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二之宮ファミリー

ズズ……ズズズズ…………ズズ。

ズズズズズズ……。


ある真夏日の昼。

クーラーの効いた事務室兼応接室で三人は額を付けてそうめんを豪快に啜っていた。

重厚なローテブルに被さるように猫背になった彼らは、どんぶりに山盛りにしたそうめんに競うように箸を突っ込む。目一杯そうめんを掴み、自らの小鉢に滑り入れ、つゆに通すとそのまま口に運ぶ。


「誰かネギ」

落合一喜(おちあいいっき)はカンカンと箸を小鉢の縁にぶつけた。

「売り切れ。誰かめんつゆ」

琴原秋(ことはらあき)はそうめんを啜りつつ傍らのネギの乗っていた小皿を見る。そして、残り少なかったネギを自分の小鉢に入れると、またそうめんを啜りだした。

「3倍濃縮だぞ?お前は入れすぎだ。先ずは水で割れ。糖尿病になるぞ。誰か生卵」

琴原(ふゆ)は隣に座る秋の頭を小突くと、直ぐにそうめんを啜る。

「自分で冷蔵庫まで取りに行けって。他人任せとか、政治家のやることじゃない」

と、落合。

「てか、生卵なんかここには置いてないから」

と、秋。

「家にはあるだろう?」

と、冬。

「落合サン、家になら刻んだネギもあるよ?」

秋は助言する。

しかし、

「秋クン、その手には乗らないからな!」

落合はそうめんを啜る秋を睨むと、秋に負けない大きな音でそうめんを啜る。

「秋、持ってきてくれ」

「はぁ?兄貴が持ってくればいいじゃん」

「直ぐそこなんだし、いいだろ?断るなら……減給」

「っ……分かったよ!」

むっつりとした秋はコップの麦茶をがぶ飲みすると、持参していた某旅館のタオルを頭に掛けて部屋を出た。


「ったく、パワハラだっつーの!」

下町にあるボロいビル。

通称、亀之助ビル。

鉄筋コンクリートの3階建てのそれは、白かった塗装は排気ガスに汚れ、至るところ剥がれ、場所によっては大小様々なヒビが入っている。

1階には近所の女子高校生に人気のアンティークショップ、2階にはこのビルの持ち主の80近いおばあさんが住んでいる。

落合の祖母だ。ビルの名前も落合の御先祖様からとったらしい。

そして、3階に琴原冬の事務所がある。

「秋君、熱いねー」

1階のアンティークショップの女店長、道路に打ち水をしていた彼女は、螺旋階段の途中、日陰と日向の境目で太陽を見上げて座り込む秋を見上げた。

(かい)さーん……俺にも水掛けてよー……」

「雨水だよー?」

「んー、じゃあ……掛けないでー……」

「スイカ、余ってるよー?」

「いる!!プリーズ!!!!」

タオルを首に巻いた秋は、バタバタと降りる。

「なら、奥に入っててー」

「いや、俺が水撒きするから。だからさ!」

「お客さんいないけど、来たらお店のことよろしくね」

「オッケー!」

一気に元気を取り戻した秋は、灰の桶と柄杓を借りるとご機嫌になって水を撒き始めた。


桶の雨水もなくなり、桶を柄杓と一緒に店先で干した秋は、涼しい店内で会計の番をしていた。

「店員さん、一緒に選んでくださいませんか?」

艶のある長い黒髪。

それを背中に垂らした女性は欠伸をした秋を見詰めていた。

「いや、俺……」

「男の方に贈り物したいんです」

真剣な眼差し。

冷やかしなどではないと判断した秋は、スイカのお礼のためにも重い腰を上げる。

「俺、さっきスイカで雇われたばっかりの雇われ店員なんです。正直、役に立てる自信ないです」

素直に断りを入れてから、彼女の前に立った。

「私が贈り物をしたい方もこういうのにはさっぱりですから」

「だったら何でここで探すんだよ!」とは、スイカのために口をつぐむ。

「贈り物にはどんなものを考えているんですか?」

「…………ビーカー、試験管……フラスコ?」

小学校の理科室を思い出す秋。顔を忘れた白衣の先生も思い出す。

「……って…………お姉さん、本気?」

あまりのチョイスに、秋もつい素が出てしまった。しかし、アンティークショップに実験器具を探しに来る彼女も悪い。

「……ごめんなさい」

「謝られてもさぁ…………どんな人?」

「“どんな人”?」

「年齢とか性格とか趣味とか」

秋は呆れ果てた表情をしながらも、麻のワンピースを着て白い帽子を胸に抱く彼女に付き合うことにした。

天然さんだろうと、彼女は客。灰に店を頼まれたのだから、秋は彼女に最後まで協力するのだ。

それに、なんだか彼女をほっとけないのが秋である。

「年は……私より年下で、あなたより年上……ぐらいです。性格は大抵、他人の意見にはノーしか言わず、それどころか酷い毒舌で返してきます」

彼女は至極真面目な顔だ。

秋も真剣な表情をし、目の前のカラフルなキャンドルを見る。

「じゃあ、蝋燭の代わりにこのキャンドルとか、死装束の代わりにあのホワイトカラーのレース付きエプロンとかはどう?……でも、五寸釘はどうしようかな」

秋が、女性でもできそうな呪いに必要なものを紹介したところ、彼女はブンブンと首を振った。

「五寸釘の代わりにあそこの可愛いフォークが使えそうですが、どんなにお洒落でも駄目です!」

秋の提案は彼女のお気に召さないようだ。

「何で?藁人形がないから?でも、あっちの棚に丁度いい感じの黒髪御下げの人形あるよ?」

秋の視線の先――青い瞳に黒髪ロングの人形はリアルには拘っておらず、愛らしさの方が勝っているため、少しも怪談に出てくるような恐ろしさはない。

「額にラベンダーの香りのするキャンドルを付けて、レースのエプロンのポケットから取り出した黒髪御下げの人形にフォークを突き刺す……まるで私が私をファンシーに呪っているみたいじゃないですか!!」

「顔写真付けるから大丈夫でしょ。プリクラとかないの?」

「待ってください!確かに、性格はオタクな毒舌家って感じですが、根は……根だけはいいんです!!」

根だけらしい。茎と葉は悪いようだ。

「短所という名の小さな双葉を、優しさという名の大きな根が支えているんです!」

「双葉って……滅茶苦茶幼稚って意味だよね?」

言い切った彼女には悪いが、双葉の茎は短く、葉は少なく小さい。

「いいえ、一休さんです!!」

彼女は自信ありげに背中を反らした。


が、


董子(とうこ)ちゃん、お店で煩くしない」

くすんだ金色の髪に、世にも珍しい金と紺のオッド・アイを持つ青年。

店の入り口付近で車椅子に座った彼は、股を広げてデンと構えた彼女を、肩を竦めて見ていた。

「とうちゃん、駄目だよ~」

新たな声は高温で、長い茶髪を所々跳ねらかせた少女のものだった。少女は車椅子の後ろから現れると、青年の隣に立つ。

(れん)様!?遊杏(ゆあん)ちゃん!?」

「“父ちゃん”!?」

董子驚愕。

秋驚愕。

「あ、いえ、“とうちゃん”は、私の名前の“董子”の“とう”です」

「あ……とう……ちゃん、なんだ」

「店員さん?家族がお仕事の邪魔を」

青年――蓮が顔を少し傾けて、窺うように秋に会釈した。彼の目と美貌にドキマキしつつ、秋も会釈を返す。

「でも、俺は店員ってワケじゃ――」

「見つけたぞ、秋!減給って言ったよな!」

「げっ、兄貴!?」

秋の兄であり、雇い主の冬が店の入り口で息を切らしていた。

「もう、そうめん食い終わったし、お前は、何で、灰さんのとこで、店番、してるんだ?」

はーはーと、息が荒い。

兄でなければ、秋は無視しただろう。見ようによれば、変態だ。

この季節、よくいるクールビズ姿の男。半袖ホワイトシャツに緩く締めたネクタイ。シワの入ったズボン。

秋を指差すボサボサ黒髪の汗だく男は……――

「琴原冬さんだ!!あの、幹嶋(みきしま)さんとスキャンダル騒ぎのあった若手国会議員!!!!」

鬱陶しそうに眉を曲げた秋に対し、董子は目を輝かせる。

「いや、俺は――」

冬は無表情になると、履き潰す寸前の革靴をツカツカと鳴らして秋の背後へ。

「俺はこいつの兄で、しがない自営業です」

分かり易い棒読み。

「兄貴、何言ってんの?」

秋は暑苦しい兄から数歩離れ、冬も秋の影のようにくっつく。

「私の目に狂いはありません!琴原議員ですよ!ね?蓮様」

「…………違う。僕は帰るね」

興奮する董子を横目に、蓮は車椅子を動かした。

当の琴原議員は間が抜けてポカンとしている。秋の肩に掴まって顔を覗かせていた。

「え?蓮様?帰ってしまうんですか?ここに何か用があったんじゃ……」

「偶々、ここを通りがかった。偶々、君を見付けた。それだけさ。今日は君の休暇だし、好きにするといい」

「蓮様…………」

さっさと車椅子を反転させる蓮。

普段とは違い、冷たく感じる彼に董子は唇を強く閉じた。

「蓮様、ごめんなさい」

「ごめんなさい?何故君があやま…………」

「…………ごめんなさい」

むっすぅ~……。

斜め下を向き、頬を膨らませて唇を尖らせた董子は、目を皿にして「ごめんなさい」と繰り返す。

謝る気があるのかないのか……。

「……怒った?」

蓮は彼女を肩越しに振り返る。琴原兄弟も黙って先行きを見守る。

「怒ってないですよ」

「本当に?」

「……拗ねました」

発せられる董子の本音。

「どうして?」

「蓮様は言葉足らずですが、とても優しい人です。でも、今の蓮様は足らないどころか、言葉が全然ないです」

「それは……」

素直な主張に蓮が言葉を濁し、


「かみちゃん?」


桃色の地に赤や紫などのカラフルな大小様々な花柄のエプロンを着けた女。

レジ奥のアルミ製ドアを灰が開けていた。

「……え?灰さん?」

“かみちゃん”までの経緯が全く分からない秋が首を傾げる。

「かみちゃんだよね?」

灰の発言が蓮に対してであることは状況から明らかであるが、蓮が表情を固めたままであり、空間に微妙な風が吹いていた。

張り詰めた空気ではなく、居心地の悪くなる空気。

しかし、


「………………狼ちゃん……」


「にーはもうあんたとは関係ない!!」

蓮と灰の間に立った遊杏だ。

少女がまさしく狼のように犬歯を見せる。

剥き出しの憎悪。

灰は見知らないであろう女の子からのあまりのことに、足を縺れさせてドアに掴まった。

「灰さん!」

秋が灰のところへ走る。

ヤバイと思ったからだ。それも何となく。

しかし、同時に遊杏が冬や董子の間を物凄い早さで駆け抜け、秋を追い掛ける。


「遊杏!やめろ!!」


蓮の怒声に灰の盾となった秋の脚に手を触れた遊杏が停止した。遊杏の肩へと伸びた手も。

秋が彼女の手の冷たさにびくりと背中を震わせ、遊杏は目を細めて蓮を振り返る。

「にー、なんで!?」

波色に光る彼女の瞳。

弟の安全確保に機会を伺う冬を睨む。

「董子ちゃん、遊杏を」

「あ……でも…………」

蓮の指示だが、遊杏に刺激を与えることに董子は渋る。

遊杏は本気で、秋が人質だ。

「……遊杏、来なさい」

蓮が遊杏を止めに入る。

「じゃあ、にーは帰る?」

遊杏の手は秋の脚に触れたまま蓮に問い掛けた。彼女に笑顔はない。

「帰る。僕は帰るから」

「本当に?」

確認する遊杏。

「…………いい加減にしろ」

冷たく言い放った蓮は遊杏を放置して車椅子を進める。

すかさず、扉を開ける董子。

彼女に礼も言わずに蓮は店を出た。

遊杏はショーウインドウを挟んで自力で車椅子を動かす蓮を見て唇を噛んでいた。

数分前まで車椅子のグリップを握っていた場所に遊杏はいない。

蓮がガラスから消えた。




「遊杏ちゃん」

「……にーはもう自由。だから、にーは思い出さないでいい……もう、いいんだよ……」

董子の腕には遊杏がいた。

蓮が遊杏を置いて行った後、遊杏は興が冷めたように立ち尽くした。そして、無気力状態になった彼女を、灰や秋に深く謝罪した董子が取り敢えず、店から連れ出したのだ。


董子に背中を撫でられ、遊杏は丸くなる。

「とうちゃん……」

らしくもなく激情した遊杏に問い詰めることはしなかったが、遊杏が口を開いた。

「なぁに?」

董子はそっと相槌を打つ。

「にーはね、今日、とうちゃんがいなくて苛々してたんだ……だから外に……」

「うん。なら、一緒に帰ろう?」

董子の帽子を被った遊杏は董子を真夏の陽の下に見る。

董子も遊杏を見る。

「でも、今日はせっかくのお休みだよ?にーも言ってた」

数日前から、休日楽しんできてと繰り返していた蓮。法律上、必要なんだと董子を説得しようとし、お金はいらないと言った彼女を無理矢理休ませた。

「私、正直言うとね……遊杏ちゃんや蓮様といる毎日にとても慣れてた。というより、お休み貰った時は……落ち着かなかった」

いつもならこの場には蓮がいる。

しかし、今はいない。

蓮宅の屋根を木々の向こうに見、とうとう二人は近所の公園まできていた。遊杏が拾ってきたゴールデンレトリバーのリュウの散歩コースだ。

「雇われただけ……だけど、私、あなたたちと一緒にいる時が今は当たり前で、そうじゃない時はなんだか寂しくなる。私なんかが……身の程知らずだけど…………」

今までなかった組み合わせで董子は遊杏に告白する。

「にーは、とうちゃんはいつか誰かと結婚して、幸せになるって言ってた。そしたら、にーは、寂しいけどとうちゃんを見送るって言ってた」

「寂しい?……蓮様が?」

「にーもボクチャンも寂しい。でも、とうちゃんは本当の家族は他にいるから、ボクチャン達がとうちゃんを独り占めは駄目なんだよ」

降りたがった遊杏を地面に降ろした董子は遊杏からの新事実にキョトンとした。

|二之宮〈にのみや〉家の使用人が董子だ。使用人であり、使用人でしかない。

「私を独り占めしたいの?」

「間違えた。ボクチャン達はとうちゃんを“二人占めしたい”……ううん、にーとセイとスイとリュウ君とボクチャンで“五人占めしたい”」

舗装されたコンクリートの散歩道で、遊杏は足下に転がった小石を脇の草むらへと強く蹴った。

蓮の車椅子が通りやすいように……。

「あのね、とうちゃん……ボクチャンは人間じゃない」

紺色のワンピースと裸足に白黒のスニーカー。遊杏は腕を広げて体を回転させる。

くるくるくるくる、と。

「……遊杏ちゃん?」

「人間じゃなければ動物ですらない」

強く風が吹き、遊杏が被った帽子を飛ばした。

「あ…………」

董子が宙に舞う帽子を掴む。


「ボクチャンは機械人形だよ」


「……え?」

遊杏が董子に笑い掛けていた。

少女の笑みとは程遠い。

憂いを帯びた笑みだ。

「ボクチャンはユアナをモデルとしたヒューマノイドロボット」

まるで蓮がするような……そんな笑顔。


「二之宮遊杏は二之宮蓮が作った最高傑作」


他人事のように自らを語る遊杏。

遊杏の紺の瞳を見た時、董子は自分の口を塞いだ。

一般人である彼女は理解してしまった。


遊杏はヒトではない。


そして、董子は頭を左右に振る。

拒否、拒絶、否定……一体、どの感情から彼女はそうするのか。

遊杏は董子から逃げるように顔を蹴った小石に向ける。

「ボクチャンはにーの家族だけど……本当の家族には…………」

偽物は本物には敵わない。


『家族』とはどうしても一言では言えないのだ。



董子の指は遊杏の髪を鋤き、董子の腕は遊杏の体を抱き締めた。

「!!!?」

「遊杏ちゃんは勿体ないよ!家族に本当も嘘もないよ!」

遊杏を背中から抱き締め、董子は泣いていた。小さな遊杏に合わせてしゃがみ、白のワンピースが汚れるのも構わずに泣いていた。

遊杏のために。

「私、遊杏ちゃんが凄く凄く羨ましいんだよ!?蓮様は私の恩人で……好きな人で……でも、私は使用人でしかない!」

「とうちゃんは使用人なんかじゃ――」

「私のお母さんは仕事命で、私と遊んでくれたことなんて一度もなかった。お母さんは死ぬ直前ですら私との面会を拒否し続けた。お父さんはずっと実家に帰ったきりで、お母さんの葬式にも来なかった。それが家族?」

遊杏のテリトリーに完全に入った董子。そこは蓮以外が入ることを許したことがない場所だと言うのにだ。

「蓮様や遊杏ちゃんみたいに一緒にご飯食べて、遊んで、お話しして……家族ってそういうものじゃないの?だから、私は遊杏ちゃんが羨ましくて勿体ないと思う」

「とうちゃん、泣かないでよ……」

遊杏が珍しく困り顔をした。

「だって……遊杏ちゃん、掴める幸せを拒まないで。……お願いだから。蓮様はあなたのことを一番に思ってるから……」

「なら、とうちゃんもだよ。……家族だよ」

そして、遊杏はぽんぽんと嗚咽を漏らす董子の後頭部に触れる。



「遊杏、董子ちゃん。晩御飯食べに出掛けるよ」


公園の生け垣の向こう。

蓮が黒のベンツの窓から顔を出していた。

「蓮様?」

「にー?」

怒っていたはずの蓮が何食わぬ顔を見せている。

「二人で僕に仕返しする作戦会議中だった?………………あ……仲直りしよう?」

蓮ははたから見てもわかるように場を盛り上げようとしたが、滑り具合に気づくと、直ぐに気まずそうに謝る。

蓮も先のことに罪悪を感じていたようだ。

目を赤くした董子と遊杏はつい、視線を合わせた。そして、笑った。

「なんで今なんだろーね、とうちゃん」

「ふふっ、ホントにね」

くすくすと笑わずにはいられない二人。

蓮の登場は図ったとしか思えない。

「ねぇ!僕謝ったよ?お詫びに晩御飯と、お買い物しようよ!」

蓮が声を大きくすればするほど、遊杏達の笑い声は少しずつ大きくなる。

「二人とも!車内は涼しいよ!洋服とか何でも付き合うから、一緒にご飯食べに行こうよ!」

子供のようにねだり出す蓮。

プライドの高い彼なりの謝罪は既に終了したらしい。

「二人ともー、早くしないと蓮が拗ねるぞ。拗ねるとめんどくさいのは知ってるだろー?」

桐千歳(きりちとせ)が前方の助手席からアロハシャツと一緒に顔を覗かせていた。

「千歳!…………まぁ、いいや……早く!お買い物時間減るよ!その前に僕が拗ねるよ!」

蓮は拗ねるとお腹を鳴らしてもご飯を食べず、そのくせ、買い溜めた菓子がないと煩くごねるのだ。

董子も遊杏も、もう何度と彼の駄々に付き合わされている。

「拗ねる前に行かないと」

遊杏がしゃがむ董子の腕を引く。

董子は遊杏の頭に帽子を被せると、立ち上がり、衣服の裾を払った。

「そうだね、行こっか」

繋ぐ二人の手。

遊杏と董子は再び微笑し、蓮は暑い日射しから逃れるように顔を引っ込めた。


その距離5メートル。


家族の間はゆっくりと縮まっていく。

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