秘め事(5)
あの黒くてプーンと不気味な音を発て忍び寄ってくる奴らが憎い!<(`^´)>
血を吸うだけならまだしも、頼むから痒くしないでくれって思いますね(泣)
「みちる君!ようこそ、俺の家へ!」
「失礼しまーす!わぁ、ゆうにぃの匂いがするー!」
「えへへ。なんか恥ずかしいわな。ほな、荷物は俺が運んどくから、中入ってソファーで寛いでてや」
「あ、おトイレ借りていい?」
「ええよ。そこのドアや」
「ありがとう」
みちる君の荷物は重たい。
うむ、兄としてみちる君の荷物ぐらい自力で運ぶぞ!
「ゆうにぃってホントに綺麗好きだね」
「そう?」
「こんな綺麗な部屋、初めて。塵一つないよ」
「言い過ぎや。餡蜜どーぞ」
じっちゃんの和菓子はどれも格別だけど、駅前の甘味処の餡蜜もまた美味しいのだ。
「わぁ!ゆうにぃ、優しい!お母さんもお父さんも僕が甘いものこんなに食べてたって知ったら怒っちゃうね」
「え、そうなん?みちる君のお母さんもお父さんも怒っちゃうん?せやったら、これは秘密やで。みちる君と甘いものをこれからもっと食べる予定やし」
俺はじっちゃんと甘いものに囲まれて育ったからなぁ。
「やったー!じゃあ、いただきます!」
「いただきます!」
大きな口で白玉を一口。
みちる君は俺と同じ色のふわふわの髪の毛を更にふわふわさせて肩を竦める。そして、すぽんとみちる君の口からスプーンが抜けた。
もぐもぐもぐ…………ごくん。
「おいしー!!」
みちる君の満面の笑み。
これが見られるなら、保護者責任放ってみちる君とスイーツ三昧してしまえる。――自制せぇへんとな。
「俺、崇弥洸祈って言います!目に入れても痛くないくらい、司野のことを愛してます!」
きょとん。
みちる君が首を傾げた。
「崇弥、何ゆうとるん?みちる君が困るやろ?」と、俺が初っぱなから暴走気味の崇弥を落ち着かせようとしたら、
「僕は樫木みちるって言います!目に入れても痛くないくらい、ゆうにぃが大好きです!」
「同志よっ!」
「はいっ!」
崇弥とみちる君がガシッと腕を絡ませた。そして、崇弥に肩を掴まれたと思ったら、腰に腕を回され、みちる君共々、崇弥に抱き締められる。
「わ、わぁ!」
崇弥のスキンシップ慣れしていないみちる君が困惑しながらも、とても楽しそうな声を出した。俺は崇弥の胸板から顔を離してみちる君を見上げると、みちる君の笑顔と崇弥の笑顔が目に入る。
崇弥は笑顔の天才やな。
人見知りの気があるみちる君と会った瞬間に打ち解けるんやから。
「ねぇ、洸!玄関前で早速抱き合わないでよ!自己紹介はリビングでするんでしょ!」
千里君の声がしたと思ったら、俺は崇弥から剥がされていた。
「何で由宇麻が洸に抱きつかれてるわけ?」
「…………崇弥とみちる君が俺を好きやから?」
「なら、由宇麻を誘拐すれば、もれなく二人がついてくるってことね」
がっちりと腕を掴まれ、引っ張られる。背後を振り返れば、仔犬のような瞳の二人がついてきていた。
段重ねのケーキ。まるでウエディングケーキだ。
「ようこそですっ!」
普段はリモコンや雑誌が置かれるソファー近くのローテーブルにそのタワー状のケーキは置かれていた。
ソファーに立って両手をぶんぶんと振っているのは琉雨ちゃんである。
「ルーは琉雨って言います!よろしくですっ!」
「あのケーキ、どないしたん?」
「琉雨が気合い入れたらあんなのが出来たらしい」
琉雨ちゃんはもうプロのパティシエさんだ。
「琉雨ちゃん、僕は樫木みちるって言います。よろしくね」
「はひ!」
少々頬を赤くして琉雨ちゃんがぺこりと頭を下げた。フリルの付いたスカートが膝の前に添えた手を包むように膨らむ。
今日の琉雨ちゃんは耳上付近に蝶々の髪飾りが光り、花柄のTシャツ姿で、花畑の精霊だ。
「僕は櫻千里。千里って呼んで」
「僕もみちると呼んでください、千里」
若干、人見知り同士がこんなに仲良く――
「なに泣いてんの?司野」
「我が子の成長を見たみたいで感動してるんや」
「司野は感動が尽きないんだな」
生まれてから20年間の殆どが病院だったから、考えて見れば、周りは新しいことで一杯だ。
「なぁ、夕飯、食べてく?用意してあるんだけど……いや、別に予定があるなら気遣わなくていいから」
「お世話様になります」
「お世話様になってください」
むぎゅりと崇弥に背後から右腕で抱き締められ、左手で頭を撫でられた。気のせいか、かなり強く抱き締められてるなぁ。
「司野、また出張?一体、誰の差し金?」
低い声。
「差し金なんて……」
「司野のとこが日本唯一の監査部ってわけじゃないだろ?」
この状態の崇弥は追及し尽くすな。なら、素直に言うか。崇弥が変に心配することもないし。
「上司命令や。差し金やない」
「瑞牧…………で、理由は?」
瑞牧さんを呼び捨てにしちゃあかんやろ?
「兎に角、行ってこいって」
「理由もなく司野を出張三昧にさせ、俺との時間を奪うとは」
とうとう両腕で抱き締められた。
千里君がぱたぱたとケーキ用のお皿とフォークを用意し、琉雨ちゃんがケーキナイフ片手にどう切ろうか迷い、みちる君が俺達を見詰めて不思議そうにする。
まずい。みちる君が誤解してまう。
『だ・い・じ・ょ・う・ぶ・や』
みちる君なら口パクをちゃんと理解してくれる。
が、みちる君が動いた。
それと同時に俺の腰辺りから呉君の顔が覗いた。片手にノートパソコンだ。お師匠さんの案内と聞いていたが、いつの間にか帰ってきていたようだ。
「洸兄ちゃん、スキンシップが過ぎると猫は逃げますよ」
「……嫌われたくない」
しかし、気の利いた呉君の鶴の一声に崇弥の締め付けは強くなる一方。明らかに逆効果だ。
「ゆ、ゆうにぃを苛めないで」
足を震わせたみちる君は表に出ようとする弱気な性格を勢いで抑えて俺達と対峙していた。
みちる君の目尻が涙を堪えて……ヤバい。
「みちる君を泣かせんといてや!」
「え……俺!?」
「せや、崇弥や!!」
無自覚でみちる君を泣かせるなや!
俺は力ずくで崇弥から離れて泣き出す直前のみちる君を胸に入れた。みちる君の嗚咽が聞こえる。
怖い思いさせてもうたな。
「ごめん……司野……嫌わないで」
「崇弥、俺は崇弥を嫌いにはならへん。せやけど、みちる君は耳が聞こえへんから、見た風に捉えるんや。それに、ごめんは後でみちる君にゆうてや」
「……うん。ごめん」
「ほら、洸。紅茶のお茶っ葉持ってきてよ」
千里君がすっかり落ち込んだ崇弥に役割を与えることで元気にしてあげようとする。崇弥が茶葉を取りに体を縮めて動き出した。
千里君はよく考える子だ。
「ありがとうな」
「どう致しまして。なんだか今日は洸が変だから気を付けて」
原因は今朝のお別れからの陽季君の不在か。
「みちる、大丈夫?」
千里君がみちる君の肩を叩いて目線を合わせてから訊ねた。
「うん。ゆうにぃは大丈夫?」
「大丈夫や」
みちる君が大丈夫だから俺は大丈夫だ。
「あのな、崇弥のこと嫌わんといてな。悪気はなかったんや」
「……僕ら同志だもん。ゆうにぃのことが大好きな」
みちる君の方から茶葉から紅茶を淹れかねている崇弥に近付いて行った。そう、みちる君から自主的にだ。
思いの外、慌てふためく崇弥にみちる君が話し掛ける。崇弥が首を左右に振り、ぺこぺこと頭を下げた。多分、みちる君が謝り、崇弥が自分が悪かったのだと謝ったのだろう。何はともあれ、二人で協同作業に勤しむ姿は微笑ましい。
買物に出ていた千鶴さんが丁度帰ってきて、みちる君と俺も含め、計7人でケーキタイムとなった。その後、千里君と俺、みちる君でテレビゲームをし、時折、崇弥や琉雨ちゃん達が交代でゲームに参加していた。参加していない間は夕飯の用意をしていた。
そして、美味しい夕飯をお腹一杯食べ、談笑し、テーブルゲームをし、皆がぱらぱらと自分の部屋へと戻って行った頃、リビングには崇弥とみちる君と俺が残っていた。
「ゆうにぃは僕の実家では階段下が好きなんだ。かなり暗いんだけど、飼ってる猫のお気に入りの場所でもあるんだ」
「司野は暗くて狭い場所が好きなんだ?」
「あと、猫とか動物も好きだよ。飼ってる猫――ユイって名前なんだけど、ゆうにぃったら、暇になるとユイと階段下でごろごろしてるんだ」
「俺とごろごろしようよ、司野」
「僕ともごろごろしようよ、ゆうにぃ」
『両手に花』とはよく言ったものだ。花は花でも両手に世界最大の花――ラフレシアなら困るだろう。
「もう日付変わったで。皆寝ちゃったんやし、崇弥ももう休みぃ。俺らも帰るから」
「嫌だ!店に泊まって!」
「葵君の部屋にか?二人はキツいやろ。俺の家の方がええ」
「今朝は三人で葵の部屋で寝ただろ」
ばっとみちる君が疑いの目を俺に向けてきた。
しかし、俺にあっちの気はない。
別に同性愛に嫌悪などはなく、寧ろ、幸せになれるなら性別関係なく一緒にいるべきだと思う。人とペットとでもそうだ。
ただ今のところ、俺には幸せになりたい女性がいるのだ。
「駄目や。もう我が儘言わへん。な?」
「むむむ…………なら、おやすみなさいのハグを」
崇弥は1日何回ハグをすれば満足なのだろうか。
俺はワンコ柄のパジャマの崇弥と2分ほど抱き合い、やっと、俺の片手のラフレシアは離れた。
「司野の抱き心地はいいよなぁ。華奢で可憐で……幼女で」
「俺は幼くも女でもないで」
そんな幻想を抱かれながら抱き締められていたなど、聞きたくなかったのだが。
「まぁまぁ、おやすみー!司野、みちる!」
「おやすみや」
「おやすみ、洸祈!」
「何かあったら遠慮せずに俺の部屋に飛び込んで来るんやで?じゃあ、おやすみ、みちる君」
「うん。おやすみ、ゆうにぃ」
俺は来客用の空き部屋をみちる君に用意し、部屋のドアを閉めた。
―由宇麻―
「あ、起こしてもうた?」
―ううん。由宇麻を待ってたんだ―
「もしかして、今まで俺を待って起きてたん!?ごめん!」
―謝らないで。お昼寝を長くしてたから目が冴えているんだ―
パジャマ代わりのスウェットパンツとパーカーに着替えた俺の肩に降りるスイ君。よくよく考えると、彼とは長い付き合いになる。
「そっか。でも、待たせてごめんな」
―窓から影を見てたから。そんなに待った気もしないけどね―
「琉雨ちゃんにケーキの残りをもろたから、明日食べような」
―うん―
スイ君が俺の跳ねた髪を啄んで直してくれている間、俺は休日の日課として携帯電話を開いた。
着信が一件。
『瑞牧さん』だ。
留守録は入っておらず、大事な用ではない……のだろうか。しかし、時間がほんの数時間前で夜中だ。
かといって、今から電話はし辛い。明日の朝だと「遅い!」と怒られるかもしれない。ならば、メールで……。
俺は瑞牧さんの逆鱗に触れない無難な文面をそれなりに考え、寝ているだろう瑞牧さんがこのメールで起きてしまったりしないようにと祈って送信した。
「はぁ……今日は……昨日やな。昨日は疲れた。今日は朝寝したら、またしゃきしゃきするで。折角のみちる君のお休み、めちゃくちゃ楽しいもんにしてやるんや」
口に出すと、ヤル気が沸いてくる。
そして、これまた習慣で、さして電池の減っていない携帯電話に充電器をセットし、部屋の電気を消してから俺はベッドに入った。
小鳥の羽ばたきが窓から入る月明かりに浮かぶ。
チチチ。
小鳥は桜柄のスタンドの傘の上で羽を休めた。
「なぁ、スイ君。蓮君はもう寝ちゃったんやろか」
―蓮は不規則だよ。早かったり、遅かったり、眠らなかったり―
健康に煩い蓮君が睡眠は適当だったとは。医者の不養生とは正しくこのことか。
「なぁ、スイ君。崇弥はもう寝ちゃったんやろか」
―起きてる。ずっと―
「ずっと?」
―洸祈は寝ないよ。寝れないよ。ううん。休めないんだ。セイが休めないように―
体を起こして窓から用心屋を見る。
光の見えない窓は2階のリビングの窓だ。そして、崇弥の部屋の窓は俺の家からは見えない。
今の俺から見て左側面に窓があるのだ。
多分、崇弥はまだ起きている。
「じっちゃんの子守唄……俺でも効くやろか?」
―僕には効いてるよ。由宇麻の子守唄を聴くと眠くなる―
「蓮君には敵わへんけど」
―敵う敵わないじゃないと思うよ。おやすみ―
返事を期待したわけではない単なる独白のつもりだったから、スイ君に応えられて恥ずかしくなった。室内が暗いだけマシだったが、追加して、歌でも稼ぐ蓮君と比較してみたところ、スイ君に真剣に返されて恥ずかしさは倍増した。
「おやすみ」
布団を被って目を瞑る。
早く眠れ、俺。
暑くて暑くて書いてしまった(?)短編『風鈴と夏の夜の出来事』と、一度やってみたかったオリキャラに質問みたいなのを活動報告に載せてます。お暇でしたら、是非(@^^)/~~~