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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の決断
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彼の決断(2)

誰かに頭を撫でられた気がした。

慣れ親しんだ手のひらに。



修一郎(しゅういちろう)が薄目を開けると、勉強机のライトが消されていた。

「あれ……(あき)?」

なんやかんやで割り当てられた部屋のベッドではなく、秋と一緒のベッドで眠るというところまで漕ぎ着けたのに、勉強し終わったはずの秋が修一郎の隣にいない。

正直に告白するが、修一郎はどさくさ紛れで秋を抱き締めるとか、そこまでできなくても、ほっぺにちゅーとか、おでこにちゅーとか考えていた。

しかし、いない。

修一郎が先に寝たのをいいことに秋は担当医のところか、1階のソファーで眠ることにしたのだろうか。

「一緒に寝るって……約束したのに……」

眠かったはずなのに、へとへとだったはずなのに、修一郎の目は冴える。

確かに、受験勉強に必死な秋の横でぐーすか寝てしまったのは配慮が足りなかった。けれども、山登りで疲れていたのだから仕方がないのだ。

長袖長ズボンだが、肌に冷気を感じつつ、修一郎はベッドから降りた。

部屋を出、もしかしたらトイレかも知れないと思ったが、2階のトイレは電気が付いていない。

念のため、修一郎に割り当てられた部屋も覗くが、誰もいない。

「先生のとこ……?」

秋の担当医こと片野(かたの)の部屋のドアからは明かりが漏れていた。

修一郎は一応、ドアをノックする。

「先生、僕です」

「修一郎?……入っていいぞ」

片野の許可が降りたのでドアを開けると、ベッドに腰掛けた片野が修一郎を見る。

しかし、修一郎がざっくりと見渡した片野の部屋に秋はいない。

「どうした?」

「あ……あの、秋がいないかなって……」

「え?部屋にいないのか?下は?」

本を読んでいたのか、膝の本を退かし、眼鏡を外した片野は立ち上がった。

「まだ1階は見てないです」

「今夜は疲れたら直ぐ寝ろって言っておいたのに」

修一郎の横を通り過ぎ、階段の照明を付けた片野。修一郎は駆け足で階段を降りる片野を追い掛けた。



秋は難なく見付かった。

リビングのテーブルに突っ伏していたのだ。

「喉渇いたのかな」

秋の直ぐ傍には空のコップ。

「お茶飲んで寝ちゃったんだ……」

修一郎はそのコップを片付けようと台所へ持って行く。

しかし、

「修一郎……こいつ、熱あるぞ」

「え……?」

パジャマの上に羽織っていたカーディガンを秋に掛けた片野は秋をおんぶした。

「あ……え…………」

「洗うのはいいから付いてこい!」

「は、はい!」

コップを持って呆然としていた修一郎は片野の声にハッとして秋を背負って階段を上る片野の背後に付く。

「くそっ……勉強させるんじゃなかった。今日は無理矢理寝かせるべきだった。修一郎、暖房付けてくれ。今日はまだ冷え込むからな」

先程まで修一郎が温めていたベッドに片野が秋を寝かせた。

見付けた時は突っ伏していて分からなかったが、ベッドの秋の顔は血の気を失い、吐息が荒い。

「毛布取ってくる。秋を頼む」

そう片野に言われてもだ。

修一郎には秋を見守ることしか出来ない。

「秋……っ」

手を握ってあげることしか出来ない。

こんな時、もしも秋の兄である春がいたらどうしただろうか。春はおっとりした性格のわりに知恵も行動力もあって頼りになる。

「僕……秋に何もしてあげられないよ」

秋が苦しんでいる間、ベッドで気持ち良く寝ていたとは、笑えもしない。

「秋……秋……」

「修一郎!これ、秋に掛けてやってくれ!」

片野の呼び掛けに修一郎は予備の毛布を受け取る。

「先生、秋が苦しそうだよ」

「分かってる。抵抗力が落ちてたとこに疲労も加えて……修一郎、秋に毛布掛けたら自分の部屋で寝てろ。お前まで風邪が移ったらいけない」

「そんな……先生はお医者さんだよ?先生が風邪になったらもっと駄目だよ!」

無力でも毛布ぐらいは修一郎でも掛けられる。注射は打てなくても水ぐらいは飲ませられる。

「そうだ。俺は医者だ。そう易々と菌にやられる体はしてない。だが、お前はどうだ?俺には二人も面倒を見きれん」

「うぅ……」

非力な修一郎には反論出来ない。

「でも、お前がいなかったら秋の状態に気付くのが遅れていただろう。これ以上悪化する前で良かった」

片野に頭を撫でられ、修一郎は秋に近付こうとした猫のシロを抱えてとぼとぼと退散した。


僕は秋の傍にいられない……――






「だけどすまないね。秋に勉強教えにきてもらったのに、当の本人は風邪で寝てて」

「いいえ。兄もよく風邪を引くので世話は慣れてます」

「心強いな。それじゃあ、何かあれば遠慮なくその番号に電話してくれるといい」

「分かりました」

俺をバス停まで迎えに来てくれた片野さんは再び、坂を下って行った。

「金、中に入ろうか」

くぅ。

パーカーのフードで丸くなっていた金が俺の肩に前肢を掛けて顔を出し、プルプルと震えてから引っ込む。どうやら、金にはここは寒いみたいだ。

俺は足下のエナメルバックを持って門を通った。



「暗いところでは、主にかん体細胞の感度が高くなるために、暗順応が起こる。…………え?マル?バツ?」

頭を振る秋君。

と、ドアから伺っていた俺に秋君が気付いた。

そして、体を起こそうとする秋君。

「え?え?駄目だよ」

秋君を止めようとする男の子と、再度頭を振る秋君。

秋君の口が開き……黒髪の線の細い男の子にふらついた秋君が凭れる。

これは俺のせいかも。

挨拶したかっただけなんだけどな。

「喉痛めたんだから、無理して喋らないでよ。そうやって無理するならお勉強させないんだからね。先生から秋が本当に好きなら秋に対して鬼になってみろって挑発されたんだから!」

…………“本当に好き”?

友達としてだよね?


くぅ!


金が俺の頭から飛び降り、空中一回転の着地失敗。

背中から落っこちた。

で、そのままころんころんと転がる。

「僕、秋の為に鬼になるんだからね」

くぅ。

「“くぅ”?」

あらら……転がった金が男の子の足にぶつかった。

丸いもふもふ姿で。

「あれ?さっき“くぅ”って何か言わなかった?」

「………………これ……が……」

掠れた秋君の声。

秋君の指が男の子が手のひらに乗せた毛玉をつついた。

「しゅ……っ……しゅう……あ……(あおい)さ……ん…………」

首を押さえた秋君。

予想以上に辛そうだ。

「もう、秋!この毛玉湯タンポならあげるから寝ててよ!一緒に寝る約束は守ってもらうんだから!」

男の子が金を秋君に押し付けてベッドに寝かし、生物の問題集を閉じた。

そして、振り返った男の子は俺の存在に気付いてくれた。

だがしかし、


「お、おばけぇえええ!!!!」


……………………え?


「俺、おばけじゃないんだけど……」

片野さんから俺のことを聞いてないはずはないと思っていたんだが。

「過去の血塗られた悪夢ぅううう!!曰く付きの別荘ぉおおお!!」

何でそんなにパニックになるんだ?

「いやぁあああ!!南無妙法蓮華経ぉおおお!」

十字を切りながら唱えるとは斬新だ。

「しゅう…………おい……しゅう……」

俺がおばけでも悪魔でもないと知る秋君が男の子を呼ぶ。しかし、興奮した男の子は周囲の音が全く聞こえていないようである。

痛いだろう喉を酷使して……。秋君の為にも誤解を解きたいが、男の子は両手に分厚い赤本を装備して叫んでいる。

これは怖い。

「しゅうっ!」

「秋は僕がま、守るからっ!!!!」

赤本の角が怖い。

俺は後退するしかない。

「修一郎!!!!!!」

その時、がさがさでがらがらな痛々しい声が響いた。

そして、俺に襲い掛かろうとした男の子の裾を掴んだ秋君が男の子を自分の方に強く引き寄せた。

そして、勢いで男の子の手から赤本が滑り落ち、秋君の頭に――――ごつ。


鈍い音がした。


「秋!!!?」

秋君が頭を抱えて縮こまる。

これはヤバい。早くも片野さんに電話しなくてはいけない状況かもしれない。

俺は部屋に入った。

「秋っ、ごめん!ごめんなさい!秋!秋!!あっちゃん……ぅうううあああ!!!!!!」」

床に座り込んでしまった男の子は毛布に顔を押し付けて泣き出す。

なんて大声なのだろう。鼓膜が張って耳が微かに痛むぐらいだ。

しかし、今は秋君だ。

俺は秋君を看ようとしたが、彼は痛いだろう頭を片手で押さえるだけで、慌てて男の子の髪を撫でる。

もしかして、男の子を慰めている?

赤本の角は事故と言えど、そんなものを振り回していた男の子のせいでもあるのに、秋君は泣く男の子を必死に宥めようとしている。

そして、男の子は間もなく泣き止んだ。俺から距離を置き、秋君に抱き着いてだが。

「しゅういちろ……葵さ……おばけじゃ……ない……」

「アオイサ?オバケジャ……ナイ?……おばけじゃない?え?」

恐る恐る俺を見詰めてくる男の子。ふわりとした黒髪で童顔の男の子だ。

「あ………俺は崇弥(たかや)葵。秋君の家庭教師として……えっと、俺は秋君の親戚です」

こう言えば怯えないでくれるかな。

男の子は秋君のベッドに半乗りで俺を見てポカンと口を開ける。

「秋の親戚の人?」

「……うん……」

「僕と秋のハーレムを…………僕は秋の一番の親友で幼なじみで秋のことを余すことなく知っている吉田(よしだ)修一郎です。あの……お義兄様」

……オニイサマ?

それにさっき、ハーレムって言いながら憎々しげに俺を睨んだぞ。

稀に見る可愛い顔の子なのに。


くぅん!!


ベッドから金が顔を出した。

「“くぅ”って……犬?毛玉湯タンポじゃなかったんだ」

「名前は金柑(きんかん)。犬って言うより狼かな」

「金柑って僕のおじいちゃんの家の庭の植えてある木に実ってたウズラの卵を黄色くしたもの?苦くてあんまり甘くないあれ?秋の家にビニール一杯に詰めてお裾分けしたあれ?」

と、俺に首を傾げられても……。

「そう……あれ」

秋君が答え、金の顎を掻いて微笑んだ。

動物が好きみたいで良かった。金も二人が好きみたいだし。

程々に知り合いになったところで、俺は秋君の分はお粥、俺と修一郎君の分は食材を見て昼食のメニューを決めることにする旨を話して下がることにした。

あんな秋君のがらがら声を聞いたら、彼を休ませたいと思わない人間はいない。

「あの、僕も手伝います!」

ハーレムの邪魔はしたくないと思っていたが、修一郎君から手伝うと言われた。

俺に断る理由はないので、俺は修一郎君に手伝いを頼むことにした。







修一郎に風邪を移したくないと思っていたから、葵さんの手伝いで俺から離れてくれて良かった。

しかし、寝過ぎでダルく、問題集は全て部屋の外に積み上げられ、かなり暇だ。

「金柑……」

黒い毛玉は拍動していたから生きているとは思っていたが、狼だったとは。子犬みたいに円らな瞳で丸っこいし、まだまだ子供の狼に違いない。

こいつと遊んでいれば、暇もどこかへ行く。


くぅ。


金柑は鼻を俺の汗ばんだ首にくっ付け……恥ずかしいからやめてほしい。

と、


にゃあ。


シロだ。

いつの間に足下にいたのか、俺の腹を踏みつけ、ついには顔を踏んづけられた。

「痛い」と言うことすら、喉の痛みでままならない。

しかし、金柑が俺を助けてくれたのだ。それも、自身を犠牲にして。


コロンと丸い毛玉になった金柑は白猫のシロの前を転がって行った。それはシロの本能を刺激し、シロが毛玉金柑を追い掛けだしたのだ。

そして、毛玉を捕まえたシロは手で毛玉を器用に転がして遊ぶ。

本来毛玉ではない金柑は苦しそうに高く泣きながらも俺の為に必死に堪えているようである。


俺は金柑を助けようとシロから毛玉を奪おうとしたが…………あれ?

眠い。

寝過ぎのはずのに、物凄く眠い。


――――眠い。





くぅ。くぅくぅ。


にゃあ。


くぅん。





「お義兄様、僕に秋をください」

いきなり過ぎる。

秋君にはお粥とすりおろし林檎の入った温かい飲み物。

俺達は焼きうどんにすることにした。

というわけで、不器用らしい修一郎君にはお粥の番をしてもらうことにしたのだが、黙々とお粥をかき混ぜていたと思ったら、急に秋君をくださいときた。

「くださいと言われても……俺は秋君のお姉さんの子供であって……」

オニイサマではないのだが。

「外堀はなるべく埋めとかないと……」

「え?」

「いえ!葵さんの応援が欲しいなぁってだけです」

にこり。

絶対に修一郎君には裏と表があると思う。

秋君はそのことを知っているのだろうか。

いや、知っているからこそ、あんなに近い距離を許しているのだろう。

「勿論、応援するよ」

応援を断る気はないが、断ったらなんだか恐ろしいことが待っていそうな気がする。

「ホントですか!?このお粥、秋にあーんってしていいですか!?あわよくば、すりおろし林檎茶を口移しで……」

修一郎君が暴走し始めたみたいだ。

しかし、暴走は構わないが、火の傍で妄想に身悶えられるとこっちの心臓が持たない。

片野さんに「秋の友達からはくれぐれも目を離さないように」と念を押されたし……。

「修一郎君、秋君を呼んできてくれるかな?」

これが一番、今の彼に合う仕事だろう。

「分かりました!秋のことなら何でも任せてください!」

「今行くよ、秋!」とステップを踏み、修一郎君はリビングを出て行く。




にゃあにゃあ。


くぅ。


にゃあ。




もし秋が寝てたら目覚めのキスをしようと考えて、抜き足差し足、なりきり忍者で秋の部屋を訪問した。

そしたら、起きてた。


変なことが起きてた。


シロは秋の実家に住み着いている野良猫だ。

いつから住み着いているのかと言えば、(ふゆ)さんが連れて来たころから。泥棒猫だったらしいシロを拾い、分かる範囲でシロが迷惑を掛けた家々を回って謝り、責任を持って育てるということで琴原(ことはら)の一員になった。

だと言うのに、シロと一番の仲良しは冬さんではなくてちぃさん。

つまり、千鶴(ちづる)さん。

秋のお姉さんの親友だ。

ちぃさんは秋のお母さんが亡くなった時に、小さかった春さんや双子のお世話をしてくれた人だ。秋のお母さんは秋達を産んだ時に亡くなったから、双子にとってはお母さんというお母さんはちぃさんかもしれない。

それはさておき、今回、僕は春さんにシロを連れていくよう頼まれて、先生の別荘まで連れてきた。

理由は分からないけど、秋とシロは一緒に居た方が秋の為にもいいらしい。

動物好きの先生も別荘に連れていくことを了承していた。

そのシロが金柑とお話していた。


人語を喋っているわけではない。


にゃあにゃあ語とくぅくぅ語で喋っているのだ。

目を合わせて、シロが喋ったら金柑が喋り、交互に。

偶然だって?

そうかもしれないけど、シロは会話の合間合間に金柑に張り手突っ込みしてるし、偶然にしてはちょっと……。

動物たちが賑やかだし、部屋に入るのを躊躇っていたら、シロが気付いてくれた。

一発大きな猫パンチを金柑にしたシロは薄くドアを開けて様子を窺っていた僕に向かってそっと近付いてきた。

にゃあ。

「入らないの?」と言いたげに僕をじっと見詰める。

「秋を起こしに来たんだ。いい?」

にゃあ。

シロがベッドに飛び乗り、秋の顔を――

「待ってよ、シロ!僕にキスさせてよ!」

それは僕の役目なんだ。秋に目覚めのキスぐらいさせてよ!

って思ってたのに、


「………………」


シロを持ち上げた秋が僕を皿みたいな目で見ていた。

起きてたし、聞かれてた。

「えっと……お昼にしよう?」

「………………」

シロを床に下ろした秋は頭を押さえながらゆっくりと体を起こす。

血の気がない足。

「秋!」

倒れてしまう気がして、僕は無意識に走ってふらついた秋を抱き締めていた。

秋の心臓が一回強く振動したのを胸に感じる。

熱の隠った吐息が耳を包む。そして、背中に秋の手の温もり。

秋も僕を抱き締めてくれているんだ。

「秋、歩ける?それとも、お粥持って来ようか?」

「あ…………ある……く」

スンと鼻を鳴らした秋が可愛い。

弱った秋は恥ずかしいってことに鈍くなるからハグもあまり嫌がらないし、ちょっとだけ……ほんの少しだけ嬉しい。それに、公式のキスしちゃおっかな発言にも怒らないし。


よし、言うなら今しかない!


「僕が秋にお粥を食べさせてあげるからね」

秋にあーんなんて、こういう時じゃないと絶対にさせてくれない。

チャンスは全力で生かさないと!

「…………」

秋は無言。

喋るのは辛いから頷くとかしてくれるかと思ったけど……。

「秋?」

催促はあんまりしない方がいいんだけど、もうすぐ1階に着いてしまう。

秋は葵さんの前では絶対に頷いてはくれないだろう。

再度聞くのは完全にアウトだ。でも、無言なんだけど。

「あ、あの……!あ、秋!?」

秋が僕に凭れてきた。

ふらついたとかじゃなくて、僕の唇に……――。

「あ、あああああ、あ、秋ぃいいいいいい!?」

約20の秋からのキスで僕の脳内は爆発気味だ。

だって、秋は“あーん”への返答どころか、突然キスしてきたのだ。

それに、ただのキスじゃない。

「な、秋、一体いつ…………ベロチューを……!!!!!!」

絡んじゃったよ!僕の舌と秋の舌が!それも直に!!

かすったとか触れたとかではなく、僕の人生で初の密なキスだ。

「だ……だまれ……しゅう!」

「うぐっ」

秋の両手に口を塞がれ、僕はリビング前の廊下でドキドキの胸を抑えるしかない。やばい。もうなんでもいいから叫びたい。

秋とマジでガチなキスしちゃったよ!って。

間接キスとかの比じゃない。地表と大気圏の差ぐらいだよ。


でも何で今!?


こういう唐突な恋人同士のキスはBADENDフラグじゃないっけ……。


冷静に考えたら、今にもフラグを回収するかもしれないことに気付いた。

“あーん”が秋の琴線に触れたのかもしれない。絶対に越えられない線を何かの拍子に平然と僕は踏み越えていたのかも。それか、今、長年の恨み辛みが積りに積もって……とか。

僕は秋の手を外した。

「あ、ごめ、あの……え……ごめん!葵さんの前であーんとか、やりません!でも、秋がだるいとか疲れてたりするなら……って思って…………ごめんなさい!」

兎に角、謝らないと!

僕は頭を下げて謝り、僕は土下座をして謝り――――

「修一郎……聞け……」

秋が僕の腕を強く掴んだ。

「あ……うん」

秋は何を言う気だろう。フラグ回収だけは……!!!!


「ちゃんと……寝ろ。このキスで…………約束だぞ」


「え…………約束?」

…………つまり、秋に付きっ切りなのをやめて僕に休んで欲しいからベロチューしたってこと?

「でもあのね……僕……………僕にできること……これしかないんだ……」

僕は秋の代わりにはなれない。

消すことも治すことも出来ない。

秋の体の汗拭いたり、パジャマ替えてあげたりしか出来ないんだ。

「それに、だからってキスしたらいいみたいな……」

僕はキス魔じゃないって言ってるじゃん。

時折、秋に僕の気持ちがきちんと伝わっているか気になってしまう。

秋は軽いスキンシップしかさせてくれないし。誘ってみてもさりげなく無視されるし。

「…………しゅう……お前……俺に……どうして欲しい……」

「俺には……分からない」と、消え入りそうな声が聞こえた。

その問いかけに僕はロボットのように――あらかじめ設定されたプログラム沿って返すように、秋に喋っていた。

僕自身が驚くぐらいの淡々とした声で。


「秋…………秋は……僕にどうして欲しいの……?」


何で僕はこんなんことを言ったのか分からない。

ただその時、秋が息を呑んだのが分かった。




くぅ!

にゃあ!




「……………………ちょっと、口挿まないでよ」

「シロと……金柑に……言うなよ」

いいや、違うね。

人語が分かってるもん。

「ねぇ、二人とも。ご飯にしよう。準備できたよ」

葵さんがリビングのドアを開けて僕たちに向かってはにかんだ。

“もしかして”じゃなくても、葵さんに聞かれてた?

秋はさっと僕から離れて葵さんに頭を下げ、リビングへと入って行く。シロも金柑も。

「修一郎君?」

「え……あ……はい」


僕は秋にどうして欲しいんだろう。


秋は僕にどうして欲しいんだろう。


秋は口を閉じていた。

シロと金柑のせいじゃない。葵さんのせいじゃない。

僕の問いかけに秋の鼓動は確かに一度止まった。


秋の息も……何もかもが止まった。


「修一郎君」

葵さんが僕の肩を叩く。

「ぼーっとしてるけど、どうかした?」

葵さんの顔は秋と所々似てる。まぁ、秋はお姉さん似で、葵さんはお姉さんの子供だから当然か。

そうだよ。

当然だよ。


秋が答えられないのは当然。



当然だから、答えが聞けなかったんだ。

「だよね……秋」

近日中のはずが……。よくあるよくある(汗)

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