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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
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彼の選択(10)

突然だった。



黒板を引っ掻いたような気持ち悪い高音が鳴り出したと思えば、強い力で背中を押されたかのように、俺の体は正面へと転がった。拘束のせいで受け身が取れずに床で頬を擦る。


痛い。


明らかに慣性の法則で飛ばされた俺は、一体、何の嫌がらせかと近くに立つアリアス・ウィルヘルムを見上げた。


唐突に急停止など悪趣味だ。お陰で頬も耳も腕も足も痛い。


が、彼女は驚いていた。

口を開けているでも、目を見開いているでもないが、さっきまでの意地悪い顔から余裕が消えていたのだ。そして、リク・シノーレントを探せば、彼は分かりやすく目を見開いて驚いていた。

どうやらこの緊急停止はこの場の誰もが予想外だったらしい。

列車の速度は急激に落ちていく。

夕陽沈む中、まだここは山中。まさかのエネルギー切れとかではないと思いたい。


てか、これは当然、電気で走ってるよね?

どうあれ、俺はせめて街中に降ろしてもらいたいな。このまま山に放置されるのは嫌だ。


「…………アリアスさん……」

月葉(つきは)か……部外者か」

そうか。

車掌側の“月葉”の運転ミスも有り得るわけだ。

しかし、部外者ならば……。

「見てきます」

「……待て。リクはここに。私が行く」

アリアスが出るのか?

「……………………分かりました」

リクは俺のお守りに不服そうだ。

こっちだって、縛られてなきゃ、あんたらのお守りをしてもいいさ。ただし、俺を新幹線の止まる最寄り駅まで連れていくならばだが。

政府の荷物が取られた今、必要経費は全部自己負担だし。

途中の自販機で買ったな○ちゃんも経費で落とそうと思っていたのに……。

「万が一はそこの積み荷を壊せ」

アリアスは最後尾の窓から外に這い出ていった。


残酷な命令を置いて。






「アリアスが出るか……」

「それってヤバいの?」

組んだ膝の上で雑誌を捲る千歳(ちとせ)が聞いた。

「寧ろチャンスだよ。カミサマの力は未知だから。それに対して、リク・シノーレントはどうあろうと人間だ。人間ならちゃんと死ぬ」

「『ちゃんと死ぬ』……ねぇ」

彼がまた1ページ捲ると、そこではテニス界の女王が微笑んでいた。

「僕としては彼女がカミサマを相手している間に君に(あおい)君を奪還してきて欲しいけど?」

「大黒鴉は防御が専門だ。あとは、オプションで体がでかくなったり小さくなったりするだけ。攻撃はできない」

「ま、中立に必要なのは鉄壁の守りだからね」

「攻撃最強、(さくら)の吟竜と渡り合えるかは分からないけどな」

(れん)はパソコンの画面から目を離すと、ヘリの窓に映る一羽の鴉を見る。そして、頬から流れ落ちる髪を耳に引っ掛けた。

「政府、軍、中立……今回、政府の依頼によって運ばれている荷は機械人間の兵器。それをアリアス・ウィルヘルムは奪いに来た。…………彼らの目的は夜歌の為……」

「“よか”?」

千歳が蓮を見詰める。

「シュヴァルツに伝わる童話だよ。……“夜歌”とは死者の帰る場所。つまり――」

「天国?」

「地獄かもしれないけどね。でも、夜歌は死者の帰る場所であり、始まりの楽園とも言われている」

「“始まり”って生まれ変わりのこと?」

「さぁ。もしかしたら、死こそ新しき人生の始まり……死を持って命は永遠になるとか」

「それは死んだ奴にしか分からねぇな」

「だね」

息を吐いた蓮は千歳だけでなく、遊杏(ゆあん)董子(とうこ)にも見られていることに気付いた。

「どうかした?」

「いえ」

董子が発言から少し遅れて首を振る。

「リクさん達は夜歌を求めて動いている。それは“生きて”夜歌に行くという意味ですよね」

そう呟いたシアンは旋回するヘリの窓から止まった列車を見下ろしていた。

「生きて夜歌に行く。その為にアリアスさんは戦争を起こそうとしている。僕は……戦争なんて悲しいことが起きないと行けない夜歌と言う場所は、決して楽園とは思えません」

「……そうだね」

蓮が深く頷く。そして、シアンの横顔に笑みを溢した。

「生きている今が一番幸せ」

幸せの言葉が彼の舌からそっと落ちる。

「ボクチャンがにーの隣にいる今がいっちばん幸せ!」

その言葉を拾ったのは遊杏の笑顔だった。

「私もこうして好きな人達の傍にいる今が一番幸せです」

続いて、董子が肩を竦めて照れるように微笑する。すると、千歳も肩を竦めて無表情で一言。

「董子ちゃんって、ホントに蓮が好きなんだね~。俺も蓮が大好きだから、俺達ライバルだ――」


べちっ。


「…………いたっ……」

「な○ちゃん飲んでろ」

純粋な○ちゃんを千歳の顔面に投げた蓮。彼は瞳を波色に輝かせて目を皿にする。それに対し、千歳は透明なな○ちゃんのペットボトルに潰れた顔を拡大したまま苦笑していた。






アリアスが車掌側を見に行ってから物音一つしない列車の中。

「アリアスさん……」

リク・シノーレントがそわそわしていた。

至るところを行ったり来たりと、忙しない。

「あの……埃が…………っ」


へくしっ。


くしゃみを堪えられずに1回してしまう。

すると、芋づる式のようにくしゃみが……やばっ。

「俺……花粉症だし…………弱鼻炎っ…………はくしっ!」

もう言葉も出なかった。


列車の窓の向こうは杉。

杉だ。

杉なのだ!


「え?……ちょっ……大丈夫ですか?」

「んなわけ――」


へくしっ!!!!


「あなた、目が虚ろ……!」


俺は春に外に出たら死ぬ。


と思った。







『きみはいつもここで泣いている。いつもいつも。……いつか止むだろうって我慢してたけど、いい加減煩いよ』

朝10時。

夕5時。

『30分間もしくしくと泣いて、迷惑極まりない』

『でもっ……ボクっ……』

『“だって、友達に苛められるんだ”でしょ?』

そうだ。

朝の9時から遊んでくれるのに、朝の9時50分に苛められる。夕の4時から遊んでくれるのに、夕の4時50分に苛められる。

そして、10分走って着いたここでボクはいつも泣いていた。

『友達なのに……遊んでくれるのに……』

何で毎日、ボクを苛めるのだ。

『…………あのさぁ……「遊んでくれるのに、どうしてボクを苛めるの?」じゃなくて、「ボクを苛めるのに、どうして友達なの?」って普通思わない?』

『?』

『何その顔……本気で分かってない?』

言っている意味が分からない。

『…………あのね、きみはそんなだから苛められるんだよ』

“そんな”ってどんな?

『ボクはチビで女の子みたいで……』

『きみはド天然だ』

天然?自然?ナチュラル?

『ド天然で、ド阿呆。ド馬鹿』

“ド”ばっかだ。

『きみはキラキラ過ぎる』

『キラキラ?ボク、光ってる?』

『……光れるなら光れば?』

『………………ムリです……』

でも、ボクの目の前の彼はキラキラしてる。

短いとは言い難いショートの黒髪に白い肌。淡く揺れる翡翠の瞳は宝石みたい。

なのに、

『ふぅん。じゃ、もうここで泣きわめかないで。ここはぼくの寝室なんだから』

キラキラのくせに優しくない。

それに、『ここ』と言ってもただの大きな大きな桜の木じゃないか。

『“ただの”?失礼だな。ただの桜が真冬日の雪原に咲くわけないだろう?』

『雪と桜はお似合いだと思う……』

『ド文学少年め!』

また“ド”だ。

かつ、拳骨が痛い……。

細い腕なのに力が強いし。

『ぼくが咲かせているんだ。なのに、雪の中でこんなにも美しく咲く桜をきみのめそめそが壊しているんだよ。些か興がね、興が』

いっそのこと、興が冷めると言えばいいのに。

一部分の繰り返しがやらしく聞こえるのはボクだけ?

『“やらしい”なんて、やらしい奴だ』

鼻を鳴らした彼は自分の台詞が自分に跳ね返ることを分かっているのだろうか。

『さて、ここでぼくに「お前こそやらしいんだろ」とかはやめてくれよ。キリがない。それより、ぼくはきみにその迷惑行為をやめてほしいんだよね』

返事がそれこそやらしいじゃないか!

『しかし、この現状に何かしらの変化が訪れない限り、迷惑打破は不可能だ』

“迷惑だは”?

『きみは文学少年だろう!?察しろ!』

ボクは文学少年ではない。

『つまり、このままきみに「もう煩くしません」と約束を取り付けても、きみは朝と夕に泣く。ぼくとしてはぼくの近所だけが静かであればいいが、きみが約10分以内で行ける隠れ泣きスポットはぼくの家と西の洞窟、北の大木付近しかない。そうなると、洞窟住まいの熊さんと大木住まいの兎さん達が迷惑を被る』

あの洞窟には熊が居たのか。暗くて恐いので近寄らないようにしていたが、ボクの判断は正解だったらしい。

『きみは話の腰を折るのが好きだな……つまり、ぼくはきみに苛めから逃れる方法を見付けろと言っている』

苛めから逃れる方法……?

『そんなの……ボクがチビでも女の子っぽくもなければいいんだ』

『天然馬鹿野郎発言!』

くわっと綺麗な顔のまま口を大きく開けた彼に怒られた。迫力がある前に、かなり不自然だ。

『きみの選べる打開策は……1、友達でもないエセ友達と別れる』

『エセ友達なんて……酷い』

『じゃあ、“ガセ”でも“偽”でもいいけど?』

ガセ友達でも偽友達でもあまり変わらない気がする。

『あー、めんどくさい!きみは面倒な男だな!――きみの選べる打開策は、“苛めっ子をやっつける”ならどうだい?』

苛められるのは苛める側をやっつけられないからで……やっつけられないから苛められるのであって……。

『だからぼくがいるんだろう?』

『…………?』

『ぼくがぼくの安眠の為に、きみの苛めっ子をやっつける。ここで、報復なんてのは安心するといい。多分、振るう腕も足もなくなるし、吐く口もなくなるから』

ボクは今、殺人予告を聞いている。止めるべきか、知らぬふりか。

『犯罪に関して、その犯罪を知りつつ黙認した者も同罪となる。てことで、場合によっては、きみは今から共犯者になる』

『ボクも犯罪者?』

『場合によっては』

『場合……ボクはやっぱり、今のままで――』

ぎろり。

視線だけだけど、睨まれました。

『ぼくはきみをやっつけた方が手っ取り早そうだね』

振るう腕も足も、吐く口も取られる!?

『た、たたた食べないで!』

『………………きみ、美味しいの?』

『…………ううん』

怖くなって焦ったら、自分でもおかしなことを口走っていた。

『でもボク……誰かを傷付けるのは厭だ……。だって、ボクの代わりに傷付けられた子が泣いちゃうよ』

『彼等の隠れ泣きスポットは東の川辺。あそこには誰も住んでいないし、ぼくはきみの泣きべそから解放されて静かに暮らせる』

『川辺の草木が可哀想だよ!』

確かに、彼は快適に暮らせるようになるだろうし、ボクは泣かずに済むようになるだろう。だけど、―エセ友達だとしても―ボクは……心が晴れない。

『残念だが、彼等の隠れ泣きスポットはまだある。それはきみにはない場所。きみが本当に欲しい場所だ』


嗚呼……彼の言いたいことが分かる。


『彼等には家がある。泣いても喚いてもいい家がある。居場所がある』


ボクにはない場所。

ボクが本当に欲しい場所。


『そこで提案するのは、プランB。選択肢2だ』

選択肢なんてあったんだ。

『ぼくの話をちゃんと聞いていれば、選択制だと予想できていたはずだ』

なら、ボクの不注意だ。

謝罪の意を込めて頭を下げておく。

『……プランBってどんなのですか?』

ボクがやられるのがプランBとかじゃないよね……。

『そんなつまらないジョークはしない主義だ』

『…………ジョーク……』

ジョークの分類に入る時点で十分に恐ろしい。

『きみが苛められる原因はきみのせいであり、友達(仮)のせいだ。原因を断ち切るには、きみのド天然純文学風精神を理想形に矯正するか、友達(仮)の存在をなかったことにすることが必要なわけ』

それで?

ボクは“矯正”は遠慮したい。

『じゃあ、友達(仮)の存在を消そう』

『それは駄目!』

巡り巡って、平気な顔して話題が戻ってるし!!

『いいや、戻ってない』

…………?


『本当の友達を作ればいい』


本当の友達?

『きみを苛めたりしない、対等な人間関係を築ける友達を作ればいいんだよ』

『対等な人間関係……ボクは女の子っぽくてチビで…………無理だよ』

エセでも仮でも、彼等は友達になってくれた唯一の“友達”だった。嘘でもやっとできた友達……。

そんなボクに対等に付き合える友達なんてできるはずがない。



『プランB――ぼくと友達になる』



『プランB…………ボクと友達に……』

『友達になる。ぼくは友達がぼくの家の真下で泣くのは構わないよ。寧ろ、泣いてるなら慰める』

ふにっとボクの頬に彼の指先が触れる。

『頬っぺたむくんでる』

ふにふに……。

彼は手のひらをボクの頬に添えてそっと流れる涙を拭ってくれた。

『いつもみたいにわーわー泣かないの?』

嗚呼……友達か。


『な……泣きます』



ボクはわーわー泣いていた。





それから二人は友達に……家族になった。

“彼”は笑う。

“ボク”ははにかむ。

“彼”は姿を消した。

“ボク”は泣いた。


“ボク”は旅に出た。

長い長い間歩き続けて、雪原に凛と咲く大きな桜の下で眠りに就いた。


“彼”は眠る青年に寄り添って目を閉じる。


『またね』


“彼”が囁くと、青年の身体は光の粒となって大地に消えてなくなった。

“彼”は微かに微笑み、大きな桜の硬い肌に触れる。

『ここはもうぼくときみの家だよ』



“彼”の指が滑る度に黒い木の皮に線が刻まれる。



『嗚呼、――。ぼくの友よ』




俺は知っている。


“ボク”の名前は……。





「あお!起きて!起きてよ!」


「嗚呼…………千里」






“ボク”の名前はセンリだ。

海上結城さんのリクエストにお応えして、「幸せ者」を短編投稿しました!


*pc不在で4月は投稿できませんでした。すみませんm(_ _"m)

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