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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編6
265/400

招待(2)

ちちち。

起き抜けに鳥の鳴き声はほのぼのするなぁ。

「うぬぬぬぬぅぅぅ……」

雑音がし、浅い眠りから覚めたら俺の脇腹に頭を擦り付ける千里(せんり)がいた。

何をしているんだ、こいつは。

「新手の宗教勧誘に捕まったのか?」

ベッドに顔だけ乗せてうーうーと唸っていた千里は顔をあげると、俺の顔を見詰める。

「うわっ」

千里が俺の首に抱き付いた。

そして、大きく深呼吸。

そして、長いキス。

…………………………長い!

「…………っ……離れろ!」

「ぅぐっ」

どうにか剥がしてみれば、千里は涙目だった。

「せん?お前、何かあったのか?」

「…………お祖父様に馬鹿にされた……非行の権利とか雇用計画の実行とか…………」

「飛行機?紅葉刑事?」

一体何について馬鹿にされたんだ。

「あ……体調は?」

涙に濡れた目で話題を180度回転させて俺を心配してくる千里。

俺の額に自分の額を付けたり……俺は熱があるわけじゃないのに。

「良くなった?……ごめんね、あお。病み上がりなのに僕のせいで……」

今更“僕のせい”とか言うなよって思う。

それに、これは俺自身のせいだ。

単純に俺が臆病になっただけ。

決して千里の代わりではないとしても、(つばさ)さんの存在は都合良く見えてしまい、俺は千里の隣に居ていいのかと急に自信がなくなった。

頭だけはいいつもりだったけど、いくら知識があっても解決できないことはあると……。いつか、俺は千里と手を離してしまうのではと、ぐちゃぐちゃと思考が無理矢理激しく掻き混ざって混乱した。

「いつまでも元病人扱いするな。俺はもう大丈夫だ」

「…………あおの大丈夫は………………」

「ん?」

千里は俺から顔を背け、ベッドの側面を背凭れにして床に座り込んだ。片腕だけは俺の手を握る為にベッドに乗り上がっている。

「千里……」

口を閉ざした千里が心配で……俺が不安で……上体を起こして千里をベッドの上から見下ろせば、静かに千里が俺を見上げてきた。

今、澄みきった翡翠は俺の全てを見透かしている――そんな気がした。


怖い。

俺を見ないでくれ。


俺の手は千里から離れようと、俺の足は千里から逃げようと、俺の脳は俺を壊していく。


「俺は大丈夫だから」



俺の心はいつも独りぼっち。



「あお……っ」

千里の指先は空を弱く掴んだ。そして、力を失った腕がベッドに沈む。

「どうして(あおい)は何も教えてくれないの……」

葵の温もりの残る布団をかき抱き、それに顔を埋めた千里は背中を丸めて小さくなった。

「僕は葵の気持ちが分からないよ」

圧し殺した泣き声が部屋に響き出す。

鼻を啜る音が混じり、喉をひくつかせる音が混じる。

布団によってくぐもった声が大きくなる。

「大丈夫じゃないよ。大丈夫なわけないんだ」

瞼を真っ赤に腫らした千里が天井を向いて叫ぶ。

「どうして……!!どうして葵は大丈夫しか言わないんだよ!!!!」

千里が大きな声で泣き出した。





(はじめ)の斜め後ろをついていくメイド――由紀(ゆき)が突然廊下に微かに響いた誰かの泣く声に背後を振り返った。

「……千里様?」

「由紀、放っておいてやれ。あいつは必死にもがいてるところだからな」

「ご主人様は千里様が本当に大切なんですね」

「………………知らん」

音を立てずに源が縁側を進む。その手には赤い鞠が1つ収まっていた。







「うげっ」

「え……!?」

玄関を出たと思ったら玄関前にいた少年に躓いてしまった。逃げることに必死で石階段に座っていた少年が見えていなかったのだ。

「ご、ごめんっ!大丈夫?」

身長差と段差でかなりの衝撃があったはずだ。少年は階段に突っ伏しているし。

俺は彼の肩を支えて起こそうとすれば、俺の手は強く払われた。

弾みでも偶然でもない。


拒絶された。


「我に気安く触れるな、その顔で」

「その顔でって……君、洸祈(こうき)の知り合い?」

「さぁ。我は兎に角、その顔が嫌いなだけ」

子供と言えどこの顔は俺と洸祈ぐらいしか持ってないと思うし、ちょっと失礼じゃないだろうか。

しかし、俺の不注意がそもそもの原因だし。

「じゃあ……ごめんね。大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

真顔で言われた。

「どこか怪我した?」

触れられないから関西辺りの方言らしいものを使う長袖長ズボンの不思議な少年に訊ねるしかない。

「さぁ。でも、我は大丈夫じゃない」

何なんだろう、この子。

無表情で子供っぽくない。と言うか、会ったばかりの頃の(くれ)に似てる。

「だけど、言ってくれないと大丈夫じゃない理由が分からないよ」

「分からない?分からないならどうするんけ?」

分からないなら……と言われても。

雪癒(せつゆ)?お前なのか?」

神影(みかげ)さんだ。

神影さんが少年に呼び掛ける。

そして、俺を見る。

「あんた……体調は?」

「え…………あ、大丈夫です」

“大丈夫です”

俺は大丈夫です。

「動悸、不眠、発汗、食欲不振、口の渇き……不整脈。あんた、相当のストレスが溜まっているな。酷くなる前に休むことを勧める。店からは離れて一人になってな」

一気に色んなことを言われた。

最後に「あんたは大丈夫じゃない」と付け加えて。

「神影、もうええんか?」

「嗚呼。十分だ。だが、お前は俺を待っていたんだよな?」

「我は『道桷』の茶碗蒸しが食べたくなっただけ。その序でがお前や」

石階段に手を突き、少年は立ち上がる。

「連絡くれれば土産に持ち帰ったんだがな」

「道桷の座敷で食べることで更に美味くなるんや。神影は食の素人やな。道桷にはよ行くけぇ」

「分かったよ」

「神影さん、またいらしてください」

「ああ」

神影さんは俺の横を通り、少年を追う。そんな彼に玄関から現れた翼さんが頭を下げた。




「大丈夫……」

千里は怒った。

“大丈夫”と言った俺に。

“大丈夫”だからそう言っただけの俺に。

『あんたは大丈夫じゃない』

「俺は大丈夫……」

本当に?

ストレスが溜まっていると神影さんに言われた。

大丈夫じゃないのか?

「俺は大丈夫なんだ……」

「葵さん?お待たせしました。今日のお昼のデザートの由紀さん特製杏仁フルーツゼリーです。あと、スイートポテトです。お店の方々と食べください。これは秘密ですけど、このスイートポテトはお義父さんと一緒に由紀さんと俺で作ったんです」

紙袋1つとケーキ屋で良く見るホールケーキが入る箱が1つ。

帰ろうとした翼さんに引き止められて待てば、沢山のお土産をくれた。

それも意外な曰く付きのお菓子がある。

「それと――」

傍の扉を開ける翼さん。

「あの、これ以上は……」

大広間のテーブルにででんとお土産を並べられ、そんなに持てない。どう足掻いても俺の腕は2本しかないのだから。

「これ以上は?」

翼さんが持ってきたのは人間だった。

「え……あ、あの、持って帰ります」

「タクシー呼びましたのでもう少し待っててくださいね」

俺の腕にぐったりしている金髪のひょろひょろを入れた翼さん。

「葵さん」

「あ……はい」

「怖いですか?」

「え?」

「俺は怖かったです」

「あの……何のことですか……」

突然、怖いかと聞かれても答えられるわけがない。

「俺は誰よりも俺を知っているから俺は俺が嫌いで俺は俺を家族にすら隠してきました。でも、両親が死んで、俺は思い知りました。自分は本当に独りなんだと」

俺の心は独りきり。

「もうあんな思いはしたくない。取り返しのつかない生き方はしたくありません」

翼さんが出窓の向こうを眺める。

「葵さんはとてもお強い心の方です。だからと言って、隠して傷を溜め込めばいつかは限界が来ます」

翼さんは心理学の勉強をしていると言っていた。俺を分析しているのか。

「誰でもいいんです。千里さんにでも。この俺にでも。話してください。話さずともいいんです。好きなことをして吐き出してください。ただ、これ以上溜め込まないでください。あなたは大丈夫ではないと、あなたが一番良く分かっているはずです」

翼さんが眼鏡の奥の瞳を細めて優しい笑みを溢す。

そして、お土産を両手に持った。

「タクシーが来たみたいです。行きましょう」

「はい」

千里を抱き抱えて俺は立ち上がった。眠る千里は華奢だが、身長分は重い。

重くて温かい。










洸祈は思いの外あっさりと承諾してくれた。別に俺が面倒くさいとかではなく、逆に「ありがとう」と感謝された。

俺のことを本当に心配していたらしい。

俺が自ら休暇を申し出たことで安心したみたいだった。

「休暇取ったってこと以外は千里に言わないで」

「ああ、分かった。ゆっくり休めよ」

洸祈に頭を撫でられ、俺は晴滋さんの運転する車に乗り込んだ。

俺の持ち物はこの身一つ。

自らの通信手段は持たない。



「行ってきます、洸祈」

「行ってらっしゃい、葵」

葵を乗せた車は静まった住宅地の闇に溶けて消えた。

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