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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編6
261/400

犠牲者

知りたいよ。お前の気持ち。



先ず、陽季(はるき)は俺の首筋にキスマークを残した。ついでみたいに肩にも噛み跡を残す。

「はる、噛まないでよ。痛い。前は瘡蓋になったし。治りかけは痒かったんだよ?」

洸祈(こうき)のお肉の噛み心地をね……」

は?

意味が分からないんだけど。

「洸祈が太ったとか、噛み心地で分かるんだよ。少し肉付いたよね。でも、洸祈はもう少し太っていいと思う」

「俺……太った?」

琉雨(るう)が作ったクッキー食べ過ぎたかな……。

「だから、洸祈は体重足りないから太っていいの」

何だかなぁ。

恋人(陽季)に言われても説得力ゼロだよ。

「ほら、脇腹のお肉とか摘まめない」

「摘まむな!」

「待って、頑張ったら…………できた!摘まめた!摘まめたよ!」

痛い!

「無理矢理摘まむなよ!!痛い!痛いって!!」

「あ……ごめん。ごめんね」

摘まんだところを舐められたって痛みは少しも減らない。

だけど、少しだけ……イイ。

それを意識しただけで俺の心臓は跳ね上がった。

この瞬間だ。

俺が陽季を欲する瞬間。

「陽季……キスして」

俺は陽季の顎の下から抱き付くようにして体を滑り込ませ、動悸の激しくなる胸元をそっと押し付けた。

そして、陽季に散々痕を付けられた首筋をわざと見せ付ける。

「分かったよ」

陽季は俺の両腕を掴んで壁に張り付け、軽く唇を触れさせた。そっと……俺にはこんなゆっくりは我慢できないよ。

「んっ…………」

陽季の唇に自分から吸い付いた。が、腕を万歳されているせいで上手くしたいキスができない。

「もっと……」

もっと激しい方がいい。

激しくしてよ。

「…………洸祈、言いたいことは分かったから。その代わり、俺が満足するまで絶対にやめないからな」

構わない。

陽季が俺の欲求を満たしてくれるなら。

「陽季……酷くして」

「もう撤回は聞けないから」

うん。

聞かないで。

今日は無理矢理がいいから。





昨夜の洸祈は普段よりも泣いた。

汗を混ぜた涙を沢山流した。

そして今朝の洸祈は、俺が洸祈用に買ってあげた黒のバスローブにくるまって深く眠っていた。

肌触りを重視して買ったバスローブだが、昨晩の洸祈は頬をそれに何度も滑らせて感触を堪能しているようだったし、調子がいいのかなと思ったけど……。

シャワーに入ってから朝御飯を用意するかな。




「んー……おはよー……」

「おはよう」

目を擦って寝室から出てきた洸祈はバスローブを豪快にはだけさせ、首から爪先までを見せびらかしていた。

勿論、大事なとこまで見えてしまっている。

俺は窓の外が青空でも、洸祈の裸体が窓からそこらの鳥達に見えてしまわないかと、ベッドに落ちていた帯紐を素早く巻いてやった。

「ベーコンの匂い……目玉焼きはあるー……?」

傍にいた俺の首筋を軽く食んだ洸祈が俺に訊ねてくる。

「勿論あるよ。半熟目玉だ」

「なら、おしょーゆ……」

ふらふらとキッチンに歩み出す洸祈。

「はいはい。俺が取るから座ってて」

俺は洸祈を椅子に座らせてキッチンに回り、冷蔵庫から醤油瓶を取った。ついでにサラダ用にドレッシングも手に取る。

洸祈が、軽く焼き目を付けた食パンに目玉焼きを乗せて食べるのが好きなのは知っていたが、好みの味付けが醤油なのは忘れていた。

因みに俺は、目玉焼きにはソース派。そして、ソースは既にテーブルの上だ。

「あ、ちょっ、洸祈。朝御飯だよ。食卓で寝ちゃダメだよ」

「…………うう……うん……」

昨夜は夜の11時前には寝たのに。もう朝の8時だし、眠気が残ってるとかはないと思うけど。

俺は洸祈の向かいを止めて隣の席に朝御飯を移し、洸祈を揺する。こうしてテレビでも付けたら起きてくれるかな。

「起きて、洸祈。牛乳飲んだら?」

「…………ううう……」

「ああ!危ないよ!」

スープを引っ掛けて目玉焼きにダイブしかけた洸祈の頭を確保。そして、洸祈は俺に体を倒してくる。

「……ねむ…………」

「ご飯は?」

「…………たべ……たべ……たい…………」

そう呟いてから洸祈は眠りに落ちた。洸祈は食べたいと言ったが、あんなに眠たそうにした洸祈を再び起こす気にはなれず、俺は洸祈をソファーまで運び、ブランケットを掛けておいた。

朝御飯は洸祈の分も俺が食べることにする。

洸祈には悪いが、俺が仕事に行っている間、小腹が空いたらホットケーキを温めて食べてもらおう。仕事に行く時間までに何枚かは焼けるはず。





陽季は俺をしつこく攻めた。泣いてすがった俺に駄目だと言ってずっと。しかし、俺は陽季の駄目に内心は満たされていた。

時々だが、俺の欲求が暴力にまで及ぶことがある。それが、心臓が不愉快に鳴り出すとき。


俺は……一般人と比べたら欲求不満度はかなり高いだろう。その自覚がある。

今の俺でも少し無理をすれば毎日だって事情に耽る自信はある。

だって、俺はかつては一日の殆ど全てをそういうことに費やしていたのだから。

しかし、それだけではなく、初めて陽季と恋愛っぽいものを体験して……陽季と会えない苦しみが胸を刺して止まなくなった。そうなると、俺は慰めが欲しくなる。

本当は陽季がいい。

でも、陽季は忙しい。

自分一人では俺は俺自身を慰めきれない。虚しさと苦しさだけが増す。

そして、行き着く先は他人の慰め。

目を瞑り、他人の感触と温もりを陽季のものと替える。

まぁ、他人は陽季と似ても似つかないから、雰囲気よりも直接的快楽を求めているに過ぎない。


「…………ダルい……」

喉痛いし。

「あ……あー…………あぁぁ……ぁ……はあぁぁぁ……」

「陽季、やだぁ!」的な言葉を繰り返したからなぁ。喉が超痛い。

喉が滅茶苦茶痛い。

「はる……」

抱っこして。

引き摺ってくれてもいい。

体を洗いたい。

陽季の匂いのするソファーで眠りたい。

太陽を浴びたい。

陽季の作ってくれたホットケーキを眺めたい。

「昼ドラ……見たい」

あと2時間したら始まってしまう。『愛と憎悪のカサンドラ~シーズン3~』が見たい。

「……愛の泥沼化……憎しみに満ち溢れた……奇跡の七角関係……見たいぃぃ……」

シーズン1では三角関係、シーズン2では五角関係……シーズン3では七角関係だ。今シーズンの登場人物の多さと関係の複雑さはシーズン1から見ていなければ、決して理解出来ないだろう。だからこそ、DVDを借りてまでシーズン1から見てきたカサンドラを見逃すわけにはいかないのだ。

「カサンドラぁああああ!」


ピーンポーン。


…………誰?

「はる?」

いや、陽季はインターホンを鳴らさない。

「………………」

『崇弥さん?クロスのものです』

ああ……政府代理人か。

それにしても、今回の代理人は丁寧だなぁ。わざわざ、追っ掛けて来るなんて。

『いることは分かっています。開けていただけませんか?』

「…………林太郎、開けてきて」

ぴょこり。

耳が立ち上がり、炎で出来たウサギが俺を見詰めてきた。どっかで見たデフォルメされたウサギを俺が魔法で創造しただけだから、攻撃力はない。しかし、灯りやカイロ代わりとしては便利だ。

今回は動けない俺の手足として鍵を開けてもらうだけだが。

ぽふ。ぽふ。ぽふ。

行ってらっしゃい、林太郎。



「失礼します………………失礼しました」

「え、失礼しないで起こして」

趣味の悪いクロスを背負っているわりに、男のバスローブ姿ぐらいで逃げないで欲しい。

「…………はい」

政府代理人の男は俺の肩を抱くようにして俺をベッドの端に座らせた。

「では、崇弥さん。仕事の依頼を――」

「その前にリビングまで俺を運んで欲しいんだ。見たいテレビがあって。あと2時間で始まるんだ」

「あ……もしかして、カサンドラですか?奇跡の七角関係ですよね。今回、リーシャがマイクと別れてカイルに乗り換えそうですよね」

リーシャを分かってないなぁ。

「いやいや、リーシャはマイクとは別れないと思う。リーシャはマイクを愛しているから。でも、リーシャは影でカイルと付き合う」

隠れて付き合う。

リーシャはマイクを愛し、カイルと体を重ねる。


そう――――俺だ。


舞園(まいぞの)さん。俺への依頼料はその体で払わない?」

「え?」

「隠しても分かるよ。あなたはこっち側。だから選ばれたんじゃない?」

「あ……いえ……」

「そろそろ銀行への言い訳にも尽きてきた頃だ。だから、金以外の俺への報酬に政府は君を選んだ」

経験ある遊び人の君を。

「それに、君が俺と遊んでくれたなら、俺はその無謀な依頼を快く受けてあげる」

屋敷を丸ごと一戸燃やすのだって、変なもの飲むのだって快くだ。

「普通、俺から誘うのは陽季だけなんだから」

俺は、無言だが唖然とはしていない依頼人の手に自分の手を重ねた。

目は依頼人から逸らさない。

「依頼料はあなたと遊ぶこと……」

依頼人が口を開いた。

「そうだよ」

瞳に愛嬌があり、一見すると抱かれる側だが、彼はどっちもだ。

抱くのも抱かれるのも男も女も関係ない。

ただただ遊ぶ人だ。

「遊んで?」

俺は俺の肩を掴んだ依頼人の手に力が隠るのを感じた。


陽季の部屋の陽季の匂いの染み付いたベッドに俺は押し倒される。



――舞園さん、俺の為に犠牲になってね。





「馬鹿洸祈っ!!!!」

俺の体を弄っていた政府代理人を陽季が吹っ飛ばした。

正確には陽季の膝が代理人の頭をリフティングの要領でサッカーボールのように突き飛ばしたのだ。

そして、玄関から助走を付けて部屋の代理人に膝キックをかました陽季はバランス良くベッドに着地をする。

「カッコイイ登場だね」

「洸祈、俺がそんな言葉を今聞きたいと?」

ぎろり。

美しい白の振り袖姿なのにおっかない顔の陽季。

陽季はベッドの上に立つと、伸びあがった依頼人を足蹴にしてベッドから落とす。

「昨晩のは足りなかったってこと?」

「ううん」

足りなかったけど……足りてた。

理性を保つ分には足りていた。

「なら、抱かれたのか抱いて貰ったのか教えて」

「…………抱いて貰った」

「ふぅん。条件は?」

「リビングまで連れてってくれること。……カサンドラが見たかったから」

「他には?」

「……………………触り合いまで……」

それ以上は駄目だから。

「気持ち良かった?」

「…………自分でするよりは」

「あっそう」

陽季は大事な着物を着ながら汚れている俺を抱える。

力持ちだなぁ。

「洸祈のせいだからね」

と、俺を抱えたまま舞園さんの股間を一踏み。

依頼人のズボンと陽季の足袋越しとは言え、かなり痛そうだ。

「ところで言い訳はしたいの?」

「…………陽季がこれからどうするかによるけど……」

むっつり。

陽季は俺を睨んだまま風呂場へ連れていく。

そして、

「っ!!!?」

顔面にシャワーヘッド。

それも冷たい!

「ちょっ!?冷たっ!!」

「洸祈が俺のいない隙に俺の部屋に俺の知らない男と寝ていると、俺は男を蹴り飛ばして洸祈に冷水を浴びせる」

「冷たいっ!!」

「あっそ。何を言おうとお湯は絶対に付けない。で、洸祈は体を洗わなきゃ俺の部屋には入らせない。その汚い体で俺の部屋に入らないで」

陽季は自分もびしょ濡れになって風呂場から出ようとする。

俺はそんな陽季の着物の袖を咄嗟に掴んだ。

冷たくて痛くて、それでも陽季に呆れられたくない。

「陽季……待って」

「どうして?」

「言い訳するから」

「じゃあどうぞ?」

タイルの上に胡座をした陽季。

「陽季が悪い!」

これが俺流の言い訳だが、

「はい、テレビ禁止」

「カサンドラ!」

「それの影響?泥沼の五角関係とかでしょ?」

ペンタゴンじゃない。奇跡の七角関係だ。

「泥沼じゃないから」

「じゃあ、俺が悪い理由を正直に話して」

風呂場の出入り口に陣取り、陽季はバスタブの淵に凭れて自分の膝を叩いた。

「?」

「やっぱ風邪引かれると面倒だから温めてあげる」

うんうん。やっぱり陽季は優しい。

俺は陽季に向き合うようにして陽季の膝に座った。

陽季の着物は濡れてひんやりとしたが、やがて陽季の温もりを身近に感じる。

「まず、あの男は何で俺の部屋に来たの?」

「俺の依頼人。出張依頼してきたんだ」

「ストーカーだね。通報しなきゃ。それで?何で洸祈はあの男を部屋に入れたの?」

「入れないと陽季の部屋を爆破するらしいから」

「テロリスト決定。それでだ。何で洸祈はあの男といちゃついてたわけ?」

「陽季が悪い!――うげっ!」

頬を陽季の両手に挟まれた。そして、陽季の肩越しに開いたドアの向こうの舞園さんと目が合う。

少し顔色が悪い。もしかしなくても、陽季の蹴り等々のせいだ。

「ストーカーテロリストさん。まだ俺の洸祈に用?早く俺の部屋から出てってくんない?部屋が汚れる」

舞園さんは汚くないのに。

「崇弥さん、依頼内容の書かれた資料をリビングのテーブルに置いておきました。後日、お店の方に改めてお伺いします」

「繰り返すけど、俺の洸祈だから。お前が店に伺いやがる時は俺も同伴するからな」

「う!?……ううぅ……ぅ、ちょっ…………嫌だっ……」

どうして舞園さんの目の前で……。

見せつけるみたいな…………。

「それでは失礼します」

陽季の嫌がらせは直ぐに舞園さんに無視された。

パタンとドアが閉じられ、玄関から物音がする。そして、帰っていった。

「冷静だね。踏みつぶしたってのに、俺に文句の一つも言わない。ま、少しは洸祈を許すよ」

「ありがと」

俺としては、痴態をあまり見られなくて良かったのか、無視できるほど俺には魅力がなくて悲しいのか……微妙な気分だ。

だけど、お陰様で陽季が少しは俺を許してくれた。

「ねぇ洸祈、俺とじゃ飽きる?」

「…………飽きない。陽季がいい」

陽季がいいから何も知らない舞園さんを俺の犠牲者にしたんだ。

「分かったよ。なら、今日みたいに休み時間も帰るから…………本当は洸祈の様子を見に来たんだよ」

陽季に肩を抱きすくめられる。そして、タオルを巻きつけられる。

「洸祈の浮気現場を摘発しに来たんじゃなくて、朝、洸祈の調子が悪そうだったから。熱の前触れかもって思って」

陽季が着物を脱ぎ棄て、俺をリビングへ強制連行。そのまま床に寝かされる。

「今日は仕事を休む。だから、じっくり話そう?」

「怒る?」

「勿論、怒るよ」

「……………………先にカサンドラ見させて」

「よろしい。カサンドラのあとは地獄のお説教タイムだからね」

深くキスをし、俺は陽季の監視の中でテレビを付けた。






あのさ、陽季。

俺、陽季が好きだから…………好き過ぎるから、陽季に愛されるほど陽季のことが恋しくてたまらなくなるんだよ。


そんな台詞が、俺には恥ずかしくて言えない。今はまだ言えないんだ。

情けないけど。

だから陽季、俺の心を読んで察して。

陽季が好きな俺の気持ちを全部知って。

お願いだよ。

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