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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
匂へどもしる人もなき桜花 ただひとり見て哀れとぞ思ふ
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秘め事

火曜日の午後。

今月も木曜日で終わりだが、店への用心棒貸出し依頼はたったの1件だけ。

来月の4日から2日間、俺はとある資産家の外国滞在中の警護にあたることになっている。

依頼人は頻繁に海外に渡っており、外国でのノウハウについては自信があったらしい。しかしこの前、依頼人は海外でかなりの酷い目(金がどうこうではなくて精神的な苦痛の方らしい)に出会してしまった。その為、少々値が張ろうが、確実に自分を守ってくれる人間をお伴にして外国に行くことにしたわけである。

そして、用心棒を専門とした特に魔法使いなら安心だと思って用心屋に依頼をしてきたようだった。



「旦那様、陽季(はるき)さんからお電話ですー」

お、丁度いい。

琉雨(るう)、下まで子機を持ってきてくれないか?」

「はひ。分かりましたですー」

お茶の準備をして――


「レッツスタートティーターイムっ!!」

「あわわ!だ、旦那様、お電話が……」

「いいのいいの。陽季は忍耐強いから。でも俺は忍耐強くない」

琉雨の抱き心地はやっぱりいい。

程好い温かさと柔らかさ。肌寒いこの季節に最高の湯タンポだ。

「駄目ですぅ!折角、お電話してくれた陽季さんに失礼ですよ!」

琉雨にしては強い力で俺の頬を押すと、耳に子機をくっ付けた。

琉雨の目が「お話してください」と必死だ。

…………しょうがないなぁ。

「はーい。なんのよーですかー?」

『明日、会える?大事な話があるんだ』

“大事な話”……?

「………………」

『聞いてる?明日、時間取れるの?』

「…………まぁ……いいけど……」

定休日だし。

「いいんだけど、依頼があるんだ」

『依頼?用心棒レンタルなんてそんなに需要あるの?』

そんなにはない。

でも、全くないわけではない。

用心棒が必要な人がいるなら、その人の大切なものを守るために用心屋は営業し続けるのだ。

一応、これが用心屋のポリシーだ。

「店の裏のおばちゃんの買い物の護衛」

『ああ……よろず屋の方か』

「よろず屋じゃない。“用心屋”だ」

『そうだね』

なんか、適当な返事に聞こえるんだけど。

『そのお手伝い、他の人に頼めない?』

「頼めるのは千里(せんり)ぐらいだけど、千里は勉強に忙しいから。それに俺がおばちゃんの護衛をしたい」

『つまり、俺よりも大切な仕事ってこと?』

そういう選択肢は嫌いだ。全く違うカテゴリーのものなのに、比較しろって命令されている感じで苛々する。

例えば、“犬の嗅覚と猫の聴覚はどっちが優れているの?”みたいな。

嗅覚と聴覚をどう比べろってんだ、阿呆!って言いたくなる。

『嘘だよ。悩まないでよ』

悩んでない。

阿呆の陽季にどう怒鳴ろうか考えていたとこだ。

『じゃあさ、洸祈(こうき)のお仕事を俺も手伝っていいかな?』

「………………いいよ」

原形に戻って背の高い棚に並んだ容器から角砂糖を1つ持ってローテーブルに降り立った琉雨がそれを自分のコップにぽとりと落とした。爪先立ちになり、アンティークショップで買った蔓薔薇模様のスプーンを使ってミルクをかき混ぜる姿は何とも言えない愛らしさがある。

クリームシチューのルーのパッケージに描かれている小さいお婆さんも可愛いが、俺は小さくするなら幼女の方がいい。

『ありがと。いつ頃、店に行けばいい?』

「激安朝市に間に合うように8時には店に来て」

『分かった。また明日』

「うん」

電話切り、テーブルに置く。

琉雨が少女姿で俺の膝に座り、にこにこと俺を見上げてきた。

「明日は陽季さんがお店に来てくれるんですか?」

琉雨はそんなに陽季に会いたいんだ……。

「激安朝市の手伝いしてくれるって」

「はう……“しゅらば”で“せんじょう”の激安朝市に……」

妻が夫の浮気現場を目撃し、その浮気相手が妻の旧友ときた。夫は“修羅場”で妻は“戦場”。

――って、この前の昼ドラでやってた。

第1話からあれだから来週も楽しみだ。

「でも、陽季さんが来てくれるんです!嬉しいですね、旦那様!」

ふーふーと息を吹き掛けた琉雨が砂糖入りミルクを美味しそうに飲む。

俺もコーヒーを飲んだ。

インスタントだろうとレギュラーだろうと、コーヒーの香りは落ち着く。

「別に……陽季が来なくたって琉雨がいればいいし……」

「むむむ。嘘はいけないです!旦那様が陽季さんと電話してる時、スッゴく嬉しそうな顔してましたもん!」

琉雨がぷんすかと頬を丸く膨らませた。

「まぁ、陽季さんは旦那様が言わないことも照れてることもお見通しなんですからね!」

…………何で琉雨がそんなにも自慢気なんだろう。

俺は正体不明の感情に合わせて琉雨の耳朶を弄り、おやつの包装のリボンで前髪をちょんまげ風にした。

「は、はひっ!?」

「琉雨侍の完成」

「あうー!」


ミルクに砂糖のお子ちゃまが大人びた台詞を言うと、こうなるんだ。

覚えておけ、琉雨。







明日は早いからと夜の10時には部屋で眠った。火曜日9時の甘々の恋愛ドラマには興味ないし。どろどろの恋愛話じゃないと。

「琉雨ちゃんと同じ……香り付きコンディショナー。いい匂いだ」

耳が触れられ、熱いぐらいの熱が伝わってきた。冷えきっていた耳が痛くなる。

「ぅぅ…………」

誰?

熱いんだけど……。

「あ。起こしちゃう。また明日ね」

ぱっと熱が離れた。

そして、髪を撫でられる。

頬にキスをされ、気配が遠ざかって行った。


何だか、今日はいい夢が見れそうな気がする。





朝起きたら、陽季が台所で主夫をしていた。ベランダでは千鶴(ちづる)さんと琉雨が洗濯物を干している。千里はソファーに寝転がってテレビを見ていた。

取り敢えず、顔を洗ってこようと思って俺は踵を返した。


「早起きするよりはこっちに泊まらせてもらおうかなって。代わりに朝御飯の用意をさせてもらったんだ」

白米、じゃがいもの味噌汁、目玉焼き、牛乳、リンゴ入りヨーグルト。

「ふーん。しょーゆ」

「あ。目玉焼き……取ってくる!」

なぬ。

目玉焼きを出しておきながら醤油を用意していないなんて……ソースだけはちゃんと用意してるし。

「ソースってなんか甘いから好きじゃない。甘い卵焼きと同じになる」

「旦那様はお醤油の卵焼きが好きですよね」

「ああ」

「僕は卵焼きはお砂糖派。目玉焼きはお塩派だね」

茹で卵は塩派だが、目玉焼きにまで塩は掛けたくない。“茹で卵”と“目玉焼き”で名称が違うのに、どっちも塩味にしたら同じになる。砂糖入りの“卵焼き”と“だし巻き卵”についてもそうだ。

いや、千里は茹で卵はマヨネーズ派か。

「はい、醤油。用意してなくてごめん」

陽季が取って来てくれたなら俺は別に構わない。

黄身を箸で慎重に割り、醤油を適量掛ける。そして、生の部分と醤油をかき混ぜる。

白身を滑り落ちた黄身と醤油が白米に染み込んでいくが、それもまた旨いのだ。

あとは――――食べる!

「…………笑うな」

見られて笑われたら食べ辛い。

「あ、ごめんね。美味しそうに食べてくれるから嬉しくて」

「……別に。目玉焼きなんてどれも一緒だよ」

だからニヤニヤするなよ。

「だーんーなーさーまっ!陽季さんの作ってくれた特別な目玉焼きです!」

「る、琉雨ちゃん?」

琉雨が大きな声を出し、それを聞き慣れない陽季が驚いた。

「琉雨ちゃん、洸はしょうがないよー。洸もあおと同じでツンデレだもん。ねー」

「…………知るか」

「ほらねー。洸はツンツンだー」

千里まで笑うな。

陽季も琉雨も……千鶴さんまで……。

「ああもう!誰か沢庵!」

「俺が取るよ」

漬物の入った小皿を俺にくれた陽季が含みのある笑いをした。

例えるなら、それは余裕の笑み。

「………………あんま見んな……」


――馬鹿野郎。

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