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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
283/400

閑話―イブの夜―

*時間軸は現在よりも少し戻ります

さて、俺は今日から三連休である。

と、本日午前0時に思うわけだ。


正直、この連休の為にかなり無理をした。

今月の1日から昨日までフルに休みなく働いたのだ。筋肉痛は兎も角、禁欲は辛かった。

全ては連休のため。

そう言い聞かせて今まで頑張ってきたのだ。


さあ、連休の始まりだ。






待ち合わせは玩具屋さんだった。

いや、聞かないでくれよ?

なんで、いい年した大人の久し振りのデート先が玩具屋なのかとか。

あ、大人の玩具かって?

違う違う。

もっと健全でファンシーな方の玩具だ。

「あ、○イトセーバーだ」

「振ると鳴るらしいですよ」

「ぶぅんぶぅんって?」

「ですね」

「ふーん」

俺の恋人――洸祈(こうき)の持つ箱のパッケージには俺でも知っている有名な映画に出てくる剣の模型が載っていた。まぁ、模型と言っても、子供向けの軽くて安全なプラ製のものだ。

乃杜(のと)とか、どうなんだろう。陽季(はるき)は子供の時、どんなのが欲しかった?光る剣とか欲しい?」

子供の時か……。

「俺は洸祈が欲し――」

「ぶぅん」

洸祈の手刀が俺の脳天に落ちた。

痛い。

司野(しの)はー?」

「俺?」

動物のプラモデルの棚を眺めていた司野さんが振り返る。

「司野は子供の時、剣とか欲しかった?」

「俺は……俺は家族や。せやから、今は幸せ」

にこっと笑う司野さん。

幸せの塊だ。

「せやけど、そういうのは二人以上いないとつまらないとちゃう?ちゃんばらごっこやろ?」

春鳴(しゅんめい)に剣とか、晴滋(せいじ)さんに怒られそうだな。じゃあ、(くれ)は?」

「僕ですか?…………グラフィックボードですかね」

「グラフィックボード?」

「増設しようかと。でも、ブレーカーとの兼ね合いを考えるとなかなか……」

呉君は唸っているが、それが子供向けではないことだけは察した。

「なぁ、陽季。陽季のとこはクリスマスのプレゼントはどうやって決めてるんだ?」

「俺のとこは女性陣がぱぱぱっと。何やかんやで俺達、新しい扇とか小太刀で喜ぶからなぁ。商売道具に喜ぶって職業病かな」

今は私服だが、肩に掛けた鞄の中には扇子が入っており、それが当たり前なのだから、多分、俺は職業病罹患者の中でも重症の方だ。

三連休後はちょこっと遅くしてもらったクリスマスパーティーだが、今年のプレゼントは何だろう。

本当に、もういい大人だってのに、プレゼントに期待してる俺って……。

「陽季は誰にもプレゼント選ばないのか?」

「俺は…………母さんと父さんに花を……皆が、そうしろって」

俺が一番の年下で、俺が家族と離れた理由が他の子達と違って異質だから。

両親の墓参りは気軽に行ける距離ではない為、大抵、窓に花を飾る。

そして、夢物語だと人は言うかもしれないけど、俺はその花が母さんや父さんには届くと信じている。

「そうだよな、プレゼント選んでみようかな」

いい機会だ。

いつか俺にも後輩ができて、選ぶ時が来るかもしれないし、予行練習をした方がいいだろう。

「陽季」

「ん?」

「今年は一緒にクリスマス祝えて嬉しいよ。お前が一緒にいてくれるのが俺にはクリスマスプレゼントだ」

洸祈が俺に微笑んでいた。

暗くするような話をしてしまったのに、洸祈はきちんと受け止めて笑ってくれていたのだ。俺自身、もう流してしまおうかと考えていた話題なのに。

俺はどんなに小さなことでも溢してしまわない洸祈の、そんなところに安心し、そんなところが好きなのかもしれない。

「あ!そうだ!パズルにするか!好きなんだよなぁ、俺!」

と、洸祈はプレゼントを思い付いたようだ。

「1万ピースにしよう!時間掛かって、飽きないし、家の無駄な空き部屋に置ける!よし、パズルはどこだ!」

洸祈がノリノリで辺りを見回す。そして、カートを押し出した。

と思いきや、勢いよく滑り出した車輪が急停止し、コロコロと覚束ない足取りでバックしてくる。

「え?買うの?○イトセーバー」

乃杜君へのプレゼントはパズルなのに?

「俺へのプレゼント。主に(あおい)に集るちぃを追い払う用に」

“追い払う”って、千里(せんり)君をハエみたいに……。

「千里君を追い払うん?両想いやろ?」

「ちぃは何かにつけて葵のとこに夜襲しに行くからな。葵の私生活が乱れる。喝をいれないと」

俺だって、もし用心屋の一員で、洸祈と同じ屋根の下にいたら、何かにつけて洸祈のとこに夜襲しに行くのに。

「あ、知ってます。巷で話題の『リア充爆発四散しろ』ですね」

呉君、その言葉をどこで覚えたの。

「『りあじゅう』が良く分からないけど、ま、そんな感じ。ぶぅんぶぅん。あと、春鳴にはぬいぐるみだ。なんだっけ…………まじかるがーる……ってアニメの、敵キャラの相棒の猪。の、ぬいぐるみが欲しいって言ってた。誰か分かる?」

敵キャラの相棒の猪って、そのアニメを見てなきゃ分からない気がする。それ以前に春鳴ちゃんはマニアックだ。

題名からしてそのアニメの主人公は魔女っ子。普通はその女の子みたいになりたいとか思うんじゃないのか?

主人公の衣装とか、ピカピカ光る魔女の杖とかを欲しがるものだろう?

キャラクターのイラストが印刷された下着を喜んで着ている子供達のCMとかも見るし。

いや、逆に考えて、そのアニメでは主人公よりも敵キャラの相棒の猪の方がインパクトがあるのかも。キャノン砲を内臓しているとか。

「マジカラ☆ガールフレンドの敵キャラの相棒やろ?知ってるで」

「まじからがーるふれんど?」

予想外にも、洸祈の質問に答えたのは司野さんだった。

しかし、さっき洸祈が言ったのとかなり違うぞ。

“まじかる”じゃないし、“がーるふれんど”って“彼女”って意味じゃないか。

「『マジでカラフルな2次元ガールフレンドに囲まれて』で、マジカラ☆ガールフレンドや」

……………………それ絶対に春鳴ちゃん向けじゃないだろ。

男の欲望満載のハーレムものだよね?

「司野ってそのアニメ見てんの?」

「休日に朝御飯食べながら」

マジか。

俺は何故だか、司野さんがいつもに増してカッコよく見えた。

「じゃあ、司野と陽季はぬいぐるみエリアでその猪探しといて。パズル選んだらそっち行くから」

「んー。陽季君、行こか」

「はい」

けれども、どうして俺と司野さん何だろう。別に嫌じゃないけど、洸祈は俺とパズル選びたいって思わないのかな………………とか、これは卑屈か。




「猪……猪…………」

「いたで。牡丹ちゃんや」

「え?」

ピンクの小鳥?

小鳥じゃなくて羽がある猪――には見えないか。

「司野さん、猪じゃあ……」

「敵キャラの相棒は牡丹色の文鳥の牡丹ちゃんや」

俺の想像と全然違う。

「ほら、猪肉で牡丹鍋するやろ?牡丹ちゃんは猪突猛進のガールフレンドやから、あだ名が猪なんや」

牡丹鍋の件までしか理解出来なかった。

取り敢えず、文鳥が“ガールフレンド”なの?

てか、あだ名が猪って苛めじゃないの?

「あんな、陽季君。俺達に気ぃ遣わんでええからな」

脳内に疑問符を大量生産していると、司野さんが口調を変えてそんなことを言ってきた。

文鳥の嘴に触れた司野さんの表情は見えない。

「プレゼント買い終わったら、二人で出掛けたらどうや?駅まで送ったるで?」

「え……皆に悪いし……」

洸祈は用心屋の大黒柱だ。イベントの最中に彼を連れ出すなんて俺にはできない。

「夕食の支度は崇弥(たかや)いなくても出来るで。寧ろ、崇弥に料理は去年のクリスマスで悟ったわ。ツリーは朝っぱらに仕上げたみたいやし、デートしたらええと思う」

「司野さん…………」

「それに、ゆうてたやろ?崇弥のプレゼントは陽季君がいいって」

文鳥を手にした司野さんが振り返り、優しく笑う。

その笑顔を見ながら、俺はいつも思うのだ。


この人は卑怯だって。


純真無垢な振りをして、誰よりも大人。

真っ白な振りをして俺達を気遣う。

気遣われないように気遣ってくるのだ。

ああ、卑怯だよ。司野さんは。

「マジカラのガールフレンドって、皆、動物なんや。動物園で働く主人公は色の名前の付いたガールフレンド達を攻略しつつ、ガールフレンドを皆牡丹ちゃんにしようと企む敵キャラと戦うって話でな」

カオスな世界観。そして、案外、子供に良心的な世界観。

「敵やけど、牡丹ちゃんかわええやろ?それに、敵キャラと相思相愛。応援したくなってしまうんや。せやな……陽季君は牡丹ちゃんや。崇弥と相思相愛。俺は主人公や。皆が欲しい。沢山の家族が欲しい。…………つまり、俺は陽季君と崇弥を応援したいんや」

最後の1文で十分だった。

と、

「なぁ、スッゴイの見付けた!」

洸祈が呉君と遠くから手を振ってくる。どんな理由でかは知らないが、洸祈が押すカートには獅子舞いセットが追加されていた。

「陽季君、崇弥のことよろしくな」

司野さんに渡された文鳥の嘴が俺の腕をつつく。

俺はこいつみたいなのか。洸祈が好きで好きで堪らないピンクの小鳥。

司野さんは何事もなかったかのように、さっさと洸祈の元へ。

「こっちも牡丹ちゃん見付けたで」

「牡丹ちゃん?……って、猪じゃないけど」

「大丈夫、春鳴ちゃんのゆうとる猪は牡丹ちゃんのことやから」

そうらしいぞ、洸祈。

「でも可愛いな、牡丹ちゃん」

「いや、お前の方が可愛い…………あ」

危ない危ない。久し振りの再開でつい気を抜いてしまう。

気を付けないと、また手刀を食らってしまうな。

「ん?」

洸祈が牡丹に視線を釘づけにし、序に首を傾げる。だから、俺は「何でもないよ」と返して、その場を濁した。

「……そっ。じゃあ、牡丹ちゃん貸して」

「はい」

牡丹ちゃんがカートに乗り、獅子舞いに並ぶ。これは……獅子舞いの餌になりそうだ。

「ほな、次は誰のや?」

「次は最難関。琉雨へのプレゼントだ」

洸祈には最難関だな。

洸祈はカートを呉君に預けると、琉雨ちゃんへのプレゼント探しに駆け出した。







「崇弥、陽季君が買い物に付き合って欲しいそうやで」

「買い物?何買うんだ?」

「色々……かなぁ?」

「何で疑問系?」

「さぁさぁ、二人は降りた降りた」

運転席の司野さんにウインクをされ、少し強引かもと思いながら、司野さんに感謝して俺は車を降りた。


「――で、何買いたいの?」

「…………えっと、一旦、カフェで休憩しないか?」

「何で?俺、疲れてないけど」

構内のベンチに座った洸祈が微かに疑ってくる。

俺の気持ちを察していないのか、察したくないのか。

「じゃあ、肉まん食べない?」

ダメもとで偶々目に入った屋台を俺は指差した。すると、洸祈が意外にも肉まん話に食いついた。

「…………カレー肉まんが食べたい。あそこはカレー肉まんが有名だから」

「じゃあ、ここで待ってて。買ってくるから」

「ん。寒いから早くして」

「分かった」

コートの前を擦り合わせ、洸祈がマフラーに顔を埋める。その頬は赤く、寒いのか……はたまた……。


洸祈にカレー肉まんを、自分に豚まんを買ったら、洸祈に俺の豚まんの半分が食べられていた。

「ふぅ、食べた食べた」

「ふぅ……食べられた食べられた……」

「なぁ、陽季。それで何買いたいわけ?」

肉まんで時間稼ぎはあまり効果はなく、俺の頭の中は真っ白。しかし、これ以上の誤魔化しは本気で洸祈に嫌われる。

俺は本当のことを話すことにした。

「………………デートのつもり」

「誰と誰の?」

それ本気?

ボケて話題を逸らしてるんじゃなければ、さすがに察してほしい。

「俺と洸祈のだよ」

「………………」

思い切って言えば、口をマフラーに隠して目を据わらせた洸祈が前を横切る人達を不機嫌そうに睨みだした。やはり、わざと話を逸らしてたのか。

「司野とグル?」

「…………まぁ、そうだね」

「あ、そう」

ぴょこんと飛び出た――俗に言う洸祈のあほ毛が倒れ、俯いた洸祈の表情は見えない。

怒ったのかな。

「洸祈、店に帰ろっか」

やっぱり、洸祈の一番は家族だから。俺が独占なんてしちゃいけないんだ。

と、ベンチから立った俺の袖を誰かが引いた。

違う。

〝誰か”じゃなくて、洸祈だ。

「?」

「…………陽季……デートしたい」

「え?」

耳を伺った。

だって、洸祈が……。

「だから…………デートしたい」

今、“デートしたい”って言った?

「――いいの!?」

「………………うん……いい……」

ヤバい。抱き締めたい。

会うの久し振りだし、やっと二人きりだし、それに今、洸祈がデレたのだ。

抱き締めてキスしたい。

「じゃあ、デートしよう」

俺は洸祈から肉まんの包み紙を貰う振りをして洸祈の手を握る。洸祈の手は指先が冷たく、手のひらは温かかった。

そして、洸祈が頷いた。



洸祈は久し振りに会って二人きりになると、寂しがりの猫になって甘えてくる。

知らない匂いを纏う俺に自らの体臭を擦り付けるように、触れて貰いたそうに、ゴロゴロと喉を鳴らしてなついてくるのだ。

だから、俺は穴場の甘味処の個室でいちゃこらすることにした。

甘味を注文し、暫く近況を話し合うと、洸祈がテーブルの向かいから俺の方へと這う。途中、休憩を挟んで漸く、俺の隣に自分のスペースを作ると、ちょこんと肩をくっ付けて俺の甘味を奪った。

抹茶ムースの小皿を腕に抱える洸祈。

とても自然な動作で取るものだから、正直、俺も見落としかけた。

「勝手に俺の食べるの?」

「じゃあ、頂戴」

「なら、食べさせてあげよっか?」

「んー…………なら、食べさせられてあげる」

あーん。と口を開いて待つ洸祈はお魚みたいだ。撒き餌待ちの鯉の口だ。

俺の指を入れると……ぱくり。

「いっ」

噛まないでよ。

「ん?美味しくない」

ぬるりとした舌の感触がし、軽く吸い付いた洸祈が器用に喋る。洸祈の吐息が温かい。

「でも、いい噛み心地」

「噛み切らないでね」

と、言ったそばから指の節に痛みが走った。また噛んだぞ、この鯉。

「痛い?」

「痛い」

「俺、痛い子だよ?」

洸祈は唐突に自分の話題を挿入してきた。俺もきちんとその話題を拾う。

「痛くても平気。寧ろ、痛い方が好きかも」

「ふむふむ。ドMな彼氏だな」

唾液を残し、洸祈が俺の膝に頭を乗せてきた。因みに、こうして見る洸祈の首筋がそそるのは内緒だ。

「頭撫でて?」

「いーよ。でも、Mの俺はもっと恥ずかしいことしたいなぁ」

「例えば?」

額を出して俺を見詰める洸祈のパーカーを捲る。見えるのは洸祈の臍だ。ピクリと震えて初々しい。

「ここにキスするとか」

「ヤダ。俺が恥ずかしい」

「なら……」

洸祈の濡れた唇を濡れた指で撫でた。

唇が小さく開いて閉じる。

「痛くしないでくれる?」

「しないよ」

俺が背中を丸めるて顔を下げると、洸祈が目を閉じた。

笑みを見せて。


今日はありがとうな、洸祈。

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