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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
243/400

彼の役目(1.5)

その子はいつも僕よりパパの傍にいて…………ちょっと嫉妬した。


「名前は(ぎん)。吟、オレの息子の千里(せんり)だ」

吟ちゃんは僕をパパの肩から見下ろしてきた。優雅に羽を揺らし、尾を揺らし、僕を見詰めてくる。

僕よりパパとべたべたしてる。

だから僕は吟ちゃんを見詰め返した。と言うより、睨んだ。

そしたら、


げしっ


と、吟ちゃんに顔面タックルを食らった。

「あう!!」

お尻からモロに地に落ちた僕。

僕はお尻が痛くて涙が出るのを堪えてるのに、吟ちゃんは鼻息荒くして僕のワンピースに掴まってふんぞり返っている。

………………こいつは僕の敵だ。

「吟ちゃんの馬鹿ぁああ!!!!」

僕は吟ちゃんの頭を鷲掴みにしたはずなのに、吟ちゃんは僕の攻撃を避けて、ばっさばっさと僕の頭上を飛んでいる。

「逃げるな!」

僕は必死に手を伸ばすが、届かない。

「逃げるなよぉおお!!」

ジャンプしてるのに全然届かない。

僕は必死に必死に……足がぐきって――

「千里!」

「ひゃうああ!!」

僕はパパの胸にすっぽり入っていた。

捻った足が痛い。

「千里、大丈夫か?……吟、千里をからかうな」

あ、パパが怒ってる。

僕はパパと僕から離れて金木犀の枝に降りた吟ちゃんに舌を出した。

「こら、千里も吟をからかうな」

僕はぺちりと頭をはたかれた。

そして、パパは僕を抱っこすると金木犀に近付く。20センチぐらいのちっちゃな吟ちゃんと僕は、さながら命を掛けた戦いの直前のように相手の一瞬の隙も見逃さない。

「お前達、今から仲直りって時に何で眉間にシワ寄せているんだ?」

それがガンマンの宿命だから……――

「ほおら、若いのに。目付き悪くなるぞ」

僕はパパに眉間を指先で擦られる。

あわわ。

「吟ちゃん意地悪。意地悪なんだよ!」

「そういう意地悪なこと言わない」

「パパは吟ちゃんの足ばっかり持つんだ!」

「足?………………って“肩ばっかり持つ”か?」

足でも肩でも腕でも何でもいいよ。パパは吟ちゃんの味方ばっかりなんだ。

僕はパパの自慢の息子なのに。

僕じゃなくて吟ちゃんに浮気してるんだ。

「オレはお前達二人の肩を同時に持っているつもりだぞ?」

「同時になんて無理だよ」

パパは片手で僕を支え、片手を吟ちゃんの前に出す。すると、のしのしと吟ちゃんはパパの手の甲に乗った。

飛べる羽があるのに生意気な奴。

「オレには両手があるから二人ともの肩を持てるんだよ」

「…………吟ちゃん、僕のこと嫌いみたいなんだもん」

「目。ちゃんと見てやれば、仲良くなれる」

「ちゃんと見るって?」

「先入観を持たずにってこと。吟のこと何にも決め付けずに見てやれば、吟もお前のありのままを見てくれるよ」

決め付けずに……吟ちゃんのこと意地悪だって思わなければいいのかな。

「吟ちゃん……」

ごめんね、吟ちゃん。

僕は決め付けてたみたいだ。



僕は指を――――――がぶっ。



「かーまーれーたぁああああああ!!!!!!」

「吟!!!!」

僕は手を振り回し、吟ちゃんはかぷりと僕の指を放してくれない。

「いだいぃいい!!」

「吟!止めなさい!!!!」

絶対に指が引きちぎられる…!


ばさり。


吟ちゃんが僕の指から口を放し、パパの手から逃れ、高く高く飛ぶ。

「吟!!」

パパが怒鳴った。

でも、吟ちゃんは歯形の付いた指がヒリヒリしている僕に見向きもせずに、僕とパパを無視して飛び続ける。

見せ付けてくるようにゆったりと――――自由だ。

「吟はあとでみっちり叱っとくから。千里、指は大丈夫か?」

「……痛い…………噛まれた…………吟ちゃん、嫌い」

「ごめんな、千里。足も捻っちゃったし、手当てするよ」

パパは僕の背中を優しく撫でて僕を縁側に寝かした。そして、庭と縁側を隔てる硝子障子を閉めた。

「吟は入って来れないから。救急箱取ってくるからちょっと待っててな」

パパは僕の頭を撫でると廊下を歩いていった。


窓から見えるのは、青空と金木犀の無数の蕾と枝と吟ちゃん。

僕のことを見下ろしている。

じぃっと僕を見ている。

「吟ちゃんは僕が嫌いなんだ……」

つまり、パパを僕と本気で取り合いたいって意味か。

「だけど、吟ちゃんは僕を怪我させた。その時点で吟ちゃんの敗北は決定済みなんだよーっだ!」

第一、息子の僕が魔獣に、パパの愛情奪い取り勝負で負けるはずがない。かなり痛い思いもしたが、それあっての圧倒的な僕の勝利だ。

僕は満足して…………疲れたから寝た。







『ユリ……ユリ……どこに……どこにいるんだ……――』


……――柚里――……



声が聞こえた。

子供みたいな高くて若々しい声。

でも、弱々しくもある声だ。

『ユリ……ユリ……やっと呼んでくれたのに……何故、気配がしないんだ……何故、世界にユリの気配がしないんだ……』

分かった。

これは……吟ちゃんの声だ。

『ユリ……どこだ…………ユリ……』

啜り泣く音がしたわけでもない。しかし、僕は吟ちゃんが泣いているのを感じた。

吟ちゃんの心が泣いているのを感じた。


『ユリ……会いたい…………』


竜の深く大きい咆哮が悲痛の叫びに聞こえてくる。


会いたい。

柚里(ゆり)に会いたい。


「パパに会いたい……」

『……誰?……』

「…………千里……」

『センリ……知ってる。でも、知らない』

…………?

「僕、柚里の息子だよ」

『知ってる……でも、知らない』

…………??

「…………僕も吟ちゃんのこと知らないし!」

何かムカついた。

真っ暗って僕は正直怖くて、どっかから吟ちゃんの声が聞こえるのも怖くて……でも、ムカついたんだ。

「吟ちゃんなんて嫌いだもん!パパにベタベタするし!僕よりパパにくっついてイチャイチャして!馬鹿ぁあああああ!!!!」

僕が出来ないことを吟ちゃんは簡単にしていたんだ。

自由に空を飛んでいたんだ。

吟ちゃんは意地悪馬鹿だよ!

『ギンだってセンリが羨ましかった!』

“ギン”って吟ちゃんのこと?

僕が羨ましかった?

『センリはユリに抱っこして貰ってた!』

「吟ちゃんがパパと頬っぺたくっ付けてたの知ってる!」

『センリはユリに額にキスされてた!』

「何さ!吟ちゃんはパパとたっくさんキスしてたし!!!!!!」

口と口でチューしてたじゃん!!

『でも……ユリはギンを呼んでくれなくなった!ギンの名前を呼んでくれなくなった!ギンはユリにとって必要なくなったんだ…………』

それは違う。

僕は君に言いたいことがある。

「…………パパ、死んじゃったよ」

『知ってる……でも――』

“知らない”?

『ギンはそんなこと知りたくない!!!!』

泣いてる。

哭いてる。

啼いてる。


吟ちゃんが泣いてる。


『ユリはセンリが大事だった!ユリはセンリを守りたかった!だから、ユリは死んじゃったんだ!』

そうだよね。

パパは僕のせいで死んじゃったんだ。

“せい”って言ったら皆に怒られるけど、僕を守ろうとして、僕の責任でパパは死んじゃったんだ。


『ユリの守りたいものを守るのがギンなんだ!なのに……!!ギンがユリを死なせた!ギンのせい!ギンのせい!!ギンが無力だから!!!!』


“パパは死んでしまったのは僕のせい”

“僕が弱いから”


……――僕は何も知りたくない――……



「吟ちゃん……僕と一緒だね」

本当はパパの死の理由が分かっていた。

分かっていたから……耳を塞いで聞かない振りを、知らない振りをして逃げた。

単純に怖かったんだ。


でも、違うんだよ。

「パパは吟ちゃんが大切だったんだよ!!!!」

『違う!!ギンは……ギンの役目はユリの大切なものを守ることなんだ!!!!ギンは大切なものじゃない!!!!』

そうじゃないと、パパの死を誰にぶつければいいか分からなくなるんだ。

そうじゃないと、パパの死を考えて考えて頭がパンクしちゃうんだ。


パパが死んじゃうんなら、僕なんか大切でない方が良かった。

なんて、後悔しちゃうんだ。


今もまだ、胸も心も痛いんだ。多分、一生、痛いままなんだ。


だけどね、


「吟ちゃん、大切じゃないって……悲しいよ。パパは吟ちゃんもママも僕も大切だった。認めて。パパの為に」

『ギンは……ユリが好きだった。ギンは……ギンは……ユリに会いたい』

「僕も会いたい」

会いたいけど、前に進まなきゃいけないんだ。

「吟ちゃん、僕もパパに会いたいよ。だけど、会えなくても、パパは僕の左斜め60度上方で僕を見守ってくれてるから我慢できる。勿論、吟ちゃんのこともね。因みに、僕の両手は僕の大切な人達の肩を持つ為に空けて貰ってるんだ」

ペタペタ。

音が聞こえ出す。

ペタペタ。

誰かが僕の方に向かって歩いて来ている。

ペタペタ。

吟ちゃんと僕の世界に一体誰?

ペタペタペタペタペタペタ。


裸足の裸の……男の子。

黒髪で……パパに似てるような。


男の子はふんわりと白く光ってた。


「……吟ちゃん?」

『ユリ、ギンの左斜め60度上方にいる?』

やっぱり、吟ちゃんだ。

だけどどうして、人間の男の子の姿でパパ似なのだろう?

「……右斜め45度上方かな」

ペタペタ。

小さいパパが僕の腰にくっ付いた。

吟ちゃん、温かい。

『ユリ!センリの左斜め60度上方のユリ!ギンの両手はユリの大切なものの肩を持つ為に使っていい?』

肌は白くて、本当に見た目はパパだなぁ。

あれ?良く見ると可愛くない?

ちびっこパパ……可愛い。

『ユリ、ユリ、ユリ……ごめん………守れなくてごめん。センリの話、正直、意味分かんなかったよ』

ちょっ!吟ちゃん!

『だけど、必死さ伝わった。後悔だらけだけど、ユリに名前呼ばれたいけど…………センリを守らせて?』

それってつまり……――


「僕、吟ちゃんのこと嫌いだったよ?」

『ギンも嫌いだった』

「でも、パパは好き」

『ユリは好き』

「パパの思い出話したい」

『ユリのこと聞きたい』

「吟ちゃんのこと知りたい」

『センリのこともっと知りたい』

くりくりの黒目を時折細めて笑むパパはイケメンだ。全体的にママ似の僕は「可愛い」とか「美少年」とか言われるけど、目は色が違えどパパ似とか。

僕もイケメンになれたりするのかな?


とか思っていたら、吟ちゃんは強く光って、小さな竜の姿になった。


「あ、吟ちゃん」

『ギンは最初はセンリと仲良くしたかった。でも、センリを怒らせた。構って欲しくて、遊んで欲しくて、だから指噛んでごめん』

「指…………金木犀の!!」

……吟ちゃんは今もあの時のことを覚えてるんだ。

「僕も吟ちゃんにパパ取られるって敵視してた。ごめん」

僕も覚えてるよ。

『あ、それはギンも思ってた。息子とギン。ギンの方が傍でイチャイチャできるけど、抱っことか抱き締めて貰いながら寝るとかしてもらったことがなかった』

「僕は少しでも長くパパと一緒にいられる吟ちゃんが羨ましかったよ……」

祖父は僕をパパから引き離したがり、息子のはずなのに、僕はあまりパパに会えなかった。

だけど僕らは……。

「僕達、互いに嫉妬してたのかなぁ……」

吟ちゃんは頭を僕の足に押し付け、羽を広げると、僕の肩に乗る。

『センリ、ギンはセンリのこと守る』

「僕は吟ちゃんを守るよ」

パパみたいに。


これからはパパのしてきたこと、二人でするんだ。



大切な人を守るんだ。




そして、僕の視界は温かな光で一杯になった。

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