秘め事(11)
ホワイトカラーの軽自動車が、駅の駐車場で待っていた俺の前に停まった。
「初めまして。私は笹原。どうぞ、後ろにお乗りください」
車の窓が開き、いかにも秘書みたいな口調で、いかにも秘書みたいな恰好の男性が後部座席を目線で示した。事実、彼は秘書だ。
「失礼します」
俺達は最低限の挨拶をし、俺が車に乗り込むと同時に車は発車した。
「さて、取り敢えず君のことは僕の親戚として呼んだのだけど」
どう捻くれても親戚同士には見えないが、ここは理由もなく部外者を入れてくれる場所でもない。取り敢えず、俺は紫水さんの甥っ子として研究所に入れてもらった。笹原さんが同伴していてくれたためか、どうにか怪しまれずに済んだ。
「改めまして、僕は紫水。そして、君は陽季。月華鈴所属の舞妓。本名は市橋海だね」
何でも知っている。本当に二之宮みたいな人だ。
口調とか雰囲気だけではない。容姿がとても似ているのだ。まるで父子のように――そんなはずはないか。二之宮は孤児だと本人に聞いている。それも父親に捨てられた……。
「ここは第一研究棟。他に四棟の研究棟がある。研究者一人につき一棟与えられているから、面倒なのが僕の他に4人いるということになる」
紫水さんはそれはもう面倒そうに言った。
電話の後、俺は紫水さんの秘書である笹原さんの運転する車で政府関連施設の研究棟へとやって来た。広い敷地の端にある第一研究棟は自然に囲まれた静かな場所だった。
人の気配のない建物中を笹原さんに付いて行き、エレベーターで3階まで上がったそこには天井がガラス張りの部屋があり、白衣を着た紫水さんがソファーに寝転がってガラス越しに空を見上げていた。
虚ろな目をし、心ここにあらずで空を見る。空気のように無機質な雰囲気を纏う姿も二之宮のようだった。
そして今、俺は笹原さんにキャスター付きの椅子を勧められてソファーに座る紫水さんと対峙していた。
「事前に言った通り、この研究棟に身分証のない人間が一人、入って来ていてね。名目上、人体実験用ということになっている」
平然と言っているが、この研究棟では人体実験はありらしい。勿論、公にはされていないが。
紫水さんは俺が電話するよりも以前に研究棟への搬入物リストにあった『人体実験用の人間』に目を付けていた。人体実験OKと言っても、最近は被験者確保が困難になっており、人体実験は数十年前から一度も行われてこなかった。だからこそ、紫水さんはこのリストを見て興味が湧いたらしい。
是非とも自分も人体実験という一大イベントに参加したいと。
そして、紫水さんはこの人間モルモットが搬入時期的にも司野さんを示すのではと電話で言っていた。
「だけど、この人体実験というのがどこで行われるのかは分からなくてね。さっき、ちょっとだけ司野由宇麻の科学的利用価値について調べてみたんだ」
この人は司野さんをものみたいに言う。
そういうのは少し嫌いだ。
「彼はとても体が弱かった。二十歳までに死ぬ運命にあったようだね」
何を言いたいのだろう。俺には科学者の考えることなんて理解できない。
「医者の診断を覆すほどの生命力。そして、彼は二十歳の頃から身体的成長がまるで見られない。そう、二十歳から彼の時は止まってしまったかのようだ」
司野さんが童顔で若作りだとは俺も思う。老いを知らないんじゃないかって。
でもそれは裏を返せば、成長できないということ。
だから考えないようにしていたんだ。
洸祈のところの呉君は悪魔であり、俺達とは比べ物にならないぐらい寿命が長いらしい。見た目は子供だけど、俺よりも長い時間を生きている。
“ああ、凄いなぁ”
そんな感じだけで良かったんだ。だって、深く考えてしまうと、ある結論に辿り着いてしまうから。
彼はきっと俺達の死を見るのだろうと。
呉君は何でもない顔をして「慣れていますよ」とでも返してくるのだろうか。
じゃあ、司野さんは?
考えたくない。俺は優しい司野さんが悲しむ想像なんて絶対にしたくないんだ。
「とても辛いね」
「…………え?」
今、なんて?
「不老不死というのは昔から誰もが憧れ、研究し尽くされてきた。老いず死なずずっと若いまま生きていきたい。だけど、それはやり残したことがあるからだ。やり残したことがあるから生きていたい。違うかい?不老不死は目的ではないんだよ。ただの過程だ」
笹原さんが淹れてきたコーヒーの入ったマグカップを受け取った紫水さんが長い睫に紺色の瞳を隠す。
「不老不死になってやり残したことをする。さて、次は?新しい目的を見付けて生きて、さて、次は?いつまで繰り返す?」
いつまでも。永遠にだ。
「不老不死とは肉体だけの話さ。精神は老いるんだよ。満足したくても不老不死だから満足できない。満足すればそこで目的を失ってしまうから。生きる意味を失うんだよ」
意味のない人生なんて俺は御免だ。
「もし、司野由宇麻が不老不死に近いものだとしたら、僕には堪えられない。僕はそこそこに満足して死ぬまでの人生設計を既に立てているしね」
「蓮さんに嫌われて死ぬのも計画の内ですか」
「僕が彼を好きだからいいんだよ。それに、嫌われているということはあの子の中に僕が残り続けるということだ。それだけで僕は十分だよ」
「凝った愛情ですね」
この二人は研究者と秘書の間柄というより、旧知の仲みたいだ。互いをよく知っている。
笹原さんは俺にもコーヒーを淹れてくれた。
「おっと。話が逸れたね。つまり、司野由宇麻の科学的利用価値は大いにある。そして、彼を連れ去ったのは第二・第三の辺りかなと推測している。あそこらへんは不老不死万能説が大好きだから。第四はキメラ事件を起こすような異種交配推しだから関係ないでしょ。本当に第四は気持ち悪い」
キメラって、ファンタジーじゃないの?てか、そんなこと聞きたくなかった。
「寿さんと狭間さんのところですか。特に狭間さんは貴方に対して敵意剥き出しらしいですよ」
「……狭間さんって誰だい?そのどちらも顔が思い出せないのだけれど。ああ、狭間さんって額に十字傷のあの人かな」
「額に十字って……知りませんよ、そんな人」
この人、学者肌だな。自分の研究以外に全く興味がなさそう。
笹原さんがいなかったら本当に情報以外では他者との関係を絶っていそうだ。
紫水さんはマグカップをテーブルに置くとソファーから立ち上がる。俺も置いてかれないように慌てて立ち上がった。
「では、探しに行こうか。君は僕達から離れると冗談抜きで射殺される……いや、人体実験用に捕獲されると思うから」
研究所って恐ろしい。侵入者は排除ではなく実験体にされるなんて。
「何年振りかな、他の研究者に会うのは」
「貴方は採用書類にサインをしただけで、会ったことなどありませんよ」
「え?そうだっけ」
「そうですよ」
この人は……。呆れてものも言えない。
一人にしたらこの人はきっと直ぐに死んでしまうだろう。研究に没頭し、少し眠ろうと思いながらそのまま永眠なんてことに。
二之宮も遊杏ちゃんや董子さんがいなかったらどうなっていたか。
「それじゃ、まずは狭間さんとやらのとこに行こうじゃないか」
「はぁ、最初に嫌われている相手の方からですか」
「敵意剥き出しとか、それってつまり、隠し事が出来ないってことだろう?嫌われているなら好都合。鎌をかけたら簡単にぼろを出すよ」
とても楽しそうに紫水さんは笑った。
それはまるでわくわくの止まらない子供みたいな笑顔だった。
「いつになれば起きるのやら」
男はソファーに横になる青年を見下ろした。青年は眠っている。
「しかし、お前の傍にはとても優秀な医者がいたが、その彼でも完璧には解けない呪いで良かった。まぁ、お前にそれを施すのに2年もの時間を掛けたからな」
小さな部屋の中をうろうろとし、結局、青年の前に立つ男。彼は微かに開いていた口を閉じると、青年の足を曲げて自らがソファーに座れる場所を作った。
と、部屋のドアが開き、つなぎ姿の若者が現れる。
「先生。彼の護鳥なんですが、どうやら太古の魔法を使えるみたいで。人数を増やして監視していますが、何らかの対策をしないと、この建物が半壊する可能性が」
「太古の魔法を?それはまたおかしな話だ。魔獣がその手の魔法を使うとは」
「ええ。どうしますか?」
「崇弥が起きたら直ぐに契約を解かせる。だから、それまではそっちでどうにかしてくれ。私の研究は魔獣相手に役立ちそうもないからな」
「それは……少々手荒な事をしろということですか?」
「何故私に聞く?私は研究者。暴力はお前達の領域だろう?軍人さん」
「………………はい。申し訳ありません」
研究者の分かりやすい皮肉に分かりやすく萎縮した軍人。
「まぁ、うちには特殊危険生物用の檻があるじゃないか」
「……分かりました」
ぺこりと頭を下げた若者は怯えと戸惑いを浮かべて逃げるように部屋を出て行く。そして、男は「何が分かったんだか」と呟くと、青年と同じように目を閉じた。
ルーは痛くない。
ルーは痛くないのです。
ルーは全然痛くないのです。
「あうっ」
少し痛かったのです。でも、痛くない。
旦那様に言われたこと、旦那様のお願いを守るだけ。
「旦那様の為なら……ルーは痛くないのです」
うとうとしていたら、女の子がこの部屋に投げ込まれた。
ああ、可哀想なことを。
彼らはぼくを嫌悪の籠った目で睨むと、少女を捨て置いて檻の鍵を閉めた。
ぼくが彼らに何かしたどころか、ぼくは彼らと初対面だ。なのに、ここに来る人は皆ぼくを嫌悪の目で見る。
だけど、ぼくらの存在が彼らにとって恐怖なのはぼくも十分理解している。だから、構わない。
「痛かったですよね。怪我をしていませんか?」
「…………ルーは痛くないです」
膝を擦り剝いていて、痛くないわけないだろうに。
しかし、彼女は涙を拭って頭を左右にぶんぶんと振る。
栗色の髪に赤茶の瞳。無地のタートルネックにパーカーを羽織り、チェックのスカートからは細い脚。見た目は十代前半の少女。けれども、彼女はぼくと同じ。見た目では判断できない。
「そうですか」
「ここは……魔力が取られるのですね……」
「ここはぼく達カミサマ用に作られた黒曜石でできた檻ですからね。無理をなさらずに」
手を差し伸べれば、彼女は小さく頷いて僕の手を取ってくれた。
「あなたはどうしてここにいるのですか?」
「どうして……か。それを話すと、ぼくが間抜けだったということに繋がるのだけれども……」
仲間の気配に誘われてこそこそ動いていたら、仲間に会えるどころか、ぼくは檻の中にいたという……。
「ぼくの話よりあなたの話を聞かせてください。あ、それよりも前にまずは自己紹介しませんか?」
「は……はひ……」
見た目だけだとしても幼い女の子に彼らはとても酷い事をする。
確かに、彼女はぼくの仲間でもあるけれど、彼女の行動には必ず理由があるはずだ。こんなにも温かい魔力を持つ彼女が意味もなく彼らの害になる行動をするはずはない。
それにしてもこの魔力の感じ……懐かしい気持ちになるのはどうしてだろうか。
「ぼくは眞羽根。あなたの名前は?」
「ルーは…………琉雨……です」
琉雨ちゃん。見た目にぴったりな可愛い名前だ。
「どうしてここに?」
「………………ルーは人探しに来たんです。ルーは旦那様の大切な人を探しに来たんです。あ、由宇麻さんです。司野由宇麻さんです。とっても優しい人です。知りませんか?」
「んー……ぼくは数年前からずっとこの檻の中で過ごしていますから。お役に立てず、すみません」
「ずっと…………」
うるうると目尻に涙を溜めた琉雨ちゃん。溢さないように必死に上を向いて頑張る。
「っ…………ルーと一緒に外に行きましょう!それで、太陽を見に行くんです!」
ぐいっと服の裾で目を擦った彼女は笑った。ぼくを心配させないように。
「ありがとう」
きみからは太陽の匂いがする。ぽかぽかと温かい。
ああ、そうだ。
太陽だ。
先輩の魔力の感じにとても似ているのだ。林先輩に会いたい。
「あ。眞羽根さん、ルーに任せてくださいね」
ぼくの手を包み込む彼女の手のひらの温度が心地良かった。
ヒトみたいだ……。
「差し足、抜き足、忍び足ー!」
「足音消して声出して、意味ないだろ!頭隠して尻隠さずだ!」
「と言うあおが一番煩いという事実ー。煩い口には閉じてもらいましょー」
「…………んっ!?」
全くの正論にイライラして背後を振り返ると、千里に腰を引かれてそのまま口を塞がれた。
それもキスでだと気付いたのは生暖かく濡れた千里の舌が俺の口内に進入しようとした時だった。
俺は慌てて千里の胸元を押し返す。
「っ……ば、ばかっ!」
「はいはい。見付からずに済んで良かったね」
千里が顎で示した遠く先には軍人だ。
「僕のお蔭だねぇ」
「……………………だからってキスすんな!」
「だって、あおにはこれが手っ取り早いんだもん。あおの欲求不満も解消できるし」
俺の欲求不満……?
「俺が欲求不満なわけ――」
「第二派来たけど、あおはキス以上がお好みかな?」
埒が明かない。
俺は表情に精一杯の抗議を表して千里を睨んでおいた。対して、千里はいつものへらへら顔で俺と体を更に密着させて遊んで来る。
目的達成したら何かしらのお仕置きをしてやるからな!
『聞いたか?櫻が軍から完全に退いたって話。今後一切軍には関わんねぇって断言したって』
『聞くも何も、今日で5人目だよ。お前みたいに聞いたかって聞いてきた奴』
今、櫻の話が。それも、とても重大な……。
「えへへ。櫻はね、もうただの櫻なんだ。お祖父様が、だから僕は洸のとこで働いて、あおと一緒にいてもいいって。でも、月に1回は家族皆でご飯食べたいって。これはメイドさんが言ってたんだけどね」
「そうだったのか」
「隠す気はなかったんだけど、お祖父様があっさりしてたから、忘れてた」
舌を出した千里は本当に忘れていたみたいだ。俺も千里がそのことを受け入れて納得しているなら十分だ。
しかし、あんなにも軍人であることに誇りを持っていた千里の祖父が自ら退いたのには驚いた。心境の変化とかだろうか。
「翼さんのお蔭かな。すごいや、翼さんは」
確かに翼さんのお蔭でもあると思う。だけど、俺は千里が千里の祖父と真っ向からぶつかり合ったのも一因だと思うのだ。互いに背中の荷を少しは降ろせたんじゃないかと。
俺は千里を櫻に渡してなるものかと意気込んでいた。でも、千里の心の傷を真の意味で治すには、千里と千里の祖父は対立する必要があったのだ。
俺は間違っていたのだ。
「あお?」
「あ。何でもない」
「うん。じゃあ、行ったみたいだし、次来る前に、今度こそ手がかり見付けるぞー」
そう言って、千里は物陰を出た。
さて、俺達が「洸祈と琉雨を探しに行くぞ」と意気込んでから30分。俺達は全く同じところをぐるぐるしていた。
――と、気付いたのはついさっきだ。
行く先々で軍人に見つからないよう隠れられる場所を探し、どんどんかくれんぼが上手くなってきていると思えば、同じ場所を何度も通っていただけであった。
かくれんぼが上手くなって当然だ。
気付くまで30分とは……俺はアホか。
「なんでぇ?」
「なんでだろうなぁ」
「じゃあ、あれだよ?あれ。あの建物入るからね。いい?」
「分かった」
俺と千里は50メートルほど前方の建物入口に向かって走った。真正面から堂々入場だが、今の俺達はそれどころじゃない。この無限ループを終わらせなくてはいけないのだ。
…………………………。
「あれれ?あれ?あー……うん?」
「分からない。どうなってるんだ?」
「あ、メビウスの輪ってやつ?」
何か違う気がするが、瞬きした瞬間にはすっかり慣れた光景が広がり、取り敢えず俺達は走り出す前の地点にいた。
つまり、ループ上に戻されてしまった。
「魔法だよな?」
「魔法だよねー」
「でも、お前にも効くのか」
「じゃあ、魔法じゃない?」
「でも、こんなの魔法以外ありえるか?」
「じゃあ、魔法だねー」
「でも――」
いや、俺達の会話までループしてどうすんだ!
しかし、これはどうしよう。
千里に魔法は効かないはず。でも、確かに千里には攻撃系魔法は効かないが、これは多分、空間系の魔法。別に千里に害をなすものでもない。千里に害がなければ働かない……呉の転移魔法は千里にも効果あるし……。
それか単純に千里の魔法よりも強力な魔法とか?
でも、千里にはカミサマが……。
「もーめんどくさいぃー。あお、魔法でバッサリできないのー?」
「その手があるな」
俺の長距離にしか能のないダメダメな魔法もこういう時は役立つ。
集中だ、集中。
指の間を抜ける風を感じる。
軍学校の演習の先生は全く評価してくれなかったが、俺は自分の魔法を使って風から情報を読み取るのも得意だ。遠くの人の声も容易に聞き取れる。
だけど今はこの風をあの建物へ……。
『魔法は駄目』
「え?千里?」
俺の腕を千里が取り上げた。
『ここは幻影の中だ。そして、ここら一帯には魔法を感知する科学技術が使われている。魔法を感知した瞬間、この空間諸共、ぼくらは捕まるという仕組みだ』
「氷羽……?」
『さて、これ見よがしに解説しているぼくだが、千里の魔法をこの区域に入った瞬間からぼくが切ってしまったせいで幻影の結界に囚われてしまった。すまない』
千里の顔で氷羽にぺこっと頭を下げられるのは少し苦手だ。
それにしても、カミサマはやっぱりすごい。長生きしている分、知識量も半端ではないのだろう。
『じゃあ、千里が突然代わって怒ってるから、戻るね。この結界は魔法を使わずに破壊か解除して』
「!?」
氷羽は俺を車のボディに突き飛ばすと、俺の唇は氷羽に奪われていた。それどころか、舌が……!!!?
「んっ!……んん!」
何で俺が氷羽に!?
いや、千里の体だけど!
「あおー、僕に感じたんだよね?」
「…………せ、千里?」
千里の目が据わっている。
待て。どこからどこまでが氷羽の仕業だ?
でも、千里が俺にキスしてきたんだとしたら、こんな視線を向けてくるはずがない。千里は良くも悪くも演技のできない素直な奴だからな。
正直なところ、俺には分からなかった。
なんて言ったら、嫌われるかも。でも、言わないと疑い晴れないし。
いやいや、最初からこれくらいのキスで感じるわけないし。舌ぐらいで……………………。
「ちょっと!氷羽に感じてないよね!」
「か、感じるわけないだろ!てか、代わったんなら離れろ!」
と、千里の体を押し返せば、
「むぅ!あおのばかっ!何でもいいから、魔法以外でこの結界壊せばいいんでしょ!」
これはかなり千里が怒ってる。
そして、千里は頬を膨らませ、
「吟ちゃんっ!!!!」
空に響く大声で叫んだ。
「むかつくむかつく!こんなの吟ちゃんが壊しちゃうんだから!」
てか、これで結界は壊せるかもしれないけど、嫌な予感がする。
その時、大きな警報が俺の耳をつんざいた。
ビービーと甲高く、しつこく、纏わりついてくるような粘っこい音。
耳が痛い。
「これは……ばれちゃったねー」
小さく舌を出し、首を傾げて恍ける千里。両手で自分の耳を押さえながらも、その表情に悪気は一切見えない。
警報に紛れて低い獣の唸り声がする。
今頃、この幻影の外で吟竜が盛大な登場をしているのだろう。
それはそうとして、“むかつく”は俺のセリフだし、
「馬鹿はお前だ!!!!」
“ばか”も俺のセリフだっての!
そうして、俺達のかくれんぼは意味を無くした。