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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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秘め事(8.5)

手が震えた。

いつもならどんなに震えたって結果は同じだった。


でも、今夜は駄目だった。


俺の手は刃を取り落としてしまう。

拾おうとしゃがんだが、平べったいそれを手に取ろうにも、手の震えもあって上手くできない。

それどころか、指先を切ってしまった。

…………痛い。

痛くて、もうどうする気にもなれない。








「みちるさん、頑張ってください」

「うん。ありがとう、琉雨(るう)ちゃん」

「みちる、気合いだ」

「ふぁいとーだね、洸祈(こうき)

ガッツポーズをした琉雨と洸祈に見送られ、みちるはサークル仲間との集合場所である半地下のカフェへと繋がる階段を降りていった。




みちるは同人ゲーム作成を主な活動とするサークルの一員らしい。

大学の勉強がてら、サークル内ではプログラミングを担当しているとか。電子工学とは距離を置いてきた洸祈には難しい話である。

内気な印象のあるみちるに、洸祈がどうしてサークルに入る気になったのかと聞けば、彼はその内気さを治すために手軽なパソコンを使ったチャットから始めてみたとのこと。しかし、みちるの両親は現実世界よりもネットの中に居場所を作り始めたみちるを見て、パソコンを取り上げようとも考えたらしい。それを止めたのが由宇麻(ゆうま)だった。

みちるが初めて自分から他者に歩み寄っているのだとみちるの両親を説得したようだ。そして、みちるからパソコンを取り上げない代わりに、みちるが現実世界へも歩み出すきっかけを作るために由宇麻も一緒にみちると読唇術を学ぶことを約束した。

みちるは洸祈に「今の自分がいるのはゆうにぃのおかげなんだ」と、はにかみながら語った


みちるを見送り、電車に乗って帰る前に折角のお出掛けなのだからと、洸祈は琉雨と駅前のショッピングモールに来ていた。そして、おやつにクレープを食べ、二人はモール内をあてもなくぶらぶらしていた。

「琉雨、ここに寄ろう」

「すいーとはうす……?」

洸祈は女性ばかりがいるその店に琉雨を引っ張った。琉雨は小走りになって彼に付いて行く。

「だ、旦那様っ」

ぐいぐいと洸祈は琉雨の歩幅も考えずに進んで行くため、転び掛ける琉雨。彼女は洸祈の腕に強くしがみついて転んでしまうのを耐えた。

「これとこれとこれとこれと……」

漸く髪飾り売り場で立ち止まった洸祈は、今度は小さな籠に手当たり次第にゴムやリボンを入れ出す。考える暇もない程の安売りに出会し、取り敢えず籠に投げ入れる――そんな感じだ。しかし、実際は安売りでもなければ制限時間があるわけでもない。後ろから急かす人もいない。

「あわわ。買い過ぎですよぅ」

「このトランプ柄可愛いから買おう。お前にぴったし」

ハートやクローバー模様の腕時計も籠へ。そして、商品で一杯になった籠を琉雨に持たせた洸祈は新しい籠を手にした。

「あ、お姉さん。これ何?」

「これはこうしてですね……引っ掛ける場所がなくてもこうすればバックを引っ掛けることができるんです」

「便利だね」と、メジロが描かれたバッグハンガーを籠へ。

洸祈が主人とは言え、流石に止めないわけには行かない。琉雨は隣の棚に視線を移した洸祈の腕を激しく揺らした。

「旦那様、旦那様ってば!こんなに買っちゃ駄目ですよっ!」

「俺の金は俺が好きに使うんだ」

どう見ても買い物以外のことに意識があるのに、洸祈は強情にも琉雨に反論する。

「それでも無駄遣いはいけません!減らしてください!」

ぺちりと背伸びをした琉雨の手のひらが洸祈の頬を叩いた。

遠慮など無く、琉雨の出せる力一杯で。

周囲の女性客が視線を二人に向け、洸祈が琉雨を見下ろした。

口は開き、唖然とする洸祈。最初、彼は琉雨に何をされたのか分からずにただただ突っ立っていた。しかし、叩かれてから20秒して、彼はまず口を閉じた。

「琉雨に……ぶたれた…………」

洸祈はほんのりと赤くなった自分の頬に手を当てる。

全力だとしても少女の平手打ちは痛くはない。けれども、洸祈は胸がちくちくと痛んだ。

「旦那様が言ったんです。旦那様が悪いことしたら、ルーに止めて欲しいって。ルーは旦那様が頑張って貯めたお金を考えないで使って欲しくありません」

「琉雨…………」

琉雨が腕を伸ばして彼の頭を撫でる。小さな手で優しく。

「旦那様、今日はもう真っ直ぐお家に帰りませんか?ルーはお家でゆっくりしたいです」

「……うう……………………………………でも、この時計だけは買いたい……ちゃんと考えたから……」

「分かりました。この時計だけですよ?」

こくこく。

ない耳を垂らした洸祈は琉雨に手を握られて商品を戻しに売り場を回った。








どうしよう……不安だ。

海外に出張中は時差7時間の為、モーニングコールが厳しく、第一、在米中は依頼人に合わせて日程が不定の為、ここ二日程電話をしていない。

しかし、予定では昨日深夜に帰宅のはずの洸祈に今朝方電話をしたが、『電波の届かないところに居るか、電源が入っていないため繋がりません』と電子音に返された。

海外で何かあって帰るのが遅くなってるとか?

それか単に電源を入れ忘れてるだけ?

兎に角、普段はツンデレになってまで俺のモーニングコールを待ってくれている洸祈が電話に出てくれないのは――――不安でたまらない。

店の方に電話しようかな…………。

さっさと新しい携帯の契約をして、洸祈の携帯の場所がGPSとやらで分かるようにしとけば良かった。洸祈は機械音痴だから俺が裏でこそこそやってもバレないだろうし…………俺、ちょっと最低な奴だな。

陽季(はるき)!動きがトロいよ!」

「ああ……あー…………」

俺、今何か言われたような気がする。でも、何がなんで、何がどうだっけ?

「陽季、危ないわ!!」

「え…………っ!!」

“危ない”の意味を理解する以前に、取り敢えず俺の中の野生が危険信号を発してきたが、その時には踏ん張ろうとした足が宙を踏んでいた。


――落ちる!


「おい……っ、馬鹿野郎!!!!」

「うっ」

固い床にぶつかるかと思ったら、俺は何かを下敷きにして舞台から客席の方へと落ちた。

脳味噌を掻き混ぜられたかのようにどこが上でどこが下でどこに俺の手足があるのか分からなくなる。

「陽季!!陽季っ!!」

「ったぁ………………」

ドタドタと箱階段を降り、俺の顔を覗き込んできたのは菊さんだ。俺は抱き込まれるようにして起こされる。

「陽季…………どうしたのよ……」

何年かぶりに菊さんの胸に頭を押し当てられた。

普段ならこういう子供扱いは嫌いだが、菊さんの激しい鼓動が聞こえて俺は身動きできなかった。

そうして、真っ白になった頭でぼーっとしていたら、蘭さんの声と共に菊さんから引き剥がされ、胸ぐらを掴まれながら立たされた。

険しい顔だ。蘭さんが怒ってる。

「あんた何考えてんの!!」


べちんっ。


頬をひっぱたかれた。

俺は上手く力が入らずに、そのまま客席に倒れる。

俺は怒られている?…………心配されている?

「ったく、陽坊。お前なぁ……」

俺が下敷きにしたもの――双灯(そうひ)が俺が落ちた場所から起き上がった。俺がタックルしてしまったのか、腰を押さえている。

どうやら、俺は双灯のお陰で舞台から落ちても軽傷で済んだらしい。

「ほら、お前の大切な扇」

「あ……ありがと……」

腰帯から投げ出されたらしい扇子を双灯が拾って俺の膝に乗せた。

蘭さんと違って、双灯は負傷したのに口では怒らずに溜め息一つで済ませ、それどころか俺の頭を掻き回す。…………内心では怒っているから嫌がらせをしているのだろうか。

でも、渡してくれた扇は初めて貰った俺の商売道具であり、俺の宝物である蛍の扇子だ。舞台で使わない時も常に腰に挿している。

「ありがとうじゃない!ぼんやりするな!双灯が居なかったら……頭から落ちてたらどうする!!!!」

扇子を撫でながら幾らか状況が把握出来たところで、俺は蘭さんには再び平手打ちされた。

1発……2発…………3発目。

「蘭さん……」

1発ごとに弱くなった平手打ちは遂には力を失い、蘭さんは俺を抱き締める。


俺………………本当に危なかったのか。


「陽季、一体どうした?」

今更振り返した落下の恐怖に震える俺を蘭さんはキツく抱き締めるのだ。

やっぱり、蘭さんには敵わない。

「………………洸祈と連絡が取れなくて……もしかしたら単に電源切ったままなだけかも……」

「不安なら会いに行け」

「でも…………店の方に電話したら繋がるかもしれないし……………………」

でも、洸祈の声をきちんと聞きたい。顔を見て聞きたい。

「いいや、会いに行ってこい。ただし、リハにだけは間に合わせること。あと、空き時間は全て練習に費やすこと。イメトレでもいいからすること」

「そうだぜ、陽坊。お前にしては持ち堪えた方だろ」

前から蘭さん、背後から双灯に抱き付かれ、俺は双子責めに遭う。続いて菊さんが俺の手を握った。

「陽季は陽季が思ってる以上に洸祈が心配なんだよ。だから、会いに行ってきなよ」

「…………俺……」

俺は今までも今も月華鈴の仲間に迷惑を掛けている。それでも、洸祈のことで頭がパンクしてしまいそうで、彼らの提案を断れない。

俺はまだ我儘を捨てきれない餓鬼なんだ。

「私達も洸祈が心配なんだ。代表してお前が行ってこい」

「俺が陽坊を駅まで連れてってやるよ」

三人で俺を囲み、まるで尋問だ。だけど、全て俺の為に言ってくれている。

「もしかしたら杞憂かもしれない……でも、後悔はしたくないんだ」

「おう」

そして、双灯に再びぐりぐりと頭を掻き回された。









「はわわ!はう!!」

ばっさばっさ。

琉雨は落ち葉を両腕一杯に抱くと、高い空へと散らした。

当然、落ち葉はそのまま琉雨の体に降り掛かる。

「はふっ」

それを楽しそうに受け止めて琉雨は飛び跳ねた。


店への帰り、近所の公園の紅葉につい道を逸らした洸祈と琉雨。琉雨は積もった落ち葉と秋風に舞う落ち葉にはしゃぎ、その心意気を忘れてしまった洸祈はベンチに座って琉雨の笑顔を眺めていた。しかし、こうも楽しそうにされたら、その遊びに参加してみたくなる――多分、他人の宝物を見て、石ころだろうと自分も欲しくなる心理だ。きっと、自分もその嬉しそうな顔を見て幸せを分けてもらいたくなるのだろう。

洸祈はベンチから立ち上がり、琉雨に身長を合わせてしゃがむと、天を仰いだ。

落ち葉がきらきらと降ってくる。

洸祈はその一つを指先で掴んだ。鮮やかに色付いた赤茶の葉。こっちは黄色。こっちは茶色。

「琉雨、落ち葉だらけだぞ」

「はひっ!」

髪の毛にも兎柄の長袖にも落ち葉を付けた琉雨は笑うと、差し出された洸祈の腕に飛び込んだ。

洸祈は琉雨を抱っこし、彼女に付いた落ち葉を落とす。

「今の琉雨はミエリッキみたいだ」

「そんなぁ。本物のミエリッキさんはルーよりも大人で美人さんですよぅ」

「お前、ミエリッキに会ったことあんの?」

ミエリッキとは琉雨の故郷スウェーデンの隣――フィンランドの精霊。洸祈は文献でしか知らないが、ミエリッキは森の精霊だ。

「ありますよ。ルーはタピオさんにも会ったことがあるんですよ。ミエリッキさんもタピオさんもすっごく優しいんです。二人が守ってる森にはドリュアスさん達もいるんです。実体を持たないルーのこと気付いてくれて……」

「へぇ、ドリュアスもいるんだ」

ギリシャの精霊とフィンランドの精霊、スウェーデンの護鳥の共演に洸祈は素直に驚く。対して、えへへと照れた琉雨は洸祈の首をぎゅっと抱き締めた。

「でもルーはこの町も好きです。ぽかぽかの太陽とぬくぬくな旦那様がルーは大好きです」

「俺もふかふかな琉雨が大好き」

洸祈は琉雨を抱き直し、池の方へと歩く。

平日の公園は人気がない。しかし、落ち葉の擦れる音がざわざわと音を発する。

その時、琉雨が宙を見上げた。

「琉雨?」

「旦那様、何か……聞こえませんか?」

「………………何も……」

チチチ。

チチ…………。

琉雨が耳を傾けた先、小鳥が池を囲む手摺に留まっていた。

黒の体に目立つ緋の瞳。

セイだ。

「どうしたんですか?」

――伝言――

琉雨の手にセイが乗る。そして、セイの嘴が琉雨の鼻先をつついた。

琉雨も返すように鼻をセイに触れさせる。

暫くそうして戯れ、セイが一鳴きした。甲高い鳴き声で。

洸祈の注意がセイに向く。

それを見計らったように小鳥は彼を見上げた。



――司野(しの)由宇麻が誘拐された――



「……………………どういうことだ?」

一瞬の間を隔てて洸祈の片手がセイの胴を掴んで眼前に掲げ、苛立ちに光る瞳でセイを睨んだ。

「旦那様、そんなに強く握っちゃ駄目です」

「…………司野の居場所を言え」

チチチ……チチ。

「言え!!!!」

「旦那様!」

琉雨が洸祈の腕を掴んで引っ張り、緩んだ指からセイが飛び出した。翼が空を切り、高い木の枝へと逃げる。

そして、葉の影に半身だけを晒して隠れた。

「おい、早く教え――」


――『神域』――


「…………………………」

洸祈が口をつぐんだ。一瞬で感情を消し、無表情で小鳥を見る。

「……それは本当だろうな?」

――伝言を伝えに来ただけ――

……チチチ。

セイが二人の頭上から東の方へと飛んで行った。それは『神域』への方角。

「……『しんいき』ってどこですか?由宇麻さんが誘拐されたなんて…………なんで…………」

「俺に喧嘩吹っ掛けようってことだろ。公務員を『神域』ご招待とは……」

琉雨を地面に下ろすと、ぱきぱきと小枝を踏み付けた洸祈は来た道を振り返る。

「だ、旦那様、どこ行くんですか?」

琉雨が小走りで洸祈の背中を必死で追いかけた。

見えていても掴んでいないと空気に溶けて消えてしまいそうで、琉雨は腕を伸ばす。服の裾でもいいからともがく。

けれども、大股の洸祈に対して少女の足では走っても届かない。

「ま……待って……くださいっ……」

「司野を取り戻す」

彼には琉雨の声が聞こえていない。このままでは見失ってしまう。

琉雨は背中に羽を生やすと、それを羽ばたかせて追い掛けた。外で変化するのは魔獣を知らない人が見たら驚き、恐れられるのでしないつもりだったが、琉雨にとって今は周りの人間よりも洸祈のことだ。

琉雨は追い風を利用して洸祈の肩に乗った。

「ルーも……ルーも絶対に付いて行きますっ」

「なら帽子の中に入ってろ。走るぞ」

拒否されなかった。店で待っていろとも言われず、同行を許可されたのだ。

「はいです!」

嬉しくなった琉雨は洸祈の首筋に額を付けてからフードに潜る。

それと同時に洸祈は走りだした。




「あそこの結界はお前にしか解けないからな」

「ルーは旦那様の護鳥です。旦那様の為に働きます」

洸祈と琉雨は『神域』にそびえ立つビルを見上げていた。

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