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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
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彼の選択(9)

けほっ……っ……。



陽季(はるき)に抱き締められていた体が熱い。

「っう……あぅ…………」

火照る。

「馬鹿野郎……っ」

生殺し状態で放置しやがって……。

沢山キスしてくれるけど、それ以外は抱き締めるだけだし。

「くそっ……馬鹿」

何でこの俺がトイレに隠れなきゃいけないんだ。俺は館一の集客率、客の途切れない花梨の座に立つ(せい)だぞ?

そりゃあ、二之宮(にのみや)の家だから、心持ち遠慮してるけど。

杏がいるし。

杏が勘が良く働くし。

杏がキレるとマジでヤバいし。

「何が『ぎゅーっ』だよ」

『今日は一晩中、ぎゅーってしてあげるからね』などと囁かれて、俺の興奮無視して陽季に隣でくーかー寝られるのはムカつく。

最近は特に陽季がエロカッコいいから、更に更にムカつく。

テクも上々で、俺は満足するどころか、それ以上に……。

「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿野郎っ!!」

陽季は分かってない!

肉食系受けに狙われるだろ!

「陽季は俺のだし!」

誰にも渡さねぇし!

俺だって肉食系だし!

鶏肉派だし!

「てか、右手使えないし!」

もう何もかもムカつく!

陽季も二之宮も蝶も!


分かってたりするのだが、右手が麻痺していて動かない。このまま酷使すれば――二之宮の苦労が分からないわけでもない。

だけど、仕事から(あおい)を遠ざける為には俺が依頼を全てこなさなくてはいけないのだ。じゃないと、胸が苦しく、罪悪に苛まれる。

俺には葵に漠然とした大きな罪があるから。

大きくて重くて、見えない罪があるから。

だから、俺は仕事をこなして罪滅ぼしをするのだ。


「陽季の阿呆鳥!俺が食べてやるからな!」

俺の左手テクをナメるなよ!………………なーんて、トイレに一人寂しくいる様じゃ言えない。

「それより、二之宮……帰って来ないのか?」

杏も董子(とうこ)さんもいないし。



カーン……。



廊下に響くのはインターホンの音だ。

「……誰?」

昼ぐらいから眠って、今は夕暮れも終わり間近だ。

俺はまだまだ物足りない体を持て余しながらも、トイレを脱け出した。

ちゃんと、洗剤で丁寧に手を洗うよ?

俺はマナーあるからね。


カーン……カーン……。


「はいはい、今行きますよー」

額の冷えピタを外して小さく畳み、ポケットに突っ込む。

と、階段を降りながら、足を裾に引っ掛けそうになったので、二之宮のパジャマは俺にはでかいみたいだ。


カーン、カーン……―


『洸!洸!いないの!?ねぇ!』

遠く玄関のドアの向こう。

くぐもった声が……。

「ちぃ?」

千里(せんり)の声じゃないか?

『助けて!洸!』

バンバンとドアを叩いている。

やっぱり、千里の声だ。

ただ事ではなさそうだ。

「ちぃ!今開け――」


「だーめ」


吐息と共に耳に入るエロい声。

左腕を強く掴まれ、腰に腕が回る。

「は……るっ」

「熱あるのに、外出しようだなんて……お仕置きされたいの?」

「――っ!!」

背中に陽季の胸板を感じ、陽季の体臭に包まれ、片手が俺の腰から太股へと降りた。

「ちょっ!!ちぃが……!?」

拘束されていない右腕は動かず、陽季は俺を廊下の壁に押し付ける。パジャマの薄生地を通して、壁の冷たさが伝わる。

痛い。

寒い。

「熱くしてあげるからね」

今日の陽季はおかしい。

冷徹とか狂気じみてるとかじゃなくて、俺をいつも以上に縛ってくる。

「放せ!陽季!」

「嫌だ。放さない」

陽季は俺の性分を分かってくれてるはずなのに。

「放さないと、陽季のこと力で捩じ伏せるぞ!」

洸祈(こうき)は俺を傷付けられない」

股から上がり、腹へ来た指はパジャマのズボンに滑り込む。

「陽季!ヤダ!」

ドアの向こうで千里が叫んでる。

千里には俺しか頼れる人がいない。

葵に何かあったんだ。

「ヤダは俺の台詞。洸祈は二之宮が帰るまでこの家からは出さない」

「!!!?」

「なに興奮してるの?ヤダとか言って、俺に触られて興奮してさ……千里君の話は俺が聞くから」

そりゃあ、今にも快感と期待で理性飛びそうだけど!

「陽季、おかしいよ!二之宮に何言われたんだよ!」

「…………」

真の馬鹿野郎は二之宮か!!

蝶も鳥籠に突っ込むのがどんなにめんどくさかったか。

アグレッシブ過ぎだったぞ。

右足を重点的に狙われ、右足が一番丈夫だとバレてるし。

容赦なく足の腱を狙うとか、二之宮も内心俺に煮えくり返ってんだろうな。

「……俺は洸祈のお守りを頼まれただけだよ」

「――っく……帰る!店に帰る!ちぃ!ちぃ!」

陽季の指が左腕に食い込み、急所に爪が立つ。

その瞬間、背筋を悪寒が走った。

気持ち悪い。

「俺に触るな!」

「煩い!黙ってろ!地下室に閉じ込めるぞ!」

ぎゅっと握られた。

「うっ!!!?」

陽季が怖い。

何だよ、これ。

嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!

「放せ放せ放せ放せ放せ放せ!放せ、陽季!!」

「洸祈、大人しくしろ!」


“大人しくしろ”


体が動かなくなった。

「なん……!?」

「洸祈、俺はお前を外には出さない。その為には何でもする」

「まさか……お前っ」

「“お前”とは失礼だな」

陽季は手を放すと、俺の体を難なく抱き上げる。

「千里君、今開けるから!」

一際大きな声で、泣き叫んでいるに近い千里に呼び掛ける。

「放せ!陽季!」

「抱っこしてるだけ。しばらく地下に閉じ込めるから」

「嫌だ!暗いのは嫌だ!一人にするな!」

「今更、我が儘言うな」

陽季の目は薄暗い地下への階段で銀色になり、俺は文字通り手も足も出なかった。

「右腕動かないでしょ。無茶苦茶して体壊して、俺がどんなに悲しいか。右腕が本当に駄目になったら、俺、仕事辞めて洸祈の世話しないといけなくなる。ご飯もトイレもお風呂も何もかも世話しないといけなくなる。洸祈を部屋に閉じ込めて、出してあげられなくなる。洸祈の自由を奪わないといけなくなる。洸祈はそんなの嫌でしょ?」

そう言うからには、陽季は絶対にやる。

俺を閉じ込めて人形にする。

館の清になる。

「嫌……だ」

「洸祈は今回、その右腕が完治するまで、仕事はさせない」

「でも……っ」

「でももへちまもへったくれもないよ。洸祈の代わりに俺と二之宮が解決するから」

「二之宮?」

あいつが俺の代わりに……。

陽季は俺を地下室の実験台に乗せ、予備のなのか、毛布を俺の体に巻いた。

「洸祈のすることはここで大人しくしていること。いい?」

俺の体は完全に陽季の支配下に落ちてしまっている。だから、俺には「うん」と頷くしか道はない。

なら……―

「待ってるから、早く俺を連れ出しに来て……夕霧(ゆうぎり)

「すぐ迎えに来るよ、清」



陽季は地下室の扉を閉めた。







「アレだね」

「アレですか」

彼らの視線の先には、山々の間を進む列車だ。

「ねーえー、飛行中は電波の発する機器の使用はお控えくださいって聞かない?」

「控えてるよ。いざとなったら、ここをジャックして僕指導で安全飛行するから」

「いや、まぁ……たった一人が携帯使おうが飛行機は落ちないけどよ、(れん)のハイテク機器は乗客全員で携帯弄ってんのと同じだろ」

額を付き合わせて地上を見下ろす若干3名を遠巻きに見詰めた(きり)は苦笑するが、蓮は無理矢理詰め込んだ大荷物を解体していた。。

「それはある意味、常識とも言えるね。何せ、ある空間において、他人という他人が同じ動作をしているのだから」

「なにちゃっかり正論に持ってこうとしてるわけ?蓮のそれ、アンテナ半端ないじゃん!」

ただでさえ狭い機内に機械の数々とアンテナを伸ばす蓮に桐が向かい席から身を乗り出す。

「はいはい。な○ちゃんあげるから、静かにして」

装置の隙間から出した蓮の手には1本のペットボトル。

「………………」

桐はペットボトル1本で退散を余儀無くされたのだった。



「にー、いつ乗り込むのぉ?」

いつものワンピース姿の遊杏(ゆあん)は瞳を光らせて愉しそうに笑う。それはまるで、獲物を見付けた虎だ。

「遊杏は駄目」

しかし、半臨戦態勢の遊杏に対して、蓮は片手で制止する。

「何で?」

「遊杏にはここに結界を張るという重大任務がある」

「アレは止めなくていいの?」

アレこと、真下の列車だ。

「止めるのは君の仕事じゃない。遊杏には僕の頭脳をたとえ核攻撃からでも守ってほしいんだ」

「ラジャー!」

長い茶髪を跳ねらせ、遊杏は蓮の隣に落ち着く。

そんな少女の隣には董子が、

そんな彼女の向かいには学生服童顔の青年が、

そんな彼の隣には赤茶の髪の女がいた。


女は肩までの髪を揺らし、ヘリのドアを開け放つ。


「リトラさん、本当にお一人で大丈夫ですか?」

紺の髪が風にバサバサと靡き、シアンが目をぱちくりとした。


『大丈夫です』


ヘッドマイクを通して、機内全員の耳に声が届く。

「君の1番はリク・シノーレントだが、僕の1番は崇弥(たかや)葵だ。そして、君のクライアントは僕だ」

『分かってます』

蓮を振り返ることなく、腰の武器の数々と命綱を確かめていた。

「あ、あの、リトラさん……怪我しないでください……」

小柄な体を更に縮め、シアンがモジモジしながら囁く。その声音は止めたい自分と止められない自分と止めたくない自分の中で揺れているようだった。

『うん。行ってくる』

そして、黒の戦闘服姿のリトラは表情を誰一人に見せることなく、ゴーグルを付けて空へ墜ちていった。

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