麦畑の少年(4)
「はぁ~」
星を眺めながら加賀は深く息を吐いた。
「ちょっと。人の傍でそんな溜め息吐かないでくれる?」
「起きてたの?」
加賀は窓枠に突いていた手を放すと、逆に凭れてベッドの少年に首を傾げる。少年は鎖を鳴らして体を起こすと、加賀を見ずに答えた。
「起きてた」
「もう1時を回ってるよ?」
勿論、“午前の”だ。
「だから?睡眠薬盛って昼間っから眠らせているのはあんたらでしょ?」
「そうなのか?私は君のカルテを見たことがないんだ」
変な先入観を持たずに素で接したくて。
「じゃあ、何しに来てんの?」
「仲良くしに」
小さな頭が揺れた。
そして…―
「ぼくは仲良くなんかしない」
言われた。
少し…否、かなりぐさりときた。
「私は…純粋に君に惹かれている」
この子はなんか違う気がする。と思った。
仲良くなれなくてもいいから、君を知りたい。
「君には姐さんの言っていた周防があるようで…」
ただ、知りたくなった。
「ふうん…姐さん?“加賀”だっけ?どんな字書くの?」
姐さんに反応を示した。
姐さんはここの看護師だったから、もしかしたら知っているのかもしれない。
加賀は胸ポケットからメモを取り出すと、姉の名を書く。そして、その小さな手にメモを乗せた。
「加賀……姫野…やっぱり…綺麗な名前じゃん」
くすり。
微笑した。
「姐さんを知ってるのかい?」
共通の話題だと思った。
しかし、彼の言葉は衝撃的なものだった。
「うん。ぼくが突き落とした」
……………へ?
「由宇麻君?」
意味が分からない。
姐さんは不幸な事故で…
周防病院の…
最上階最北端…
900号室から
転落死した。
「姫野さん、ぼくがそこから突き落としたんだよ」
「君が…姐さんを…?」
嘘だろう?
加賀は由宇麻の指差す先、凭れていた窓を見た。
端に枯れきった芝桜の鉢植え。渇いた土に刺さるのは白兎が先端に付いた棒。
たったそれだけの窓。
ナース服の姉。
その後ろに…
由宇麻君…。
ここから…
姐さんを…
吐き気がする。
気持ち悪い。
視界が反転した。
「姫野…綺麗な名前…」
囁き声が聞こえた気がした。