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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の決断
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あなたの為だけに

次回からは息抜きの短編が続くと思います(*´ω`)

「店まで送って頂きありがとうございます」

「いいのいいの。二人のついでだし」

後部座席で肩を並べて仲良く眠る(あき)君と修一郎(しゅういちろう)君を片野(かたの)さんは親指で指した。


すっかり日の落ちた午後。

俺は家庭教師兼世話係として秋君の担当医の片野さんの別荘で秋君に勉強を教えていた。その期間が終わり、今日、俺は用心屋に帰って来た。

別荘で秋君に勉強を教えている間、途中、約束したはずの千里との電話が途絶えた。千里が約束を破るとは思えず、心配になって店の方に電話をすれば、洸祈が「熱で寝込んでるだけだ」と教えてくれた。

そんなこんなで、熱で寝込んでいるならと俺はそれ以来、千里に電話を掛けていない。それに、参考書の解説だけでは足りない部分に学生気分で毎夜忙しなくペンを走らせ、わざわざ電話をする暇もなかった。そして今、千里本人とは約2週間ぶりの再開となる。

「谷で怪我したら俺のところに来てくれ。それじゃあ、(あおい)君。機会があれば」

「はい、片野さん」

俺は頭を下げた。フードの中で蹲る金も頭を下げている気配がする。動物好きの片野さんに沢山顎を掻いてもらえて懐いた様だ。

そして、片野さんの運転する車は秋君達を乗せて発進した。




「金、久し振りの我が家だよ。金も伊予に会いたかっただろう?」

くぅん。

金が俺の肩から飛び降り、店のドアをカリカリと爪で引っ掻く。

「もう店は閉まっているから、2階から入ろう」

俺は金を抱き抱え、鞄を肩に掛けて店の脇の階段を上がった。すると、階段を上っている最中に居住区の方のドアが中から開いた。

「葵君、お帰りなさい」

エプロンをした千鶴さんがドアを開けて立っている。家の中からの明かりに千鶴さんの金髪がキラキラと輝き、薄暗い空間には月だった。

「只今帰りました、千鶴さん」

くう!

階段を駆け上がり、しゃがんで手のひらを見せた千鶴さんにすり寄った金は、その手をぺろりと舐めた。ふふふと微笑した千鶴は金の顎を掻く。

そして、愉悦顔の金に玄関から飛び出した伊予がタックルをした。

「あらら。伊予ちゃん、嬉しいのは分かるけど、狭いのに危ないわよ」

ちょっとずれた発言だが、階段を上りかけの俺の腕にまで飛んで来た金の為に伊予に注意する千鶴さんは千里の素晴らしい母親だ。

「そうでした、お風呂の用意が出来ているんです。荷物は私が部屋まで運びますから、お風呂に浸かっては?そしたら、お夕飯の時間に丁度いいですしね」

「ありがとうございます。でも、荷物は重いですから」

「疲れているでしょう?」と、俺の肩からエナメルバックを預かろうとする千鶴さんを止め、俺に色々用意をしてくれた千鶴さんに伝えきれない感謝をして家の中に入った。

その時、だらしなく脱ぎ散らかされたスニーカーが目に入った。これは洸祈のだ。きっと、この後に千鶴さんが気付いて靴箱にしまうのだろう。だから俺は兄の無精を弟としてフォローする。

自分のと一緒に洸祈の靴も靴箱にしまい、俺は取り敢えず自分の部屋へと歩みを進めた。

明かりの漏れるリビングにも他の部屋にも寄らずに自分の部屋へ。勿論、千里の部屋にも寄らずに。

一息吐いたら……その後はいつでもいつまでも会えるから。



風呂に浸かっていた時だった。

今頃、秋君も修一郎君もそれぞれの家に着いたかなぁと思いつつ、俺はぼーっとしていたのだが、風呂場のドアがそっと開いたのだ。

そして…………。

「千里!?」

突然の千里の登場に俺は身を固めたが、千里は何も言わずにただじっと俺を見下ろす。長い髪を肩から流し、一糸纏わず……恥ずかしがる様子もなく立っていたのだ。入浴剤で色の付いた風呂に浸かって千里を見上げる俺の方が恥ずかしいじゃないか。

「ど、どうした……って、あ、ただいま」

「うん。お帰り」

「お、お前も風呂か?一緒に入るのか?」

「………………」

風呂場のドアを閉めた千里は無言で蛇口を捻り、シャワーのお湯を浴びる。

水飛沫が俺の頬にぶつかり、千里は一通り浴びるとシャワーを止めた。

そして、浴槽の隣に立つ。

加えて、やっぱり無言。

「…………せん、向かいに入っていいぞ」

「うん」

千里は静かに俺の向かい側に座った。

そして、抱えた膝に頬をくっ付けて壁のタイルを見詰める。

また無言。

「千里……どこか調子が悪いのか?あ、熱はちゃんと引いたのか?」

俺はまず、千里の不調を疑ったのだが、千里は俺のことをトロンとした目で見つめて俺の胸に凭れてきた。

「せ、千里?」

まだ温まらない手のひらが俺の腹に触れ、腕に触れ、重なる身体から千里の鼓動を感じる。

そして、俺の首に唇を触れさせた千里は俺に縋る様に体重をかけ、流れに任せてキスをしてきた。本当に掠るだけの口づけで終わるはずだった。

しかし、

「ん……っ」

深く舌が入り込んできた。舌を絡ませているだけなのに、千里に内側から食われていく気分だ。

「っ、千里……ちょっ……」

「あ、あお……っ」

髪を掻き分け、千里が首筋や肩口を食む。千里の腕が俺の背中に回り、強く引き寄せられる。

「え!?あっ!」

その勢いで俺は、背中を浴槽の淵に倒した千里に倒れ込んでしまう。そして、謝る暇もなく俺は千里に抱きすくめられる。ばしゃばしゃとお湯が激しく波立った。

浴室に響き渡る波音を気にするどころではない。

「もう葵が苦しむことがないように……してあげるから」

「なん、のことだ?」

千里の片手は俺が逃げないように、もう片手は俺の股を上へ上へと辿る。

「ちょっと、せん!?」

夕飯前に……とか……。

「葵、僕に葵の全てを預けて」

さらさらした金髪は水を滴らせ、普段は見れない色っぽい顔を千里は見せていた。

と、ゆっくりと俺の体に更なる熱を生み出そうとする千里の手の動きを考えないように、俺は千里の顔を必死に見る。

けど……っ!!

「ん……あ、せん……っ……まっ……」

待って欲しいのに。

ここまで戯れられて止められるのは本意ではないのに。

結局、俺は千里の行為をやめて欲しいのかやめて欲しくないのか……俺ですら分からない。

でも、何を言ってもやめないのが千里だ。

「大丈夫……もう……痛くしないから。絶対に……」

「っ!!!?」

背中に千里の爪が立てられた。

体を駆ける快感に比べればそれは小さな痛みだった。しかし、ほんの数ミリのケラチンの塊が俺の肌に食い込んでいるだけだと言うのに、徐々にその痛みは大きくなっていく。痛いと思い、身を捩るが、千里の腕で動けない。

痛い。痛い痛い痛い痛い。

まるで、背中の肉を引き裂いて千里の指が俺の体の中へ開き入るかのようだ。

「い……いた……いっ」

尋常じゃないほどの痛みが背中から胸――正確には胸の内側に広がる。

「っ……あ……あっ……」

千里、お前は俺に何をしたんだ。

痛いんだ。

凄く痛いんだ。

痛みに俺の意識は揺らぎ遠のいてくる。いい大人になったはずなのに涙が溢れて力が抜け、自分の体すら支えられなくなる。

「……せん……痛い…………痛い……っ……」

「今だけ。今だけだから」

もう……何も分からない。

痛みは消え、痺れとだるさが全身を支配し出す。

そして、俺が気を失う直前、風呂場のドアが開き、そこに洸祈とその足元に金と伊予の二匹がいたように見えた。不思議な組み合わせだった。かつ、洸祈の顔は悲哀に満ちていた。


…………何故、そんなにも悲しそうなんだ?




「はい、あーん!」

「ちょっ、自分で食べられるから」

俺はシイタケを食べさせようとしつこい千里を退けた。すると、俺に擦り寄る千里はおもむろに俺の耳に唇を近付けて囁いてきた。

「あんなに激しかったのに。まだシ足りなかったの?」

「な……っ!!」

逆上せて記憶が飛ぶまでシちゃったらしい俺は、夕飯の支度をする千鶴さんや琉雨ちゃんのいるリビングのソファーで目を覚ました。ふわふわした感覚で周囲を見渡せば、一人用ソファーに団子状態で寝そべっていた金と伊予と目が合ったのだ。

そして、自分が全裸にバスタオルを巻かれていただけだと気付いたのは、それから間もなくだった。

「ちぃ、お前のせいで葵の箸が全然進まないだろ。取るもん取ってくんないと、俺が全部食べちまうぞ」

「むぅ…………分かったよぉ」

「千里、あなたも全然食べてないじゃない。ほら、取り皿貸して」

呉の隣の千鶴さんが向かいに座る千里に手を伸ばした。千里は母親の顔を見上げて舌をチロリと出すと、自分の取り皿を千鶴さんに差し出した。

「お母さん、エノキは入れないでよ?」

「分かったわ。エノキね。ちゃーんと、全種類入れてあげるから安心して」

「全種類!?エノキは嫌いなの!」

「育ち盛りなんだから。それに、ほんの少しよ」

少しだと言われても頬を膨らませて不服そうにしている千里が可愛くてしょうがなかった。

これが母親と息子なのだ。

なんだか胸の内がこそばゆい。

にやついてしまいそうで、俺は洸祈を見れば、洸祈は肩を震わせて声を出さずに笑っていた。琉雨ちゃんも笑っている。

「ちょっと、洸。もう……皆、笑わないでよ。お母さんも!」

「千兄ちゃんはエリンギは大好きなのに、どうしてエノキは嫌いなんですか?」

「だって……歯応えが気持ち悪いんだもん」

そうだろうか。俺はエノキの歯応えを気にしたことなどはないのだが。

「俺はキクラゲの食感は好きだけど、なめこのぬるぬるは好きになれないな」

「旦那様、そのぬるぬるは体にいいんですよ。この前、由宇麻(ゆうま)さんが教えてくれました」

「へぇー。……本当に司野(しの)って家庭的だよなぁ。家庭的過ぎて、恋愛があれだけど。他の奴に梨々(りり)さんが取られたらどうすんだか」

いやいや、由宇麻も洸祈にそれは言われたくないと思う。陽季(はるき)さんを待たせまくった――恋愛にだけ――ピンポイントに鈍感な洸祈には特に。

「由宇麻はそれなりに攻めだから大丈夫だよ」

“それなりに攻め”ってなんだ。俺は千里が由宇麻のことをそんな風に評価していたなんて驚きだぞ。

「僕はバリバリの攻めだけどねー、あお」

そこで俺をガン見しちゃいけないから。千里は普通攻めだから。間違ってもマニアックな方面に突き進んでたりしないから!洸祈が変な目を向けてるから勘弁しろ!

「頃合いかしら。ご飯を入れて雑炊にしましょう」

「あ、僕がご飯持ってくる。お母さんはゆっくり食べててよ」

「ありがとう、千里」

俺を茶化しておきながら、千里は千鶴さんの為にいち早く席を立って台所へ走る。その時、千里のばらついた髪からシャンプーの花の香りがした。

「洸兄ちゃん、お肉を食べると結果的に血を作ってくれるらしいですよ」

「そうか。なら葵、これあげる」

「え?洸祈、お肉くれるの?」

「ルーのもどうぞ」

琉雨が自分の取り皿を洸祈に渡し、洸祈は琉雨の取り皿の鶏肉を琉雨に見えない位置から口にかき込むと、それを琉雨に返した。

「ちょっと……洸祈」

そこは食べずに琉雨に返してあげようよ……。

「お前はこれを食え」

と、洸祈が自分の取り皿から俺の取り皿に鶏肉を入れる。

俺、逆上せただけで貧血じゃないんだけど。それに、原因が原因だし。

いや、俺は逆上せってのが貧血と関係があるかとか知らないけど。(れん)さんなら教えてくれそうだ。




お鍋に雑炊。久々の家族団欒で心もお腹も満足したところで、俺はソファーで寛いでいた。一人用ソファーに洸祈が座り、ローテーブルを挟んで俺の向かいのソファーに琉雨と呉と千鶴さん。4人は金曜ロードショーの長編アニメ映画を見入っている。皆、全然瞬きをしていないのだ。

俺はというと、アニメが嫌いなわけではないが、俺の場合、俺の膝枕ですやすや眠っている千里の方がより興味がある。

水のように柔らかい千里の髪を指で鋤き、頬から顎へと千里の顔の輪郭をなぞる。この触り心地も懐かしい。

むにむに。

「うにぅ……まぶい…………」

千里は無防備な時は無垢な顔をしていて、俺達の小さい頃を思い出させてくれる。

しかし、気持ちよく眠る千里を起こしてしまいたくはない。

そこで、俺はアニメに集中する皆の邪魔にならないように、静かに千里を背中におぶってリビングを出た。

今夜は我ながら珍しく千里を自分の部屋にお持ち帰りすることにする。しかし、持ち帰りに意気込んだせいか、千里を俺のベッドに寝かすと…………かなり動揺した。

お持ち帰りって、勇気がいるなぁ。

俺のベッドで寛いだ顔を見せる恋人の姿とか、イケナイことをしている感じが半端ない。俺も眠い筈なのに、別の欲求が確かな熱さを持って燻るのだ。

記憶を消し飛ばすほど色々シたというのに。


まさか千里の影響で俺は変態に……!?


『葵君、ちょっとだけいいかしら?』

千鶴さんの声にハッとした俺は千里の肩に添えていた手に気付いた。

いやはや、危なかった。今夜は健全に千里と寝るぞ。

「はい」

ドアを開ければ千鶴さんが俺を見上げていた。

綺麗な金色の髪。

綺麗な翡翠色の目。

千里がいかに母親に似たかが分かる。

しかし、艶を見せる千里の瞳は慈愛に満ちた千鶴さんの瞳ではなく、父親似だ。

そんな千鶴さんの表情に僅かに掛かる影。

「葵君、帰ってきたばかりのあなたに言うのは…………でも……」

「構いません」

軍の強化合宿などではなく、俺は別荘地で寝食込みの家庭教師兼世話係をしただけだ。まぁ、緊張ゼロというわけではなかったが。

それに、千鶴さんに俺のことで不安を残したくない。千鶴さんが前置きするのは大切な要件にちがいないだろうし。

「……ありがとう」


そして、千鶴さんは誰もいない廊下で『彼の伝言』を俺に伝えてきた。

微かに秋の哀愁が漂いだした夏の終わりに。

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