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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
238/400

彼の選択(11)

『すみません。下に行きたいのですが……』

『下に?……お前、今は行くのはやめた方がいい』

『何故ですか?』

『下はあいつの愛子の為に同じ時を繰り返している』

『あいつ?』

『アークさ。アークの最愛の子が今、下にいる。その愛子があるお願いをアークにしてしまったんだ』

『それが同じ時を繰り返すこと?』

『そう言うこと。これに奴が捲き込まれて同じ時をずっと繰り返しているし、だからお前も傍観者でない限り行くな』

『それが事実ならボクは“奴”に会いに下に行かないといけない』

『お前、奴の知り合いか?』

『友達……家族です』

『なら尚更だ。出会いは深く繋がる。行けば、お前は絶対に帰って来れない。お前も奴と同じ様に一生繰り返すようになる』

『ボクは構いません』

『俺は構う。奴を見送ったのは俺だ。だから構うんだ。お前が下に行って何になる?無力だろう?』

『…………じゃあ、ボクが傍観者だとしたら?』

『お前、傍観者の意味分かってるのか!?』

『分かってます。だから、行きたいんです。ボクが行けば何か変わるかも――』

『変わるものか!もう何百回と繰り返している。だが、ただの一度も結末が変わったことはないんだ。奴か愛子が死ぬ。変わらない。ずっとだ。違うのは結末までの時間が違うだけ』

『そうじゃないです。心の痛みはそうそう消えるものではないです。だからボクは……せめて、心の支えになりたい』

『だが、行けばお前まで……』

『行かせてください。ボクは彼に恩返しをしたいんです。お願いします!』

『………………俺にお前を止める権利はない……』

『ありがとうございます!』

『だがな、覚えてろよ。行けばお前も結末が来るまで繰り返すんだ。何度も何度も。お前が泣き喚こうが、繰り返すんだ』

『そうですね。でも、家族って案外支えになるでしょう?』

『俺は知らないよ』

『家族がいるって、居場所があるってことなんだ。辛くて悲しくても泣いていい場所があるってことなんだ』

『そうかい。じゃあ、行ってきな。あそこを真っ直ぐ真っ直ぐ行くんだ』

『はい。行ってきます』







「あお!あおっ!」

感じ慣れた温もり。

「…………千里(せんり)

千里の匂いを嗅げば、辛かった鼻炎が軽くなった気がした。

「勝手にどっか行っちゃうなんて酷いよ!」

ぎゅうぎゅう抱き締められ、千里の熱の隠った吐息が俺の首筋を撫でる。


噛まれた。


「っ……!」

「次こんなことしたら……あおのこと閉じ込めちゃうから」

多分、くっきりと歯形が付けられた。お陰で当分はハイネックじゃないといけなくなった。

そんなことはまあ、ささないなことで……。

「今夜は覚悟してね」

ぺろりと歯形をなぞるように舐め、その舌先は肩口から衣服を広げて下へと降りていく。

「あ……千里……」

「あお、今はここまで。続きは帰ってからたっぷり――」

「千兄ちゃん!」

あ、(くれ)の声だ。

でも、千里の壁で見えない。

「もう!あおもさぁ、ちゃんと仕事選んでよ」

それは洸祈に言ってくれ。

洸祈は「政府に言ってくれ」と言うだろうが。

俺は横たえられていた座席から体を起こした。

「なぁ……あれ」

「僕が聞きたいよ」


何でこの列車は政府に囲まれてるんだ!?


「おい!二之宮(にのみや)!!分かってんだろ!説明しろ!」

陽季(はるき)さんもいた。

まさかのまさかでさっきのを見られていたりしないだろうか。と思ったり。

『耳が痛い』

「やっぱり偲ばせてたか。てか、蝶に耳があるかってんだよ」

俺としては陽季さんの服の隙間から出てきた蝶を「やっぱり」で許すところにツッコミを入れたくも思う。

『じゃあ、君の声なんて聞こえないし。喋る口もないから説明もしないし』

「――っ」

陽季さんが苦悩している。

心が辛そうだ。

「…………叫んで悪かった……」

早々に折れた陽季さんは本物の大人ですよ。

俺なりにフォローを心の中でした。

『いや、僕も人でなしを見る目付きで見られているから謝ろうじゃないか。…………ごめん』

消え入りそうな小声だった。

ここがシンと静まった車内だからどうにか聞こえたが、会話一つで簡単に消えてしまっただろう。

『でだ、政府の出方は僕達も予想外でね……嵌められたとしか思えない』

「嵌められた?それで説明してるつもりか?」

『ないよ。だから、君の右後ろの窓から外を見て』

陽季さんの右後ろの窓――車椅子に座った(れん)さんがいた。その他にも遊杏(ゆあん)ちゃんや黒髪の女性、赤銅色の派手な髪の男性とメイドさんやスーツのイケメンが数人いる。

そして、彼らは逆さのクロスを掲げる役人に囲まれていた。

蓮さんは遊杏ちゃんの頭を撫でる素振りをしながら、目線だけこちらに向け、ウインクをしてくる。


…………どういうこと?



『どうやら罠に嵌められたようだ』

「罠?」

蝶が陽季さんの肩に留まり、翅を休める。

『ここは特殊な結界の中だ。呉君は分かるだろう?』

「ここでは魔法が使えません。来るときは何ともなかったのに」

そうか。何で3人がここにいるのかと思えば、呉が空間転移魔法で連れてきたのか。

『僕達もだ。普通の結界は出入りを禁じる為に使うんだ。それが、出ることだけ禁じている』

「意味分かんないんだけど」

いや、分かる。

「僕達はこの場に誘い込まれたんです」

陽季さんの疑問に呉が答えた。

入れても出れない結界の使い方なんて捕獲用の罠しかない。

「誘うって……俺達を?」

『僕達はオマケらしいよ。マグロ目当ての網に掛かった小魚程度だ』

「じゃあ、マグロってなんだよ」

予想はつく。

ことの始まりは政府代理人からの依頼。

物資運搬の護衛。

そして、アリアス達の列車襲撃。

腕自慢を集めて用意周到な割りに、少ない武装しか許可されず、役人の一人もいない中での護衛で、俺達はまんまと物資を渡してしまった。

渡してしまった物資とは軍の要人暗殺の為に運ばれていた機械少女。

彼らの目的はそれの奪取か破壊だった。

「“マグロ”はアリアス達。これはアリアス達の為の罠」

『そう言うこと』

俺の推理に蓮さんが同意してくれる。

「じゃあ、今回の依頼は全部、囮用だったってことですか?」

『だろうね。こんな大掛かりな結界まで張って待ってたんだから』

そして、俺は――蓮さん達は分からないが――千里達を誘き寄せる餌となってしまった。

「……すみません。俺のせいで……」

こちらの世界とは程遠い陽季さんを捲き込み、洸祈(こうき)に会わせる顔がない。

呉も悪魔だともし政府にバレていたとしたら、何をされるか……千里も氷羽(ひわ)の存在がバレていたとしたら……。

俺は弱くて守られてばかりで、迷惑ばかり掛けている。

「葵君のせいじゃない。俺はここに俺の責任で来てる。それに、洸祈との約束だから。君を無事に家まで送るよ」

「陽季さん……」

カッコいい……。

「ちょっとちょっと!あおが惚れていいのは僕だけでしょ!?」

「は!?惚れって……!!」

「酷いよ、陽季さん!あおにカッコいい言葉禁止!」

「え?」

陽季さんが首を傾げる。

当然の反応だ。

かつ、千里は何て恥ずかしいことを言うんだ!

まだ惚れてない!惚れかけただけだ!

あの洸祈が甘える理由はきっとこれに違いない。

「陽季さんのタらしいいい!!」

「え!?」

陽季さんの頭上にハテナが急激に増殖したような気がした。

「失礼だ!俺が惚れてるのはお前だけだ!」

だから、原因なのだろう俺が千里を慰めることにする。

「本当?」

「本当だ」

惚れてるかどうかはさておき、俺は千里が好きだ。わざわざ口に出しては言わないが。

「今ここで押し倒してエッチなことしていいの?」

「それは駄目だ」

こいつは然り気無く約束を取り付けてくるから気を付けないと。

特に甘やかした時がそうだ。

「意地悪」

ぷくりと膨れた千里は俺の上着の内側に潜る。陽季さんはますます首を傾げた。

『さてさて、僕の話を聞いてくれるのは何事にも熱心な呉君だけかな?』

呉だけが蝶に興味津々だ。


“蝶に”


窓の向こうから見れば、蓮さんの言う通りに見えるのかもしれない。

「で、二之宮。お前達は捕まっているってことでいいのか?」

『そうなるね。助けて欲しいな~』

「知るかよ。俺の目的は葵君を用心屋まで送ることであって、お前じゃない」

洸祈との約束だからとしても、俺のことを第一で考えることがブレない姿は……カッコいいです。

と、思っていたら、千里に胸元を噛まれた。

「いっ!?」

シャツ越しに容赦なく。

「葵兄ちゃん?」

「いや、あ……何でもない」

千里の頭のある箇所を叩けば、「痛っ」と聞こえた。

『君も言うようになったねぇ、陽季君』

「お前は言い過ぎだ」

『あっそう。だけどね、早くしないと崇弥(たかや)が来るよ』

「は!?何で洸祈が!?」

ガシッと儚い蝶を鷲掴みにする陽季さんの顔は凄味を帯びていた。

『バタフリーちゃんが勝手に崇弥に助けを求めちゃったんだよ』

「止めさせろよ!」

『言っただろう?この結界の内側からは外側には何もできない。だから、僕はバタフリーちゃんからの情報しか受け取れない』

「洸祈の腕動かなくなったらどうしてくれんだよ!?」

洸祈の腕が何だって?

『崇弥の責任』

「てめえ!!!!!!」

先程の紳士はいない。

陽季さんが物凄く怖くなっている。

「お前がそんな最低な奴とはな!」

ヤバい、キレてる。

それほどに陽季さんは洸祈が好きなんだ。

「俺はここから意地でも出てやる!そして、洸祈を止める!お前なんか知るか!」

だけど……――


呉が蝶を床に捨てて列車から出ようとする陽季さんを引き留めた。


「呉君?」

「陽季さん、無謀は止めて下さい」

「無謀なんてっ……」

「ここはお役人さんのテリトリーです。あなた一人が出て行っても直ぐ捕まりますよ」

直球なご意見だ。

「でも、洸祈は動いていい体じゃないんだ」

白銀の髪の隙間から黒の瞳が揺れていた。

この人は洸祈のことが大事で大事でしょうがない人だ。

俺なんかよりずっと……。

「洸祈を迎えに行くのは俺なんだ……」

「陽季さん、1人より4人の方がいいと思いませんか?」

陽季さんが俺を見詰めてくる。あれは困り顔みたいだ。俺の発言は陽季さんを困らせたらしい。

陽季さんは……洸祈と似てるのかも。

「ねぇ、僕の空間断絶魔法は大丈夫だよね?」

上着のジッパーを下げ、俺の顎の下からぴょこんと顔を出す千里。上着が許容ギリギリで、正直、千里と密着した腰辺りが辛いのだが、彼は髪をボサボサにしてニコッと笑う。

「空間断絶魔法?」

陽季さんが繰り返すが無理もない。普通は魔法の名前を言ったとしても何も想像できない。

空間魔法は特に。

千里の空間断絶魔法は初期は物理攻撃の半減。今ではほとんどの物理攻撃と魔法から身を完全に守ることができる。

他人を傷付けない魔法。

とても素晴らしい魔法なのに、千里はそれをコンプレックスにしていた。

(さくら)”にとって自分は使えない魔法を持つ不要な人間なのだと。

この前、現櫻当主の祖父とどうにか和解してからは千里はより一層、洸祈に自分の魔法の制御方法を学んでいる。

指先を火傷して洸祈と帰って来た時は驚いた。千里がここまでの怪我をするなど、幼少期以来だったからだ。

千里は火傷した指を口に加えてぎゃーぎゃー騒ぐし、俺には夜のお相手で「指使えない。あおが動いて」と変態なことを火傷にかこつけて言うし。

「分かったよ」で千里の注文通りの俺もアレだが……。

洸祈曰く、途中で千里の魔力が尽きたらしく、火傷をしたとか。千里は魔法に無駄がありすぎと指摘していた。

そんな話でつい俺も勉強していた。

そして、進もうと強くなろうとする千里に対して、自分はなんて情けないのかと思った。

その結果が洸祈の代わりに依頼を受けることであり、大勢の人間や洸祈に迷惑をかけてしまった。


…………………………苦しい……。


「僕の空間断絶魔法は他の攻撃や魔法を効かなくするんだ」

「凄いんだね!」

「でも、僕がそれを使えるのはまだ自分にだけで……それに、魔力が尽きたら使えなくなるし」

「ううん、凄いよ!それってつまり、護る魔法だろう?」

「そう……だけど……」

『使えない魔法……要らない子なんだ』

髪を束ねずに散らしていた頃の千里が泣く。

俺はそれに何も言えなかった。

他人の家に口を出すのは無責任だと思って……。


「千里君の魔法は優しい魔法だ!綺麗な魔法だよ!」


陽季さんは光だ。


千里が心から嬉しそうに笑った。

照れながら、泣きそうになりながら、幸せで一杯の顔で。



嗚呼……俺には千里をあんな風に笑わせることは難しいんだ。








琉雨(るう)、起きてくれ」

「旦那しゃま……どうしたんですか?」

「お前の力を借りたい。だから、行くぞ」

「……ほへ!?旦那様にはまだお休みが必要です!」

「二之宮達が危ない。てことは、陽季も危ない。葵も千里も呉も」

「皆さんが!?旦那様、行かないと!…………でも、その腕は……」

「動かさない。陽季のお願いだから。だから、俺の代わりに――」

「ルーは旦那様の護鳥です!旦那様はルーに指示してください!」

「ありがとう、琉雨。俺の大切な奴ら奪ったらどうなるか、政府にはみっちり教えてやらないとな」

「はひ!そのお仕事、ルーも旦那様の護鳥としてお手伝いします!」

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