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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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秘め事(12)

今日は健全な時間に投稿です(*´Д`)

健全な内容かはさて置き。。。

今年も色々と頑張っていきましょう!

「おお。なんて分かりやすいんだ」

おお。なんて広い心だろうか。


紫水(しすい)とその関連事物は全てお断り。これ以上の立ち入りを禁ず』


名指しで拒絶されているのに、当の本人――紫水さんはほくそ笑むのだ。




計5つの研究棟は一つの中央ホールで繋がっている。

紫水さんと笹原(ささはら)さん、俺の三人は取り敢えず、当初の予定通りに第三研究棟の狭間さんの元へ向かうことにした。

けれども、目の前には合金扉。

それもちょっとやそっとではどうこう出来なさそうな銀行の金庫扉みたいな重厚感ある扉が俺達の進行を邪魔していた。他の研究棟へ通じる廊下にはそんなものはないと言うのに、第三研究棟の入り口だけはこれだ。

それも意味深な張り紙付。

「分かりやすい拒絶。こういうシンプルなメンタルの持ち主って好きかも」

「しかし、どうしますか?電話も繋がりませんし」

「正確には一度だけ繋がったけど、君が自己紹介した瞬間にブツ切りされた。その後は無視。それどころか電話線まで抜いた様だ。だろう?それにしても、君の名前で切られるとはね。君、嫌われてやんの」

「何言ってんですか。私じゃなくて、あ・な・たです」

あの笹原さんがちょっとキレてる?

紫水さんは全く気になっていないようだけど。

「ですから、どうしますか?他の研究棟に行きますか?」

「開けて貰えないなら仕方ありませんよね」

勿論、扉には暗証番号用のパネルがある。けれども、並んだ数字は0から9を超えて50まであり、この中から正しい順番で10個の数字を選べば開くと言う仕組みだろうが、そんなのに費やしている時間は皆無だ。

俺は笹原さんの提案に頷いたが、

「はい、マスターキー」

なんてこった。紫水さんがドラ〇もん!

「僕は一応、ここの代表者兼責任者だからね。害虫対策という名目で業者に発注された物騒なドアの設置なんて僕には筒抜け。そして、僕はきちんとマスターキーを手に入れておく、と」

見た目はプラスチックのカード。

黒塗りで、テレビでしか見たことのないセレブが持つ魔法のマネーカードみたいだ。

紫水さんは白衣のポケットから取り出したそれをパネル横の溝にスライドした。

「おーぷんせさみってね」


カチャリ。


そして、その扉は呆気なく開いてしまった。






何時間、何分。

一体、今は何日の何時何分だろうか。

薄暗くて肌寒いそこに閉じ込められ、溢れていたはずの話題は使い古されて会話は暫く前に途絶えた。

時間の感覚はすっかり失われ、少女は瞳を虚ろにしてただただ黒曜石の壁の冷えた反射光を眺める。

そんな彼女の頭にそっと触れる眞羽根(まはね)

琉雨(るう)さん、眠ってはどうですか?ずっと眠っていませんよね」

「………………ルーは……眠たくないのです……」

「ですが……」

「ルーは…………辛くありません…………旦那様に比べたら……ルーなんて…………」

琉雨は口を開けばこうだった。

「旦那様に比べたら」と。

眞羽根は彼女が主でもある〝旦那様”を愛して止まないのは分かるが、寧ろ彼女は自身のことが全く見えていないと思うのだ。

確かにカミサマは不老不死。肉体だけで言えば、ヒトよりも遥かに強い。

しかし、精神は?

不思議なことにカミサマのはずの琉雨は精神で言えば、とてもヒトらしい。

ヒトじみていて、脆い。

発展途上の心にこの状況は酷過ぎた。

「早くここから出してあげないと」

彼女は自分でも知らない内に壊れてしまう。

眞羽根は着ていたパーカーを脱いでTシャツ1枚になると、柵に凭れていた琉雨を床に寝かし、頭の下に丸めたパーカーを敷いた。

「眞羽根……さん……」

「眠れなくてもいいです。目を閉じて休んでいてください」

「…………はひ」

少しでも楽になるように力の入らない彼女の四肢を動かす眞羽根。

彼は琉雨がとうとう眠りにつくその時まで、彼女のささやかなお願いに従って彼女の頭を撫でていた。



「どうか、琉雨さんを出してあげてください。お願いします」

眞羽根は檻の外の深い闇に語りかける。

「お願いします。彼女には代償契約によって結ばれた契約者がいます。だから、あなた達に彼女を利用することは不可能だ。彼女は契約者の命令しか聞かない。カミサマの力を利用するのは僕だけで十分でしょう?」

カタンと何かが固いものにぶつかる音がし、光が届くか届かないかの境で、僅かに漆黒が動いた。

「お前って欲がないと思ってた」

「欲はあります。ただ、欲しいものがなかっただけです。満たされていましたから」

「そんな檻の中で?」

「はい。僕には幸せだった記憶があります。多くの……とても多くの幸せの物語を僕は知っています。だけど、彼女は今まさに思い出を作っているところなんです」

「…………お前はもう幸せな記憶とやらは要らないってことか?その檻の中で一生を過ごしても平気ってわけ?」

早口に聞き返してくる声はそれでも冷静で芯が通っていた。

「……………………嘘を吐きました。平気というわけではありません。でも、琉雨さんを外に出してあげて、愛する人のところへ行かせてあげることが、僕にとっての幸せなんです。だからお願いです。彼女をここから出してもらえませんか?」

「でもなぁ。俺、お前たちの監視役だぜ?」

ぬらりと陰から軍服を着たまだ青年と呼ぶのが相応しい男が凝った首を解すように回して現れた。

腰には刀が下がっており、壁にぶつかってカタンと鳴る。その時、鈴の音が混じった。

「その刀は緋沙(ひさ)の兄弟刀ですね。確か、名前は――」

瑠璃花(るりばな)。俺の姉ちゃんが特に好きだったミズアオイを染料にした柄紐を使ってるんだ。お前、(りん)姉ちゃんの知り合い?」

姉の話が出、急に目を輝かせて牢に寄る青年。

「僕は昔、軍学校で林先輩と(しん)先輩の後輩でした。まぁ、短い間でしたが…………。林先輩は元気にしていますか?」

「………………………………林姉ちゃんは双子産んで直ぐに死んじゃったんだ。慎さんも数年前に…………」


林先輩も慎先輩ももうこの世にはいない。


いつだってヒトは自分たちよりも先に死んでしまうことは分かっていても、眞羽根にはその事実を受け入れることはとても辛く悲しかった。

「…………………………………………ごめんなさい」

「何でお前が謝るんだよ……」

頬を膨らませ、傍目には不機嫌に見えるその表情で青年は長い溜息を吐き、柵の隙間から手を伸ばせば眞羽根でも届く距離でしゃがんだ。

青年と眞羽根の目の高さが同じになる。

「お前、幸せだった記憶で満たされるって言ってたよな」

「はい」

「外へ出たらさっきみたいにその幸せな記憶は崩れて消えるかもしれない。その女の子もお前と同じで長生きなんだろう?だったら、最初から幸せな記憶なんて作らない方がいいんじゃないのか?」

青年の黒目は細くなり、眞羽根を見据える。決して互いに目を逸らせない距離でじっと。

「幸せって、そんなに必要なものなのか?幸せを失って絶望を得るんなら、最初から幸せなんて無い方が絶望もしない」

「あなたは幸せではないのですか?」

唇を舐め、青年はへらりと笑う。それは冷めた笑みだった。

「俺は絶望してるところだ」

「…………………………」

「大切な奴を双子の兄に奪われたんだ。まぁ、あいつが甲斐性無しのうだうだな兄の方が好きだってんだからどうしようもないけど。双子だってのに性格が真反対だから、どう足掻いても俺は勝てっこないし。だけど、嫌いなものも好きなものも真反対なのに、どうして俺達は揃ってあいつが好きなんだろうな」

誰に聞かせるでもなく、独り言のように音量を小さくさせて喋る。そして、立ち上がると、彼は今までの会話を捨てて牢の鍵を開けたのだ。

「ほら」と、牢の扉を開く青年。

これには眞羽根も驚いた。

仮にも監視人に無理を承知で頼んでいたのだが、こんなにもあっさりと開けてもらえるとは思っていなかったのだ。

「い、いいのですか?」

「今、なんか思い出したから。それに、この仕事飽きてきた。一日中座ってんのとか暇。早く二人とも逃げてくんない?一応、誰かにやられた風にしとくから」

言うや否や彼は鍵を握り、開くと黒い粉と化してボロボロと指の隙間から地面に落ちる。

琉雨一人を出してもらうどころか、眞羽根を閉じ込めておく気もないらしい。

「でも、僕一人でも残っていないとあなたの責任問題になりかねません。琉雨さんだけでいいのです。彼女だけ出してもらえれば――」

「聞いてなかった?この仕事飽きたの。好成績で中央に来たってのに、与えられるのは不良グループの下っ端みたいなことばっかり。同期はもう雲の上の存在になっちまった。我慢の限界。俺はこんなことをするために勉強してたんじゃない」

それでも出るのをためらう眞羽根を待たず、青年は檻の中に入ると少女を腕に抱えて運び出す。つい眞羽根も彼女を追って牢を出てしまう。そして、牢を出た眞羽根の腕に無理矢理琉雨を収めると、牢への入り口を背にして青年は立った。

「ほら、行けよ」

「しかし………………」

「行けっ!!!!」

「っ!!」

好意的だった青年はもういなかった。優しい彼だからこそ、容赦はしてこない。

眞羽根には怒鳴ってまで外に出そうとする青年に逆らうことはできなかった。

「ごめんなさい……………………ありがとうございます」


眞羽根は琉雨を抱えて闇の中へと足を踏み出した。




あいつはいつも俺を見付けてきた。

構内の南の端に居ようが北の端に居ようがいつの間にかあいつは俺の傍にいた。

(なつ)。おはよう』

『……………………おはよ』

休日に校舎の屋上で日向ぼっこをしていたら、あいつは腰を屈めて俺の顔を覗き込んできた。

俺は体を起こして柵に凭れ、あいつも隣に座った。

『今日、朝ごはん食べてないでしょ。桃恵寮の子が手作りパンくれたんだ。あげるよ』

手には透明なビニール袋に入ったいくつかのパン。出来立てなのか、じゃっかん袋の表面が曇っていた。

『お前、女子寮とそんなに交流あるわけ?』

人見知りなのに?

『え…………うん…………まぁ……』

『何か隠してるだろ』

じゃなきゃ、そんなあやふやな返事はしないはずだ。

と、少しキツめに言ってみると、

『た、頼まれたんだ…………夏に渡してって……。ほら、夏はかっこいいから』

『俺がかっこいいとお前が頼まれんのか?』

『え、えっと、そういう意味じゃなくて………………夏は女の子から貰うの拒否するでしょ?要らないって……。自分からだと夏は貰ってくれないから、僕から夏に渡して欲しいって言われたんだ』

何故、お前はそんなこと言うのに泣きそうになるのだ。

いや、違うか。

俺がお前を怖がらせたのか。

『あの…………貰ってくれる?………………その……夏の感想も聞かないといけなくて………………』

とんだ使いっ走りだな。

人見知りで他人の頼みを断れないお人好しな男。

『正直者が馬鹿を見る』って知ってるか?

お前がその典型だよ。

優しさだけで生きているから、あんな男のことなんかで死まで考えちまうんだ。

馬鹿なんだよ、お前は。

正真正銘の救いようがない馬鹿なんだよ。

そのふわふわの頭は一生かかっても矯正できないんだよ。

『…………夏?』

『お前、馬鹿だから。そんなの断れよ。アホ』

『あ…………ごめん…………』

目を潤めるなっての。

お前、今ここで俺にそのパン渡すのやめて、その女子寮の奴にどう説明すんだよ。

頭抱えながら泣きじゃくって解決法考えるのかよ。

それで結局、自分の心を傷付けるだけなんだろ?

『おい。そのパン』

『?』

『一つ寄越せ。食う』

食わなきゃ、お前の気が済まないだろ?

『い、いいの!?』

『ただし、お前も一緒に食べろ。一緒に感想を考えろ』

俺はこの手の語彙が圧倒的に不足しているからな。メルヘンでファンシーな思考のお前の方がいい感じの感想が思いつくだろう?

『ありがとう!』

お前は俺に感謝しなくていいだろ。

お前がそのパンのことを頼んできた女に感謝されるべきだろ。

どうせ、その女にはろくに感謝されてないんだろ?

頼み聞いてくれてありがとう。も言われてないんだろ?

お前は言えば頼みを聞いてくれる神父様と周りの奴に勝手に思い込まれてるからな。詰まる所、お前は奴らのいいカモだらな。

そんなことを知らないで、お前は嬉しそうにして。

『だから(あき)も俺もお前が……………………』

『え?何?』

『何でもねぇよ。うまいか、それ?髪の毛とか爪とか入ってねぇ?』

『うん。入ってないよ。すっごく美味しい。夏への温かい気持ちが沢山詰まってるよ』

『…………お前なぁ……』

『ん?』

それがお前らしい返事だよな。

俺はパンを美味しそうに食べるあいつの隣でパンを食べた。

膨らみの甘いパンだと言うのに、不思議とそれは美味しかった。



本当は知ってたんだ。

無名の家の出は中央に来たって上にはあげて貰えないって。それでも成績さえ良ければ俺でも選んでもらえるって思ってたんだ。

馬鹿だろう?

正直者が馬鹿を見たんだ。

まだ中央に来て1年も経ってないのに、同期は俺よりも階級が遥かに上。成績は俺より下だったてのに、今では俺はそいつらに頭下げなきゃならねぇんだ。

3年も前からここにいる俺の同僚が言ってたんだ。

「結局、家柄なんだ」って。

馬鹿だよな。

本当に馬鹿だよな。

俺も俺の同僚もとんだお馬鹿さんだったんだ。

上司に媚び売るどころか、文句も言えない馬鹿野郎だったんだ。

「もう外出たよな」

これが俺のここでの最後の仕事だ。

有名な(さくら)様も辞めたみたいだし、俺も気前良く辞めるか。

「瑠璃花……久し振りのお前の大仕事だな」

俺は千鶴(ちづる)姉ちゃんみたいに人助けをしたかったんだ。なのに……。

皆の御遣い役にはうんざりだ。

「こんなとこ、壊れちまえよ」

俺の魔法は千鶴姉ちゃんのように人を癒す魔法ではなかった。だけど、あいつは俺になら人助けできるよと言ったのだ。

俺、今、人助けしたのかな?

てか、あの二人って人じゃないんだっけ?


ま、いっか。






“おぷーんせさみ”した扉。

そして、


「おじさん達、だぁれ?」


なんてこった。

俺はもうおじさんなのか。


と、開いた扉の向こうで首を傾げていた少年を見ながら、陽季(はるき)は思ったのだった。

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