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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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秘め事(2)



そうだなぁ。


例えるなら、それはボロ雑巾。


ボロボロのボロ雑巾。


名前は“陽季(はるき)”だ。







今朝、俺達が向かう先が激安朝市なのは知っていた。

俺は2つある出入口の1つから入って陳列棚の障害を越え、直接距離で約30メートルの地点の10キロ米を1つ確保するだけ――だった。

しかし、スーパーに着いて気が変わった。

開店前から既に人込みがヤバそうだったから洸祈(こうき)と役割を変わったのだ。

俺は恋人想いだから。

洸祈の本来の役割はじゃがいもとニンジンの確保。各15個(お一人様5個×3人分)。

『野菜は琉雨(るう)が選ぶから』と、小さな琉雨ちゃんを肩に乗せられた。そして、俺の隣には用心屋裏の家のおばちゃんさん――加藤(かとう)さんだ。

洸祈は俺や加藤さんとは別の出入口へと走って行った。


「加藤さんはレタスと白菜とトマトですよね。3つも大変じゃあありませんか?」

「なに言ってんの。大変なのはお兄ちゃんの方さ。じゃがいもとニンジンは激戦区。頼んだよ」

……………………激戦区?

朝市はあくまで朝市。別に戦場ではないのでは……。

「よう、兄ちゃんは新米か?ま、頑張れ」

隣の知らないおじさんに背中を叩かれた。

新米もなにも……。


ピーッ。


笛の音。

そして、周囲のおじさんやおばさんの目の色が変わった。



「今日はありがとねぇ。これはお礼。食べて食べて」

「ありがとうございます」

棒アイス2本とカップアイス1個。

加藤にお礼を言った洸祈は、テーブルに敷いたハンカチの上に座る小さな琉雨の目の前にカップアイスを置いた。

そして、棒アイスは――

「ほら、陽季。意識戻ってこい」

がっくんがっくん。

洸祈が椅子の背凭れに後頭部を乗せて放心状態の陽季の肩を掴んで揺らした。

「あぐっ……うげっ……うぐぅ………………もう起きた……から……」

「陽季はお買い物レベル低いのに無理して激戦区に行くから」

「……洸祈はお買い物レベル高いよね」

米10キロ×2袋を確保し、人の波に揉まれて涙目だった陽季の応援に入る程の余裕を見せた洸祈。

彼は貰った棒アイスを頬張る。

「琉雨、食べて」

「はふっ!」

洸祈はプラスチックの小さなスプーンにアイスを取り、琉雨の口に持っていく。琉雨は舌先を上手く使ってアイスを口一杯に頬張った。

「琉雨ってさ、小さいとその分だけ食べる量が減るよね。腹一杯アイスが食えていいなぁ」

「でも、直ぐ溶けちゃいます……」

あっという間に溶け出し、スプーンの縁から溢れた雫を琉雨が慌てて飲む。

奥歯でアイスを噛み砕いた洸祈はスプーンの上の殆ど溶けたアイスを食べ、新たにアイスを掬って琉雨に差し出した。

「ありがとうございます」

「いいよ。琉雨が食べれない分、沢山食えるし。…………陽季、溶けてる」

「なら舐めていいよ、俺の指舐める?」

「……………………自分で舐めれば?」

目を皿にした洸祈が琉雨の唇を親指で拭う。陽季は疲労に満ちた顔で溶けたアイスに濡れた指を舐めた。





「わざわざホテルに入らなくても……」

「だって、職場も店も人目があるから」

いい意味で陽季の容姿は目立ち(俺には嬉しくないけど)、既にホテルの人に陽季も俺も顔を覚えられてる。勿論、疑惑のホモカップルとして。

ま、男同士でホテルに入ったことをホモだゲイだと追及されても、単に『泊まっただけ』『休んだだけ』で片付く。堂々としていれば、ネタになってもそれ以上はない。

手を繋いでスキップしながらラブホに入ったわけじゃないんだし。

「第一、シャワー浴びるだけじゃん」

「二人でシャワー浴びたのが誰かにバレたら洸祈が恥ずかしさでツンツンしかしてくれなくなるでしょ。洸祈は少し拗れたらそこからまた拗れを酷くするんだから」

だから、既に拗れてるから。

陽季のその思考のせいで。

ツンツンって何だよ。それに先に宣言しとくと、俺はデレデレもしないからな。

てか、二人でシャワー浴びんの?

「二人でシャワーとかヤダよ。狭い」

「狭いなら自然に密着できて好都合でしょ?」

うわ。今ので拗れが酷くなった。

「絶対に嫌だから。鍵掛けるし。じゃ、俺がお先」

「えー!まっ――」

俺はスリッパを引っ掛けてバスルームに入った。

鍵もきっちり掛ける。

『バスタオルこっちにあった。出る時に呼んで。持ってくよ。あと、入らないから鍵は掛けないで。何かあった時のために』

扉越しに陽季の声。

諦めが早いけど、恋人想いなとこは俺の中の陽季の自慢だ。今朝も俺を心配して交代したみたいだし。

それにしても、陽季はちょっと俺を心配し過ぎだと思う。陽季より年下だろうけど、俺は成人してる大人なんだ。まるで俺が頼りないみたいに……。

そんなことを思いながら、俺は陽季の言う通りに鍵を開けていた。

だって、過保護は嫌だけど、陽季に心配させたくない。

「…………大事な話……か……」

昨日、電話越しに見えた陽季の残像は真摯な眼差しで、妄想まで陽季で埋め尽くされるなんて、俺はとんだ変態だなぁとか思った。しかし、陽季がわざわざ“大事な”と前置きをしてくるのは陽季が真剣な証拠。

つまり、陽季の大事な話は俺の苦手な話だ。

俺は胸元の指輪を握ってみた。

細いけど、堅くて折れない滑らかな輪っか。

赤い宝石が手のひらを圧し、確かな感触を感じる。

左手の薬指に……通した鎖で第一関節までしか入らなかった。

『こーきー、ちょっとそこの自販機でジュース買ってくるね。鍵持ってくから、無闇にドアを開けないでね』

「あ……うん」

やっぱり陽季は過保護だ。




洸祈は指輪のはまった手のひらを冷えたタイルの壁に触れさせた。

曲げた肘を伸ばす。

伸ばす。

伸ばす。

伸ばす。

「……っ…………」

右手で後ろ首に触れた洸祈。離した指先は赤く染まっていた。

「血………………痛い……」

伸ばす。

「……痛い……?」


――伸ばす。



「……………………痛くない」



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