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啼く鳥の謳う物語2  作者: フタトキ
彼の選択
234/400

彼の選択(7.5)

兄は幼かった。


赤ちゃんみたいだった。


俺の背中に隠れて、俺の背後を付いて回る。



それが、俺の兄――崇弥洸祈(たかやこうき)だった。





兄はきゅうって丸くなって俺の腕の中にいた。同じ背丈なのに、だんごむしみたいになった兄は、俺には手頃な大きさだ。

毎夜毎夜、寝る時は洸祈が俺の腕の中にいる。

(あおい)、眠い』

俺が眠たくなくても、洸祈は自分が眠たくなれば、俺を子供部屋に引き摺る。そして、お布団を俺に準備させ、俺の腕の中に入る。

自分勝手で傲慢で……なのに、俺は洸祈を拒めなかった。

――葵は俺のものだよね――

洸祈がそう囁いてきたならば、俺は頷いた。


ただひたすらに。




『お父さん、何で洸祈は立って歩かないの?』

その日、俺は父に訊いた。

俺は立って歩くのに、洸祈は両手両膝を使って歩く。それはまるで赤ちゃんみたいで、俺達はもう赤ちゃんじゃないのにと不思議に思った。

『……洸祈は歩き方を忘れちゃったんだ。大丈夫、直ぐに思い出して、立って歩くよ』

歩き方って忘れるのか。

俺はちょっと驚いた。

でも、お父さんが大丈夫と言うから、何となく安心したのだ。


そして、次の日。

洸祈は両足で立って歩いていた。少しふらふらしていたけど、壁に手を付けていたけど、歩いていた。


そして、次の日。

洸祈は何にも掴まらずに一人で立って歩いていた。


そして、次の日。

洸祈は走っていた。


そして、次の日。

洸祈は俺の背中から離れた。



俺は洸祈から解放されたと安堵すると同時に、


心に空洞ができたように感じた。



俺の背中には洸祈がいる。

俺の隣には洸祈がいる。

俺の目の前には洸祈がいる。


霞んだ視界の先には、洸祈がゆったりと歩いている。走っても走っても追い付かない、俺の手も声も届かない遠くを歩いている。

そして、俺の隣には千里(せんり)がいて、俺と歩調を合わせてくれている。

『あお、ずっと一緒』

そう言ってくれるけど、千里は時折、遠くの洸祈を見て歩幅が大きくなる。

俺は足早になるけど、疲れて辛くて……千里も見失いそうだ。


待って。

置いて行かないで。









「…………ふぁ……」

「起きた?」

この声は俺の大好きな声だ。

「……陽季(はるき)

陽季が俺を見下ろしていた。シャツに黒のセーターを着た陽季は俺の前髪を弄る。

相変わらず、男前だ。

「どうした……わけ?」

ここは二之宮(にのみや)の家だ。いつの間に移動したのか、気味の悪い蝶は天井にへばり付いているし。

「お前のお世話しにきた」

「世話?」

そう言えば、二之宮はどこだろう?

まさか、俺を放置してお出かけ?

「……置いてきぼりくらった?」

「だから俺がいるの。留守番兼洸祈のお世話係。お駄賃くれるって言ってたし、二之宮が帰ってきたら一緒に外で食事しよう」

「陽季、仕事は?」

劇場での研修期間も終わり、流浪の人として陽季は月華鈴に帰った。なので、最近は全国を飛び回る陽季となかなか会えなかった。

それでも、今回は17日振りだったりする。

17日前、陽季達が静岡に舞台の予定があったので、山梨の崇弥家で待ち合わせしたのだ。

今は使われていない道場で逢い引きしようとしたが、陽季に会う前に真奈(まな)さんにバレて、陽季は崇弥家で丁重におもてなしをした。

しかし、その晩は甘く……ならず、俺は春鳴(しゅんめい)乃杜(のと)に挟まれて寝た。かつ、陽季は晴滋(せいじ)さんに呼ばれて全然会えずに、うやむやのままにキス一つで別れたのだ。

「今日は仕事ないよ。二之宮はそれを見込んで俺に頼んできたわけ」

ツツ……と、陽季の指は俺の額から顎、襟を入って胸元へ。

「はる……っ」

「二之宮が言ってたけど、無茶して体壊してるの?」

指先が肩から腕を固定する包帯を撫でる。

「こんなにして、洸祈の体は可哀想だ」

陽季の目は哀しみと慈しみ、静かな怒りに満ちていて、チクリと胸が痛んだ。

だけど、陽季の熱い視線が嫌じゃなかったりするのは、陽季に対する最近の俺の変化だ。

ちょっとマズいんじゃないかと思っていたりする。

「……ごめん」

「謝られてもねぇ。洸祈はいっつも反省しないし」

パーカーの首もとをずらされ、陽季の顔が下りてきた。小さく開いた口からは犬歯が覗く。

鋭く尖っていて、犬のというより、獣の牙みたいだ。


などと思いきや、


「陽季、なにして――――っ!?」

深く何かが体に突き刺さった気がした。

「はっ……る」

耳の奥がジンジンして、噛まれた場所から熱くなる。

陽季が俺の首筋に歯を突き立てていた。

「痛いっ!!」

絶対にキスマークを付けようとしているわけじゃない。このままだと肉が引きちぎられそうで、陽季は全く容赦してくれない。

だけど、逃げたくても、二之宮の拘束は完璧だった。

何プレイだよ。

「陽季!痛い!!」

俺が叫ぶと、陽季の歯が離れていく。

そして、やっと陽季の顔が見れると思いきや、陽季は俺の耳たぶをあまがみしたのだ。

そこは俺の苦手な場所で……!!

「ひぁっ!!」

どうしようもできずにゾクリと背筋が震える。


「黙れよ。感じてろ」


陽季の命令口調は新鮮で、おかしいとは思うけど、


その言葉は僅かながらも快感を呼び起こした。


「はる……陽季……」

俺、変になってる。

陽季の声は好きだけど、こんなことで高揚するとか――ヤバいだろ。

「いい子にしてろよ」

耳の中に陽季の舌が滑り込み、左手が俺の骨格をなぞる。唇をなぞられ、唇を割られ、指が歯に触れた。

「口が寂しいなら、舐めてろ」

駄目だ……恥ずかしいのに、陽季には逆らえない。

「うぅ……」


俺は陽季の指を受け入れていた。


「今夜は反省のできないお前にたっぷりとお仕置きしてあげる」

指が抜かれれば、深い深い口付けに変わる。



嗚呼……今だけ何もかも忘れて陽季に愛されたい。



そんな風に思った。

短編にもならない小ネタ『2月22日』を2月22日に活動報告に投稿していたり……です。よろしければどうぞ ̄ー ̄)ノ"))))))))

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