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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の決断
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彼の決断

今日のお客は珍しい……二之宮蓮(にのみやれん)君だ。

たった一人で来たあたり、向かいの崇弥(たかや)家には寄らずに俺の家に直接来たようだ。

益々、珍しい。



「童顔君は見た目以上の力持ちだね。僕より背が低い君に引き摺られつつも移動させられたのには驚きだ」

蓮君は言葉が少し曲がる。

つまり、蓮君は言葉をややこしく使うのだ。

「蓮君、素直に『ありがとう』でええんやで?」

「………………」

あ、そっぽ向いた。

何だか可愛らしいな。

「で?どないしたん?おやつ食いにきたわけ……ではないんやろ?」

「崇弥じゃないからね」

「この前、俺の作った黒糖饅頭旨そうに食べてくれたで」

にこにこと笑った崇弥の顔は見ていた俺の胸を温かくした。

監査先で色々文句を言われた後だったから、俺が帰ろうとする崇弥を引き留めたぐらいだ。

もっと食べてってくれと俺はお願いしていた。

「スイ君、蓮君やで…………あれ?スイ君?」

大好きな蓮君がいるというのに、どこに行ったのだろうか。

「スイならここにいるよ」

と、蓮君が向けていた視線の先――ソファーに座る蓮君の膝にはスイ君が眠っていた。ずっと離れていたから蓮君がとても恋しかったに違いない。

「蓮君、俺は大丈夫やから、スイ君は蓮君や皆と一緒に――」

「駄目だ。君がストーカー紛いのことをされまくっているのは知っているんだかりね」

俺のことを執拗に観察してくる人間がいることはバレていたのか。

手出しはしてこず、ただ距離を空けて俺を見ているだけ。職場には来ないが、家まで付いてくる。車でもタクシーでもバスでも電車でも。

家の中まで見られているんじゃないだろうかと考えると、リビングのカーテンはほぼ閉め切り状態だ。寝室は用心屋側だから安心して開けていられるが。

心配させたくなかったからスイ君には何も言わずにいたのに。

「……昼間からここのカーテンを閉めているのもそうでしょ?」

「家では寛ぎたいから」

「セイが君の初ストーカーは君が家に入ったのを見たらいつも直ぐに帰っていると言っていたよ。君に危害を加えるつもりはないみたいだし、刺激を与えたくないから放置してるけど……君が嫌なら」

「構わへん。蓮君、ありがとな」

俺は蓮君の背後のカーテンを開けた。

夏の日射しはクーラーの効きを悪くするけど、それでも嫌いにはなれない。

それに、今の時期は裏手の家の桜で美しい木陰が我が家に入るのだ。

裏手のおじいさんは桜の花弁が俺の家の敷地に入るから切ろうかと言っていたが、できることなら残して欲しいと俺は頼んでいた。

「どういたしまして」

「それで?」

「ああ。ちょっと質問しに来たんだ」

電話でもなく、蓮君は質問しに来た。


彩樹(あやき)君に質問……やろ?」


蓮君が用があるのは俺じゃない。



「三人で話そう」

蓮君が意識を手放し掛けた俺の腕を掴んでいた。

急に視界が晴れたせいで俺の体はバランスを崩して蓮君の身体に倒れてしまう。

「うわっ……ごめんね」

「あう……すまん。蓮君、スイ君」

由宇麻(ゆうま)が大丈夫ならそれでいいんだ』

蓮君の体臭は不思議と安らぐ。檜みたいな匂いというか……木の匂いだ。かつ、スイ君のふわふわぬくぬくのお腹が俺の頬を撫でてきて、これは気持ち良く眠れそうだ。

でも、俺も蓮君も大人だ。

それに、約10は離れてる。

蓮君が甘えてくるのは大歓迎だが、俺が甘えるのは止した方がいい。

とか決意しても、直ぐに甘えてしまうというのは自覚している。

俺は誘惑をどうにか断ち切って体を起こし、お茶の用意に向かうことにした。


「で?かなり脱線したけど、おやつに買ったドーナツを食べながら話そうやないか」

結局、“おやつ”にしている俺だが、今度こそ準備万端だ。

「そうだね」

蓮君はドーナツをつつくスイ君の背中を撫でると、真剣な顔をした。

「君の病気の話だ」

俺の病気は彩樹君と蓮君の力でどうにか抑えている厄介なものだ。

発症に関しては人によりけりらしく、特に、俺の場合は生まれたその時から発症していた為、彩樹君の助けがなければ二十歳で命を落としていた。

「ここ最近は調子ええで」

「スイから報告貰ってるから知ってるよ。でも、君のジム通いは確かに心臓を強くするけど、夏は程々にね」

良くなればなるほど調子に乗って無茶をするのは少々悪い癖だ。

「あ……(あおい)君?今日から親戚の秋君に勉強教えにどっかの避暑地行くとか…………」

先週、「俺が代わりに行く!」とか崇弥が駄々を捏ねていた。しかし、受験生の先生は葵君しか適任がいなかった。

頑固な葵君が行くと決めたからには、崇弥には止められない。……たとえ、葵君が俺と同じ病気を持っていても。

「葵君は今年に入ってから病の症状が顕著になり始めた。君の経過と比べると、葵君のは進行がかなり早い」

「そんな……」

葵君は余裕がないのに、単身で遠くへ行ったと言うことか。

「葵君は勉強教えに行くどころやない。本人は分かってるん!?」

いや、分かってないから一人で……。

「葵君は分かってる。分かっていて、彼は選択した」

「……!!崇弥には言ってあるんやろうな!?」

「僕には言えない」

蓮君は冷静な顔をして残酷なことを言ってきた。

そうだ。

崇弥が聞いていたら、絶対に葵君を一人にはさせない。駄々を捏ねるどころか、何処かに閉じ込めてでも葵君を守る。

「どうしてや!!」

「君は葵君の気持ちが分かる?」

「葵君の気持ち……心配させたくない……やろ?」

こんな会話を俺は昔にした。

俺の部屋に逃げてきた崇弥を匿い、最後には葵君に崇弥を迎えに来てもらった時だ。

「心配させたくない。そうだね、普通はそういう気持ちだ」

“普通”?

「でもね、“出来のいい子”が傍にいる葵君の本当の気持ちは分かる?」

「出来のいい子って、崇弥か?」

「劣等感……何よりも、嫉妬。兄だろうと弟だろうと親友だろうと、嫉妬する時は嫉妬するんだ」

俺は嫉妬なんて知らない。


知りたくない。


「君はそういう感情が嫌いみたいだね」

「……嫉妬は誰もが持っている感情や」

「…………いいさ。ただ、僕は崇弥にも用心屋の誰にも何も言わない。彼が今一番望んでいることがそれで、僕は彼の痛みが分かるから」

やっぱり……俺には反論できない。

俺は醜いのは嫌いだ。





「由宇麻を苛めるな」

「僕は苛めるつもりはない。ただね、童顔君の態度が少し気に食わないんだ」

「お前は由宇麻の傷みを知らない。この子がどんな思いで生きてきたか。お前に理解されたくもないけどな」

蓮の目の前には由宇麻。

正確には由宇麻の身体に宿るは彩樹というカミサマの意識だ。

カーペットに正座してティーカップに口を付け、ドーナツを摘まんだ彩樹は蓮を睨んだ。

「由宇麻は今日は起きないだろう。それでもここに居座るのか?」

「居座る。というより、君とは最初から話をする予定だった」

「…………由宇麻をわざと煽ったということか?」

由宇麻にはない憎悪が発せられ、スイがドーナツを皿から溢して蓮の背後に隠れる。

「いいや。僕は単純に言いたかったことを言っただけさ。君とは童顔君を通して話したかったんだ」

「なら、さっさと話せ。ぼくは由宇麻を休ませる為に眠るんだから」

「僕は由宇麻君と同じ病気の者を4人は知っている」

「ふぅん」

ドーナツをかじり、体育座りをした彩樹の返事は素っ気ない。さらさらとした彼の猫毛が竦めた肩を滑る。

司野(しの)由宇麻と崇弥葵、崇弥(りん)七瀬咲也(ななせさくや)。この4人だ」

「それで?」

「共通点は崇弥葵と崇弥林は母子だ。だけど、他の二人は違う」

「遠い過去では繋がってるだろうね」

「僕も君も皆ね」

彩樹の嫌味を受け流す蓮は微笑する。それを見た彩樹はむすっとして蓮のドーナツを口に入れた。

「他の共通点を考えると、谷かなって。でも、童顔君だけが繋がらない」

「あっそ。残念だったな」

「…………僕には次に大きな発作が来たら、葵君を助けてあげられる自信がない。葵君を助けるにはカミサマに頼るしか駄目なのか?お願いだ……教えてくれ」

ソファーから降り、床を這いつくばった蓮はフローリングで彩樹に深く頭を下げた。膝を折り、肘を曲げ、額を床スレスレまで近付け、彼は土下座をする。

「不様だな。お前はとても優秀な医者だと認識していたが」

「………………」

蓮は顔を上げない。

「………………だが、お前はこの子を守ってくれている。今回は下手な護衛でこの子を不安にさせたが」

「それはすまないと思っている」

彩樹は最近現れたストーカーが蓮が由宇麻を守る為のものだと知っていたようだ。

「ぼくの知る限り、由宇麻は谷とは関係がない」

彩樹が唐突に語りだし、蓮は茶の水面を眺める彼にもう一度頭を下げた。

「ありがとう」

「あと、由宇麻と同じ病気の人間はお前が挙げた者以外にも近くにいる」

蓮に仏頂面で手を貸してソファーに座らせる彩樹。

「例えば誰……と聞いてもいいのかい?」

櫻千里(さくらせんり)だよ。彼は谷とは無関係だ」

「え……千里君?彼は体が弱かっただけで……」

櫻千里はこの春に吟竜と無事に契約を交わした櫻の末裔だ。

軍幹部席を多数占める櫻一族の直系であり、次期櫻当主を決められていた。しかし、彼は次期当主を辞退し、現櫻当主もそれを認めた。

櫻分家は崇弥分家も含めて大混乱していたが、櫻本家は養子を迎えることにしたとか。

血が断たれる辺り、反対の声が多いが、櫻千里誘拐計画とやらが実行されずにいるだけマシである。

と、櫻分家である(あずさ)家の知り合いから蓮も聞いていた。

「お前は何も分かっていないな」

「何も?」

「櫻千里の持つ空間断絶魔法について」

「空間と空間を切り離す魔法だ。だから、物理攻撃や攻撃魔法を逸らす」

空間断絶魔法はある意味、防御魔法に近いが、これに攻撃最強の魔獣の吟竜が加わると、櫻千里に死角はないと言える。

「20点……いや、5点かな。空間断絶魔法は空間と空間を切り離すが、櫻千里の場合、時間さえも切り離す」

「時間って……千里君のは(くれ)君と同じ時制型と!?」

「そうだよ。だから、櫻千里の空間断絶魔法は時間も制御するならば、とてつもなくコントロールが難しい。あらゆる魔法の中で一番かもしれないな」

チチチと鳴いたスイが蓮の肩に留まり、羽を広げて彩樹の頭に乗った。

「時間を切り離す……使い方によっては治癒魔法にもなる。それはどんな病気も治す。万能薬だ」

「100点。櫻千里は潜在的に由宇麻と同じ病気の持ち主だ。けれど、彼の魔法がそれを治癒し続けている。“健康体を病気と切り離している”ってこと」

「子供の頃、体が弱かったのはそのコントロールが上手く出来ていなかったから?」

「で、そのコントロールの手助けをあの方はした」

頭上に手を持っていった彩樹。人差し指にスイが乗り換え、彩樹はまじまじと小鳥を見詰める。

「あの方とは氷羽(ひわ)かい?」

「他人を呼び捨てにするな、礼儀知らずめ」

「カミサマも他人でいいんだ……分かった。氷羽君ね。でも、君だって僕をお前呼ばわりするじゃないか」

「…………お前はお前だ」

舌を鳴らしてスイの腹を撫でる彩樹は由宇麻と仕草がそっくりだ。

「お前でいいよ。由宇麻君は童顔君って言っても怒らないし。君に蓮さんやら蓮君と呼ばれるのは何だか変だし」

「…………二之宮蓮」

「一々、フルネームは面倒でしょ」

「………………つまり、あの方は契約によって櫻千里に空間断絶魔法のコントロール……死を与えたんだ」

「待って。千里君は魔法のコントロールが出来ずに病気に苦しんでいた。何故、魔法のコントロールが死を与えることになる?」

蓮の質問に彩樹は目を閉じる。すると、スイが彼の指から飛び、彼はカーペットに倒れた。そして、動かなくなる。

「え……彩樹君!?大丈夫!?」

蓮が慌てて彩樹に手を伸ばすが、その手は彩樹自身によって払われた。

「煩い。騒ぐな。コントロールが出来ないということは、魔法が使えないということではなく、魔法が働くのにムラがあるということだ。内なる病気には魔法が働かず、外敵からの攻撃には異常に働いた。そのムラは櫻千里を不老不死にしていたんだ。意味分かるか?」

「分かる……けど」

カミサマではなく人間が不老不死になれるなど、夢物語だと思っていた。

人間は実体があるかないかのカミサマではないのだ。

老化の原因には様々な説がある。

細胞にも寿命があり、細胞分裂に限界があるのか。美容の大敵である活性酸素か。

彩樹の言葉が事実だとすれば、人間は死に抗えないはずなのに、千里の魔法は人間の生を脅かしているとも言える。

「櫻千里は死を求めた。人間として生きる為に。その願いをあの方は叶えたんだ」

死なないのならば、人間……否、動物ですらないのかもしれない。それを千里は拒み、氷羽に願った。

「それじゃあ、千里君の場合、彼は自分の魔法で病気を抑えているということかい?でもそれは――」

「崇弥葵にとっての解決にはならない。ま、櫻千里に崇弥葵にも使えるぐらい自分の魔法を強くしてもらうしかないな」

時間がないのに無茶を言う。

蓮は唇を噛んだ。今すぐにでもできる方法でなくては意味がないのだ。

「まだ崇弥葵を助ける方法はある。だけど、その解決方法はお前の言った通りだ」

「……カミサマ…………」

「崇弥林も七瀬咲也もぼくは知らない。でも、由宇麻以外に由宇麻と同じ病気を持つ人間、琴原秋(ことはらあき)はカミサマを宿してる」

琴原は崇弥林の旧姓であり、琴原秋は崇弥兄弟の叔父となる。

蓮は偶然にも数日前に都内のアンティークショップで彼に会っている。しかし、それは蓮の側から一方的にだが。

「何で君はそんなことを知っている?」

「由宇麻が琴原秋に会ったから知っている。カミサマは他のカミサマに敏感だからね。琴原秋は中途半端だけど、カミサマの半身をその身に宿している」

「カミサマ……僕が知っているカミサマはせっちゃんとアリアスぐらいだ」

「ああ。言わせてもらうと、その二人には無理だ」

ころころ。

カーペットを転がった彩樹は大の字で寝転がる。

「何故?」

「性質の問題。雪癒は傍観者。アリアスは破壊。対して、ぼくは生命。対して、あの方は死。何となく分かる?」

「何となくなら……でも、どうやってカミサマを見付ければいいんだ……!」

カミサマにも葵の病気を抑えられる者とそうでない者がいるならば、ただの人間である蓮には、必要なカミサマを探すことは絶望的だ。

「丁度いい子がいるじゃないか」

「“丁度”いい?」


「お邪魔するなー」


ぱたんと玄関のドアが閉まる音がした。ストーカー騒ぎがあったのにも関わらず、由宇麻は不用心にドアのカギを開けていたようだ。

「おい、勝手に上がるな。足汚れてるんだし。司野、ちょっと風呂場借りるー」

「え……崇弥?」

紛れもない洸祈の声だ。お邪魔してきたのは崇弥洸祈らしい。

「崇弥が……カミサマ?」

そんなことはあるはずがないと蓮は大きく首を振る。

が、

「なわけないから」

彩樹は鼻で笑った。


「司野ぉー。おやつタイムに登場だけど、マフィンとかマドレーヌとか気ぃ遣わなくていいから。あのさ、伊予が突然……あれ?」

焦り気味の蓮に大の字で床に寝転がる彩樹。

伊予柑を腕に抱いた洸祈がキョトンとして立つ。彼は伊予柑を床に下ろすと、彩樹の隣に胡坐をかいた。

「おいで、伊予柑」

くぅん。

伊予柑は大人しく彩樹の手のひらに鼻を押し付ける。

「…………何かの儀式の最中とか?」

この奇妙な光景は儀式としか言いようがない。洸祈は蓮と彩樹を交互に見る。

しかし、蓮は彩樹を彩樹は伊予柑を見て、洸祈への返答がない。

「彩樹君、君の言うカミサマって…………」

洸祈を放置して蓮が会話を進めた。

「崇弥の守護契約魔獣の蜜柑さ。な?」

くぅ。

「え!?司野じゃなくて彩樹?司野は?」

しゃがんだ洸祈は彩樹の意識の由宇麻の顔を覗き込んだ。彩樹は不機嫌な顔で洸祈を睨み返して、伊予柑を胸に抱き込んで横を向く。

「ホントだ。彩樹だ。で?この状況は何?」

彩樹はだんまりだ。

「正直に言うよ。葵君の病気は確実に僕の薬では抑えられなくなってきている」

洸祈が目を見開いた。確かに葵の病をこのままにしておくわけにはいかないと思っていたが、葵も蓮もいつもと変わらず過ごしていた。だから、良くはならずとも、悪くはなっていないと思っていたのだ。

「……………………それで?」

「残された道はカミサマに頼る――」

「彩樹、お前には絶対に葵は任せないからな!」

蓮の言葉をろくに聞かずに洸祈は息を荒げた。蓮にも葵にも隠し事をされていたこともあり、洸祈は簡単にカッとする。

しかし、カミサマという単語一つに神経質になるのは洸祈の悪い癖だ。それも氷羽のことがあれば当たり前かもしれないが。

「お前の弟がどうなろうとぼくの知ったことか」

「てめぇ!!」

「崇弥、落ち着け!頼ろうってカミサマは彩樹君じゃない!伊予柑だ!」

くぅうう。

彩樹の腕から出た伊予柑が洸祈の膝に掴まった。

そして、高く何度も鳴く。

まるで洸祈を止めようとしているようだ。彩樹を守る様に何度も。

「…………伊予…………お前……魔獣だろ?」

「魔獣だけど、伊予柑はカミサマだ。金柑と対の癒しのカミサマ」

よっこらせとじじくさい台詞を吐いて立ち上がった彩樹は台所へと歩いて行った。

洸祈は呆然として伊予柑を持ち上げて顔の高さを合わせる。

「お前達はカミサマ……なのか?」

くぅ?

「癒しのカミサマ?」

くぅ?

「葵のこと助けられるのか?」

くぅん。

こくり。と伊予柑が頷いた。そして、白い獣は小さく暴れると、洸祈の手から離れて台所に消えた彩樹を追って走り出した。

「嘘……だろ?」

「彩樹君が嘘を吐いても仕方がないと思うよ」

「でも…………」

洸祈の表情は曖昧なまま固まっていた。




彩樹君に強引に起こされたら台所にいた。足元には伊予柑。俺は動物が大好きだ。俺は伊予柑の顎を掻いてやった。

人間は顎を掻かれてもなにも感じないのに、どうして犬や猫は顎を掻かれるとこんなにも気持ち良さそうな表情をするのだろう。

俺の気が済むまで伊予柑の顎を掻き、つま先立ちで台所からリビングを覗けば、案の定、崇弥がいた。

眠たかったけど、起こしてくれた彩樹君の優しさに俺は言葉にせずに感謝した。

「崇弥ぁ、マフィンとマドレーヌ、どっちにするー?」

ドーナツは彩樹君が食べてしまったようだし、まだ3時台だからおやつにしても問題ないだろう。でも、俺と彩樹君の体は同じだから、またおやつにしたら、俺は食べ過ぎかもしれない。

いや、お菓子は美味しいからしょうがない。食べたい時に食べてなんぼだ。

「司野!」

ぱっと振り返った崇弥は台所まで走って来て……俺の胸にダイブ。

かわええなぁ。

「彩樹君と喧嘩してたん?泣きそうな顔してるで」

言ってから思ったが、俺と替わったのは単に崇弥の相手が嫌になっただけかもしれない。

彩樹君と崇弥は何かと反りが合わないみたいだし。

「……別に」

拗ねてるなぁ。

「で?マフインとマドレーヌ、どっちにする?」

「両方がいい」

「ええけど、夕食食べれるように少なめにやで?」

「うん」

俺が崇弥の頭を撫でてやると、鼻をすんと鳴らして、俺の背中にくっ付いた。

「崇弥……ごめんな」

俺が逃げたから彩樹君に迷惑を掛けたし、蓮君には失礼なことをした。崇弥をしょんぼりさせてしまったし。

「司野は悪くない……悪いのは俺だから」

独り言のつもりが、崇弥に聞かれていたようだ。


本当、俺も逃げずに決断しないと。


でも、その前に第2回、おやつタイムだ。

「おやつにしよ、崇弥」

「うん」

崇弥が笑顔になった。俺はこの笑顔が大好きだ。

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