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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編6
263/400

夢の中

【1】


「先生?」

「んー?」

「このむにむには何?」

「そのむにむには…………い、芋虫……」

先生がぼくから逃げた。

「むむむ……先生」

「むにむにさんは葉っぱに返してあげなさい」

「えー。折角、見つけたのに」

「うん。で?見つけてどうだった?」

えーっと、どうだろう。

「むにむにできた」

「他には?」

「うーうー」

もう思いつかない。

「5つ以上見つけられなかったらどうするの?」

「元の場所に戻すの。…………ばいばい、むにむにさん」

ぼくは壊さないように摘まんで葉っぱの上にむにむにさんを乗せた。葉っぱの上で固まったむにむにさんは暫くしたらのろのろと動き出し、茂みに隠れる。

行っちゃったなぁ、むにむにさん。

「こら、何を探してるのかな?」

「………………べ、別のむにむにさんだもん!あのむにむにさんじゃないもん!次は5つ以上言うもん!」

「…………おやつタイムにするよ。だから、むにむにさん探しは終わり。いいね?」

「おやつ!」

新しいむにむにさんを探して茂みに顔を突っ込んでいたぼくはおやつの前の手洗いとうがいをするために家へと走った。





【2】


「甘い。甘いよ」

「あ。じゃあ、こっちの抹茶と交換する?」

「いいの?」

「私は甘いのも好きだから」

「ありがとう、先生」

先生が俺の食べかけのチョコレートケーキと箱に残っていた抹茶ケーキを交換してくれた。


「むにむにさん、探しに行ってみる?」

「むにむにさん?」

「緑色の芋虫」

芋虫のむにむにさんか。

先生の名付けのセンスは壊滅的だと思う。

「先生、いもいもさんの方がいいよ」

名が体を表しているし。

誰だって「いもいもさん」と聞けば、芋虫を思い浮かべるはずだ。

「なら、いもいもさんを探しに行かない?今朝、見つけたんだよ」

「いいよ……別に。俺、5つ以上も思いつかない」

「見付ける前から思いつくわけないんじゃない?」

「……でもいい。眠りたい……から」

「うん。分かったよ。そのケーキを食べて、そのジュース飲んだら、お昼御飯まで寝ててもいいよ」

先生は俺の髪をむしゃくしゃと撫でると、俺の食べかけのケーキを食べ始めた。

先生、断ってごめんなさい。

でも、無理なんだ。

何も思いつかないんだ。





【3】


「先生!見て見て!」

「んー?」

「ぼくのロイヤル水中回転!」

ぼくは水中に潜り、先生も見てくれているのを確認する。

よし、ロイヤル水中回転だ!

先生にぼくの雄姿を見せてあげるんだ。





【4】


な……に……?

「――っ!!!!」

何で、水の中にいるの?

息……できない。


「ねぇ!大丈夫!?」

「せ……せんせ……俺……」

先生がとても不安そうな顔をして俺を見下ろし、ぎゅっと俺を抱き締めてきた。

「ごめん。あなたは泳げないのに……っ」

なんで先生が謝るの?

水の中にいた理由は分からないけど、先生のせいではないと思う。

「怖い思いしたよね。本当に……ごめん」

「ううん。俺、びっくりしただけだから」

先生はちょっぴり泣いていた。





【5】


「先生!ぼくのロイヤル水中回転どうだった…………先生?」

先生が泣いていた。

可愛い水着に涙は合わないと思う。

「先生、泣かないで」

「…………ううん。泣かせて」

ぼくをぎゅうぎゅうと抱き締めて、プールで泳ぎまくって冷えたぼくには熱いぐらいの涙がぼくの背中を流れるのを感じる。

「先生…………」

先生が泣くとぼくも悲しいよ。





【6】


「先生、ここはどこ?」

「ここはあなたと同じ年頃の子達が働いている場所」

夜なのに星は見えなくて。

夜なのに人工の光で溢れている。

「うん。で?俺も働くの?」

「ううん。あなたはここで皆と一緒に暮らして友達を作るの。できる?」

「皆って、先生も一緒でしょ?」

先生も一緒なら……。

「私は用事があるから」

「俺……一人?」

「皆がいるから。友達よ?」

友達なんて無理だよ。

「大丈夫。あなたは一人じゃないから」

「先生がいなかったら俺は一人だよ」

小沢(おざわ)さんの言うことをちゃんと聞いてね」

先生に縋った俺の手を取り、先生は代わりに俺の首に大きな布袋を掛けた。

「これはあなたのお金。大事にして」

そして、俺の手は小沢さんというおじいさんに掴まれる。先生とは違うしわしわした手のひら。

「今日からここがお前の家だ。屋根裏にお前の部屋を用意したからな」

「…………俺は先生と一緒にいたい……」

俺をおいていかないで。

「ごめんね。必ず……あなたを迎えに行くから」

先生が俺の頭を自分の胸に押し付けると、小さく囁いた声で俺と約束をした。

「あなた達を愛しているよ」と、先生は俺の頬にキスをして俺に背を向け、歩いて行った。

「せんせ…………」

「中に入ろう。お前は店子じゃないからな。あまり目立たない方がいい」

小沢さんに引っ張られ、俺の体は新しい家の中へ。

「先生……先生…………っ」

俺を一人にしないで。





【7】


“怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い”

誰の声かなんてどうでもいい。

ただ……もう起きる時間だ。

「……おはよ…………」

「ん…………おはよう……」

知らない人がぼくに添い寝をしていた。でも、知らない人でも挨拶は大事だと先生が言っていた。

「……泣き腫らしたね。僕、新しい氷貰ってくるよ」

泣き腫らした?

意味分からない。泣いた覚えないんだけど。でも、瞼がじんわりと痛い。

「えっと……ぼく、あなたの何?」

「いや、“何?”って聞かれても…………え?“ぼく”?」

おっと……これは。

「兎に角、昨日はありがとう。……お、俺は大丈夫だから」

「あ。どういたしまして」

そっか。この人は“もう一人”の知り合いか。

今は合わせておこう。

「あのさ、俺に色々教えて。ここのこと」

「いいよ。まずは朝ごはんだね。三階の大広間に皆集まるんだ。で、皆でいただきますするんだ。まぁ……来れない子もいるけど」

病気か何かかな。

「まぁ、そこで自己紹介すればいいと思う」

「分かった」

「でもその前に……着物に着替えよう。えーっと、どれがいい?」

どれがいいかな。

「それ」

「この白いの?」

ぼくは白が好きだ。眩しいけど、なんだか懐かしい気持ちになるから。

ぼくは白い着物に袖を通し、着物の勝手が分からない僕の為に“彼”が着つけてくれる。そして、ぼくの髪を櫛で鋤き、濡れた布をぼくの瞼へ。

冷たくて気持ちい。

序に顔もごしごししたら彼に笑われた。

むむむ…………。

「じゃあ、大広間まで案内するよ。(せい)

「??」

んーっと、“清”って…………誰?

ぼくに対して向けられた言葉だとしたら、“もう一人”は一体いつ改名したんだ?

「せい。せーい。慣れてよ、清。君の名前は清だよ」

「あ……清ね」

ぼくは彼に案内されながら大広間へと向かった。





【8】


「あ……あの………………俺を見ないで……」

なんで俺にこんなに視線が集まってるんだ?

「自己紹介だよ、自己紹介」

「……(ろう)

狼が俺にガッツポーズをしながら片手はテーブルのアップルパイを自分の皿に山盛りにしている。絶対に俺のことを適当に考えてるでしょ。

「えっと、俺はこ…………清です。屋根裏部屋にいます。あとは……男です。よろしくお願いします」

「うん。よろしくね、清ちゃん」

(かい)さんだ。

頭下げたのに狼はパイに夢中で他の人たちは無言で、すっごく気まずかったから灰さんがぱちぱちと拍手してくれてよかった。

俺は灰さんの背中に隠れてからそさくさと狼の隣に退散した。



皆無言で朝御飯にありついていたのに、暇だから灰さんが洗った食器を拭くお手伝いをして屋根裏に戻ったら部屋が人で溢れていた。

「…………どうして……」

皆で俺をボコりに来たとか?

恒例行事の新米虐めとか?

「よ。清」

「……俺は縄張りとかには……」

屋根裏に居させてくれればそれだけでいいんだけど。……もしかしたら屋根裏は既に誰かの縄張りだったのかも。

「…………ろ、狼っ!」

狼だけは俺の味方だよね?アップルパイの次でいいからさ!

「今日は金曜日だから、狼はお仕事だよ」

「金曜日は丸一日座敷にいるよね」

「その代わりに狼は土曜日と日曜日を休むんだ」

「お客様の多い3日の内、2日も休んでさ。今日のお客様だって狼の固定客で、お茶とお菓子に勤しんでるんだ」

へー。

こういう店でお茶とお菓子だけの固定客を作るなんて、狼は世渡り上手?だろうか。

「兎に角、狼はいないけど、お前の歓迎会だ。皆でお菓子用意したし、騒ぐぞ!」

「屋根裏って煩くしても下に響かないんだよね。でも、騒いでたのが店長さんにバレて、ここに鍵掛けちゃったんだ。だから、清がここに来てくれて、屋根裏の鍵が開いて……ありがとう、清。僕は(みお)。よろしくね」

「よろしく……澪」

茶色の短髪に灰色の瞳。

多分、ハーフっていうのだ。

髪の長さが凄く長い子とか短い子とか、髪の色が黒とか金色とか様々だが、皆俺と同じくらいの年だ。

兎に角、怖い意味の御礼参りとかではないらしい。





【9】


「狼……」

「おやおや……誰に僕の居場所を聞いたんだい?」

「…………自力」

長い黒髪を散らばせて女の人が着物にくるまって眠っていた。あれは狼が今朝着ていた着物だ。

そして、狼は薄い布切れを着ていた。あれは着物の下に着る奴だ。

あれ一枚は寒いだろうに。透けてるし。

「僕に会いたくなったの?僕、お仕事中だよ?」

「…………あ…………ごめん……」

「いいよ。今日のお客様は優しいから。入って。その代わり、静かにしてね」

「うん」

狼が風邪を引いてしまうと思ったが、部屋の襖を閉めたら温かい空気が俺の体を包み込んだ。

部屋の隅にストーブが置かれている。

「どうかした?」

「え………………あの……皆、部屋に来てくれないから……」

「今日は皆忙しいと思うよ。でもね、君はあまりここに来ない方がいい」

分かってる。

ここは皆の仕事場だ。

「今夜、君に会いに行くよ。二人きりでいいかな?」

「うん」

狼は女の人の頭を撫で、俺の頬にキスをする。

むむむ……女の人と同時進行って、俺が軽んじられてる気がしてならないなぁ。でも、あくまで仕事中なんだし……我慢。

それに、今夜は二人きりだ。

「そうそう、暇な時は食堂に行きなよ。灰さんも話し相手がいなくて暇してるだろうから」

「会ってきたよ。今日の夕飯にはアップルパイが出るって」

狼の大好きな――俺よりも好きなアップルパイ。

「本当!?」

狼がぱっと顔を輝かせ、

「……狼?」

「あ…………ナツミさん。起こしてしまいましたか?」

狼は目を覚ました女の人の頬にキスをした。

俺だけの頬にキスが……酷いよ。

「ん……あら?だぁれ、この子?」

女の人の長い睫に半分隠れたトロンとした目が俺に向けられた。

「僕の友達。だけど、この子は店子ではないでお手柔らかにお願いします」

「名前は何て言うの?」

「清って言います」

不満と困惑で固まった俺の為に狼が答える。

女の人は狼の頬にキスを返して起き上がると、次に俺の頭を撫でた。

「あたしはナツミ。狼とは長い付き合いだけど、あなたは?」

長い……付き合い?

「俺は一週間……以上ぐらい」

本当は5日。

出会って間もないです。だけど、長い付き合いの女の人に狼との絆を馬鹿にされるかと思えば、以外な返事が返って来た。

「短いのに本当に親しいのね、清」

「う、うん」

狼の言った通り、この女の人は優しいかも。

「嫉妬……はしないわ。でも、今は狼はあたしのものよ。狼、来て」

「はい、ナツミさん」

狼がナツミさんの前に膝を突く。ナツミさんは狼を抱き寄せると狼の背中に着物を掛けた。そして、着物を着せる。

「今日はありがとう。あなたのおかげで踏ん切りが付いたわ」

「僕はいつでもナツミさんの味方です」

近い……狼とナツミさんの距離が近い。

近すぎて少しムカつく。

一瞬たりとも外れない視線を向け合うばかりか、今にも重なり合って一つになるかのような距離。

そんなに近付いたら寄り目になって辛いはずでしょ!

「ううう……」

狼の指を引く。

俺の存在を忘れないでよ。

狼は俺を振り返りはしないが、指を絡ませて俺の手の甲を撫でてくれた。

構ってくれて気分が良いので、両手で狼の手を握ろうと――

「清、あと2時間は狼はあたしのものなの。あなたがあたし達に加わるなら兎も角、狼を取らないでくれるかしら」

「あう…………ごめんなさい……」

俺達の指同士の密会がバレた。

「かといって、清が謝ると狼が困っちゃうでしょ。だから、皆でおはじきしましょ」

カチャカチャカチャカチャ。

ナツミさんが広げた巾着からおはじきがキラキラと落ちる。思わず両手でそれらを受け止めれば、宝物の山になった。

「清、ばら蒔いて」

俺は両手の指を広げた。

赤、青、黄、緑、橙。

俺の手からおはじきが沢山零れ落ちていく。

俺の両手から全部……。

「プレゼントよ、清。これはあたしからあなたへの出会いの証」

赤色の模様がまるで風車のように入ったおはじき。

ナツミさんが俺の手のひらにそれを乗せて綺麗な手を重ねてくる。

「さ、始めましょ。一番はあなたよ、清。次は狼ね」

「分かりました。清、おはじきのルールは知ってる?」

知ってる。

昔、先生と一緒に遊んだ。

俺は畳に指先を滑らせた。





【10】


「……………うう……なんで…………」

また上手く眠れなかった。

折角眠れたかと思ったら、壁の時計を見るとたったの2時間しか眠っていなかった。

飲み過ぎて睡眠薬の効き目が悪くなってきたのかもしれない。

今すぐ眠りたい。

明日は朝一で常連客の相手だし、もし仕事中に居眠りをしたら何をされるか……。

眠りたい。

せめて、少しでもいいから疲れが取れたらいい。

眠らせて……。

「眠れないの?」

「……………………うん……薬飲んだんだけど……」

「僕の布団においで」

狼の動く気配がし、俺の肩を優しく叩いた。

俺は眠れるならと隣の狼の布団へと這う。

狼は俺に毛布を掛けると、自分は部屋の障子を開けた。

窓から月光が射し込む。

「安眠用の香があったはず。少し焚こうか」

不安そうな顔をしていたのだろうか。

狼が俺の顔をペタペタと触れた。そして、立ち上がって棚を漁る。

「明日は朝からだっけ?」

「うん……常連さん。寝ないと……殴られる……」

「……この前の脇腹のアザは消えた?」

僅かな灯火が薄闇に現れ、狼が俺の隣に寝る。触れ合った狼の肌はひんやりとしていた。

「清、深呼吸して」

ゆっくりと息を吸って吐く。

微かに香ったのは重いというか深いというか……。

目を開けているのも辛くなって……。

「全身の力を抜いて。大丈夫、僕は君から離れないから」

狼が俺の手を優しく握ってくれる。パジャマが脱がされ、首元を絞めていたボタンの存在に気付いた。

えっと……羊が1匹。羊が2匹。ヤギが……1匹?

めぇぇぇええ。

ヤギが2匹。

ヤギが3匹。

ヤギが4匹。

ヤギが10匹。

ヤギが……めぇぇぇぇぇぇえええええめぇめぇめぇえええええええ……沢山。

「おやすみ、清」

おやすみ、狼。





【11】


花は散り、花弁は彼の頬を流れ落ちた。

花は散り、花弁は彼の髪を飾り付けた。

ナイフは手を滑り、泥を跳ねらせてその濁った水に沈んだ。そして、黄土色の水はやがて赤茶へと色を変える。

「ごめん……なさい」

白かった俺の着物を染める君の血は深紅よりも明るい紅色。

知らなかった。

君の血は他のヒトよりも美しいんだね。

でも、要らないんだよ。

だって、これは俺の手に残らない。

全部流れて消えてしまう。

「許して……許して……」

だから死なないで。

「目を開けて…………」


目を開けて、コウキ。

活動報告に4月29日付ですが、5月5日に子供の日イベに合わせた短編『Children's Day』を公開しました(*´ω`)

内容は琴原さん家の子供の日です(*ノωノ)

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