居場所を報せるには――。

「虎?」

巨大な赤い虎が陣から無理矢理這い出て来た。骨格関係無しに四肢を曲げて現れたその獣は身を一二度ぶるりと震わす。

眞羽根の目の前には炎を身に纏い、丈夫な足と鋭い鉤爪を持つ虎がいた。

「千里さんに旦那様の居場所を教えてください!時間がありません!」

琉雨の必死な声に虎は瞬時に踵を返して森の中へと駆け、炎の赤い光が美しい軌跡を描く。

眞羽根は琉雨の秘めた意思の強さに暫く呼吸すら忘れていたが、虎を見届け、力を無くしてぐらりと傾いた彼女を慌てて支えた。

「琉雨さん、無理し過ぎです」

「旦那様が起きようとしています……ルーの魔力の権限も少しずつ旦那様に寄って来ていて……。もう直ぐルーにはどうすることもできなくなってしまいます……だから、早く旦那様を助けないといけないんです」

「一体、“旦那様”に何があったんですか?“旦那様”はどこにいますか?僕があなたを“旦那様”のもとまで連れて行きます」

まだ未熟な身でありながらカミサマ用の檻に入れられ、“旦那様”の為に魔力を使い、琉雨は危険な状態にあった。

契約魔獣でもある彼女は主人と離れ過ぎている。

物理的な距離ではなく、精神的な距離において。

「ルー達は……大切な人を探しにここに来ました……。でも、旦那様は気付いていました。罠かも……しれないと。それでも……由宇麻(ゆうま)さんがいるかもしれないならと……」

そして、“旦那様”に何かがあり、琉雨は“旦那様”を起こさないように魔力を使っている。それでも少しずつ、彼女が魔力を使用できる権限が主寄りになり、魔力を使える量が減ってきている。だからもう直ぐ、十分な魔力を得た“旦那様”は目を覚ますであろう。

――そこまでは分かったが、眞羽根にはどうして“旦那様”が琉雨に魔力を使わせて自分を起こさせないようにするのかが分からなかった。

「琉雨さん、“旦那様”が起きると一体――」

その時、琉雨の懐から一羽の小鳥が飛び出し、地面に降り立った。

黒い胴に緋色の瞳の小鳥。

じっと眞羽根を見上げる。

「…………あなたは……」

ただの小鳥ではない。

眞羽根はその小動物の中に不穏な空気を読み取った。

「………………あなたが琉雨さんと“旦那様”をここに誘い込みましたね」


チチチ。

――そうだよ――


無垢な体の小鳥から負の感情を見る眞羽根。

「セイさん……どういう……」

突然の告白につい琉雨の指は小鳥に触れようとするが、小鳥は素早く避ける。そして、独特な高音で鳴いた。

――僕は崇弥洸祈(たかやこうき)が嫌い。大っ嫌い。そうだよ。これは罠だよ。ここに崇弥洸祈を誘き寄せるための――

「そんな……っ。どうしてセイさんが旦那様を……」

――崇弥洸祈が僕のオリジナルであり、僕の存在理由が“崇弥洸祈の代わり”だったから。たったのそれだけさ。理由なんて――

チチチチ……チチ。

翼を広げたセイは琉雨達の言葉を待たずに森の中へと消えた。

「セイさんは旦那様の代わりなんかじゃないです……っ」

辛く悲しみに満ちた瞳を揺らす琉雨。

彼女は擦りむいた膝で立ち上がり、セイを追おうとする。

しかし、そんな彼女の腕を眞羽根は掴む。

今度は退かない。

「眞羽根さん!」

「彼も分かっているはずです。ただ、彼はその胸の小さかった傷を広げられている。無視出来ないほどに」

「?」

「彼もまた罠に嵌められた一人です。誰かが彼の憎悪の感情をわざと大きくしている。彼もまた、あなた方を罠に誘う駒として利用されたに過ぎません」

眞羽根はセイの中に負の感情に圧される温かい光も見ていた。

「もしそうなら、ルーは尚更、セイさんをほっとけないです!苦しんでいるセイさんを独りぼっちにはしたくないです!」

「いいえ、違います。だからこそ、彼と真っ向から話せるように、彼に魔法を掛けた者を見付けるべきなんです。彼に掛けられた魔法を解かなければ、どんなに琉雨さんが問い掛けても、彼を傷付けてしまうだけです」

「………………」

琉雨なら分かってくれると信じて語る眞羽根。

セイも足掻いているのだ。そして、今は離れる選択をした。

「“嫌い”だと言うのは、本当は“好き”になりたいと言う気持ちの現れなんです。本当に“嫌い”なら僕達の前に姿を見せることなく、彼は姿を消していたでしょう」

すると、琉雨は抵抗をやめて眞羽根に向き合った。目尻を潤ませ、それでも硬く唇を結んで鼻を啜ると、強張らせた肩を下ろした。

「セイさんは旦那様のことを本当は“好き”になりたい……と言うことですか?」

濁りのない澄んだ琉雨の瞳は相手に嘘を言わせない。

そんな彼女の瞳は眞羽根の目を見て放さなかった。

「はい」

眞羽根は琉雨から目を逸らさずにゆっくりと頷く。

すると、琉雨は「良かった」と微かに微笑んだ。

「セイさんに掛けられた魔法を解いて、旦那様と一緒にセイさんをお迎えに行きます。ルーは皆でお家へ帰ります」

琉雨は遠くに聳える高層ビルに向かって歩き出した。








「馬鹿かお前は!」

「馬鹿じゃないよ僕は!」

「いや馬鹿だろお前は!」

「そうだよ馬鹿だよ僕は!」


……………………。


「そうか……馬鹿か……」

「……ごめん、ちょっと間違えた。僕は馬鹿じゃないよ……」

警報器がびーびーと鳴り響く中、俺と千里は取り敢えず、走っていた。

俺達をループ世界に閉じ込めていた幻影の結界は千里が呼んだ吟竜によって容易く破壊できたが、吟竜の超ド派手な登場は俺達の存在を『神域』中に知らしめた。

そして、吟竜は当然呼び出した千里の頭上に現れ、俺達の存在どころか位置まで周囲の軍人に教えていた。

――と言うわけで、魔力の消費を押さえる為にも吟竜には直ぐ様帰ってもらい、俺達は走ってその場から離れている最中なのである。

「吟竜だから(さくら)千里が侵入したことは確実にバレたな」

櫻の人間の中でも吟竜を呼び出せるのは今は千里しかいない。

「お祖父様が軍を引退してなかったら、今頃スッゴく怒ってただろうなぁ。あんまり怒らせると血管が切れちゃうから気を付けてくださいってメイドさんも言ってたし」

随分と気の抜ける和やかな話だが、少しは焦って欲しい。

千里が櫻のことを恐れず話すのはかなり成長したとは思う。もっと話して欲しいとも思う。

だけど、ここは『神域』の中だ。

櫻が軍から撤退した今、軍に櫻千里を守る者はいない。吟竜を呼び出せる千里の利用価値は大きいはずだ。

そして、千里の中のカミサマの存在も。

洸祈を見付ける以前に千里まで軍に捕まるなど絶対に嫌だ。

そうなるくらいだったら俺は千里を連れてここから逃げる。洸祈のことはそれからだ。

「もうこそこそしないで金ちゃんの背中に乗って行こうよ」

「駄目だ。洸祈はどっかの建物内にいる可能性が高いんだぞ?洸祈を見付けても確実に囲まれる」

「吟ちゃんが全部壊す!」

「5分でお前に倒れられるとか困るから」

「うぬぬ……」

人数で圧倒的に劣っている以上、なるべく戦闘は避けたい。それも相手は魔法使いなのだから尚更だ。

洸祈を見付けたとして、洸祈が即戦力になるかも不明だし。

「金、洸祈はまだ遠い?」

くぅん。

…………鳴くだけじゃなくて、頭を上下に頷くか左右に振るかして欲しいんだけどなぁ。


くぅ!


「あ、金!」

突然、一直線に走っていた金柑が左に逸れた。

「あれ?金ちゃん?」

千里も俺も足が止まる。

ここは追い掛けるべきなのだろうが、左は森だ。

長い雑草が蔓延り、俺達は黒い体色の金を簡単に見失ってしまう。

「あっちなの?」

「分からない」

「あっちは武器庫とかじゃなかった?中央に向かって走ってたのに、あっち行ったら離れるけど」

「でも、金が行くなら俺達も金を追うしかないな」

この舗装された地面を走って、誰にも見付からずに洸祈を探せるのも時間の問題だと思っていたし。

そろそろ別ルートで行きたい。

例えば、森の中とか。

それに、俺達の中で洸祈や伊予の居場所を感じ取れるのは金だけだ。

もしかしたら、洸祈か伊予が高速で移動したのかもしれない。

「行くぞ」

「うん。…………あお、手」

「手?」

聞き返して束の間、俺は千里に手を握られた。そして、森へと引っ張られる。

「離れないように」

「ん」

俺は千里の手を握り返した。




高い木々に僅かな光も遮られ、正直、迷子……とか思いながら、俺も千里も体を寄せつつ走っていた。

「あお、止まって」

「うん?」

「何か……来る?」

疑問形?

強風が俺達の周囲を駆け抜ける。

ただ、風が吹いただけと言えばそうだが、少し怖い。

不安になる。

俺の魔法は属性が風なのにな。

「せん……」

「大丈夫。僕はここにいるよ」

千里は握り合う手を揺らして存在を感じさせてくれた。

大丈夫、千里は俺の傍にいる。


くぅん。


「あ、金ちゃん…………え…………」

金が浮いていた。

まぁ、黒い体が浮いているのが分かるのは明かりがあったからで……。

「金ちゃんが食べられちゃう!」

「待ってくれ。俺はあの虎を知っている」

赤い虎が口に金をくわえていた。即ち、“明かり”だ。

「昔、洸祈がプールで溺れた時にどこからともなく現れて、洸祈を助けようとしたんだ。あの虎は炎系魔法でプールの水を蒸発させようとした」

洸祈以外のことを考えない一般市民を危険に晒すなりふり構わない手段だったが。

「洸の魔法?洸の作る鳥とかと同じ?」

「分からない。でも、敵じゃないはず」

溺れた洸祈を助けた父さんもその虎を見たが、父さんは虎の存在を無視せずに受け入れていた。

「あー……じゃあ、虎さん?金ちゃんを放して欲しいなぁ……」

首の皮を食われてぷらぷらと四肢を垂らした金は怯えてはいない。いつものだらけ顔だ。

そして、千里の要望が分かったのか、虎は口から金を落とした。

地面で伸びた金が「ぷきゅ」と何やら腑抜けた声を出し、短い脚をばたつかせてどうにか立つと、俺目掛けて走ってくる。つい腕を出すと、俺の胸に飛び込んできた。

一体、何事だったんだ。

結局、金は何をしたかったんだ?

この虎は何だ。

「金、洸祈の居場所は?」

くぅ。

金の瞳は虎へ。

虎は俺達に道を示すように俺達を振り返りつつ歩く。

アニメ映画で見たことがある。

あれは確か、虎じゃなくて猫だった。

ふてぶてしい顔の猫がくいくいと頭を振って主人公を誘うのだ。そう、行き着く先は猫の国。

「虎さんについてけってこと?」

「かなぁ……」

きっと、あの虎は洸祈に深く関係している。金が俺達に引き合わせたと考えれば、あの虎の行き着く先は洸祈のところだろう。

ついて行くしかないと俺達は覚悟を決め、走り出した虎に合わせて走り出した。







最近、俺はよく同じ夢を見る。

まず、約束の桜の下で目を覚ます。

そして、隣には(れん)君がいた。

「何で俺の夢に蓮君がおるん?」と聞きたいのだが、俺は夢の中では聞こうと思っていたことを忘れてすんなりと蓮君の存在を受けているのだ。

隣にいて当たり前だと思ってしまうのだ。

それに、蓮君は夢に現れる度に顔が変わるのに、やっぱり隣の男を蓮君だと思うのだ。

まぁ、別に全くの別人と言うより、目や髪の色が変わり、微妙に大人になったり子供になったりの違いだけだが。

きっと蓮君の生まれ変わりとかじゃないだろうか。


蓮君は目を覚ました俺にニコニコと笑い掛けて、沢山の豆知識を教えてくれる。

と言っても、俺の夢だから、豆知識はその日に俺がテレビで得た知識だったりするのだが。

そして、蓮君の豆知識講座の後、決まって彼が走ってくる。


(せい)君だ。


つまり、幼い崇弥が遠くから走ってくるのだ。

俺をパパと呼び、蓮君をお兄ちゃんと呼ぶ。

まるで家族みたいに…………俺の欲望が丸出しだ。

でも、俺の夢だからかもしれないが、凄く懐かしい感じがするのだ。

ずっとずっと、俺と蓮君、崇弥は知り合いで家族だった……とか。


そんなことはどうせないけど。


俺の願いのせいだ。

理想の家族像を無意識に求めてるだけに違いない。

でも、俺は崇弥家の父親になったというのに、そんな夢を見るとか、欲張りで最低な人間なのかもしれない。

もう俺は十分幸せじゃないか。


小さな崇弥といっぱい戯れ、俺は疲れて夢の中だというのに眠る。

そして、次に目を覚ますと、俺は墓場にいる。

墓石の並びも風景も時によって色々だが、俺は墓石に凭れていて、その凭れていた墓石を義務のように見るのだ。

刻まれた姓は違えど、名はいつも同じ。


由宇麻――俺の名だ。


そして、誰かの泣く声が耳に響く。

その声に俺は無性に悲しくなる。

死んでごめんって言いたくなる。

でも、俺の口は謝罪ではなく、わーわーと叫ぶのだ。


ああ、泣いているのはこの口か。


ああ、俺の墓を撫でているのは小さな崇弥の手か。


ああ、俺の墓を見ているのは崇弥なのか。


嫌だ。

泣かないでくれ。

俺なんかに泣かないでくれ。

次は死なないから。

次は絶対に死なないから。

だから、泣くな。



『泣くな、――』




「うげっ」

痛い。

床に落ちた。

だから、痛い。

「った………………ここは……どこや?」

手足を床に強く打ち付けたから、もう少し床に這いつくばった体勢でじっとしていたいのだが、束の間で思い出した。

出張先の鹿児島の労働課ビルで政府代理人にトイレで待ち伏せされ、車に押し込められ、空港へ。

物凄く眠くて、途切れ途切れの意識の中で俺は飛行機に乗っていたと思う。

どう考えても俺は“捕まった”のだから、取り敢えず、逃げなくては。

「う……」

「!?」

声がし、俺は咄嗟に俺が落ちたらしい台の影に隠れる。

「いや……いやだよ…………ヒィを壊さないで……ヒィは出来損ないじゃ……」

一人言?

何か辛そうな声……。

俺は音を出さないように気を付けて台の向こうを見ようとした。無理な体勢だが、声の主が気になって顔を覗かせて見る。

バレませんように。

「っ!!」

「んん……イヅ……ヒィは……欲しがらないから……」

吃驚仰天。

目の前に顔。

でも……。

「何や。悪夢でも見とるん?」

苦しそうな顔の女の子が台に寝ていた。

目が開いていたら、きっと見詰め合っていただろう。

しかし、俺は政府代理人に誘拐されて、彼女と一緒に眠っていた?

それに、彼女は悲しい夢を見ているから涙を流しているのか?

「ごめんなさい……ヒィを壊さないで……」

「壊さへんで」

だから、謝らんでええんやで。

早く、優しい夢にならないかと、彼女の頭を撫でてあげようとしたら、俺の体は固まった。

『由宇麻。今はここから逃げよう』

彩樹(あやき)君?

「せやけど、この女の子も一緒に……」

『彼女は君を誘拐した者の仲間だ。だから、由宇麻の夢に入ってきた彼女には逆に夢に囚われてもらったんだ。誰でも夢の中では無防備だから簡単に捕まえられる』

さもしてやりましたと言いたげに……。

「それって、彩樹君がこの子に悪夢見せてるん!?そんな可哀想なことせえへんでや!まだ子供やろ!?」

小さい時に見る悪夢はそれが夢だとは全く思わないからとても怖いのだ。大人になると、悪夢を見てもどこかで、これは夢やろ?と思い、ホラー映画を鑑賞している気分になる。怖いけど、やっぱり他人事なのだ。

『ぼくはきっかけを作るだけ。知っているだろう?見る夢の内容は彼女次第。それに、彼女はヒトじゃない。ヒトに似せた機械人形だよ』

彼女が機械人形?

眉間に皺を作って苦しむ彼女が機械?

だけど、彩樹君は嘘を吐かないはず。

「彩樹君、確かにこの女の子は機械かもしれへん。せやけど、彼女は悪夢を見てるんや。彩樹君がきっかけを作るだけなら、彼女には心があるんや!機械やろうと、彼女にはヒトの心があるんや!痛いし、苦しむんや!」

『そういう回路が組まれているだけでしょ?』

……彩樹君は分かっておらへん。

「彩樹君!ええか――」

彩樹君が分かるまで俺は何回でも言うで。

『あーもう。分かったよ。由宇麻は頑固だからね。彼女が悪夢を見ないようにすればいいんでしょ?』

彩樹君は俺の手を操作すると、ひぃちゃんの額に触れさせた。

体温を感じる。

投げ槍な発言だが、結論で言えば彩樹君の言う通り。俺は彼女の辛い顔は見たくない。

『夢と言うのは記憶の集合体だからね。感情も乏しいし。彼女の少ない記憶で良い夢を見させるのは難しいんだよ?』

「難しくても彩樹君はしてくれるんやろ?」

俺は彩樹君の性格は重々承知しているつもりだ。

『なら少し、由宇麻の記憶借りてもいい?』

「俺なんかの記憶で良ければ」

なんだか恥ずかしいけれど、俺が言い出したことだし、彩樹君も努力している。俺に出来ることなら何でもしよう。

『由宇麻の記憶は綺麗なのばかりだ。じゃあ、これを借りよう』

記憶のビデオテープが棚にずらりと並んでいて、題名を見ながら一つを選んだみたいな言い方をする彩樹君。

いや、最近はDVDなのかな。ブルーレイなんてのも……。

だけど、ひぃちゃんの表情は目に見えて柔らかくなった。恐怖による震えも止まっている。

良い夢になったのだ。

その時、彼女の小さな手が夢の中の何かを握るように閉じられる。

「…………さく……ら……」

「あ…………」

彼女は桜を見ているのか。

我ながら俺の桜に関しての記憶は多く、毎年、桜の名所巡りをしているから、その辺りの記憶だろうか。

『日本人って本当に桜が好きだよね』

「優しい花やからと思うで」

優しい彩樹君の花。

彩樹君の名前は桜の大樹から取られた。

だから、桜は君の花だ。

『優しい由宇麻の花だね』

見えない彩樹君の手が俺の頭を撫でる気配がする。

俺はこうして貰えると、彩樹君が俺を直ぐ近くで見守っていると感じるのだ。声は勿論いつでも聞けるけど、俺の中の彩樹君はやはり、温かい手と鮮やかな瞳が印象的だったから。


なぁ、ひぃちゃん。

君に“優しい”は届いた?

同時投稿!

短編「あることないことあったこと」を同時投稿しました(*´ω`)

お暇でしたら読んでくださいな_(_^_)_

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