麦畑の少年(2)
「何ですか、あれは!!小さな子供を鎖で縛り付けるなんて―」
「親御さんは了承済み」
あんな親の了承なんて!
と、言いたいがクビは勘弁なので口をつむぐ。
「でも…どうして鎖なんて」
「本人に訊いたらどうだ?手にあまる子でね、数多の医者をノイローゼにさせたんだよ。皆して嫌がるから看護師さんに我慢してもらっている。そうだ、気になるのならあの子の相手をしてやってくれないか?」
「司野…由宇麻……由宇麻君」
心臓に重い鎖の少年。
現代医療では治療不可。
心に重い鎖の少年。
900号室。
最上階の最北端。
加賀はそっとドアをスライドさせた。
1日経っても変わらない。
鎖に両手足の自由を奪われ、枯草色の長い髪が無造作にベッドに広がる。
その中で死んだように眠るのは司野由宇麻だ。
加賀は音を発てないように重なったままの椅子を崩して、枕横に置いて座った。
現在、午前6時30分。
「君が由宇麻君…お休み中にごめんね。人は寝ている時が一番素顔を見せるから」
「怖いからでしょ?」
誰の…いや、聞き覚えがある。
つい昨日に聞いた声だ。
加賀は顔を上げた。
声の主は司野由宇麻だ。
顔を加賀から背けている為表情は見えない。
その時、安堵の溜め息を吐いていた―…
私は何をやってるんだ?
安心してどうする?
あぁ…怖いんだ。
由宇麻君の言う通りだ。
ちくしょう!
加賀は一瞬で乾いた口の中を唾液で濡らすと、相手の次の言葉を待った。
何も言わない。
寝たのか?
「ゆ…由宇麻君?」
ダンッ!!!!
由宇麻の片足が勢いよく落ち、ベッドが凄まじい音を発てた。
無言の主張なのは分かる。
しかし、
「由宇麻君、私は神様でも超能力者でもないから君の心は分からない」
由宇麻が微かに身動ぎした。
「言いたいことがあるなら言ってくれ」
言ってくれなきゃ分からない。
震えていた脚に爪を立てて加賀は訊ねた。
怖がるな。
こちらの恐怖は伝わる。
特に心を閉ざした者には。
だろう?姐さん。
…………………………………。
由宇麻は喋らない。
…………………………………。
「しょーがないなぁ」
加賀は立ち上がるとベッドを迂回し、わざと隠す顔は見ないようにしてカーテンを一気に引いた。
紫外線アレルギーなのかどうかは院長に訊いたので問題ないはずだ。
すると…
「眩しい…」
再び顔を背ける由宇麻。
聞こえた。
綺麗な声。
見えた。
綺麗な瞳。
ただの少年じゃないか。
加賀は気を取り直して太陽光を背にして立った。
「私は加賀龍士。よろしく、由宇麻君」
『あの子が笑うとこっちも笑っちゃうのよ』