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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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秘め事(9)

朝からあおの体調がすこぶる悪いのだ。

電車ですら酔い、吐き気を堪えて壁に凭れる。

どうにか崇弥家最寄りの駅まではもったが、休憩がてら駅のベンチに座ったらあおは立てなくなってしまった。それどころか、あおは胸が少し苦しいと訴え、人が行き来しているにも関わらず、隣に座る僕の膝に大胆に体を横たえさせる。

重症だ。

そして結局、僕は崇弥(たかや)家に迎えを頼む電話を入れていた。







「あお」

お医者さんに見せるとかで、お世話もしやすいように茶の間の隣の部屋に布団を敷き、そこにあおを寝かした。

黒わんこがあおの首を舐め、そのままパジャマの襟首から胸板を足踏みして潜って行く。

「ん…………駄目……そんなとこ…………」

……………………。

「僕を差し置いて……僕は君と違って辛そうなあおに変なことしないもん」

とか言いつつ、あおの衣服に潜り込んだ金柑を引っ張り出そうとその侵入経路から手を突っ込めば、

「ぁ…………やっ……」

事故でちょっとかすったぐらいで赤面しないでよ!

僕の自制心を粉砕するつもりなわけ!?

「んん……っ…………や……矢駄って……ぁ……」

待って!僕じゃない!

僕は今は葵の肌に触れてないぞ!少しも動かしてないもん!

なのに何でそんなに悶えるの!?

「いっ、んあ……や……やめっ!!」

がしり。

パジャマの上からあおに腕を掴まれた。

目を皿にし、頬を赤くしながら口をへの字に曲げている。

…………僕、最初に事故ってあおの胸元に僅かに指が掠れただけで、それ以降は一度も触れてないけど。

「こんなとこで……盛るな」

いや、だから誤解――


くぅん。


金柑があおの脇の辺りからひょっこり顔を出した。

そして、その短い前肢を僕の腕を掴むあおの手に当てる。

まるで僕に同情するかのような。台詞を付けるなら『まぁまぁ、勘弁してやりなよ』みたいな。

いや、寧ろ、憐れみと蔑みの視線を感じてきたぞ。

犯人は間違いなくこいつだな!

「……金柑に免じて許す」

僕じゃないってば!!

何で僕が真犯人に免じて許されなきゃいけないわけ!?

だけど、もう犯人を決めきったあおに「犯人は金柑だよ」と言っても更に僕が怒られるだけだ。絶対に、「金柑に罪を擦り付けるな」とか言われる。

あおはパジャマから僕の腕を抜くと、薄目を開けて長く息を吐いた。

千里(せんり)……すまないな。俺、駄目人間からは脱出したと思ってお前に電話したのに……」

“駄目人間”。

「あおは最初から駄目人間なんかじゃないよ。それに駄目って何?あおの駄目って何なの?人間が駄目なの?」

「それは……」

あおは今までずっと頑張って来たじゃないか。僕の知る駄目とは心の底から諦めてしまうことだ。あおは諦めたくないからこそ駄目だと言ってしまったんだよね?

「駄目って結局、人からの評価でしょ?あおの駄目人間はあおからの評価でしょ?でもさ、あおが駄目人間なら駄目人間に評価できるの?自分のこと。僕は自分は駄目な人間だって言える駄目人間なんてこの世にはいないと思うんだ」

「………………」

分かってるよ。こんなの屁理屈だって言いたいんでしょ?

でもね、どんなに適当な論でも構わない。ただ僕は、君は駄目人間じゃないって言いたいんだ。

だって、自分で自分を“駄目”って言ってしまうのはとても悲しいから。

「あおは優しいんだ。ほら、眠って。信じてよ、悪戯はしないから」

正確には“させない”だけど。

僕は僕とあおを安心させる為に金柑を自分の腕に封じ込めて立った。そして、茶の間とを仕切る襖を開ける。

そんな顔しないで、あお。

君が眠ったらまた傍にいてあげるから。

だから、寂しそうな顔をしないで。

僕は鼻を鳴らしたあおに堪えられなくなり、あおの唇に重ねるだけのキスをした。そして、僕はあおの頭を撫でてから、今度こそ部屋を出る。

襖が閉まりきる直前、あおは瞼を下ろした。



お茶を飲もうと金柑と台所をうろうろしていたら、「こんにちは」と声を掛けられた。

しかし、知らない人の声だ。

僕は冷蔵庫を開ける振りをして声の出所から離れ、振り返った。

そうパッと見、頭の良さそうな雰囲気。

「…………こんにちは」

挨拶より前に「誰?」と聞きかけたが、その男の人の背後に晴滋(せいじ)さんが立っているのが見えて僕は挨拶を返した。

「千里、こちらは(あおい)洸祈(こうき)の親戚の梨野美也(なしのみや)君だ」

「いえいえ、晴滋さん。崇弥の分家でいいですよ。その方が解りやすいでしょう?」

崇弥の分家ってことは洸に「家継いで子供を作れ」とか言う人達だよね……。

「僕は梨野美也。梨野家当主の18歳。本家と分家を合わせ、肩書では最年少当主やってます。あと、本家と他の分家――崇弥一族の専属ドクターもやってます」

18歳で医者って凄い。でも、法律的にどうなんだろう?

非公式非合法ヤブ医者……。

「趣味は人体模型の解体と組立、臓器当てゲーム。よろしく」

……………………。

(しん)さんの弟の(けん)さんの方がいい。なんかこう……マシだ。

あおの親戚って変な人多いよね?僕の親戚は揃って重々しくて怖い人ばっかり。

ジーンズにTシャツ、紺系のチェックのシャツを羽織った梨野さんは、僅かに跳ねらせた黒髪を揺らして人当たりの良い笑顔でさらりと言ってのける。

「僕は(さくら)千里……葵と洸祈の幼なじみで親友です」

「櫻……んんー?」

やはり、軍事関係の人は僕の苗字を聞いて――と思いきや、梨野さんは首を大きく傾げた。

「有名人……じゃない……か。どっかで聞いたことある気がしたけど。あ、もしかして落語家?」

数ある職業の中で選んだのが落語家……。

僕の名前ってそんな風に見えることがあるの?

でも、何か

晴滋さんが微笑して僕の肩に触れる。温かい手のひらだ。

僕は首を左右に回して否定しておいた。





「美也……くん?」

「お久し振りです、葵さん。今の調子はどうですか?」

「あ…………えっ……どうして君が……」

彼とは何年振りだろう。

「まぁ、軽い健康診断ですよ。それで、どうです?」

俺のことを見詰める美也君は前回会った時よりも格段に成長している。

子供っぽさが抜けていて、君付けは嫌われるのではと思ってしまう。

もう青年だ。

「その……ちょっとだけ胸が苦しかっただけで、今は大丈夫だから……」

「葵さんは葵さんのお母様と同じ病気と聞いてますが?」

「うん……そう」

言うとしたら、叔父さんかな。俺よりも俺のこと心配してたし。

でもまぁ、叔父さんに報告した時には俺の病気は沈静化していた。

あれは本当にただの報告だったのだ。本家に課せられた義務を果たしただけ。

「遺伝性ですかね。…………さておき、ちょっとこーしてもらえません?」

と、言いながらあっかんべーをする美也君。

「理由が……」

する理由が分からない。

「まぁまぁ、僕の真似をしてください」

美也君は妙なところで頑固というか、粘ってくるのは覚えていたので、周囲に美也君以外いないことも合わせて俺は真似をした。

「うーん…………貧血気味ですね。レバニラでも食べてください」

どうして俺が貧血気味だと分かるのだろうか。

小さい頃からお医者さんごっこに励んでいたから、その甲斐なのだろう。

包帯を巻いてみたいから転んで欲しいとか言われたっけ。父さんが年上の意地を見せようとした洸祈を止めてくれたけど、洸祈が家の屋根に上った時は俺も怖かった。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。代わりにと言ってはなんですが、朝顔を育てませんか?」

「朝顔?」

「ええ。可愛らしい朝顔を育てませんか?僕は収穫した種の4分の3ほどいただければ……」

「え?」

「あ、駄目ですか?3分の2でも……せめて3分1はいただきたいのですが」

分け前についての抗議はないのだが、そもそも何故、朝顔の種が欲しいのだろう。

「まぁ、これをどうぞ」

小さな麻袋を一つ俺の手に乗せた美也君は立ち上がり、茶の間とを仕切る襖を開けた。

それにしても、美也君は普段から朝顔の種を持っているのかな。


「うにゃ……」


開いた襖から見えたのは茶の間でお饅頭を頬張る千里だ。随分と間の抜けた顔をしている。

「うにゅうにゅ?」

「うにゅあーう」

春鳴(しゅんめい)乃杜(のと)が千里にくっついて鳴いた。

「あ……あわわ。あの、あのね、あおの分もあるから。ごめん……勝手に……」

千里は10時のおやつの時間だったらしい。

「いい。構わないよ。俺の方こそ心配かけてごめんな。もう大丈夫だか――」

「あお!違うよ!今のあおはまだ大丈夫じゃないよ!」

「はうにゃ」

「にゃうにゃう」

千里が怒った。そして、春鳴と乃杜が俺に群がって体を起こしかけた俺を布団へと押し戻す。案外、二人とも力が強い。

「あお、僕は言わなきゃ。君に…………葵の病気のことを」

「…………一体何の話だ?」

「僕は……氷羽の力で葵と癒しのカミサマの契約を結ばせたんだ」

美也君が千里を見下ろし、千里は正座をして俯く。

俺には千里の言いたいことがよく分からなかった。

「葵が死んじゃわないようにするには方法がこれしかなかった!」

俺は蓮さんの薬が効いて奇跡的に回復を……。

しかし、千里は両目に涙を溜めて俺に詰め寄る。

「葵の心臓に魔法陣を書いた。僕が死ぬと……この魔法陣は消えてしまう。葵と蜜柑達との契約は消滅する。そしたら…………」

そういうことか。

突拍子もない話なのに、俺は自分でも不思議なくらいあっさりと千里の話を受け入れることができた。いや、寧ろ言ったのが千里だから俺は受け入れることが出来たんだと思う。

「じゃあ、死なないでくれ。代わりに俺も死なないでやるから」

「あお……っ」

千里が溢れて止まない涙を拭って拭って……ぽろぽろと――諦めた。

俺に近付いた彼は俺のパジャマに目尻を押し付ける。パジャマが湿る感触がし、そこから千里の熱が移って来た。

「僕、長生きするから……ずっとずっと葵と一緒に長生きするから。だから……だから……」

千里が子供みたいにわんわんと泣き出した。こんなに大きな声で泣く千里はいつ振りだろう。だけど、俺は怖がらずにもっと泣いて欲しいとか思っていたりして、変態の域に入りかけている気がする。

俺を布団に押さえ付けていた少女と少年も、俺の行動に見よう見まねで千里の頭を撫でる。

「さらさら」と乃杜が囁くのが聞こえ、俺も千里の柔らかい髪質を堪能した。

「葵…………葵ぃ……」

“蜜柑”ってことは金と伊予が癒しのカミサマということになる。そして、洸祈の下から離れて実家まで伊予が俺に付いてきたのは千里が施した契約があったからだ。

色々と納得が言った。

「よしよし」

「うう」

部屋の隅で立っていた美也君の表情には珍しく驚きが見えた。

これは……バレたよね。

しかし、美也君は突っ込んでは来なかった。

「それでは僕はこれで。鉄分摂ってくださいね」

「うん。あ、今日は時間取らせて…………俺の為にありがとう」

「いいえ。僕、和泉(いずみ)さんの方にも用事があって。おじさんに呼び出されたんですよ」

和泉の“おじさん”って、俺達の叔父さん?でもどうして。

梨野の家と和泉の家に交流はあまりなかった気がしたけど。別に宿敵とか歪み合っているとかではなく、梨野の方が篭りがちなのだ。

梨野と言えばインドアなイメージしかない。

「朝顔はまた再来年にでも伺いますので」

ほら、彼はもう“再来年”だ。

美也君と俺達とでは時間の流れが違うのだろう。

「俺から伺うよ。香也(かや)君にも会いに」

理由はなんだっていい。2年待つぐらいなら俺から会いに行こう。

「香也なら引きこもりですけど。中二病を拗らせたのか、『世界がカオスに汚染されている』とかなんとか言って、家から一歩も出ません。香也の脳内の方こそカオスです」

美也君の弟――香也君が引きこもりになっていたとは。まぁ、夢は覇道王とか真剣に言っていたから驚かないけど。覇道王は断念したのかな。

美也君は真奈(まな)さんにお茶菓子を貰って部屋を出て行った。







千里を抱き寄せ、結局、春鳴と乃杜も加えて4人で一枚の布団に眠っていた時、電話が鳴った。

我が家の固定電話だ。

なかなか鳴り止まない…………真奈さんも晴滋さんも出掛けているのだろうか。

「うう……ん……」

千里が唸って毛布に潜る。

「…………」

俺が出るか。

「…………あーちゃん?」

「春鳴、寝てていいよ。電話取ってくるだけだから」

「うん」

乃杜にへばりついた春鳴は彼の平均体温が自分よりも高めなのを知っているようだ。

気持ち良さそうな寝顔は可愛いが、頭の両サイドのお団子が邪魔そうなので、リボンを解いてあげる。そして、思い出しついでに千里の髪の紐も解き、腕に優しく結び付けておいた。なくさないように。



「崇弥です」

『……葵君!?葵君だね!?』

陽季(はるき)さん?」

どうしたんですか?と尋ねる前に、陽季さんから荒々しく訊かれた。

その内容は予想通り、洸祈のことだった。

『単刀直入で悪いんだけど、洸祈の居場所を知らないかい!?昨日の午前に琉雨(るう)ちゃんと出掛けたきり、店に帰ってきてないんだ!俺……心配で……っ』

陽季さんが焦っている。

「落ち着いて下さい。もしかしたら急な仕事とか」

『電話も繋がらない!もう嫌なんだ!洸祈にいなくなられるのは……!!』

震える声で絞り出される小さな悲鳴。陽季さんの心の悲鳴。

陽季さんは洸祈は危ういと解っている。

だから、こんなにも必死なんだ。

「…………俺には洸祈が今どこにいるかは分かりません」

『そんな……』

「でも、洸祈と契約している魔獣なら洸祈の居場所が分かります」

洸祈と契約している魔獣は先ずは琉雨だ。そして、洸祈個人とではないが、俺達崇弥と契約する魔獣の蜜柑がいる。千里がカミサマだと言っていたが、それでも蜜柑とは先祖が正式な方法で契約を結んでいる。

契約魔獣は主人と魔力を共有しているから居場所が分かるのだ。

「幸い、洸祈の傍には契約魔獣の伊予柑が、俺の傍には伊予柑と対の金柑がいます。金柑に案内してもらえば洸祈のところへ行けます。だから、陽季さんは待っていてください。俺と千里で洸祈を店まで連れていきますから」

「…………俺、待てない。二之宮(にのみや)にも心当たりないか聞いてくる。その、ありがとう、葵君」

「いえ」

くれぐれも考え込まないでください。とは言えなかった。

しかし、兄のことを世界で一番心配し、愛してくれているのは陽季さんです。兄のことをよろしくお願いします。と心の中で言った。

そして、電話は切れた。




「お世話になりました」

「お世話にだなんて。ここは葵君の家でしょう?またいつでも帰って来なさい」

「千里もな。今度は夜が明くまで一緒に飲もう」

「僕よりも洸の方が俄然お酒好きだから、今度は洸も連れてきますっ」

千里が実家に来て3日目。少し短かったけど、次に来るときは洸祈を引っ張って長期休暇を取ろう。

金柑が晴滋さんに擦り寄り、それから真奈さんの手を舐めた。確か、夏蜜柑も同じ様にしていた。

「行こうか」

「うん。洸は大抵、事後報告だよね。それが当たり前みたいにさ。でも、洸は陽季さんを選んだ。その意味を洸はきちんと自覚してないんだ」

その通りだ。俺と千里もまだまだ模索中だけど、自覚はしている。だけど、洸祈はそれが出来ていない。



見渡した庭に、蹴鞠をして遊ぶ洸祈と千里の残像が映る。俺の膝には眠る紫紋が、隣に寝転がる父さんの直ぐ傍には夏蜜柑がいた。

あれは昔の俺達だ。

毎日を笑って過ごしていた頃の俺達……。

ここは俺達の家で皆の家。いつか絶対に家族全員で帰る家だ。

その為にも洸祈を探さなくてはいけない。


俺と千里は金柑の後を追った。

眠いです!お休みなさいです!(*ノωノ)

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