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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編6
262/400

変人さん

雨。雨。雨。

曇りよりは雨が好きだが、雨よりは晴れが好きだ。

それに雨は好きでも、長々と続く雨は曇り以上に嫌いだ。

時々、空が思い出したように地上に雨を降らす。そして、雨が止む。

朝陽に雨粒が輝き、空気が新しくなる。

僕が好きな雨はそんな雨。


僕が求める雨はまとわり付くみたいな鬱陶しい雨じゃないんだ。




カーン。

甲高くない――耳に心地好い鐘のような音が鳴った。

「来客か」

腕で上体を起こし、天蓋を支える柱の一本に凭れる。

窓から覗けば、門の前に黒い傘。

(れん)様、出ますねー」

開いたドアから廊下を反響した董子(とうこ)ちゃんの声がする。

間もなく、黒い傘の人物が門を潜って庭へ。

そして、玄関へと続く石畳の途中、黒い傘が傾いた。

あ。

「何だ…………遊びに来てくれたんだ」

わざわざ雨の日に訪問してくる変人。

雨の日が続くと決まってダルくなる僕にはあまり歓迎できないが…………君からここへ遊びに来てくれるなんて嬉しいよ。


神影(みかげ)君」








「おいお前、誰かがお前を探しているぞ」

僕が日当たりの良い場所へ座布団片手に廊下を歩いていると、声を掛けられた。声の主を探して背後を振り返るが、廊下と三階へ続く階段のみ。

誰もいない。

でも、誰かいる。

「誰かって誰?」

「俺が知るわけない。兎に角、お前を見付けたい誰かだ」

やはりここだ。

階段の下。

暖簾で隠された荷物置き場のはずだけど……あれ?秘密基地?

何処から電源を取っているのか知らないが、天井代わりの階段に傘電球。

濃い影を落とす棚には褐色の怪しげな瓶がズラリ。

そして、僕に背を向けて座布団に胡座をかくその人はラベルも見ずに瓶を掴む。

何をしているのだろうか。

気になるけど、ここは狭くて静かで……温かい。

「僕、不良なんだ。ここにいてもいい?」

一人で日向ぼっこも好きだけど、こういう場所で物思いに耽るのも好きだ。

と、座布団を敷いて座った僕を彼が見下ろしてきた。

この人は確か、ご飯の時だけ現れてぶつくさ一人言を言う“変人さん”だったっけ?

「ここは俺の場所。健全な科学の世界だ。不良の場所じゃない」

「いやいや。ここは先生の家だよ。君の科学の世界じゃないよ」

寧ろ、部屋で皆と一緒に眠らずに勝手に階段下に住み着いている変人さんこそ不良だ。

「おい、それに触るな。お子様には早い代物だ」

僕は自分の場所作りに邪魔な銀色の筒をどかそうとして彼に怒られた。

マジな目だ。

「ば、爆弾作るのはいいけど、誤爆は嫌だよ?」

「はぁ?爆弾?中身はエタノールだぞ?」

「エタ?エタノー……る?」

何それ。

「知らないのか。餓鬼だな。……つまり、中身は酒だ」

「お酒は二十歳過ぎないと駄目なんだ。つまり、犯罪者ってこと?」

お巡りさん呼んどく?――――“変人さん”が虫けらを見るみたいな目を僕に向ける。

怖い。怖すぎるから。

「お前みたいな餓鬼に分かるように酒って言ったんだ。これは酒じゃなくてエタノール。酒の材料の1つだ」

むむむ…………。

「それで、これはスクロース。こっちはショ糖だ。舐めただけで効果絶大」

さらさら。

2つの透明な瓶の中を白い粉が流れる。

“効果絶大”って……これは絶対にヤバい!!

「ぼ、僕はそんな下等な物には屈しないぞ!」

「だがな、お前は既にこいつを日々の食事の中で摂取している」

「!!…………じゃ、じゃあ……僕の脳ミソはもう――」

終わった。

近い内に僕はぐちゃぐちゃの脳ミソで意味不明な言葉を吐き捨てて死ぬのか。

まさか、この人が食事の時だけ現れていたのは、僕達にヤバいのを食べさせてその経過を見るため。そして、ぶつくさ言っていたのは一人言じゃなくて、実験の成功に歓喜の声を漏らしていたとか……。

「僕……いつ死ぬの?」

「………………」

言えないほど僕の寿命は僅かということ?

「……ならお願いだよ。僕をここに居させて……もうすぐ死ぬまで」

僕を探しているおじさん、おばさん、僕はあなた達の子供にはなれません。

僕みたいな商館上がりの子供を心から引き取りたいと言う優しいあなた達が。

逃げる僕を諦めずに追い掛けてくる優しいあなた達が。


僕は――――怖い。


「ホントに馬鹿な餓鬼だ。馬鹿餓鬼」

馬鹿馬鹿言い過ぎだ。

「僕は知らずに劇薬飲んでる馬鹿さ。どうせ……」

馬鹿な僕にはおじさんやおばさんに返せる自信がない。

愛されても困るのだ。

「スクロースもショ糖も同じ物だ。砂糖だ、砂糖。料理にも菓子にも普通に使われている。摂り過ぎなきゃ死にやしない。だからお前は死なない」

「………………砂糖?」

砂糖はクッキーや飴とかに入ってるアレだろう。

「無知は馬鹿を見る。お前は無知の馬鹿。他人に騙されて食い物にされる負け犬だ」

「負け犬……僕は負け犬……」

黒い目が僕を蔑む。そして、そこに哀しみが見えた気がした。

「まぁ、まだ餓鬼のお前には時間がある。このまま馬鹿の負け犬でいたいか?」

「嫌だ。馬鹿も負け犬も嫌だ」

「なら、俺がお前に力を与えてやるよ。科学を教えてやる。人間も生物も。この世界を教えてやる」

砂糖の入った2本の瓶を揺らし、1本を僕の服のポケットにいれる彼。

「やるよ。先生への口止め料だ。お前の名前は?」

「…………蓮」

久しく口にしていないせいか、僕は僕の名前を言うのを躊躇った。

“蓮”なんて……変な気分。

「俺は神影だ。よろしく、レン」

黒髪お兄さんは無愛想に僕に手を差し出す。それも白手袋で。

さっきは手袋なんてしていなかったから、僕と握手をする時になってこの手袋をしたのか。

これはあからさまだけど、握手したいとは思ってくれたのだ。

僕はその冷たい手に触れた。

「えっと、よろしく。ミカゲ」

「俺はお前の先生だぞ?神影さんだ。ま、俺より賢くなったら呼び捨てでも良いけどな」

三秒だけだけど、僕はミカゲさんと握手をした。

「おっと、その前にお前を探している奴に言ってこい。暫くここで神影さんと勉強をしたいとな」

「わ、分かった!」

僕は座布団を置いて秘密基地――科学の世界を出た。

そこに僕の場所を作って。








「おい、蓮」

「何の用?雨の日に来るなんて急用みたいだね」

「……大阪は晴れだった」

つまり、僕に用はないみたいだ。

益々珍しい。

「お土産はないの?」

「俺は無駄遣いはしない。でも、雪癒が持ってけと言うから、粟おこし持ってきた」

「粟おこしかぁ。昔一度だけ食べたきりだ。あれは美味しかった」

「下で渡した。茶を用意するとか」

ティータイムだ。

そう考えただけで小腹が空いた感覚がした。

「あのさ、神影君」

「なんだ?」

窓の前に立ち、気まずそうに雨の降り頻る外へと顔を向けて右往左往。

「君が東京まで足を運んだのは用があるからでしょ?」

「俺は別にお前に――」

「僕に用ではないのは分かってるよ」

僕の家に来たぐらいで落ち着かなくなるわけがない。

もっと違う大切な用事。

例えば、神影君の傷口に滲みるような用事とか。

「招待状が来た」

「招待状……その年で隠居している君に?」

「“その年”は余計だ。第一、俺は隠居なんてしていない。だが……招待状はあの子の家から来たんだ」

それは驚きだ。

「日付は明日の午前11時」

「招待を受けるの?」

「…………迷っているからお前の家に来たんだ」

それもわざわざお土産を持って。

普段なら僕は神影君をからかって遊ぶところだが、今回は普通じゃない。

だって“あの子“のことだから。

「確かに俺はあの子の家――櫻とはあの子を通して関係がある。だけど……櫻の知るあの子は死んだ。それに、俺はもうただの神影だ」

僕はただの神影君じゃない神影君を知らない。

今も昔も変人さんだ。

「にー!おやつー!」

ベッドに腰掛ける僕に遊杏がダイブしてくる。僕は足が不安定だから遊杏を受け止めきれずに背後に倒れた。

「ちょっと、遊杏。危ないよ」

「雨だからってにーが寝てばっかりいるからだよ!起きてるならボクチャンと遊んでよ!」

「じゃあ、学校の宿題は終わった?」

「うん!」

遊杏が僕から降り、僕が起きるのを手伝ってくれる。そして、僕の膝に座った。

「蓮様、こちらで食べますか?」

「そうだね。神影君、そこにある椅子を二脚持ってきてくれるかい?」

「ん」

董子ちゃんがテーブルを神影君が椅子を持ってきてくれ、董子ちゃんが机の上に置いていたお盆を運んでくる。

「遊杏、今日のおやつは粟おこしって言って、大阪名物の一つなんだ。おこしというは平安時代には貴族のお菓子として食べられていて、東京でも雷おこしが浅草名物の一つとして売られているよ」

「浅草……雷門ですよね。私、浅草には行ったことがありません」

そっか。

僕もおばさんに梨々姉さんと一緒に雷門に連れて行ってもらったきりだ。

「じゃあ今度、皆で浅草に行こうか」

「なら、ほおずき市を見に行くといい。7月だったか……」

遊杏が粟おこしの屑をぽろぽろと口の端から落とし、それを見かねた神影君がティッシュをテーブルに敷く。遊杏は神影君の親切に気付かずに粟おこしに夢中だが、神影君も当たり前のことをしたまでというように粟おこしを一つ手に取った。

神影君って世話好きだなぁ。




「ねぇ、神影君」

「ん?……明かりは消さない方が良かったか?」

神影君が電気のスイッチに指を触れさせて僕を振り返る。

「あ、そうじゃなくて……あのさ、招待はどうするのかなって」

「受けようと思う。ここまで来たし。墓参りの序でにあの子が心配していた家族のことを報告してやりたくなった」

「ならきっと、いい報告ができると思うよ」

櫻は変わった。

だからこそ、櫻は大阪に隠れ住む神影君を探してまで招待状を送ったのだ。

「……蓮」

「うん?」

ふと、神影君が僕を呼ぶから、僕は遊杏の髪を撫でる手を止めてドア付近に立つ彼を見た。彼は僕と目が合うと、ゆっくりと僕に近付いてくる。

そして、僕を見下ろした。

神影君が近くに来ると、標準距離が長いせいか、気まずい。

「お前、まだあの男が好きなのか?」

「えっと……それは洸祈(こうき)のこと?」

「まぁ、そいつだな」

「どうしてそんなことを訊くの?」

不粋だよ、神影君。

「……俺にはお前がその……さ、榊原(さかきばら)さんと……夕食の後…………」

言ってから照れないでほしいな。

台所でこっそり董子ちゃんにキスしたのがバレてたか。

「はいはい。僕は董子ちゃんが好きだよ」

「そ、そうか」

赤くなった顔を隠す為に俯くのは極当たり前の行為かもしれないけど、僕には御影君の顔が見えるんだよね。

「す、好きならいい。……いや、お前の恋愛に口出しはしない」

もうしたじゃん。

「俺が言いたいのは……あまり榊原さんに心配させるなよ」

神影君が珍しいこと言うと説得力を感じる。

しかし――

「なら、今夜から董子ちゃんと一緒に寝ようかな?」

「はぁ!!!?」

説得力のある神影君は簡単に挫けるんだ。

「っ、部屋、ありがとうな!お、お休み!」

「フフフ。お休みね、神影君」


バタバタ。

ドタッ。


――――いてっ……。


どうやら、神影君が廊下で転けたみたいだ。

「神影君って…………変人さんだ」

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