彼の選択(12)
ひょんなことから……は、やめておこう。
俺――崇弥葵のことごとくの空振りと一時的な不幸体質によって、俺や千里、呉、陽季さんは罠に嵌まってしまった。それだけでなく、俺の救出に来ていたらしい蓮さん御一行は既に政府に囲まれて身動きできない状態だ。
かつ、俺が持つ唯一の武器は魔法と言うのに、使えない……。
益々、情けない俺である。
『今はアリアスの仲間の一人がそこを見張ってて誰も近付けないんだ』
その人はきっと、暇していたリク・シノーレントだ。
「それって、俺達は出れるわけ?」
『さぁ。彼らの第一はそこにある荷物ってことしか分からないんだ』
「荷物?」
キョロキョロする陽季さん。
「あれのこと?」
やっと俺の上着から出た千里が他の席にちょこんと座らされていた女の子を見付けた。
「え!?これって……」
『無闇に触ると胴と首が離れるからね』
今まさに機械少女に触れようとしていた陽季さんが瞬時に仰け反る。
素晴らしい反射神経だ。
「そういうことは先に言えよ!」
『その荷物は女の子の形をしていたはずだ。喩えそれが確かに機械人形だろうと、君は観察より先に触ろうとしたんだ』
一瞬の静寂。
『君は少なくとも見知らぬ“女の子”の人形に対して、観察より先に接触を優先したんだ。接触をね』
これは分かるぞ。
洸祈なら痛くも痒くもない攻撃だ。寧ろ、得意気になる。
だがしかし、
「洸祈に自慢するだけだし」
陽季さんも得意気だった。
洸祈の特殊な趣味も陽季さんは完璧に受け止めていたらしい。
『君はホント……』
蓮さんの呆れ果てた声。
俺もちょっと呆れた。
でも、陽季さんになら安心して洸祈を託せる気がする。
俺がいなくても……――
「あお、大丈夫?」
千里が俺の手を握って窺うように見上げてくる。
俯き、無意識に胸元を押さえていたことにぞくりとしながら、俺は顔を上げた。
「大丈夫」
「そう……横になってなよ」
翡翠の瞳を微かに細め、俺を座席に寝かせる。
「…………千里?」
「体調悪くなったら直ぐ言ってよ」
千里のそんな台詞を聞いたら泣きそうになった。
だって、俺はお前や皆の足手まといになりたくなくて勝手に依頼を受けた挙げ句に、更に足を引っ張り、それでも俺を気遣う。
嬉しくて……辛いんだ。
「分かった」
俺がちゃんと体を横たえて休む素振りを見せたら、千里は陽季さんや呉がいるところへ歩いて行った。
こんなとき、俺には痺れだした手で胸元を強く押さえて踞り、息を詰めることしかできないんだ。
「電気点かないっぽいし、出るならもう少し暗くなってからかなぁ」
あともうちょっと視界が悪くなればより出易くなる。
『それまで魔力保つの?』
「…………保つんですか?」
『自分の残存魔力の把握の仕方、軍学校で習わなかった?基礎のはずだけど』
それは……――
「………………僕の先生はあお……です……」
『つまり、授業は聞いてないわけか』
つまり、そういうことになる。
「うう……すみません」
『まぁいいさ。葵君に聞けばいい。君にどれくらいの魔力があるか調べてくれる』
「そうなの、あお?」って聞こうとしたら、あおが小さく丸くなっていた。
「あお!?」
「っ……大丈夫……」
「大丈夫じゃない!」
顔色悪いし!
「あお!あお!!」
「大丈夫……大丈夫だから……千里、大丈夫……」
大丈夫と言いながら、あおは震える。
「千里君、葵君はどうしたの!?」
「分からない……分からないよ!どうしよう!分からないよ!!」
あおの顔から血の気が引いていく。触れた手も冷たくなる。
『千里君、葵君には僕が作った薬を持たせたんだ。だから、それを探して』
「あお!嫌だ!起きて!起きて!!」
話しかけてもあおは何も応えない。
「千兄ちゃん、落ち着いてください!」
ムリだ。
落ち着けなんてムリだ。
あおが……死んじゃう。
「起きてよ!あお!ねぇ!あお!!」
あおの肩を沢山沢山揺らしてもあおの固く瞑った瞼は開かない。
早く開けないとあおが起きなくなる。
僕はひたすらにあおを揺すっていた。苦しそうに呻くあおをずっと……。
「千里君!止めるんだ!」
陽季さんだろうと「止めて」は聞けない。
あおがいなくなるのは嫌だ!
「葵君が痛がってる!」
うるさい。
あおを護るのはこの僕なんだ。だから、あおを起こさないと。
「あお、起きて!目を開けて!」
僕は痛みに顔を歪ませるあおに被さり、瞼に指を近付ける。
早くこれを開けないと。
「千里君!止めろ!」
“止めろ”は命令だ。
僕の手は止まる。あおの瞼に触れたまま。
そしたら……そこから涙が流れ出した。
透明で消えそうなあおの涙。それは痛みに耐えるあおの目尻を伝ってあおの髪に消えた。
「………………あお……」
どうして泣くの?
痛いから泣くの?苦しいから泣くの?
あおは何に泣くの?
「千里君、先ずは薬を探そう」
「千兄ちゃん……」
陽季さんにそっとあおから離される。そして、陽季さんは呉に僕を任せてあおの衣服のポケットを探りだす。
「あおが……泣いてる…………何で……」
「……泣いているのは千兄ちゃんですよ?」
「?」
長袖を引っ張った呉は僕の頬を軽く擦った。湿った感覚がそこから感じる。
僕は泣いているんだ。
「あお……葵っ」
泣いていると自覚したら胸が張り裂けそうに痛くなった。
「千兄ちゃん!?」
「葵……葵、分からない。どうして葵は泣くの?」
どうして僕は泣くの?
分からないよ。
苦しいよ。
「くそっ!二之宮、薬がない!持ってないみたいだ!」
『何で身に付けてないのかな?』
「それは俺も聞きたいさ!」
『………………』
「おい、二之宮、どうすればいいんだ!薬はもうないのか!?」
『あの薬は僕の家にはストックがある。あとは…………僕の鞄の中だ』
「お前の鞄って……」
『ここにある』
…………どうしてこうなるんだろう。
千里の必死の問いかけが聞こえるんだ。だけど、何も返してやれない。
“俺は大丈夫だよ”
大丈夫じゃないけど、そんな言葉しか言えないし、そんな言葉しか言いたくない。
「あお」
千里が呼んでる。
“大丈夫”
そんな言葉も出ない。
悔しいよ。自分の存在が悔しくて仕方がないよ。
「千里君、薬は二之宮が持ってる鞄の中だ!」
「それはつまり……」
呉、つまり何なんだ?
「………………僕が取ってくる」
取ってくるって蓮さんの鞄の中からだろう?
「千兄ちゃん、分かっているんですか!?」
何が分かっているんだ?
頭が回らない。何も考えられない。
ただ、千里の髪が俺の頬を流れる感触だけ分かった。
「だから?だから何!?」
千里が声を荒げた。千里が怒っている。
「あおが苦しんでるんだ!」
俺の為に。
俺のせいで。
「待ちなよ、千里君!行くならもう少し考えて――」
「考えた。沢山沢山沢山沢山考えた。考えて考えて考えて考えて、僕はあおの痛いのをなくすんだ!あおは死なせない!」
千里、駄目だ。今の俺達ではあの数には敵わない。
“大丈夫だから。俺は大丈夫だから”
何で言えないんだ。
何で引き留められないんだ。
「千兄ちゃん!待ってください!」
ああ、そうだ。
俺の代わりに千里を止めてくれ。
『千里君、無茶だ。君には空間断絶魔法という手段しか――』
「これでも僕は軍人の教育を受けてる。演習はやってたんだ。だから、人を殺す方法だって……僕は知ってる」
低い声。
これはキレた時の洸祈に近い。
昔の洸祈の場合はキレたら気が済むまでとことん暴れた。今の洸祈は妙に感覚が研ぎ澄まされるようになるが。
そして、千里の場合は昔の洸祈のようになる。
前も後ろも何も見ないで手当たり次第に壊すのだ。
「千里君!!」
「千兄ちゃん!!」
ドンッと靴底が床を踏み鳴らす音が聞こえた。
「呉君、葵君を!俺は千里君のところへ行く!」
「はい!」
続いて陽季さんであろう足音も遠ざかる。
まずい。早く千里を止めないと。
「葵兄ちゃん?」
「……っ」
嗚呼、息苦しい。
頭も痛いし、手足も痺れてるどころか感覚がほとんどない。それに、胸も痛い。
でも、千里が味わってきて、今また味わっている痛みに比べたら軽いものなんだ。
そう考えたら、不思議と俺の痛みは膜に覆われたみたいに和らいだ。これは気力のお陰だろうが、それで構わない。
今の俺に気力しかないのなら、それでいい。
使ってやるよ。
「馬鹿……千里……」
今更、声出てさ、千里が馬鹿なら俺は阿呆だな。
「葵兄ちゃん、顔色悪いですよ!」
「だいじょ……ぶ」
『大丈夫……ねぇ。君の大丈夫は随分と軽いんだね』
「そ……ですね」
でも、俺はそうして生きてきたから。父さんに注意されてもずっとこうして生きて来たんだ。
父さんが死んでもずっと。
これって、親不孝かな。
「待ってください!葵兄ちゃんはここにいてください!」
『君は面倒事をそんなに増やしたいの?』
うるさいなぁ……本当に。
「あなたの……確率論は……好きじゃない」
『確率論じゃないよ。ただの推測さ。でも、君みたいな人間は典型的で分かりやすいけどね』
「ちょっと、蓮さん!」
『知識で出来た人間ってのはそういうものさ。事実を言ったまで。第一、図星だろう?』
「蓮さん!!…………葵兄ちゃん!待って!」
パターン化されてて悪かったですね。
俺は雨の降りだした薄暗い空の下に飛び出した。
「ヤンデレな彼氏」と「走れ」と「シ―スカイ熱帯水族館」を短編として投稿しました。本当は「啼く鳥2」の6月1日の投稿で報告予定でしたが、忘れてました(-_-;)/(+_+;)\(-_-;)
お暇でしたらお読みください☆ミ(/ ̄^ ̄)/