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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
短編6
260/400

ケーキとか

「えーっと、電車の時間は……………………ああ!!ヤバい!!!!」

(あおい)は簡易の時刻表をテーブルに置くと、背後を振り返った。

その“背後”には朝ごはんを終えてそのまま日曜アニメ鑑賞に移行した洸祈(こうき)がいる。

「洸祈!行くよ!!早く着替えて!!」

「え……待って…………フラワー戦隊……あとちょっと…………」

パジャマ姿で寝癖を付けた洸祈はソファに座ってテレビを見詰める。口は半開きになり、手に持ったマグカップは傾いて中の牛乳が零れそうである。

「最初は敵にやられっぱなしだったフラワー戦隊が、敵の二度目の来襲までには旨い具合に作戦が思いついて、最後はフラワー合体とフラワービームでしょ?ほら、今すぐ着替えて出ないと電車に間に合わないよ!」

マグカップを奪い、中の牛乳を飲み干した葵は洸祈の首根っこを摑まえて立たせた。

「フラワー隊員全員、近所のお寿司屋で食中毒になってるんだよ?どう考えても、新キャラとしてフラワーハワイアンブルーが正式に出てくるとしか思えないじゃん!だから見る!」

と、言っている間もテレビから視線がブレない洸祈。

「十分に先が分かっているじゃないか。もう見る必要はないでしょ」

「葵兄ちゃん、洸兄ちゃんの洋服持ってきましたよ」

「ほら、これに着替えて。今すぐに」

葵は(くれ)が親切に持ってきた衣服を洸祈の胸に押し付ける。

洸祈はうーうーと唸ると、とうとう葵の熱意に負けて洋服の袖に腕を通した。

これでどうにかこうにか洸祈の方は片付いた。

しかし、

「ねぇ、あお!これ!」

「ん?」

「ボタンが取れた!!」

洸祈の次は千里(せんり)らしい。

ジャケットとボタンを手に千里がリビングに飛び込んできた。

「なら、別のを着ればいいだろう?ボタンを付ける時間はないよ」

「今日の服はジャケットに合わせて選んだんだよ!?これが着れないなら他の服も変えなきゃいけなくなるよ!」

「病院に行くのに服装なんてどうでもいいって」

千里の衣装替えの時間はない。

「洸祈は俺が連れて行くから、千里は先に駅に行って切符を買って。湯治まで大人3枚。お金はあの鞄の中に俺の財布が入っているから」

「分かったよ!帰りに新しい服買ってやるんだからね!先に行ってるよ!」

結局、ジャケットをダイニングチェアに掛け、葵のボディバッグを掴んだ千里がリビングを出て行く。そして、呉は見送りをしようと彼の後を追う。

琉雨(るう)、お留守番頼んだよ」

「はひ!行ってらっしゃいです!」

「俺も留守番んんんん……」

「金、伊予、洸祈をどうにかして」

くぅ。

くぅ。

金柑(きんかん)が洸祈のズボンの裾を噛んで引く。

伊予柑(いよかん)が大型犬並に体を大きくすると、洸祈を背中に乗せて玄関へ。洸祈のズボンに噛み付いていた金柑も伊予柑の背中に乗る。

「まぁ……どうにかしてとは言ったけどね……」

葵は洸祈の靴を持つと外へ出た。






外壁にはまるでアンティーク調に赤レンガが使われており、病院らしからぬ雰囲気である。

庭には噴水とベンチ。

入口のアーチも来る者の目を引く。

しかし、内装は清潔感溢れる白を基調としている。

磨かれた廊下は鏡のようで、姿勢良く前を歩くナースの下着も見えそう………………伊予柑が曲がり角の影からぬるりと現れ、その横腹に洸祈の顔を埋めた。

「ふぉっ、ふふふふぉぉぉぉおおお!」

「…………洸祈、アホなことをしないの」

「ふぁっふ、ふああふわふわわああぁあぁ」

「ふわふわね。ほら、『先生』がまたペンを一本へし折ったよ。これで三本目だね」

葵は遠くを行く『先生』を見、伊予柑の腹に顔を擦り付けて遊ぶ洸祈の腕を掴む。

洸祈は伊予柑から離れようとはせず、葵が力を込めて腕を引いてもびくともしない。

「あおぉおおおおおおおお!!!!死ぬうぅぅぅぅうううう!!!!」

『先生』が入ろうとした診察室から千里が突如として現れ、葵の胸にダイブした。

さり気なく金柑が千里と葵の間に割り込む。

「一体、何?キモい虫でも触っちゃったとか?」

「違うよ!注射!それも、普通じゃないの!針が、何本も!剣山だよ!死ぬ!殺される!!!!」

「大丈夫だよ。それに、あれは針の数だけ痛みが倍増するんじゃなくて、針の数だけ痛みが半減するんだよ。……………………って、洸祈?」

どこへ行ったのやら。

葵が気付いた時には洸祈の姿が消えていた。しかし、伊予柑の腹には洸祈がもふもふした跡が残されていた。

葵の胸には未だに涙の収まらない千里。と、小さくなった金柑。

「もう……皆…………」

葵は『先生』が四本目を折るのを尻目に溜息を吐いた。


約一ヶ月前になるだろうか。

五芒星の印の入った手紙が店に届いた。

封を開けずとも中身は分かる。

何故なら、俺はこの手紙を過去に何度か見ているからだ。

『二年に一度の健康診断』。

それも、軍が管理する魔法使いの為の健康診断だ。

届いた手紙は例年通り、洸祈がゴミ箱に捨てた。しかし、例年通り、俺がその手紙をゴミ箱から拾い出した。

手紙を捨てても軍は大勢で店まで迎えにくるというのに、それが分かっていて捨てる洸祈の心情は勿論、嫌がらせだ。軍や政府を困らせたりイラつかせたい一心である。

そして今年は、軍が重装備で道路を封鎖して近所に迷惑を掛ける前に、俺は洸祈を指定の病院まで連れて行くことにした。

交換条件付きで。


『帰りにケーキを大人買いするから。絶対に買い過ぎとか言わないこと』

そう言う洸祈は大量に買う気満々だ。

食べられる量とは思えない量を平気で買う。

冷蔵庫には限界があるのも考えないで買うのだ。そして、捨てるのは勿体ないから、胃薬とセットでケーキタイムが永遠に続くのだろう。

そんな経緯で、今朝、どうにか洸祈を病院へと連れて行くことができた。


俺達は国民全員を対象とする健康診断とは別に魔法使いを対象とした健康診断を受ける義務がある。

前者の健康診断は政府が。後者は軍が俺達に義務付けている。

後者に関しては正直なところ、前者の健康診断で健康状態を見る分にしては間に合っている。

魔法使いも魔法使いでない者も体の造りは同じなのだから。

それでも多くの金を掛けてまでする軍の健康診断の真意は魔法使いの管理だろう。

魔法使いの殆どが軍事施設関連の仕事に就く中、俺達のように例外の道を進む者もいる。そういう者の定期的な管理として軍は健康診断を義務化した。

まぁ、管理されているというのは勘に触るが、本当にただの健康診断なのだから義務には素直に従うのだ。家族の為にも面倒事は避けたいし。

「洸祈。見つけたよ」

庭の隅。病院からは見えないそこに洸祈がいた。

「…………………………注射は嫌だ。この前はしなかったのに…………」

むっつりした洸祈は日当たりの良いベンチに寝転がりながら日向ぼっこをしていた。

病院に来て早々に居心地の良い隠れ場所を見つけたようだ。

「千里だけだよ。インフルエンザの。洸祈は大丈夫だろう?」

「大丈夫!ならない!手洗いとうがいを沢山するから!」

「なら注射はされないよ」

俺の腕から伊予がベンチに降り立ち、洸祈の顔を舐める。どうやら洸祈を慰めているみたいだ。

「……良かったぁ………………でも……眠くなってきた…………ぽかぽか……」

見付けたら見付けたで、洸祈は目をしょぼしょぼと開閉させる。

これはマズい。

「洸祈、ケーキはいいの?俺は洸祈がいないとできない項目以外は全部終わったよ。『先生』はもう十本目だし。だから起きて。眠っていられるのもあるから」

「無理そう…………連れてって……伊予ぉ」

くぅうううう。

大きな欠伸をした伊予が洸祈の傍らで体を縮めた。

気持ち良さそうにして……。

「朝から疲れたね…………眠い……」

ベンチに座り、俺は伊予の温かい体に触れながら眠った。

「誰か俺達を起こしてください」と、思いながら。




「えーっと、洸祈君?」

『先生』が洸祈を見た。だから、正解だ。俺達を間違えていない。

「ぶっぶー。俺は葵君でーす」

「いやいや。俺が葵だから」

髪とか目の色で分かるから。

「それじゃあ、葵君。君の方は異常なし」

『先生』は洸祈のからかいをあっさりと流して俺に向き直る。にっこり。

そして…………洸祈には異常ありらしい。

「洸祈君はまだカウンセラー受けてる?」

「受けてない。恋愛に忙しいから」

抱えた伊予の背中に口を隠してもごもごという洸祈。隣に座る俺からは丸見えだが、洸祈は照れている。疑う余地もなく、洸祈は陽季(はるき)さんにメロメロだ。

「みたいだね。良くなってる。だからと言って、無理はしないように。休憩したくなったら十分休むこと。それが完治への近道だよ」

「良かったね。洸祈」

陽季さんのお蔭だ。

勝手に店番をサボることは増えてきたが、陽季さんと一緒にいられる時間が増えて心に余裕ができてきた証拠だ。

「むー。俺は十分休んでるし。それも、極上の腕枕で」

陽季さんの腕枕ね。

「俺、ちぃ探してくる」

注射から逃げ出した絶賛逃亡中の千里か。かれこれ4時間の逃亡だ。

「駄目だよ。洸祈は『先生』とお話して。千里は俺が見付けるよ」

「えー。『先生』とぉ?」

お医者様の『先生』に失礼だと思う。と、思っている俺も『先生』の本名を知らなかったり。

――まぁ、『先生』は偉い人なのだ。

「『先生とぉ?』だよ、洸祈君。先生と個人面談しようか。二人きりの個人面談」

「個人指導ですかぁ?あんなことやこんなことぉ?」

「あーんなこととこーんなことをね」

すごいなぁ。指をくねくねとさせた洸祈の嫌味を総スルー。それどころか、真顔で洸祈に返答をし、これは洸祈が苦手なタイプだ。

けれど、これで洸祈は大人しくここで待ってくれそうだ。

千里みたいに先生から逃げりしなさそうだし。

「じゃあ、ここで待っててよ。洸祈」

「早く迎えに来て。ケーキ屋が閉まる」

「直ぐ戻るよ」

俺は洸祈から伊予を受け取って診察室を出た。




「さぁて、洸祈君。びっくりだよ」

「そう?」

「たったの2年で10回以上は繰り返したね」

くすぐったい。

俺の手首をそんなに撫でられたら背中がぞくぞくする。ちょっと気持ち悪い。

「最近の傷は…………まだ赤い。これは数日だ」

凄い観察眼。きっと探偵になれる。

その時は俺を探偵助手にしてくれないかな。俺の素晴らしい迷推理を披露できるのに。

あれ?迷推理?名推理だったような。

どの道、“めいすいり”だ。

「何があったの?」

「何もなかった」

そうだ、何もなかった。

「だから、痛くした」

「矛盾。混乱。罰。違う?」

違くない。当たっている。

「分からなくなった。怖くなった。時間は流れているんだ。止められない。あいつが死んでいる。なのに、俺はこの時間が永遠になることを求めている。だから罰が欲しい」

何でもいい。苦痛が欲しい。

その時が痛くとも、痛みの存在が慰めになる。

「そうじゃない。それは矛盾だよ。君はその矛盾自体に既に罰を受けている。つまり、この傷は逃げだ。罰じゃない。君が罰を欲するのならば、その矛盾で十分だろう?」

俺は逃げている?

この傷は……俺の罰ではない。

「それでも逃げが欲しいのなら、誰かと話をするんだ。一人で逃げようとするのはダメだ」

「俺の話なんて誰も聞きたくない」

ただ迷惑を掛けるだけだ。

「そうかな。皆、君と話をしたいと思っているよ。葵君とか、君のことを凄く気にしている。君のことをもっと知りたいんだよ。もし、君が知って欲しくないとしてもね」

「……………………」

「じゃあ、私と話をしよう。いつでもいい。この番号に電話をして。一人で全てを決めないで欲しい」

名刺が一枚。『先生』はそれに数字を書き込む。

もし『先生』が堅物じゃなかったら「ナンパだ」って言ってもいいけど、仏像みたいな堅物さんの『先生』に冷めた目を向けられるだけだ。

「なら、あれを頂戴?」

「昔付き合っていた彼女がくれたものだけど…………」

彼女いたんだ。

「いいよ。あげる」

なら、一人で逃げない。

大きな犬のぬいぐるみをくれた『先生』のことはまぁまぁ信用するから。

「洸祈、迎えに来たよ」

診察室のドアが開き、背中にちぃを背負った葵が現れる。葵の肩には口を半開きにしたちぃの顔が乗り、気持ち良さそうに眠っている。逃亡中じゃなかったっけ?

「聞いてよ。千里ったらさ、友達になった子の病室で一緒にベッドで寝ていたんだ。注射させても起きなかったんだ。ホントにぐっすりだよ。話は終わりました?」

「終わったよ。ケーキ屋さんに寄れそうだね。バスもいい時間だ。受付に寄って帰ってね」

「分かりました。じゃあ、受付に寄って帰ろう」

「うん」

俺は『先生』の名刺をポケットに入れて立ち上がった。出際に机に乗る犬のぬいぐるみを腕に入れる。

うん。思った通りの良い肌触りだ。すべすべでふわふわ。

帰ったら兎のぬいぐるみの林太郎(りんたろう)の隣に並べよう。名前は…………スズメのぬいぐるみの慎太郎(しんたろう)はいるし、次は…………陽太郎(はるたろう)とかいいかな。

「『先生』、また」

「またね、洸祈君」

伊予と金が俺の足元で遊んでいる。

俺は二匹を踏み付けないようにして診察室を出た。





健康診断から五日後。

用心屋二階は修羅場だった。


「もう……無理…………」

「無理じゃないの!!!!食べて!腐る前に!」

他の皆がダイニングテーブルやローテーブルに突っ伏す中、洸祈は葵の監視の下、ケーキを食す。

気付いた頃には、用心屋にはお年寄りのご近所さんには配りづらい訳有りのケーキ達が余っていた。

「ううう……ケーキのはずなのに……味のない塊を噛んで飲み込んでるだけのような気がする……」

「はいはい。俺は洸祈が買う前にちゃんと警告したからね。自己責任。次は……アールグレイ・ベルヌーイケーキ。………………ベルヌーイ?ベルヌーイの定理のベルヌーイ?なんでベルヌーイ?」

「なんでもいいから。アール何とかだろうとベル何とかだろうと関係ないし。どれもこれももう味しないし。…………ちょっと、スケット呼ぶ」

「スケット?」

「一人で逃げる前に相談して欲しいって言われたから。言われた通り、『先生』に相談して助けてもらう!」

重たくなったお腹を支えながら洸祈は固定電話にしがみ付いた。そして、マグネットで冷蔵庫の扉に貼られた名刺の電話番号に掛ける。

「相談って、こういうことじゃないと思うけどな」

「俺には切実だ。陽季は仕事だし、二之宮(にのみや)達は今日に限って遊園地だし。頼りの司野(しの)は思ったより胃袋小さかったし。何で伊予も金も司野の次に倒れるわけ?骨と肉じゃないと全然食べれないわけ?それに、医者なら腹壊しても自分で治せるだろうから『先生』に頼る!ね、『先生』?」

『いや…………私は精神科医であって………………君、私に何を食べさせる気だい?』

「アール何とかベル何とかだよ。兎に角、今日はお休みなんだから店に来て食べてよ。もし、食べきってもお腹空いてたら夕飯もごちそうするからさ!」

『え…………アール?ベル?』

「だから、兎に角――」

電話口に必死な洸祈に葵は溜息を吐き、洸祈の食べかけを一口だけ口に入れる。

「うん。やっぱり“ベルヌーイ”は意味分からないなぁ」



葵はダイニングチェアに座り、興奮して話す洸祈の横顔を眺める。

彼の唇からは小さな笑みが零れていた。

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